2:絶望に飲まれるその少年は
…ここはどこだ?ロウソクの火が眩しい。
今は何時だ?
…僕は何をしていたんだ?
「大丈夫ですか?」
声がした方を向く。
紫色のショートヘアーですごく美人。
机に足を乗っけて本を読んでいる。
身長は少し小さく、まとまった体つきで非常に健康そうだ。
「あなた…脱水症状が出てたし、顔色が悪すぎでしたよ。何してたんですか?」
「僕は…西市から走って …!」
思い出した。俺は南市の病院を目指して走ったんだ。
疲れも吐き気も気にせずにとにかく走って、南市にたどり着いたんだ。
そして病院が見えたぐらいで意識を失って…
「いま…今は何時だ!」
「今は23時48分です。」
「病院はどこに!」
「あっちの方です。このへんでも大きい建物なので、出たらすぐわかりますよ。」
「後でまた来る!」
家から飛び出した。
病院はすぐそばにあり、すぐについた。
受付の女の人がいた。
「父さんと母さんはどこにいる!」
「落ち着いてください。あなたのご両親といいますと?」
「今日の午後に運ばれてきた人で、タケルという父とハルという母だ!」
「あの方々ですか。お父様の方は生死の狭間をさまよっていまして、今も延命治療をうけられています。お母様は…運ばれてきた頃にはもう息はなく…すでに手遅れでした。」
「嘘だろ…」
「お父様はあなたをずっと待っているようです。会いに行ってあげてください。」
病室に向かった。
父さんの病室に入るともうボロボロだった。隣には人がいて、何やら魔法をかけ続けている。
「父さん!」
「タク…か…。」
「そうだ!僕だよ!」
「もう…長くないみたいだ…ごめんな…こんなにはやくいなくなって…」
「そんなのだめだよ!もっと生きてくれよ!」
「もっと一緒に旅行したい!もっと一緒に遊びたい!もっと一緒に過ごしたい!もっと…
一緒に…」
僕は泣いていた。
「俺がいなくても…もう大丈夫だ…お前は頭がいいからな…」
「…うん。」
「ただ…お前が魔法を使うところを…一度でも見てみたかったけどな…」
「ごめん…僕が魔法使えないから!」
「お前のせいじゃないさ…お前は…俺より…すごいやつになれるよ…向こうでも俺はお前を信じてるからな…。」
そういって、父さんは目を閉じた。
「あなたのお父様は、あなたが来ることをわかっていたようにずっと待っていらっしゃいました。普通ならあの身体へのダメージで、ここまで生き延びることはありえないんです。」
「父さん…」
病室を出た。
受付の人は優しく、
「お別れは…言えましたか?」
と声を掛けてくれた。
「はい。来れてよかったです。ありがとうございました。」
「家まで送りましょうか?」
「いえ。いいです。行くところがあるんで。」
「気をつけていってくださいね。この時間は危ないですから。」
「ありがとうございます。」
あの親切な人にもお礼さえいっていなかった。もう一度あの家に戻った。
「あの…ありがとうございました。」
「東市の事件…ですか?」
「えっ。」
「巻き込まれたのは両親…でしょうか。」
「なんで…それを?」
「あなたは一人で走ってここまで来ました。両親が被害者なら衝動的に動いてしまうは納得できます。誰かがいれば、あなたの行動を止めるはずですから。そして今日、ここに人が搬送されたのは5回程度。その中で殺人レベルの事件は東市の無差別殺人事件だけでした。」
「よく分かったね。そう、殺された被害者の中に俺の両親がいる。」
「逆算すると…掲示板が更新されたぐらいの時間に走りだしたぐらいでしょうか」
「お前はなんでも分かるんだな。」
「なら、その後の掲示板は見ていないですね。」
「なにかあったのか?」
「事件はレン、あのMKランキング2位の男が計画の首謀者だと噂されています。被害者の中に彼のライバル、というか天敵がいたそうです。その人が登場してからレンの勝率は駄々落ちだったそうです。」
「そんなのに両親は巻き込まれたっていうのか…くそっ!!おい、そいつはどこにいる!」
「待ってください。レンは第六魔法使用者です。今の貴方には勝てる相手ではありません。」
「そんなの分かってるよ…でもやってやらないと俺の気がすまない!」
「あなたの気持ちはよくわかります。でも今のあなたには彼に触れることさえ不可能です。警察だってまともに動けないんですよ?」
「っ!」
「今日はここで泊まってください。他に行く場所も、帰る気もないでしょう?」
「…。」
「明日から彼を捕らえる方法を模索しましょう。」
「…ああ。…ありがとう。」
昨日からタクのことが気になってしょうがない。
チャットで何を聞いても反応しない。タクのことだからきっと大丈夫だろうが、万が一何かあってはたまらない。
男友達にも女友達にも聞いたが、なにもいわれてないという。
『絶対帰ってくるから。』
それだけの言葉を信じて待っているしかなかった。
『親と一緒に逝くなんて演技の悪いことすんなよ』
それくらいしか送ることがなかった。
カーテンの隙間から太陽の光が差す。
「眩しい…」
「おはようございます。もう少し寝てていいですよ。もうすぐご飯ができるので。」
「んん…」
ピロン♪ デバイスがなる。
「ん~…?」
見ると、リュウからだった。
そういえば昨日、東市からでてから何も連絡していなかった。
着信履歴にはズラッとリュウの文字。
『全然返せなかった。ごめん。』
『タク!!無事で良かったよ!』
『父さんには会えた。』
『そうか!』
『ふたりとも死んだけど。』
『そっか…』
『でもまだ生きてようと思った。』
『おう。みんな帰るのを待ってるぜ。』
『ありがと。』
リュウとチャットするうち、チャットだけでどんな顔をしているか想像できてしまい、
たまに くすっ と笑っていた。
「あなたでも、そんな顔するんですね。」
真横を向くと目の前に顔が来た。
「うぉっ。」
「リュウさんですか。」
「あぁ。僕の大事な親友だ。」
「いいですね。友達。」
「いないのか?」
「ずっと家の中にいたので。」
「へぇ…じゃあ、俺と友だちになろう。」
「とも…だち…」
恥ずかしそうな顔をした。耳まで赤らめている。
「ああ、友達。」
そういって俺たちは手を組んだ。
「…そういえば、名乗るのがまだでしたね。私はルリです。」
「僕はタク。これで友達だ。」
「えへへっ」
初めての友達でとても嬉しそうだった。笑う彼女は天使のようだった。
「ご飯はできてます。早めに食べてくださいね」
「ありがとう。いただきます」
肉やら野菜やらがたくさん使われていて、栄養的にはバランスが考えられているようだ。
さて味の方は…
「うまっ!」
「ありがとうございます。お口にあっていたようで良かったです。」
旨味、甘味、塩味、酸味、苦味が黄金率なみに味付けされていて、食感もいい。これなら永遠に食べ続けることもできるかもしれない。
「どうしたらここまでうまくできるんだ?」
「最近は食事に気をつけるようにしていて、栄養が取れる食事や、美味しく作る方法などの本を読んで、その両方のポイントを押さえた料理を作り続けた結果です。」
「えっと… おかわり…いい?」
「いいですよ。たくさんあるので、いくらでも。」
そういって皿を持っていく顔がすこし嬉しそうに見えた。
「どうぞ。」
…食べすぎた。四杯も食べるべきではなかったかもしれない。
「ここまで、よく食べましたね。」
「腹一杯だけどな。」
「これからトレーニングを始めるので…まぁそれくらい元気がある方がいいかもしれませんね。」
「それって…」
「ついてきてください。」
そういうとルリは家を出て、隣のガレージに入った。
ガレージの中では、
『スタイルは力!!』
『死ぬと思ったらもう一回!!』
『継続はPOWER!!!』
など、様々な脳筋の座右の銘みたいな張り紙がいたるところに貼ってあり、ダンベル、バーベル、マットに鉄棒などの多種多様なトレーニング器具が置いてある。
「ここは、もともと姉が使っていたところです。数年前に姉が出ていってからあまり使われていません。」
「お、おう。」
「では、あなたがなんの魔法を使えるか教えてもらっても?」
「えっ…えっと…。」
「なんの魔法かによって、鍛えることが変わります。」
「魔法…まだ使えないんだ…」
「えぇ!?」
「どうやって使うんだ?みんないつの間にか使えたとかいってるけど、どうしたらいいか分からないんだ。」
「よくそんな状況で第六魔法使用者のレンに立ち向かおうとしましたよね。無謀にも程がありますよ。」
「…たしかに。」
「魔法なしで彼に勝つのはほぼ不可能です。この時間が無駄になるかもしれませんし、死ぬ場合さえあります。それでも勝負を挑みますか?」
「ああ。その覚悟ならできている。一発でもいいから、やつに復讐してやりたいんだ。」
「なら話は早いです。このトレーニングは過酷を極めます。死んだ父がよくやっていたトレーニング方法で、心技体トレーニングと名付けられています。」
「最初に体。このトレーニングの殆どは体にあてられます。約7~8割はこの段階です。
体はその名の通り、体力や筋力などの基礎的な力を鍛え上げます。そのため、やることは走り込みやこの器具達で筋肉をつけることです。とにかくやり続けてください。」
「お、おう。」
「次に技、この段階は本番の1ヶ月前くらいから始めます。私が必要最低限の技は教えますし、魔法が使えるようになれば、それにあった技を教えます。『使えるようになれば』ですが。」
「…。」
「最後に心。前日には心を整え、冷静になります。」
「それだけ?」
「はい。ですが侮ってはいけません。父はこれをするのとしないのでは結果が変わるといって、試合の前には欠かさずしていました。」
「…そういえば、お父さんってなんかの競技してたの?」
「父はMKの元チャンピオンでした。巷では炎の巨人なんていわれていましたよ。」
「…うーん。わからない。」
「一昔前ですから、知らないのも無理ないです。では、始めましょう。」