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9・婚約




この日、カロルは朝から肌を磨かれ香油を塗られ、髪を輝く程に梳かされ全身を飾り付けられていた。カロルは10歳になっていた。何故こんな事になっているのか誰も教えてくれない。城に向かう、とだけ聞いた。嫌な予感がする。ものすごく嫌な予感が。


カロルは水色のドレスを着せられ、髪をハーフアップに結われていた。いつものポニーテールではない。ゾエがしっかり顔周りの髪は上げてくれたので、そこまで気にはならなかった。


「お嬢様。とってもお綺麗です。」


「ありがとう。皆が頑張ってくれたから。…はぁ、何でお城に、こんなに気合い入れて行かなきゃならないの…?」


カロルは恨めしげにため息をつく。地味に目立たぬように、でもTPOは弁えて、これまでやってきたのに。


「ではお嬢様、皆様がお待ちですので。」


ゾエが頭を下げる。カロルは肩を落として部屋を出た。





…何故、このような事になってしまったのだ…。カロルの目の前には3年前よりも少し成長した、黒髪の美少年がニコニコと笑って立っていた。カロルとリュシアンの背の高さはあまり変わらない。少しカロルの方が高いだろうか。

先程カロルはこの美少年、リュシアン王太子殿下に婚約を申し込まれたのだ。戸惑って何も言えずにミレーユを見たら、目力で「はい。と言え。」と指示された為、カロルは「はい。喜んでお受けします。」と言ってしまったのだ。しかも笑顔で。淑女教育のなせる技だ…。


「これで二人は晴れて婚約者となった。お互いに相手を思いやり、支え合い、高め合っていきなさい。」


国王陛下の言葉に、礼をする事で答えた。


「カロル様に、庭を案内したいのですが、よろしいでしょうか?帰りはお送りしますので。」


「勿論でございます。」


ジョルジュが軽く頭を下げると、リュシアンはカロルに手を差し出した。エスコートしてくれるらしい。カロルは手を差し出しエスコートを受ける。


「それでは、失礼します。」


二人で礼をして、庭に向かった。





庭には季節の花が美しく咲いていた。その中をゆっくり並んで歩く。手はいつの間にか、ギュッと繋がれていた。東屋が見える。


「覚えていますか?三年前、あの東屋で貴方と昼食を一緒に食べた事…。」


「はい。覚えております。」


リュシアンは眩しそうに東屋を見て、カロルを見る。まだ眩しそうに目を細めている。


「あの頃から、カロル様の事を思っておりました。」


「えっ。」


心臓が跳ねた。これは告白か?


「カロル、とお呼びしても?」


「はい…。」


カロルは顔が熱を帯びているのが分かった。すごく熱い。


「カロル、好きです。あの頃から、ずっと好きでした。やっと、こうして貴方に伝える事が出来た。」


リュシアンは甘く嬉しそうに微笑む。カロルは混乱していた。どういう事だ。どうしたらいいの?分からない!私、中身オバサンなのに!何なら前世と今世を足したら還暦を越えるのに!脳内がぐるぐるしている。


リュシアンに手を引かれ、東屋の椅子に腰掛けた。三年前とは違い、隣同士で座っている。手は繋がれたままだ。


「カロルが私を思っていないのは分かっています。きっと、あの日錬金塔に行くようになってから、私を思い出す事も無かったでしょう…。」


「あの…。」


悲しそうな表情で笑う。


「いいんです。時々カロルをお見掛けした時に、私には見せた事の無い笑顔を見て、私は一度失恋したのですよ。…でも。」


困ったように笑ったと思ったら、顔が近付いた。驚きと同時に心臓が早鐘を打ち始める。顔が赤くなっているのが分かる。


「そういう表情(かお)もするんですね。」


何だろう。10歳かな!?本当に10歳なのかな!?すごい色っぽいんですけど!

リュシアンはカロルの頬に手を添えた。


「嫌だったら、逃げて下さいね。」


そう言うと、軽く唇を合わされた。固まって動けないカロルを見て笑うと、もう一度少しだけ長く口付けた。カロルは二回目のキスで思わず目を閉じてしまう。

唇が離れ目を開くと、リュシアンが愛しそうにカロルを見つめていた。

カロルは頬が染まったままで、目が潤んでいる。可愛いな、とリュシアンは思う。


「…殿下…。」


「リュシアン、と。」


「え。」


「リュシアンと、呼んで下さい。」


「…リュシアン様。」


様、はいらないんだけどな。とリュシアンは思ったが、カロルとの距離が少し近付いた事に満足した。


「カロル、私はもっと貴方と仲良くなりたい。出来れば、私が貴方を思っているように貴方に思われたいと、思っています。だから、これからはどんどん貴方に関わって行きますので、覚悟していて下さいね。」


ずっと我慢していたんですから。とリュシアンは続けた。

何も答える事が出来ないカロルを、愛しそうに見つめて笑うと、リュシアンはカロルの指先にキスを落とした。






カロルがリュシアンと婚約をした為に、カロルの王妃教育が始まった。週に三回城で教育を受ける事となる。その内の一回はダンスの授業で、リュシアンが共に受ける事を熱心に希望した。

城へは今まで通り、錬金塔へも通うので、週に四日は行く事となる。そして他の二日は騎士団の鍛錬だ。その日の午後には家庭教師の授業がある。中々忙しい毎日を送ることになりそうだ。


3ヶ月後には婚約式もある。王族の婚約式なので、上位貴族を招いての式になるそうだ。

カロルは気が重かった。婚約の時の様子から、リュシアンが本当に自分の事が好きなのだという事は間違いないのだろう。

だが、12歳で学園に入学し6年間学ぶ事になる。その間にリュシアンが運命の相手に出会う可能性もある。ヒロインが現れる可能性も。

婚約破棄があるかも知れないと考えているカロルには、人を招く婚約式は頭が痛いだけだった。一方リュシアンは、婚約式を大々的に行う事でカロルが自分の婚約者なのだと貴族達に知らしめる良い機会だと思っていた。


カロルは婚約破棄後の国外追放対策の冒険者になる為に、筋力トレーニングをしたかった。しかし少年団の教官セドリックに相談すると、筋力トレーニングは段階を踏んでするように言われた。

入団後すぐにセドリックに相談していたカロルは体幹を鍛える事を勧められた。屋敷の庭に飛び石を配置してジャンプして飛び移ったり、煉瓦を並べて平均台を作り、前に後ろに移動したりした。

更には神経系の発達の為にジョエルやアンリと複数のボールを投げたり蹴ったりするパス練習をした。ジョエルが学園に入学してからはアンリや他の少年団員の皆で行っていた。

そして音魔石を使ったトレーニングもしていた。音魔石に「前!後ろ!」と前後左右を指示する声を録音する。その声の指示に従ってジャンプをするのだ。それ等のトレーニングは今もまだ続けており、学園入園まで続ける予定だ。

筋力トレーニングの方は自重トレーニングであればやって良いとの事だったので、カロルは腹筋、スクワット、腕立て伏せをしていた。

このおかげでカロルの体はかなり引き締まっている。動きも少年団の中ではトップクラスの成績を持つ。

少年団としては良いが、令嬢としてはどうだろうか…筋肉モリモリの令嬢…無いな。今はまだ盛り上がった筋肉は無いが、これから先年齢が上がるにつれて負荷を増やしたトレーニングをする事で太い筋肉がついてくるだろう。

でも剣も振れないまま国外追放は避けたい。それにトレーニングはとても楽しい。カロルの趣味になっているのでやめる気は無かった。


もしかしたら、筋肉モリモリになったカロルを見て幻滅したリュシアンが婚約解消を申し出て来るかも知れない。王家から婚約解消された令嬢を伴侶として受け入れる貴族はいないだろう。そうしたら自分の意思でローラン家から出て冒険者になるのも良いかも知れない。カロルは将来冒険者になる事を、本格的に考えるようになり、更にトレーニングに力を入れた。




そして婚約式の日がやって来た。リュシアンと婚約したあの日のように、朝からカロルは侍女達に身体中を磨き上げられた。

今回のドレスは全身をレースで包まれた白いドレスだ。デコルテから手首までは肌が透けて見える。スカートの部分はレースが重ねられていて、清楚な印象のドレスだった。

ウエディングドレスみたいだな。とカロルは思った。


「お嬢様…天使のようです。とっっってもお綺麗ですわ。」


「ありがとう、ゾエ。でも天使だなんて、褒めすぎだわ。」


カロルは照れ笑いを浮かべた。ゾエは真実思った事を言っただけなのだが。この侍女はお世辞を言わないのだ。

その後カロルは家族全員からも、天使のようだと褒められながら教会に向かった。


婚約式や結婚式は、愛の女神の教会で行われる。今回の婚約式も、王都で1番大きい愛の女神の教会でする事となる。

事前に婚約契約書をリュシアンと作成していた。その中に、婚約破棄の際の慰謝料の事や、カロルに非があって婚約破棄する際に国外追放の可能性がある事を記載した。勿論リュシアンはこれを拒否したが、カロルは譲らなかった。処刑は避けたいからだ。


リュシアンは婚約指輪を用意していた。少しサイズの大きい指輪で、カロルの前世でのダイヤが使われたような指輪ではなく、シンプルなデザインの指輪だった。カロルの指輪には小さい深い蒼色の石が埋め込まれている。リュシアンの瞳の色だ。リュシアンの指輪にはカロルの瞳と同じ青色の石が埋め込まれていた。


カロルもリュシアンに何か贈りたいと思い、街の時計屋で懐中時計を購入していた。直径4センチのスケルトンケースの手巻きのシンプルなものだ。シンプルだが、中の機械に青い石と蒼い石を埋め込んでもらった。大きすぎないサイズなので、今のリュシアンでも使い易いだろう。カロルはこれを、リュシアンには話さずに、当日婚約式の係の者に渡していた。




カロルとリュシアンは大聖堂の扉の前に立っていた。二人とも緊張している。入場の合図の鐘が鳴り響き、扉が開いた。

婚約式が始まった。




リュシアンとカロルは並んで入場する。

リュシアンはカロルと同じ白地に金の刺繍がされた宮廷服を着ていた。ズボンも靴も白い。髪は撫で付けてある。いつもより大人っぽい印象だ。

いつものカロルを見つめる甘い表情ではなく、真面目な表情でいるリュシアンを、カロルはとても格好良いと思い、ドキドキしていた。


婚約式は滞りなく進む。愛の女神の司祭が開会宣言をして婚約式を進める。婚約の意志の確認をしてから婚約契約書にサインをし、契約書を朗読した。リュシアンから言われていたのか、婚約破棄の文面は読まれなかった。

そして婚約記念品の交換である。慎重に記念品が置かれた箱を持って来たのはリュシアンの5歳になる弟のリシャールだ。リシャールは箱を司祭の前に置き、礼をして参列している王妃の元に戻って行った。

リュシアンは記念品を見ていた。白いシルクの上にはリュシアンが用意した二つの指輪と、懐中時計が置いてある。

司祭の指示で、まずはリュシアンがカロルの手を取り、指輪を付ける。そしてカロルも同じようにリュシアンに指輪を付けた。

そして懐中時計を手に取ると、リュシアンの胸ポケットに入れた。

リュシアンは懐中時計が入った胸ポケットに手を置き、驚いたような、信じられない事が起きたような、そんな表情をしていた。

しかし、カロルの贈り物を実感したリュシアンは嬉しそうに微笑むと、参列者の方を向いた。


「本日はお忙しい中、私達の為にお集まり頂きありがとうございます。結婚は二人が成人してからと予定しております。まだまだ未熟な二人ですので、暖かい御指導をよろしくお願いします。中庭にお食事を用意させて頂きましたので、お楽しみ頂けたらと思います。」


リュシアンが閉会の挨拶をすると、参列者達は中庭に出て行く。

最後に王妃がこちらを振り返り微笑むと、国王と共に中庭に向かった。司祭も礼をして出て行く。


「カロル!ありがとう!」


急にリュシアンに抱き締められる。


「こんなに素敵な贈り物…とても嬉しいよ!大切にする。」


「三年に一度はオーバーホールに出しますので、私にお預け下さいね。」


「分かった。これからずっと、三年に一度懐中時計をカロルに預けるよ。」


ずっと、にやけに力が入っている気がする…。でもリュシアンが喜んでくれたようでカロルも嬉しかった。リュシアンは懐中時計を出してニコニコと見ていた。


「この裏の機械にある石、私とカロルの瞳の色だね。」


「はい。特別に付けて頂いたのです。リュシアン様も指輪に付けて下さっていましたので、私もそうしました。」


「そうなんだ…。ありがとう。すごい嬉しいよ。」


リュシアンは蕩けそうな笑顔で礼を言うと、カロルにキスをした。長い長いキスだった。

リュシアンはあの婚約の日からカロルに幾度となくキスをしていた。登城する際は昼食を共にする事が多く、その時に髪に、瞼に、頬に、唇に、手に、指に、キスをするのだ。カロルはその度に頬が赤くなりドキドキしてしまう。リュシアンもそれを見て嬉しそうに、愛しそうに笑うのだ。


カロルはリュシアンを好きになってはいけないと思っていた。しかしリュシアンに会う度にキスをされ愛を囁かれ、更には婚約契約書に婚約破棄の際の項目を記載する事を話した時のあの傷付いたような表情を見て、心が動かない訳が無かった。

カロルが懐中時計をリュシアンに贈ったのは、義務だと思ったからではなく、真心と愛を込めて選んでいたのだ。


いつかリュシアンは違う女性を愛してしまうかも知れない。そして婚約破棄されてしまうかも知れない。そうしたら、自分の気持ちと共に懐中時計を叩き壊そう。そうカロルは思った。


「今日のリュシアン様はいつもと装いが違い、あの、とても素敵です。いつも格好良いのですけど。」


カロルは赤くなりながらリュシアンを褒めた。今日出会ってからずっと思っていたのだ。

リュシアンは破顔する。しかしすぐに困ったように、


「カロル…ありがとう。君もとても美しいよ。いつも可愛いんだけど、今日は天使みたいだね。でも、困ったな。そろそろ皆の所に行かなきゃなのに、そんな嬉しい事言われたら、またキスして抱きしめて、君を独り占めしていたくなる。」


そんな事を言いながら、実はリュシアンはずっとカロルを抱きしめたままだ。リュシアンはカロルに深く口付けをすると、名残惜しそうに離れた。


「やっと婚約出来たって嬉しかったのに、今度は早く結婚したくなってしまったなぁ。」


「ふふっ。あと八年ありますね。」


リュシアンとカロルは手を繋いで話しながら、中庭へ向かった。

参列者達が食事をとっている。リュシアンとカロルも軽く食事をすると、食事が済んだテーブルに挨拶に向かう。

貴族の中にはカロルの錬金塔での功績を知っている者もいて、手放しで賞賛されたり、交流を求められたりもした。公表してないのに何故…と思ったが、カロルは隠れて錬金塔に通っていた訳ではない為、知っている人が居ても不思議ではなかった。


無事に個々の挨拶を終えて婚約式は終了し、参列者達を見送ったリュシアンとカロルは、一息ついてお互いを労った。


「リュシアン様、お疲れ様でした。無事に終わって良かったです。」


「カロルもお疲れ様。これからもよろしくね。これからもずっと、結婚してからもずっと、一緒にいよう。」


「はい。」


カロルは微笑んで答えた。本当に、そうなったら良いのに…そう思いながら。




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