8・リュシアン2
リュシアンは焦っていた。あの日、ジョルジュからカロルが錬金塔へ行く事になると聞いてから、彼女との接点が全く無くなってしまったのだ。
しかも、時々カロルを見掛ける時、錬金術師や魔術師と共に居る事がよくあった。彼女はリュシアンに見せた事の無い笑顔で彼等と話をしていたのだ。…あんな表情もするのか、と思っていたが、同時に彼等に嫉妬の感情を持った自分にも驚いた。
そして魔術師のダークエルフとカロルが並んで歩いていた時に、カロルが頬をピンクに染めながら笑っているのを見て、リュシアンは自分の初恋を諦めようと思った。
彼女と食事をした時に、あんな風に自分に笑いかけてくれはしなかった。王太子は7歳にして失恋を経験した。
リュシアンがカロルの事を諦めようと思っているのに、ジョエルは毎日のようにカロルの話をする。辛い気持ち半分、カロルの事を知れて嬉しい気持ち半分で聞いていた。しかしある日、いつもはジョエルの話を全く聞いていないアンリが、ジョエルの話に参加するようになったのだ。
どうやら、カロルは騎士団の少年団に入団したらしい。本当にこの令嬢には驚かされる。
リュシアンは王太子である。見た目だって悪くない。貴族令嬢達は挙ってリュシアンと話をしたがる。なのにカロルは全く逆だ。更には少年団に入団するなんて、本当に貴族令嬢らしくない。
リュシアンは、アンリとジョエルが楽しそうにカロルの話をしているのを、モヤモヤした気持ちで聞いていた。
リュシアンはそれからも時々カロルを城内で見掛けた。その度に彼女を目で追ってしまう。諦めようと思っているのに。
ダークエルフの魔術師と並んでいるのを見る時など、醜い嫉妬の感情が沸いてしまう…。…諦めようと思っているのに…。
時が経つにつれて、リュシアンは諦めきれない気持ちを受け入れ始めた。どうしても姿を見かけると嬉しいし、仲良くしている相手には嫉妬してしまう。
そして日々焦燥感が募った。カロルの愛らしい見た目に、溢れる才能に、他の者もすぐに気付くはずだ。いや、もう気付いているだろう。何なら恋に落ちているだろう。一緒に鍛錬をしている少年団員達だって、彼女を好きになるかも知れない。今にでも彼女に婚約者が出来てしまうかも知れない。
どうしたら彼女に自分を見てもらえるのだろう。どうしたら彼女と仲良くなれるのだろう。
リュシアンは考えた。この王太子は頭は悪くない。むしろ聡明な部類に入る。だが、恋は人を愚かにする。リュシアンはとんでもない暴挙に出た。
8歳になったリュシアンは父親、国王に願い出た。カロル・ローランを自分の婚約者にして欲しいと。
彼女は侯爵令嬢で、身分的にも年齢的にも釣り合う。そして、錬金塔や魔術塔での功績は素晴らしく、将来王妃になる人材として申し分ない事を伝えた。更にリュシアンは自身がカロルに恋心を抱いている事を隠さずに伝えた。
国王と王妃は驚いたが、リュシアンが真剣にこの婚約話を考えている事を感じ取った。王妃はリュシアンに、カロルがこの婚約をどう思っているのかを問う。
「彼女は…私に何の好意も抱いてはおりません…。」
リュシアンは辛そうに下を向いて答えた。王妃はその答えに残念な気持ちになりながらも国王に進言した。
「陛下、カロル・ローラン侯爵令嬢は大変優秀であられるそうです。彼女でしたら、将来リュシアンを支える立派な王妃に、国母になられると思いますわ。この話、進めてみてはいかがでしょう?」
「そうだな。では私からローラン侯爵に話をしてみよう。」
「父上、母上、ありがとうございます。」
こうしてリュシアンは、カロルの心を手に入れる前に、カロルの婚約者としての立場を手に入れた。
ジョルジュ・ローラン侯爵は自室で唸っていた。妻のミレーユも共に居る。
今日、城で国王陛下から内密に話があったのだ。カロルを王太子の婚約者にしたいと考えている、と。
ジョルジュは以前、王太子に対して思い切り牽制したのを忘れてはいなかった。だが、この婚約の打診をこちらが断れるはずがない。ジョルジュは頭を悩ませた。
そして閃く。断れはしないが、先延ばしには出来るだろう。まだカロルは錬金塔で研究を続けている。初めに研究をしていた物は完成していたが、アイデアがどんどん湧いて来ているらしく、カロルは忙しくしていた。婚約すれば、王妃教育が始まるだろう。研究で忙しい事を盾に、婚約を先延ばしにして貰おう。
名案だ!と喜ぶジョルジュをミレーユは困ったように微笑んで見ていた。
リュシアンに婚約が先延ばしになった事が伝えられた。だが、この婚約は内定という形で、双方に新しい婚約話は入って来なくなる。リュシアンは安心し、決心した。
婚約が決まったら、彼女にアプローチをする。必ず、結婚するまでに、彼女の心を手に入れると。