7・対無魔力穴病用装飾品
月曜日、カロルはまた魔術塔に来ていた。目の前にはルロワ魔術師師長と三人の魔術師が並んで立っている。
「ではカロル様。こちらが対無魔力穴病用装飾品の使用実験をする実験体の魔術師です。」
「もう人体実験をなさるのですか!?」
カロルは反射的に立ち上がった。人体実験をするのは、もっと段階を踏んでからになると思っていたからだ。
「あれから出来る限りの実験を致しました。この三人は魔力量がそれぞれ違います。それぞれに見合った装飾品を着けております。これからまずは1ヶ月、使用実験を始めます。」
音魔石の時もそうだったが、展開が早すぎる。カロルが考えていた以上の早さで研究が進んでいる。それもそうだ。塔の錬金術師や魔術師は他のそれとは違う。選び抜かれたエリート集団なのだ。
使用実験をしてくれる魔術師は、魔力の少ない眼鏡をかけた小柄な女性のレアと、一般的な魔力量を持つ鼻にそばかすが浮いている青年のヤニック、最後に大量の魔力を持ったダークエルフの青年のイヌクシュクの三人だ。全員の紹介が終わり、三人は退室して行った。
その後は、前回新しく加わった研究の進み具合を聞いた。カロルは関与しないと言っていたが、進捗状況や実験内容を教えてもらえるのは勉強になるので有難かった。
昼食の時間になり、ゾエと共に食堂に向かっていると、先程の三人の魔術師と出会った。
「これはカロル様。これからお昼ですか?」
レアがにこやかに話しかけてくる。三人も食堂に向かっている所だったようで、一緒に行く事になった。
カロルは三人と話しながら歩いていたが、どうしてもイヌクシュクに目が行ってしまう。カロルはダークエルフを初めて見た。
ダークエルフはとても珍しい種族だ。他種族との交流を好まない為に、里から出てくる事があまりないのだ。それにしても、ものすごい美形である。エルフを見掛ける事はよくある。皆美形揃いなのだが、イヌクシュクは段違いに美しい。
眼福眼福。と満足に思いながら昼食を終えて図書館に向かう。
研究を手伝って貰いながら図書館にも通えて一石二鳥な生活にカロルはとても満足していた。
1週間後に電話の研究の報告を聞いた際には、実は不具合があったらしい。しかしそれは既に解決されていて、流石は塔の錬金術師だと尊敬した。その日は不具合の解決策を教えてもらい、実際に作ってみる事で帰る時間になってしまい、図書館には行けなかった。
毎日が充実していた。人体実験が始まって2ヶ月、カロルがもうすぐ8歳になろうかというある日、ついに対無魔力穴病用装飾品が完成した。
魔術塔にジョルジュと共に呼び出され、魔術師師長から説明を受けた。
「まずはシャルル様の魔力量を測らせて頂く事が必要になります。その後、シャルル様専用の装飾品を作成致します。数日あれば完成します。装飾品はどんな時でも着けて頂きたいです。週に一度、こちらのヤニックが往診に伺わせて頂きます。…何か質問はございますでしょうか?」
「その装飾品を着ければ、普通の生活をしても大丈夫なのでしょうか?勉強はもちろん、運動も出来るようになりますか?」
ジョルジュは心配そうに聞いた。城ではジョエルとカロル以外には見せない父親の顔だ。
「すぐには心配でございましょうから、二回目の診察の際に許可が出れば、宜しいかと。」
「そうですか。ありがとうございます。」
ジョルジュは明らかにホッとしている。ずっとシャルルが心配だったのだ。ジョルジュは魔術師や錬金術師達に向かい頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます。カロルも、ありがとう。不甲斐ない父親の代わりに、素晴らしい事を成し遂げたね。」
「私…こちらにお願いしてから、報告を聞くばかりで何もしていないんです…お父様に褒められる様な事、何も出来てないのです…。」
カロルはしゅんとした。そんなカロルの前に膝をついて両手でカロルの手を包むように握ったルロワ魔術師師長は、優しく語り掛けた。
「この研究はカロル様の発案がなければ、今も存在しなかったのですよ。装飾品はほとんど出来上がっておりました。私達は少しだけお手伝いしただけなのですよ。胸を張って下さい。貴方様は誰にも考え付かなかった事を成し遂げたのです。」
「…はい。魔術師師長様、ありがとうございます。」
カロルは目に涙を浮かべながら、笑顔で頷いた。
その夜、カロルはジョルジュに呼ばれた。ジョルジュの部屋に入ると、テーブルの上に小さな宝箱が置いてある。
「この箱を開けてごらん。」
カロルは箱を開けた。そして目を瞑り、観念してジョルジュに向き合った。
「お父様、申し訳ございませんでした。」
カロルは深々と頭を下げた。宝箱の中にはカロルが研究費用の為に売り払ったはずの装飾品が全て入っていた。
「ゾエからカロルがやろうとしている事の報告を受けていたからね。装飾品は預かって、売った事にしてお金を渡していたのだよ。」
ジョルジュの声は優しい。だがカロルは悪い事をした自覚があるだけに、父親の顔を直視する事が出来なかった。
「カロルが私に何の相談もしてくれなかった事は悲しいと思っているよ。でも、怒っている訳じゃないからね。これからは、何でも、相談して欲しい。良いかな?」
「はい。お父様…本当にごめんなさい。」
ジョルジュはカロルを優しく抱き締めた。カロルは反省し、これからはどんなに反対されそうな事も相談しようと心に決めた。
シャルルは対無魔力穴病用の装飾品として両手の中指に指輪を付け、首にはネックレスを付けるようになった。
これの効果はすぐに出た。装着の次の日にはシャルルは朝から家族と朝食をとれるようになったのだ。これにはジョルジュもミレーユも感激して涙していた。勿論ジョエルとカロルも嬉しくて泣いた。
そしてヤニックが往診に来る日が来た。装飾品を付けてからシャルルは本当に元気になり、魔術師や錬金術師に感謝していた。カロルがこの装飾品を開発した事は秘密にされていた。カロルがそう希望したからだ。その他の発明品についても、カロルは開発者として公表される事を嫌がった。
ヤニックの診察で、シャルルは運動の許可を貰った。勿論激しい運動はすぐには出来ないが。それでもシャルルは喜んだ。
次の日、朝食後にシャルルはカロルの元に来た。
「お姉様、今日は午前中何も予定は無いのですよね?」
「ええ。そうよ。どうかしたの?」
「お姉様と一緒に勉強や運動を一緒に出来たらと思いまして…。」
シャルルはこれまでいつもベッドの上に居た。ベッドは窓際にあり、起き上がれる時は外を眺めたりしていた。その際にカロルがトレーニングをしている所を見ていた。自分もあんなに動けたらと羨ましい気持ちで。
「じゃあ、屋敷の周りをウォーキングしましょう。今日は暑いから私のトレーニングウェアのお下がりを持ってくるわね。」
そう言うとカロルは自分には小さくなったトレーニングウェアを数着持って来た。カロルは予定の無い日は朝からトレーニングウェアを着ているので、そのままだ。
「お父様に新しいトレーニングウェアをお願いしましょうか。新しいのが来るまではこれを使ってちょうだい。」
「新しいのでなくても、お姉様のお下がりがあれば良いです。じゃあ、着替えて来ます。」
遠慮しなくても、お父様は喜んで買ってくれるのに、とカロルは思いながらシャルルを見送った。ジョルジュは幼い頃から病弱で子供らしい遊びを全く出来なかったシャルルを気の毒に思っていた。可哀想な息子に何もしてあげられない自分の無力さに憤り、悲しんでいた。だからこそ、元気になったシャルルが望めば何でも叶えてあげたいと思っているだろう。
その気持ちはミレーユもジョエルもカロルも同じだった。だから、カロルは今日のシャルルのお願いを快諾した。今日は一緒にウォーキングをして、図書室で本を読もうと楽しみに思った。
シャルルとカロルは初夏の日差しを避けるように屋敷や木の影の中、お喋りしながら歩いた。その後図書室に移動して昼食まで本を読んで過ごした。
「お姉様、今日はありがとうございました。また、一緒にこうして過ごして欲しいです…。」
「もちろんよ!皆、シャルルが元気になって嬉しいのよ。だからやりたい事があったら、何でも言ってちょうだいね。お父様もお母様でも、もちろんお兄様や私だって、協力するから。」
「ありがとうございます。」
シャルルは嬉しそうに微笑んだ。カロルよりも一歳年下のシャルルはまだ六歳。弟の天使のような微笑みに、カロルは目尻を下げて頭を撫でた。
その後も、カロルは自分の予定の無い日にシャルルとウォーキングや簡単なトレーニングをした。縄跳びをしたりキャッチボールをしたり、室内で四つん這いになって競走したり、楽しみながらトレーニングをしていた。
初めはウォーキングだけで疲れていたシャルルだったが、カロルの居ない時もウォーキングをしていたので体力もついてきた。
数ヶ月経つ頃には、ベッドから起き上がれなかった病弱な姿はもうどこにも無かった。