66・シャルロット2
シャルロットは錬金塔の錬金術師として毎日を錬金塔で過ごしている。レモン・ルフェーブルも同じく錬金塔で働いており、シャルロットは充実した日々を送っていた。
研修期間が過ぎ、シャルロットとレモンは先輩錬金術師の助手として暫く働く事となる。シャルロットはチエリの助手になった。
「んじゃあよろしく~。君、会ったことあるよね?君みたいな美人さんは中々いないから、よく覚えてるよ~。」
チエリはヘラヘラと笑って挨拶した。シャルロットは引き攣った笑顔で答える。
「…はい、チエリ様、よろしくお願いします。」
チエリは去年会った時と変わらずにボサボサ頭にシワシワのローブを着ている。チエリの部屋に入るとチエリはローブを丸めて乱雑に積まれた書物の上に投げた。その様子を見てシャルロットは眉を寄せた。
シャルロットはチエリのだらしない所が気に入らなかったが、錬金術師としてとても有能である所は尊敬せざるを得なかった。シャルロットは城の食堂でよくレモンに愚痴を零していた。
「チエリ様のあのだらしない所、何とかならないのかしら…。」
「錬金塔だけでなく、魔術塔の方から言われても治らないようですし、無理なんじゃないですか?まぁ良いじゃないですか。シャルロットさんは気にしすぎだと思いますよ?」
シャルロットはムスッとしながら食事を続けた。城で働くようになってからもシャルロットのこの美貌は人目を引き、色々な男性から声をかけられる。しかしレモンがシャルロットから聞くのはチエリの話ばかりだった。恐らくレモンだけでなく、他の錬金術師にも同じように愚痴を言っているのだろうと苦笑した。
シャルロットがチエリの助手となって二ヶ月が過ぎたある日、シャルロットはとうとう限界が来てしまう。朝出勤して来て既に錬金術を行っているチエリに向かい、こう言った。
「チエリ様、私、この部屋の片付けをしたいです。掃除も、いつもの見えている所だけでなく、徹底的にやりたいんです。」
「え?いいよー。じゃあ今日は掃除しようか?いやぁ~大掃除なんて何年ぶりだろ~。」
シャルロットはチエリがあっさり承諾した事に驚いたが、何年も大掃除をしていない事に更に驚いた。しかしチエリが許可してくれたので気合いを入れて掃除にかかった。
掃除をしているのは殆どシャルロットだった。物を移動し埃を落とし、要らない物をチエリに判断して貰う。その判断の為にチエリが確認をするのだが、度々チエリが書物を読み耽ってしまったりと脱線しシャルロットは苛苛しながら作業をした。しかしシャルロットがチエリに発破をかけ、シャルロットが額に汗して働いた甲斐あって部屋は見違える程綺麗になった。
「すごい綺麗になったね~。シャルロット君ありがとう。」
「いえ、差し出がましい事を…申し訳ございませんでした。…限界だったものですから…。」
シャルロットは綺麗になった事は嬉しかったのだが、少し後味が悪い思いをしている。
「あ~、そうだったよね。シャルロット君は綺麗好きだから気になったよね~。ごめんね、気付かなくて。」
チエリは眉を下げて笑っていたが、あっと声を上げてシャルロットに向き直る。
「他にも何か気になるのなら言ってね。溜め込むのは良くないからさ~。シャルロット君には僕の助手として、気持ち良く働いて欲しいからね~。」
朗らかに笑うチエリを見て、シャルロットはもう一つ気になっていた事を打ち明けた。
「チエリ様のローブを洗濯させて下さい。」
「え?」
「あと、ローブはハンガーに掛けましょう。私、今日持ち帰って洗濯します。ハンガーも明日持って来ますから。」
強い意志を感じさせる目で言われ、チエリは気圧されるように頷いた。
次の日、シャルロットは数人の錬金術師達と昼食をとっていた。話している内容は皺も無く汚れも無いローブを着ているチエリの事だった。チエリの部屋を覗いたらしい同僚は、部屋が綺麗になったと驚いていた。そこにチエリが通りかかり、同僚が声を掛けた。
「チエリさん。昨日大掃除したらしいじゃないですか。ローブも綺麗になって、見違えましたね。」
「あはは、シャルロット君のお陰だね~。ローブも洗濯して来てくれたんだよ~。」
「シャルロット君御手柄だね。あのチエリさんをこんなにしっかりした格好にさせるなんて。」
チエリと同僚に笑顔で褒められたシャルロットだが、まだチエリに不満があるようで唇を尖らせている。ローブが綺麗でも髪がボサボサなままなのが気になっているようだ。
「チエリさんにシャルロット君みたいな綺麗好きでしっかり者のお嫁さんが来てくれたらね~。」
「あはは。僕にお嫁さんなんて来ませんよ~。」
この会話にシャルロットはドキッとした。自分がチエリのお嫁さんにと勧められた訳でもないのに、何故か顔が赤らむ。そんなシャルロットの様子に目敏く気付いたレモンは食後、錬金塔へ向かう時にシャルロットに聞いた。
「シャルロットさん、もしかしてチエリ様の事…。」
「ないです!ないない!そんな事ある訳無いじゃないですか!」
最後まで言い終わらない内から否定をするシャルロットに気圧され、レモンは苦笑いでそれ以上言うのを止めた。シャルロットは否定しているが、彼女の恋心に何となく気付いたレモンは密かに応援する事にした。
それからシャルロットはチエリを意識するようになってしまう。仕事に集中しているのだが、時折真剣な表情のチエリに見蕩れてしまったり、家でチエリの事を考えていたりと恋する乙女になっていた。レモンと昼食をとる時など今までのようにチエリの愚痴を言うのだが、彼には毎回生暖かい目で見られてしまっていた。シャルロットがチエリに恋をしていると断定しているレモンはシャルロットに提案した。
「チエリ様と恋仲になる為にアプローチとかしてます?まさか、見つめてるだけとか言いませんよね?」
「こいなか!?なんでそんな!レモン様、いきなり何を言うんですか?!」
恋心がバレていないと思っていたシャルロットは驚いて声が裏返ってしまう。
「気付かないと思います?あれだけ他の男性に声を掛けられても誰にも興味を抱かなかったのに、毎日毎日チエリ様の話はされているんですよ?愚痴みたいに言ってますけど、すごい楽しそうにされてますからね。」
シャルロットは真っ赤になって縮こまった。毎日愚痴という名の惚気を聞かされていたレモンは困ったように笑いながら続ける。
「私に愚痴を言ってないで、アプローチしたらどうです?」
「レモン様に気付かれていたなんて、恥ずかしい…。でも、アプローチと言っても…迷惑じゃないかしら…?」
「そんなの分からないですけどね。シャルロットさんみたいな美人に誘われたら嬉しいもんなんじゃないですか?」
レモンに外見を褒められるとは思っていなかったシャルロットは目をぱちくりさせて驚いている。レモンも攻略対象なので、かなり麗しい見た目をしている。そんなレモンにこう言われると少し勇気が湧いてくる。基本的に単純な性格のシャルロットは早速行動する事にした。
「チエリ様、以前から仰られていたローブの洗濯のお礼についてなんですけど…。」
「ん?うん。何か思いついた~?」
「あの、一緒にお食事に、行きたいです…。お休みの日でも、仕事終わりにでも、どちらでも良いですから…。」
顔を赤らめておずおずと言うシャルロットは大変愛らしいものだったが、チエリは不思議そうに見つめ、優しく微笑んだ。
「勿論良いよ~。シャルロット君、行きたいお店とかある?僕がいつも行くお店は、貴族のお嬢様は利用しないからさ~。」
「チエリ様がよく行くお店が良いです。では、チエリ様の都合が良い時に、お願いします。」
チエリの微笑みに顔を真っ赤にしてシャルロットは答えた。シャルロットは、チエリと一緒に食事に行ける事に内心飛び上がりたい程喜んでいる。
チエリとシャルロットはその日の夜に街の食堂で食事を共にした。大衆食堂で、確かに貴族令嬢が利用するような店ではないが、元平民のシャルロットには馴染み深い雰囲気の店だった。
「シャルロット君、ローブの洗濯もだけど、いつもありがとうね~。君みたいに綺麗で能力もある若者がこんな僕の助手だなんて、申し訳ないなって思ってはいるんだけど…。」
「いいえ!私、チエリ様の助手になれて嬉しく思っています。チエリ様は錬金術師として尊敬している先輩ですし、それに、それに私…。」
顔を赤くして言葉の先を紡げないシャルロットにチエリは首を傾げた。三十代後半のチエリだが、恋愛経験は殆ど無い。シャルロットの気持ちに気付く筈も無かった為、シャルロットが何を言い淀んでいるのか見当も付かない。
「チエリ様、どうしたら私を異性として見て頂けますか?私、チエリ様の事をお慕いしてます。チエリ様の恋人になりたいと、思っています。」
店内の灯りがシャルロットの瞳の中で揺れている。キラキラと揺らめく瞳の光に、頬を赤く染めたシャルロットはあまりにも可愛らしすぎた。しかしシャルロットの告白に驚きすぎて声も出せないチエリには、残念ながらその魅力は通じなかった。
「…シャルロット君、僕は貴族じゃないし、君よりもかなり年上だ。君はまだ若い。こんなオジサンに大事な時期を使うのは…。」
「私を振る理由がそれなら、諦めません。私は元平民ですし、父は私が錬金塔に就職した時に養子を迎えましたので、私は自由にして良いと仰いました。それに、大切な時期を好きな人と過ごす事の、何がいけないと言うのですか…。」
シャルロットは表情を歪めて言った。涙を流してなるものか、という強い気持ちだけで涙を押し止めている。
「チエリ様は私の事をそういう対象として見ていなかったのは分かっています。だから私、これからチエリ様に好きになって貰えるように努力します。」
シャルロットはチエリに宣言した。意志の強さを感じさせる光を目に灯したシャルロットは次の日からチエリにアプローチを始めた。美しく押しの強いシャルロットにチエリが陥落するのはそう時間のかかるものではなかった。




