64・結婚式
カロルの乗った馬車が愛の女神の神殿に到着した。カロルは神殿の扉の前でミレーユにベールをそっと降ろして貰う。王妃のティアラが優しくベールを留めてくれている。
カロルはジョルジュと並んで赤いカーペットの敷かれた花嫁の道に立った。神殿内の参列者達も、花嫁の姿を一目見ようと詰め掛けた人々も静まり返りジョルジュとカロルの入場を見守った。
一歩一歩、静かに二人は歩いた。
カロルが産まれてからの事をジョルジュは思い出していた。頭を抱えたくなるような事ばかりするこの娘は、頭痛の種であり、愛する、かけがえのない、自慢の娘だ。可愛い娘の門出が嬉しくもあり、とても寂しい。
道の途中でジョルジュからリュシアンに、共に歩く相手が変わる。リュシアンはジョルジュに礼をしてカロルの手を取った。二人はまたゆっくりと歩き司祭の待つ祭壇へ向かった。
司祭から二人に祝福の言葉が贈られる。二人は静かに祝福を受けた。すると神殿内にピンク色の花弁が舞い落ちてきた。ひらひらと落ちる花弁に参列者達は感動している。司祭は少し驚いたような表情をしたが、式典を続けた。
結婚指輪をお互いの指に嵌める。婚約式の時は大きいサイズの指輪だったが、今回はサイズの合っている指輪だ。カロルは婚約式を思い出し少し微笑んだ。リュシアンはそんなカロルを見て幸せそうに微笑む。
司祭に促され、リュシアンはカロルのベールを上げた。そしてカロルにキスをする。
「祝福を。」
神殿内に声が響いた。司祭はこの声を聞き、先程の花弁が誰の御業であるのかを察した。女神に祝福された二人の結婚式に立ち会えた事に喜びを感じながら、式典を終了させた。
リュシアンとカロルは神殿から外へと向かい、馬車に乗り込んだ。馬車の後ろにはまた雪之丞達が続き、その後ろの馬車には国王に王妃、リシャールが乗り、パレードが始まる。
人々の歓声の中馬車は進む。美しい花嫁の姿とリュシアンの凛々しく美しい姿にため息をつく若い娘達、雪之丞達の姿を見て驚く者達等、反応は様々だった。
カロルは手を振りながら見知った人々の顔を見る。街の家の近隣住民達はカロルの顔や雪之丞達を見て驚きながらも祝福の声を上げてくれている。
冒険者支援協会の人々も見に来ており、カロルが世話になった素材買取りや解体の職員達もいた。花嫁がカロルだと気付いたらしい親方を始めとした職員達は涙ながらにカロルを見ていた。カロルは胸がいっぱいになりながら彼等に手を振った。
城まであと少しの所で、空から何かが降ってきた。それはカロル達の馬車の前に落ちて、護衛をしていた騎士達に緊張が走る。パレードを見に来ている人々も騒然とした。空から降ってきた人影は仁王立ちしてカロルを見る。
「カロル、来たぞ。お前に俺の加護をやる。結婚式に参列するだけじゃカロルの努力の割に合わんとタクルディーネに怒られた。」
「コンバグナ様、ありがとうございます。」
カロルはコンバグナに頭を下げた。コンバグナは拳をカロルに向けて加護を授けた。神が加護をお与えになる場に居合わせた幸運に人々は感動し歓喜した。
人々は静まり返り、カロルを見守っていたが、カロルが顔を上げてコンバグナに再び礼をすると一際大きい歓声を上げた。リュシアンはパレードの列を護衛する騎士にコンバグナを案内するよう命じた。コンバグナは上機嫌でパーティー会場へ向かって行った。
カロルは最高のタイミングでコンバグナが来てくれた事に微笑む。しかも加護まで頂けるなんて。先程からものすごい悪意を持つ視線がカロルを刺していた。その視線の主へとカロルは微笑みを送る。幸せに微笑んでいるようにも見え、勝ち誇っているようにも見える笑顔だ。
視線の主はカロルが勝ち誇った笑顔でこちらを見たと思ったのだろう。悔しそうに、憎らしそうにカロルを睨む。しかし、神が直々に祝福しに来てしまっては彼に勝ち目は無い。彼の近しい者には、あの噂を流した張本人だと認識されてしまっている。次期王妃の、しかも神から祝福され加護まで授けられた王太子妃を貶めるような噂を流したのだ。しかし腫れ物のように扱われる事は彼の矜恃が許さない。彼はこの後王都から去るが、行く当ての無かった彼は小さな村の魔術師として細々と暮らす事となった。
カロルは勝ち誇り、心の中で高笑いをした。そして、これが最後の悪役令嬢らしい行動となるように反省をした。
パレードは続き、城に到着する。城のバルコニー前でも観衆が王太子と王太子妃の登場を心待ちにしていた。リュシアンにカロル、ガルニエ王国のロイヤルファミリーにローラン家の家族の登場に観衆は手に持った国旗を振って祝福した。リュシアンとカロルがキスをすると、観衆から歓声とアンコールの声が上がる。リュシアンとカロルは照れたようにお互いを見て再度キスをした。先程より一層大きな歓声が上がる。カロルはそれを幸せに感じた。国民がカロルを王太子妃として認めてくれた、受け入れてくれたと感じる事が出来たからだ。
バルコニーでの挨拶を終えて、ゲストの待つパーティー会場に入場した。
近隣国の王族貴族のゲストの中にカロルに招かれたランディもいた。カロルに用意されたスーツを身に付けていたが、あまりに場違いな自分に自然と縮こまっていたが、騎士に案内され現れたコンバグナに捕まり、大変恐縮しながら過ごしていた。国王の挨拶中だというのに酒盛りを始めているコンバグナに酌をしているランディの目の前に、急に豊満な肉体の女性が現れた。
「ちょっとコンバグナ!何でアンタがここにいるのよ?私だって式典中の祝福だけで我慢したのに!」
腰に手を当てた女性はコンバグナに向かってぷりぷりと怒っている。対するコンバグナは面倒臭そうに言った。
「俺はカロルから招待されたんだよ。地獄でな。ランディ、覚えてるだろ?」
「はっはい…。カロルはコンバグナ様を招待しておりました。」
急にふられたランディは頭をコクコクと頷かせて肯定した。ただでさえコンバグナが居る事で注目を集めていたのに、更に注目される出来事が起こり、ランディはとても居心地が悪い。
「なんですってぇ~。ぅぅうう!私も直接祝福したい…そしてこの美味しそうなご馳走も食べたい…。」
国王の挨拶も途中で止まり、全員がこのテーブルを見ている。リュシアンとカロルはこの二柱とランディに近付き頭を下げた。
「愛の女神、メイリーベ様。わざわざ御出で下さいましてありがとうございます。もし宜しければ、このままこのテーブルでお楽しみ頂けたらと存じます。」
リュシアンが微笑みメイリーベに提案すると、メイリーベは一瞬嬉しそうに笑い、リュシアンとカロルの方へ体を向けるとピンク色の花束を出した。
「二人に祝福を。」
リュシアンが花束を受け取ると会場内で拍手が起こる。
「メイリーベ様、二人を祝福して下さりありがとうございます。皆様と、コンバグナ様、メイリーベ様に御祝福頂き、二人はこの上ない幸せ者でございます。それでは皆様、パーティーをお楽しみ下さい。」
国王の挨拶でパーティーが始まった。カロルはコンバグナとメイリーベに向かい礼をする。
「コンバグナ様、メイリーベ様、この度は誠にありがとうございます。皆様お二柱様にご挨拶したいと思うでしょうから、こちらのランディは他の席に移らせて頂きますね。」
「分かった。ランディ、また後でな。」
「はい…。それでは失礼します…。」
何故かコンバグナに気に入られたらしいランディは首を傾げながら席を立った。カロルは再度二柱に礼をする。
「それでは、私も失礼致します。沢山お召し上がりください。」
カロルは微笑み中座した。リュシアンも礼をしてカロルの後に続く。
「カロル助かった。コンバグナ様、登場したと思ったら急に酌をしろって言ってさ。」
「ランディの事を気に入っているみたいですね。」
「…なんで俺…?」
ランディは気に入られる心当たり等無いと首を傾げながら元いたテーブルに戻った。リュシアンとカロルは他国の王族から挨拶に回る。その中にはイザール国の国王、王妃、第一王子のヴィルフリートもいた。
「カロル。結婚、おめでとう…。今日のお前の姿を見ると、諦めるのでは無かったと後悔するな。」
「ヴィルフリート、そうですよ。しかもカロル様はコンバグナ様と懇意にされているのですね。イザール国に欲しい人材ですわ。」
リュシアンは母子の会話を聞いて、この親にしてこの子ありだ、と頭痛がした。三人はコンバグナに挨拶に行きたがり、カロル達との挨拶が終わるとすぐにコンバグナの元へ向かって行った。猪突猛進なロイヤルファミリーにカロルは自然と笑みが零れる。
他のテーブルにも挨拶に回り、最後のテーブルに来た。カロルが招待した友人達の座る席だ。カロルとリュシアンが近付くと、二人の女子の笑顔が輝いた。
「カロル!おめでとう~!すっごい綺麗!」
「カロル様!おめでとうございます!とてもお綺麗です!」
美仁とシャルロットは口々にカロルを褒めた。美仁の隣のロンは相変わらず話には加わらずに聞いているだけだ。カロルはテンションの似ている二人に微笑む。
「ありがとうございます。美仁、お久しぶりです。わざわざ来ていただいて、会えて嬉しいです。お二人も、とても綺麗ですよ。」
カロルはウィリアムとジャン、ランディの方を向く。
「ウィリアム、ジャンも来て下さりありがとうございます。」
「我らが妹の晴れ姿は祝わないとな!」
「ウィリアムはお兄様ですが、ジャンは違いますね。」
ジャンがニカッと笑って言ったがカロルは目を細めた無表情で返す。そんな会話をする二人をウィリアムは笑って見ていた。
「ほんっと!カロルはウィリアム大好きだな!」
「そうですよ。大好きなお兄様です。」
「…やめてカロル。リュシアン様がすごい睨んでくるから。」
三人は楽しそうに笑い合った。ランディは苦笑しながら、リュシアンはウィリアムを軽く睨みながらその様子を見ていた。
パーティーのゲスト達はガルニエ王国の王太子の結婚式に参列し、更には二柱の神に見える幸運に喜び帰って行った。
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