表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/69

63・ゾエ






ゾエはカロルが産まれる前からローラン家の侍女として働いていた。ミレーユは二人目の子供をお腹に宿して毎日をゆっくりと幸せに過ごしていた。ある日の午後、一歳のジョエルのお昼寝の時間、ミレーユはジョエルの寝顔を見て幸せを感じていた。ゾエはそんなミレーユとジョエルを無表情ながらも慈しむように見ていた。


「ミレーユ・ローラン」


ミレーユを呼ぶ優しく響く声にゾエは体を強ばらせて声の主とミレーユの間に立った。優しい声の女は侵入者だ。ミレーユを害するつもりならば、自分が盾になるしかない。ゾエの前に立つ女はゆったりとした白い服を身にまとったたおやかな金髪の輝く美女だった。僅かに発光しており人間離れしている。ミレーユとゾエは侵入者の正体に気付き、頭を下げた。


「顔をお上げなさい。ミレーユ・ローラン、ゾエ。」


ミレーユとゾエは頭を上げて女性を見た。やはりこの女性は誰もが知る神々の一柱だと確信する。女性の額にはもう一つの目があった。運命を見るといわれる目を持つこの女性は、運命の女神マインロットだ。マインロットが、ミレーユに何の用があるのだろうかと二人は疑問に思いながらも次の言葉を待った。


「貴女の中に居る命、運命に抗おうと足掻く未来が見えます。この命の持つ運命は不幸。運命を変えるには努力をするしか無いでしょう。」


ミレーユはショックを受け顔は白く色を失っている。産まれてくる子供が、産まれる前から不幸になる事が決まっているだなんて。


「マインロット様、恐れ多くもお聞きしたく存じます。何故、それをお伝え頂けたのでしょうか。」


「リアツァがこの命に何かしてましたので、気になりまして運命を見たのです。それに、運命に抗う者を見るのは楽しいものです。」


神様らしい言葉だとゾエは胸の内でため息をついた。人間の生など、神々からしたら観劇の対象でしかないのか。しかしこうして教えて貰えた事は有り難い。ゾエは頭を下げて礼を言う。


「マインロット様、お教え頂きありがとうございます。」


「この命の抗い、見守らせて貰いましょう。」


そう言うとマインロットは消えてしまった。未だショックが消えないミレーユと、何かを考えているようなゾエ、何も知らずスヤスヤと眠るジョエルが広く煌びやかな部屋に残された。


この事は、ミレーユとゾエだけの秘密になった。ジョルジュには知らせず、ミレーユとゾエがこの子の努力の手助けをする事にした。努力の手助けなので、こちらから努力する事を働きかける事はせずに、あくまでもお手伝いだ。


産まれてきた女の子はカロルと名付けられ大切に育てられた。ミレーユもゾエも可愛らしいこの赤子の待つ運命が不幸だなんてと人知れず涙した。カロルは赤子の頃から賢く手のかからない、いつも機嫌の良い子だった。泣くのは空腹やオムツ交換を望む時位で、ジョエルの赤子時代を思うと信じられない位育てやすい子供だった。

ゾエはカロル専属の侍女となり、どんな時でもカロルに付き従った。ゾエは幼いながらも難しい本を読むカロルの頭の良さに驚き、錬金術の道具を揃えたいので、プレゼントで貰った宝石類を売りたいと言われた時には頭を悩ませた。これは雇い主であるジョルジュに報告し、カロルには内密にと資金を貰い、道具を揃えて錬金術の研究を始める事が出来た。錬金術関連ではジョルジュへの報告をしなければならなくなったが、これによってカロルの研究が商品化し、カロルの非凡な才能を知らしめる結果となり、どうだ私のお嬢様はすごいんだぞ、とゾエは鼻が高かった。

その思いは王太子と婚約した際にも感じたが、カロルの表情は暗かった。しかしカロルはリュシアンと過ごす時間が増えると、カロルはリュシアンに想いを寄せるようになる。婚約指輪を用意したとリュシアンに見せられた後カロルはこう言った。


「ゾエ、私も婚約式でリュシアン様に贈り物をしたいのです。一緒に探して頂けませんか?」


頬を染め恥ずかしそうに言うカロルを見て、ゾエは「私のお嬢様が最高に可愛い!」と叫びたいのを抑え、無表情で貴族街にある店にカロルと向かった。カロルはリュシアンに内緒でお揃いの懐中時計をオーダーした。かなりお金がかかってしまったが、カロルには日々錬金術で作ったポーション等を売ったお金があった為それで賄う事が出来た。


そしてカロルが冒険者になる為に行動を起こした時は、心配で堪らなかった。ミレーユも同じ気持ちだったが、二人はカロルを信じて見守る姿勢は崩さなかった。カロルがダンジョンから帰って来た時は安堵と喜びで毎回豪華な食事を質素な街の家で食べた。


ゾエは誰よりもカロルと過ごした時間は長かったが、学園に入学する時が来てしまった。ゾエは寂しさとカロルの成長の喜びで、夜一人で泣いてしまった。ゾエはこの時、自分がカロルを大切に思っているだけでなく、愛している事に気付いた。お仕えする主人の娘であるのに、我が子のような愛情を持ってしまっている事に後ろめたい気持ちになった。しかしカロルのお世話をする事は嬉しく、変え難い喜びを感じるゾエは、カロルに一生お仕えしたいと思うようになった。その思いは、王太子によって実現する事になる。


街の家を管理しているルイーズから、王太子が来たが対応の仕方が分からないと連絡が入った。ゾエはあらゆる可能性を考えて準備をして街の家に向かった。ゾエが到着するとカロルとリュシアンは外に食事に出たという。ゾエは浴室の支度をし、カロルの部屋を整え食器類も用意した。二人が戻るとカロルがリュシアンに湯浴みを勧めた。用意しておいて良かったと胸中で胸を撫で下ろし、リュシアン用の夜着をカロルに渡した。リュシアンがカロルの部屋に泊まる事を聞き、ゾエはカロルが大人になってしまうのか、と少し寂しい気持ちになる。可愛い可愛いお嬢様。ゾエにとっては、筋肉がつき、自分よりも背が高くなってもカロルは可愛いお嬢様なのだ。

リュシアンが湯浴みを終えるとカロルからリュシアンに飲み物を届けて欲しいと頼まれた。すぐに用意してカロルの部屋に入り、飲み物を置いて出ようとするとリュシアンに呼び止められた。


「ゾエ、君はカロルが結婚したら城勤めになるつもりはないか?」


「出来るものでしたら、そうなりたいとは思います。」


「カロルが王妃になり、騎士団の要請に応えると公務に差し支えるので側妃を迎えろという声があってね。私はカロル以外を愛するつもりはないので、ゾエ、君に公務の手伝いをして貰いたい。」


ゾエはリュシアンの言葉に怖気付いた。手伝いといえど、公務となると侍女としての仕事しかした事のないゾエの手には余る。


「ローラン侯爵には私から話をさせて貰う。ゾエはローラン侯爵から話が来てから城で勉強して貰う事になると思う。カロルが王妃になるまで時間はあるから、心配する事はない。」


ゾエはカロルの運命を思った。カロルは努力をし、様々な功績を上げ、強い肉体に魔力を手に入れたが、その運命がいつ起こるのか分からない。ゾエは城勤めとなりカロルを助ける事が出来るのであれば、是非そうしたいと思った。手に余ろうが、身分不相応だろうが、カロルの為ならば力を尽くし、リュシアンの期待する人材となろう、と。


「リュシアン殿下、よろしくお願いします。」


ゾエは頭を下げた。リュシアンは満足そうに微笑み頷く。そしてゾエは後日ジョルジュに呼ばれ、王太子から打診があった事を伝えられた。そして城でカロルも受けた王妃教育に王妃に仕える者としての教育も受けるようになった。生憎カロルのような記憶力も明晰な頭脳も持ち合わせていない為、城での勉強はゾエにとって厳しいものだった。しかしゾエは努力を怠らなかった。カロルの為に、知識と技術を己に叩き込んだ。

ゾエが城で勉強をするようになって数ヶ月後にはシャルルも共に勉強をするようになった。二人は共にカロルを支える為に勉強をする同士だった。シャルルは頭が良く飲み込みも早いので、年下ながらも頼りになるとゾエは思った。そして自分も更に頑張らなければと自らに発破をかけた。




そして今日、美しく着飾り緊張した様子のカロルをゾエは後ろから見ていた。カロルは今から愛の女神の神殿に向かう。間もなく王家から迎えの馬車が来る頃だ。今日のカロルは一段と美しい。胸元のシャープなカットとフリルが映えるウェディングドレスを着ている。上品で知的な印象のドレスはカロルに似合っている。

ゾエは今日から城勤めとなるので、この後の結婚式も、式が終わってからもカロルの世話をする予定だ。シャルルはまだ学生だしカロルの家族なので結婚式は参列するだけだ。シャルルは一足先にカロルの側近として働けるゾエを羨ましく思っていた。ゾエも誇らしい気持ちでカロルの後に続く。

王家の馬車が迎えに来た。これにカロルは乗り、愛の女神の神殿に向かう。馬車の後ろを守るように雪之丞と力丸が歩いて行った。ゾエは馬車を見送り、歩いて神殿に向かう。馬車を見たらしい国民が、雪之丞達の事を話しているのを耳にした。あの髑髏騎士の正体の噂が真実だったのでは、と話しているようだ。そうだ、お前達、やっと分かったか。うちのお嬢様は、すごいんだぞ。ゾエは無表情で心の中でふんぞり返った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ