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62・リュシアン4






リュシアンはジャンから街で流れているカロルの噂を聞き頭を悩ませていた。加護無しの噂は以前からあったが、最近は錬金術の功績に髑髏騎士の正体の噂が流れ、終いにはこの噂を信じなかった者達がカロルを狡猾な令嬢だと噂するようになってしまった。

リュシアンはまず錬金塔からカロルが研究した物を公表させた。錬金塔からの公式な発表という事もあり、国民はこれを信じ、様々な物を生み出したカロルに感謝した。しかしカロルが髑髏騎士だという事を信じられない人も多く、狡猾だという悪評も消えなかった。


リュシアンが頭を悩ませている問題は他にもあった。騎士団長から、カロルを騎士団で働かせて欲しいと要請されている事だ。王太子の婚約者で、未来の王妃となる人物に対する要請とは到底思えないものだが、カロルは強くなりすぎていた。騎士団としてはどうしても迎え入れたい人材なのだろう。騎士団長は熱心にリュシアンに提案してきていた。カロルの才能を埋もれさせるのはあまりにも勿体ない、公務に差し支えるというのなら側妃を迎え入れてはどうか、と。

リュシアンは側妃を迎える予定は無いと突っぱねた。そして、恐らくカロルは王妃になっても要請があればモンスターの討伐に向かうだろうと予想し、公務を手助け出来る人材を育てる事にした。カロルを心から支えたい、助けたいと思っている人物に声を掛けた。

ゾエもシャルルも城で勉強し、カロルを手助け出来るように仕込まれ叩き上げられている。二人はカロルの為だと、かなり熱心に勉強している。リュシアンは安心していた。これならば、側妃を迎える事無くカロルだけを愛する事が出来るだろうと。





その日は六年生の最後の舞踏会の日だった。リュシアンはカロルだけと踊っていた。他の令嬢に声を掛けられても、笑顔で断りカロルと踊り続けた。リュシアンは目の前のカロルの美しく着飾った姿を見て目を細めた。昨年のドレスのように背中を大胆に見せたデザインだが、今日は自分としか踊らせないつもりだから構わない。

踊りながらカロルは不思議そうな顔でリュシアンに問いかけた。


「リュシアン様、何故他の方のお誘いを断るのですか?」


「学園での舞踏会だから、他の令嬢と踊る必要は無いだろう?私はカロル以外と踊りたいと思わないしね。」


「しかし…。」


カロルはその先を言い淀む。リュシアンは首を僅かに傾げてその先を促した。


「学園内でリュシアン様とお近付きになれば、側妃となるチャンスもございましょう。この舞踏会は、またとない機会だと思うのですが…そう拒否されますと…、」


カロルは最後まで言えずに言葉を失った。リュシアンの悲しく冷たい視線に射られ固まってしまう。


「…どうしてカロルが他の令嬢達にそのチャンスを与えようと思うの…?」


「それは…。」


「カロルは私が他の女性と睦み合っても構わないというの…?」


カロルは今まで何度も考えた事をリュシアンに問われる。カロルだって、リュシアンが他の女性を愛するのは嫌だが、仕方のない事だとその気持ちを押し殺してきたのだ。カロルは側妃を迎えるのが最良だと結論付けていた。だから、独占欲や嫉妬心は心の最奥に閉じ込めて、物分りの良いふりをしていた。それをリュシアンにこうして問われ、カロルは目を逸らし下を向く。


「私は側妃を迎えるつもりはないよ。」


「しかしそれでは…。」


リュシアンは怒ったような表情でカロルを見つめ断言した。カロルは反射的に顔を上げてリュシアンを見る。


「佐助。」


「はい、ここに。」


二人の頭の中で子供のような声が響く。カロルはリュシアンの影に目を向けた。


「誰にも見られずに部屋に戻りたい。カロルも一緒に。」


「承知しました。」


「佐助、ダメです、やめなさ…。」


カロルは声の主を止めようとしたが、カロルの声は途中で掻き消え、ダンスフロアから二人は霧のように消えた。急に目立つ二人が消えたのに、それに気付く者は誰もいなかった。


真っ暗闇の中をリュシアンとカロルは運ばれている。二人を運ぶ者は闇の中を泳ぐように移動していた。しばらくすると、二人はリュシアンの部屋の中に、闇から滑り出るように現れた。床に座っているカロルの目の前に、赤い色に黒い縞模様の大蛇がとぐろを巻き頭を垂れている。その姿は怒られるのが分かっている子供を連想させた。


「主、罰は受けます。しかし、リュシアン様のお気持ちを聞いて下さいませ。リュシアン様は、主の事だけを考えておいでです。」


「佐助、ありがとう。」


リュシアンは佐助の頭を撫でた。カロルも佐助の前に座ったまま答える。


「佐助、罰など与えたりしませんよ。佐助は、ずっとリュシアン様の傍におりましたから、私よりもリュシアン様の事を分かっているのですね。」


佐助はカロルの使役するポッツェルというモンスターだ。ポッツェルは洞窟や木や林の影に潜むモンスターで、強く成長したポッツェルの中には影に遁甲する能力を持つ個体もいる。佐助はこの能力をカロルに使役されてから開花させた。それからリュシアンを守る為に三年程前からリュシアンの影に遁甲している。

佐助はずっとリュシアンを文字通り影ながら見ていた。リュシアンがカロルが王妃となった時に助けになるであろう人材を探していた事も、カロルの噂に悩んでいた姿も。佐助は長い時間を見守ってきたリュシアンに対して親身になっているので、今回リュシアンの命令に従ったのだろう。


「佐助、リュシアン様の話を聞きます。ここは大丈夫ですから、雪之丞の所で待っていて下さい。終わったら呼びます。」


「御意。」


佐助は影に沈み込み消えた。毎回カロルがリュシアンと二人で居る時は雪之丞の所で休む。流石に使役しているモンスターといえども、リュシアンと仲良くしている所を見られるのは恥ずかしいという理由もあった。護衛に関してはカロルが居れば必要ない。

佐助が消えたのを確認するとリュシアンはカロルをソファに座らせる。


「カロルは何故側妃を迎えて欲しいの?」


リュシアンはカロルの隣に座り、問いかけた。カロルは自然と俯いてしまい、リュシアンの表情が見れない。


「側妃がいた方が、騎士団の要請を受けても公務に影響は少なく済むと思いました…。私が側妃となるのも良いのではと考えてもいます。」


「やはり、騎士団か…。」


「…私の力で、傷付く者が減るのなら、私は行きたいと思います。元々は違う目的の為に鍛え始めましたが、国民の為になるのなら、その為に力を使いたいのです。」


俯いたままのカロルの手をリュシアンは握った。


「カロルは私が他の女性と夜を過ごしても良いと思うの…?」


リュシアンの絞り出すような言葉に、カロルは心臓を鷲掴みにされたように胸が傷んだ。本当は嫌だ、嫌だけど、何もかもを望むようにしたいだなんて我儘は許されない。我慢をしなければならない。


「…私の事は、良いのです…。他に守らなければならないものが、あるのですから。」


「それはつまり?私はカロルの本心が聞きたい。」


リュシアンの、カロルの手を握る力が強くなる。きっとリュシアンは、カロルの本心を聞くまで放してくれない。カロルは顔を上げてリュシアンを見た。


「…本当は、嫌です。私もリュシアンを、私だけのリュシアンにしたい…。でも私だけでは王妃としての公務を果たせません。こんな我儘を…申し訳ございません…。」


リュシアンは、カロルの本心が自分を独占したいという可愛らしい欲望だった事に喜びを感じ、カロルを優しく抱きしめる。


「カロル、私は側妃を望まない。望むのは君だけだ。だから、カロルが王妃となっても騎士団の要請に応えられるようにゾエとシャルルを君の側近にすべく教育している所なんだ。」


カロルは驚きに目を見開きリュシアンを見た。リュシアンは微笑む。


「カロルの公務を軽くする為に、二人には城勤めして貰うよう話をしたんだ。二人は信頼のおける人物だからね。だからカロルは心配せずに騎士団の要請に応えてくれて構わないよ。ああ、無理だけは、してはならないけど。」


カロルはリュシアンの言葉に頷く。ウィリアムの言う通り、一人で思い悩んで突っ走った考えをしてしまっていた。早くリュシアンと話をすれば良かったのだ。カロルは少し反省した。


「リュシアン、ありがとうございます。それに、申し訳ございませんでした…。」


頭を下げるカロルにリュシアンは首を振って答えた。


「良いんだ。騎士団長から度々、側妃を迎えてカロルを騎士団にと言われてね。対策を考えていたんだよ。…どうしても私はカロルを離したくないみたいだ。」


リュシアンは苦笑した。カロルはそんな話があった事にも驚く。騎士団長は見た目だけでなく行動まで豪胆だ。まさか王太子にそんな進言をするだなんて。


「まぁゾエとシャルルには頑張って貰おう。愛するカロルの為だ。きっと彼等は何が何でもやり遂げるよ。」


リュシアンは腹黒く微笑むが、カロルは腑に落ちなかった。確かに二人は信頼出来る人物だ。しかし、カロルの為に何が何でも、という程のものを彼等に与えた心当たりは無い。

しかし心許せる二人がカロルの側近として働いてくれるのであれば安心出来る。カロルはリュシアンにゾエ、シャルルに感謝した。

結婚式もあと三ヶ月後には行われる。リュシアンとやっと結ばれる事は嬉しいが、心配事は解決していない。最近はカロルが狡猾な令嬢だという悪役令嬢らしい噂まで広まってしまっている。これはシャルロットが、加護についての噂を消す為に動き、更に騎士団員もそれに追従した結果だと、シャルロットから聞いていた。シャルロットはかなり落ち込んでいたが、皆がカロルの為を思ってしてくれた事は嬉しく、カロルはシャルロットを慰め感謝した。すぐにではなくても、いつか分かって貰えたら、受け入れて貰えたらとカロルは思った。

誤字報告ありがとうございました。

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