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59・憧れた人






ダンスを終えて、カロルとレモンはシャルロットの元に戻ってきた。シャルロットは惚けていたようでカロル達が近付いても気付かない。


「シャルロット様?どうかされましたか?」


カロルはシャルロットの顔を覗き込むようにして聞くと、シャルロットは意識を取り戻したようでビクッと体を強ばらせた。


「あ…カロル様…。あの、私…。」


シャルロットの瞳が揺れている。一体どうしたのだろうか。先程までの笑顔が消えて目を泳がせているシャルロットに、カロルは首を傾げた。


「シャルロット様、ご気分が優れないようでしたら外に出ましょうか?」


「……あぅ…、そうします……。」


シャルロットは具合が悪い訳では無かったが、カロルと共に外に出る事にした。季節は冬に入ったばかりだが、今日は建物を取り囲むように温度を調節する魔石装置が付けられている為寒くはない。

カロルとシャルロットはのんびりと庭を歩いた。シャルロットは少し落ち着いたようで、少しずつ話し出した。


「私、こっちの世界に産まれてから農民だったんです。農作業は好きでした。作物を育てて、実りに感謝して、お金に替えて、それで生活をしてきました。」


シャルロットは昔を思い出すように、思い出を慈しむような表情で話す。


「農作業の毎日の水やりは大変で…力仕事ですし、水やりだけで時間が過ぎてしまうんです。私には水の精霊の加護もあったので、魔法で水やりをするんですけど直ぐに魔力が足りなくなってしまうから、結局水場から水を運んで水やりをしていました。そんな時、水樽魔石が錬金塔から発売されたんです。」


シャルロットは目を閉じて微笑むように口角を上げた。


「水樽魔石のお陰で水やりがとても楽になりました。私達農民だけじゃなく、冒険者や旅をする方はあの魔石には助けられたと聞きました。」


カロルはシャルロットの話を聞き、胸に温かいものが広がった。自分の研究を、こうして喜んでくれた声を直接聞けた事が嬉しい。


「しかも、その数ヶ月後には、水樽魔石からシャワーみたいに水が出て、畑の水やりをしてくれる魔石まで発売されました。あの魔石は、錬金塔の錬金術師が、私達農民の為に開発してくれたものなのだと、とても嬉しく思いました。」


シャルロットは目を輝かせ頬を染めてカロルを見た。


「その錬金術師が、カロル様だったなんて…。私はカロル様に憧れて、カロル様のような錬金術師になりたいと、この学園に入学したんです。」


カロルは嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ち半分で頬を赤らめた。そんなカロルの手を握りシャルロットは微笑んだ。


「カロル様と出会えて、本当に良かったです。」


「シャルロット様…ありがとうございます。シャルロット様のお話が聞けて良かったです。出来れば、これからも、お友達として仲良くして下さい。」


シャルロットは意外な言葉を聞いたというように目を丸くした。


「お友達として…良いんですか?私は元平民ですのに…。」


「お友達になるのに身分など関係ございませんよ。」


そしてカロルは笑い出す。シャルロットは急に笑いだしたカロルを不思議そうな顔で見ている。


「私もですけど、シャルロット様もこの世界に染まりましたね。日本では身分の差など、考えた事も無かったですが…。」


「あはは!本当ですね。私はもう、シャルロットでしかないです…。カロル様も、そうなんですね。」


「そうですね…。思い出す事もありますが、遥か遠くの…まるで物語のような記憶です。私ももう、十七歳のカロル・ローランなのです…。」


前世で自分の命よりも大切だった人達がいた…もう会えない人達が。でも、今のカロルにも大切にしている人達がいる。この人達を、カロルは大切に、守っていきたいと思う。


「シャルロット様、舞踏会を楽しんでおりますか?」


「え?あ…はは…、私はあまりダンスが得意じゃないので…。」


シャルロットは恥ずかしそうに視線を逸らした。そんなシャルロットにカロルは手を差し出した。


「シャルロット様と踊りたい方は多いでしょうに…。抜け駆けになってしまいますが、私と踊って頂けませんか?」


シャルロットはカロルの手を戸惑ったように見る。この手を取ってもいいのか迷っているようだ。カロルは微笑み続けた。


「私、男性パートも踊れますので、リードしますよ。それに、ここなら誰も見ておりませんから。」


シャルロットはおずおずとカロルの手に、自らの手を乗せた。カロルはシャルロットの背中に手を回して踊り出す。カロルの言う通り、カロルは男性パートも完璧だった。優しいリードのお陰でとても踊りやすい。シャルロットは二曲目にレモンと踊ったが、踊りやすさが全然違った。シャルロットは自然と笑みが零れる。シャルロットの笑顔にカロルも優しく微笑んだ。

二曲踊るとシャルロットは喉が乾いたようで、二人は会場に戻った。飲み物を片手に談笑しているとウィリアムとジャンがやって来た。


「次カドリーユだって。カロル、踊ろうぜ?」


「是非お願いいたします。シャルロット様はカドリーユは踊れますか?お疲れでしたら、ご無理なさらず…。」


「一応…習いました…。」


「よし。じゃあ行こうぜ。」


ジャンはシャルロットの手を取りダンスフロアに向かう。カロルもウィリアムと後に続いた。ウィリアムはカロルの耳元で囁く。


「リュシアン様がすごい見てるな。もっと妬かせてやろうか?」


ウィリアムが悪戯っぽく笑う。カロルはそれ程遠くない距離にいるリュシアンを目の端に確認しながら答えた。


「やめてください。後が大変なんですから…。」


「相変わらずお熱いな。リュシアン様だって他の女と踊ってるのに…あんな目で見る位ならずっとカロルといればいいのにな。」


「リュシアン様は側妃を選ばなければなりませんからね。あの方々も側妃になりたいと思っているのではないでしょうか。」


カロルはサラリと言ったが、ウィリアムはびっくりしたようにカロルを凝視した。


「側妃?何でまた?カロルはそれで良いのか?」


「側妃がいれば、私が騎士団の要請を受け続ける事が可能となるでしょう。私が側妃になるのも良いとも思っております。それに、側妃を迎える事と、私の気持ちは関係ありませんから。」


ウィリアムに心配無いと言う様にカロルは微笑んだ。その微笑みはウィリアムには逆効果で、ウィリアムは僅かに眉を寄せる。


「お前またそんな風に…。また俺の知らない所で傷付いたりしないでくれよ。ちゃんとリュシアン様と話したのか?お前は一人で考えて突っ走る癖があるからな。」


ウィリアムの言う通りである。カロルはリュシアンと側妃の事を話していない。話をするのが怖かった。自分が醜い嫉妬心に包まれてしまうのが、それをリュシアンに見られてしまうのが怖かった。


「…その様子だと何も話してないな。全く…。」


ここでダンスの相手が変わった為にこの話題も終わる。ジャンはカロルの手を取り踊りながら問いかけた。


「ウィリアムすごい顔してたけど、どうしたんだ?」


「大した事ではありませんよ。」


カロルはジャンの問い掛けを受け流してダンスを続けた。

カドリーユが終わり、カロルはシャルロットと話をして過ごした。


「もうすぐラストダンスの時間ですね。」


「ラストダンス?何かあるんですか?」


「ラストダンスは本命の人と踊るって言われているんです。シャルロット様もお誘いがあるかも知れませんね。」


「そうなんですか…。でも私好きな人いないですから、踊れませんね。」


カロルは、シャルロットであれば引き手数多だろうに、将来シャルロットに想われる幸運な男性はどんな方なのか、と思いを巡らせた。

するとリュシアンがカロルの元にやって来た。薔薇色の微笑みを浮かべてカロルの手を取る。


「やっとカロルと踊れる…。勿論、私とラストダンスを踊ってくれるよね?」


「勿論です、リュシアン様。」


二人は微笑み見つめ合いながらダンスフロアに向かった。間近で見ていたシャルロットは、夢を見るような表情で二人を見送った。


「…いいなぁ…、私もあんな恋愛したい~。」


シャルロットは乙女ゲームに対する憧れはあったが、攻略対象に直接会ってみて、その美男子ぶりと本当に会えた感激で気持ちは昂ったものの、恋に落ちる程ではなかった。なので早々に攻略を諦めた。そして学園に入学してからもシャルロットに声を掛ける男子生徒は沢山いたが、シャルロットの心を動かす人物はいなかった。シャルロットはカロルとリュシアンのように、お互いに想い合える相手に巡り会いたいと最近は思っている。

憧れの視線を受けている当の二人は、微笑み見つめ合いながらダンスをしているが、話している内容はあまり微笑ましいものではなかった。


「カロル、やはり沢山ダンスに誘われたのだね。」


「…リュシアン様程ではございませんよ。」


「ヴィルフリート殿下、ヘンドリック君、レモン君にカドリーユの時のウィリアム君とジャン達…。」


他の令嬢達と踊りながらしっかりこちらを把握しているリュシアンにカロルは驚きと呆れを同時に感じた。


「カロルは、私だけのものなのに…。」


リュシアンは切ない表情でカロルを見つめた。


「そうですね。()()リュシアン様だけのものです。」


何か含みのある言い方をしたカロルだったが、極上の笑みを浮かべていた為、リュシアンはその笑みに流されてしまった。カロルを甘く見つめて微笑む。


「本当に、そうしたいよ。早く私だけのカロルに。」


「ふふ。結婚式は来年ですね。」


事ある毎に言っていた、結婚式まであと何年、がもう来年だ。リュシアンもカロルも楽しみにしている。一年以上先の事ではあるが準備も進んでいる。カロルのウェディングドレスの採寸も済んでおり、体型の維持を懇願された為カロルはトレーニングをし過ぎない様にしていた。


「来年か…。まだあと一年あるけど、長かったな。」


「結婚したら、これまで以上の時間を、共に過ごす事になるのですよ。リュシアン様にも、孫を見るまで生きて頂きますからね。」


カロルはにっこりと笑う。カロルの考える未来に、自分が隣にいる事が嬉しい。リュシアンはその笑顔を、とても愛しいものを見るように微笑み見つめた。

誤字報告ありがとうございました。

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