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58・舞踏会






期末の試験も終え冬季の休暇まで残すところあと数日、今日は学園の舞踏会当日だ。夕方から開かれる舞踏会の準備に、令嬢達は気合いを入れていた。カロルも用意したドレスを見て暗い気分になりながらも、準備の為に寮まで来てくれたゾエに体も髪も磨かれている。


「…騎士団の要請が今来てくれたら、と考えてしまいますね。」


「お嬢様、殿下が悲しまれますよ。とても楽しみにしていらっしゃいましたから。」


「楽しみにしていた分、余計にガッカリさせるだけですよ…。」


ゾエは手際良く髪を結い上げ化粧を施していく。長い髪を全て纏め上げているので大人っぽく見える。ゾエはリュシアンから、あまり綺麗にしすぎない様に言われていたが、そうはいかない。お嬢様を最高に輝かせてみせると腕を奮った。

カロルはドレスを着て鏡を見る。笑われる程変では無いはずだ。


「ゾエ、わざわざありがとう。ゾエのお陰で少しは見れるものになったと思います。」


「お嬢様、よくお似合いでいらっしゃいます。とってもお綺麗でございます。舞踏会、楽しんでいらして下さい。」


「ありがとう…。では行ってきます。」


カロルは外套を羽織り寮から出た。リュシアンがカロルを迎えに寮の前で待ってくれていた。


「リュシアン、お待たせ致しました。」


「楽しみで早く来てしまったよ。その髪型もとても似合っている。今日も綺麗だね。」


カロルはリュシアンの手放しの賛辞に赤くなる。ああ、外套を脱ぎたくない…。しかし学園はすぐそこ。舞踏会会場に入り、外套を預けリュシアンの元に再び戻る。恥ずかしくて仕方がなかったが、背筋を伸ばし堂々と歩いた。カロルの姿にリュシアンは目を見開き固まっている。

カロルのドレスはハイネックのカットの深いノースリーブで、背中を大胆に見せ、膨らみの無いスカートが足元まで伸びている。ネイビーのとろりとした生地はカロルが動く度に星が輝くように煌めく。


「リュシアン…?参りましょうか。」


何も言わないリュシアンにカロルは促すように声を掛けた。しかしリュシアンは低い声で答える。


「…いや、行かない。」


「え?しかし、リュシアンが行かないと…、」


途中で遮られカロルはリュシアンに腕を引かれ壁際に押しやられる。リュシアンは壁に両肘を付きカロルを閉じ込めてしまった。こんな人目がある所で、とカロルは思うが、学園ではよくある光景になっている為、またリュシアン様とカロル様がイチャついてると、あまり気にされていなかった。


「こんなに綺麗で、こんなに肌を露出させてるカロルを他の者に見せる訳にはいかないよ。カロルの虜になるのは私だけで良いんだ。」


リュシアンはカロルの腕から肩へ、筋肉を確かめるように撫で上げる。鼻先を付けて熱く見つめられる。


「背中だって…こんなに。」


肩を撫でていた手は背中にまわり、撫でながら腰に降りてくる。


「リュシアン!」


アンリの声に背中を撫でていたリュシアンの手が止まる。やれやれといった表情のアンリが走って来た。リュシアンが離れカロルは緊張した体から力を抜いた。


「あと入場していないのはお前達だけだ。…全く、こんな時駆り出されるのは何時だって俺なんだから、そういう事は終わってからしてくれ。」


呆れたようにアンリに見られ、カロルはまた赤くなった。アンリは会場内に婚約者を待たせているので走って戻って行った。リュシアンはアンリの背中を見送りため息をつくとカロルの手を取った。


「仕方ない。行こうか。」


「…はい。」


カロルはリュシアンのエスコートで会場に入った。背が高い美形の二人が堂々と入場した姿に方々からため息が漏れた。

学園長が舞踏会の開始の挨拶をしている。挨拶が終わると六年生のダンスが始まる。一曲目が終わると、皆がダンスを始めた。カロルもリュシアンと踊っている。背中に添えられた手も、カロルを見つめる瞳も熱い。ダンスが終わり、二人は会場の端に用意された飲食コーナーに向かう。途中でリュシアンは女子生徒達に声を掛けられ、カロルは一人で飲食コーナーに向かった。リュシアンは他の女子生徒達と踊るのだろうし、壁の花になるのも良いし抜け出すのも良いな、とカロルは思いながら食事に手を付けた。


「カロル、今宵は殊更美しいな。俺と、踊ってくれないか?」


振り返るとヴィルフリートが立っていた。後ろにはヘンドリックもいる。ヘンドリックは赤い顔をしてカロルに話し掛けた。


「カロル殿!私とも是非!」


「…私で良ければ、よろしくお願いいたします。」


ヴィルフリートはカロルの手を取りダンスフロアに向かう。クイックステップの曲が流れてきた。リズムに合わせて踊り出す。


「カロルはダンスも得意なのか。上手いものだな。」


「ヴィルフリート殿下も、とてもお上手なのですね。」


二人は早いリズムの曲を息を合わせて踊る。カロルは踊るのも好きなので、自然と笑顔になる。ヴィルフリートはそんなカロルの顔を目を細めて見た。ダンスが終わり、ヴィルフリートはカロルの手を取り会場の端に移動した。両手を手に取られ、高い所にある蜂蜜色の瞳がカロルを真剣に見つめる。


「やはり俺とは、結婚出来ないか…?」


「…はい、ヴィルフリート殿下、申し訳ございません。私はリュシアン様を愛しています。たとえリュシアン様に捨てられても、他の方と結婚する事は、考えられないのです…。」


「はっはっ!その心配は無さそうだがな。今日まで見てきたが、あれはカロルに執心しすぎている。今も他の女と踊ってはいるが、奴の視線が刺さる刺さる…。」


ヴィルフリートはリュシアンに視線を寄越すと苦笑した。ヴィルフリートはカロルの頬に触れると、反対の頬に口付けた。ヴィルフリートはそのままカロルの耳元で囁く。


「お前を手に入れられなかったのは残念だ…。だが、いつまでも見込みも無いのに縋り付くのは性に合わん。どちらかが好きでなければ無理にでも連れ帰ったんだがな。」


ヴィルフリートはカロルから体を離し明るく笑った。


「長く国を離れている訳にもいかぬ………俺は国に帰ろう。ヘンドリックとも踊ってやってくれ。」


「はい。ヴィルフリート殿下、ありがとうございます。」


カロルは深く礼をした。ヴィルフリートと入れ替わりにヘンドリックが近付いてくる。真っ赤な顔をしてダンスを申し込むヘンドリックに笑顔で応えた。まだクイックステップの曲が流れている。意外にもヘンドリックもダンスが上手かった。ヴィルフリートと踊っている時と同じくカロルはダンスを楽しんだ。


「…ありがとうございました、カロル殿…。」


「こちらこそ、ありがとうございました。」


カロルは微笑み礼を言う。ヘンドリックは何か言いたげだったが、言葉を飲み込み礼をして去って行った。ヘンドリックを見送ると、カロルは喉が乾いたので飲み物を取りに飲食コーナーに向かった。


「あ!カロル様。今日もとってもお綺麗です!ドレス、素敵ですね。」


飲食コーナーにいたシャルロットがカロルに話し掛けてきた。隣にはシャルロットと同じ錬金科のレモン・ルフェーブルがいる。二人が並ぶと可愛らしいカップルのようだ。


「ありがとうございます。シャルロット様も、とてもお綺麗です。いつもより一層輝いておりますね。」


シャルロットは淡い紫色のプリンセスラインのドレスを着ている。スカートの部分に綺麗な刺繍が施され、所々縫い付けられた宝石がキラキラと輝いている。カロルとシャルロットが談笑していると、隣にいたレモンが意を決してカロルに話しかけた。


「あの…!カロル様、私と一曲踊って頂けませんか?」


「え?…はい、私でよろしければ…。」


「レモン様?まさかカロル様狙い…?」


シャルロットの言葉にレモンは慌てたように声を上げた。


「なっ…何を恐れ多い事を!リュシアン様の婚約者ってだけでも近付き難いのに…、それにカロル様は錬金術師の憧れなんですよ!」


「錬金術師の憧れ?それってどういう事なんですか…?」


レモンはしまったと言う様に口を塞いだ。しかしシャルロットはレモンを逃さないとばかりに詰め寄る。壁際まで追い詰められたレモンは縮こまっている。


「ぁぁぁ…カロル様、申し訳ございません…。」


「えっと…私の事でしたら大丈夫ですよ?」


「ほら、カロル様もこう仰ってるので、教えて下さい。」


レモンは上目遣いでシャルロットとカロルを交互に見ると、小さい声で白状した。


「カロル様は、錬金塔で数々の研究を行ってきました。カロル様が開発された物は色々な方々を助けてきたんです。」


「カロル様が、錬金術を…?」


「はい。これまでに無魔力穴病用装飾品、ポーションのタブレット化、手荒れ用クリームに水樽魔石、音魔石、魔石通話機…有名な物だけでもこんなにあります。」


レモンが何故この事を知っているのか…。レモンは錬金塔と関わりがあるのだろうか。カロルは考えた。


「レモン様は、モルガン・ルフェーブル様のご子息でいらっしゃいますか?」


「あ!はい!父をご存知でいらっしゃったのですね!」


レモンは頬を上気させてカロルを見た。カロルは錬金塔で世話になった男性を思い出す。モルガンは優しい錬金術師だった。レモンとはあまり似ていない。レモンとカロルはダンスフロアに向かった。二人は踊りながら話をした。


「レモン様のお父様には随分お世話になりました。色々と助けて頂きまして、本当に感謝しております。」


「私は父からカロル様のお話をずっと聞いていたんです。カロル様にずっと憧れていました。…あ!勿論、錬金術師としてですよ!」


レモンは誤解がないように付け加えた。リュシアンに睨まれては堪らない。実際今も睨まれているが、距離があるのでレモンは気付いていない。

カロルはリズムに合わせて優雅にくるくると回る。レモンも緊張しながらカロルをリードしている。そんな二人のダンスを、シャルロットは壁際で見ていた。その表情は、驚きに目を見開き困惑の色に染まっていた。

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