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53・乙女ゲーム






今日から新学期が始まる。シャルロットはカロルに話し掛ける為に寮の食堂が開く時間に食堂を訪れた。食堂に入ると既にカロルは席についていた。シャルロットはカロルの前に座る。


「おはようございます。カロル様。お早いのですね。」


「おはようございます。シャルロット様。シャルロット様もお早いのですね。」


カロルは微笑みながらも内心シャルロットの行動に警戒した。ヒロインが悪役令嬢に何の用があるのだろうか。


「カロル様とお話をしてみたくて…。いきなり話し掛けてしまってごめんなさい。ビックリさせてしまいましたよね…。」


シャルロットは眉尻を下げて俯き、上目遣いでカロルを見た。美少女のこの仕草、可愛らしすぎる。胸がきゅうんと締め付けられた。これがヒロインの魅力か。つり目がちの悪役令嬢顔のカロルには、シャルロットに勝てる気がしない。


「大丈夫ですよ。長期休暇はいかがお過ごしでしたか?」


「領地の方に戻っていました。母が農業をしていまして、その手伝いを。」


シャルロットの言葉に、近くのテーブルで食事をしていた生徒が笑うのが聞こえた。嘲笑されているのが分かるが、シャルロットは気にした様子はない。か弱く見えるがシャルロットの心の強さをカロルは垣間見た気がした。


「農業の事は詳しくはございませんが、大変なお仕事だと理解しております。正に、実りのある有意義な休暇を過ごされていたのですね。」


カロルは優しく微笑むと、シャルロットは明るい笑顔になった。カロルはシャルロットが嫌味に取らなかった事にホッとする。自分はキツイ顔立ちの悪役令嬢だ。そんなつもりはなくても嫌味を言われたと思われる可能性がある。


「カロル様、二人だけでお話がしたいのですが、放課後お時間ございますか?」


「え、はい。今日は予定がございませんので、空いておりますが。」


「良かった…。では放課後に街の方に行きませんか?」


「はい。シャルロット様、お誘いありがとうございます。」


カロルは笑顔で礼を言った。その爽やかな笑顔に、シャルロットも、カロル達の様子を見ていた周りの生徒達も見蕩れてしまった。

カロルとシャルロットは食事を終えて別れると部屋に戻り登校した。カロルはいつものようにリュシアンと登校し、リュシアンの隣の席に座っている。鐘の音が鳴り教師が入って来ると、久々の再会に喜んでいた生徒達は静かになる。教師は少し疲れた顔をしていた。教師の後ろから、その原因である二人の男子生徒が教室に入って来た。赤毛の一人を見て、リュシアンとカロルは固まった。隣国の第一王子、ヴィルフリート・イザールだ。もう一人は側近だろうか。かなり筋肉質な男だ。凛々しい眉に、怒っているような表情をしてはいるが、顔立ちは整っている。

ヴィルフリートはカロルとリュシアンが並んで座っている事に眉を顰めたが、すぐにいつもの自信に満ちた笑顔になる。


「俺はイザール国から来た、ヴィルフリート・イザールだ。強い者を求めて来た。よろしく頼む。」


隣国の王子に女子生徒達は色めくようにざわついた。


「俺はヘンドリック・ボックだ。」


ヘンドリックはニコリともせずに挨拶した。二人は教師に指示された席につき、ホームルームを受けた。

休暇明けの初日なので午前中で授業が終わる。帰ろうと荷物を纏めているカロルの前にヴィルフリートが来た。隣にヘンドリックもいる。


「久しぶりだな、カロル。婚約解消を求めたが断られてな。先にカロルの心を手に入れる事にした。」


ヴィルフリートはカロルを見て言っていたが、リュシアンを意識しているのがよく分かった。口角が挑発的に上がっている。


「ヴィルフリート様、先日も申し上げましたが、私はカロルと婚約解消は絶対にしません。カロルが貴方を好きになる事も無いでしょう。」


「ほぉ…随分自信があるようだな。では、カロルが俺に惚れたら婚約解消してもらおうか。」


ヴィルフリートは挑発的な笑みを深める。リュシアンはいつもの微笑みは消え去り、睨むようにヴィルフリートを見ていた。


「…それは出来ません。例えカロルが他の男に懸想しようとも、私はカロルと結婚します。ですのでヴィルフリート様、カロルの事は諦めて頂きたい。」


「随分とカロルを気に入っているようだ。だが俺も諦める事が出来ぬのでな。留学中にカロルとの仲を深めるつもりだ。」


「既に私とカロルは、私の部屋で朝を迎える仲です。貴方の入り込む隙はございませんよ。」


リュシアンの爆弾発言に教室中の視線がカロルに集まった。クラスメイト達は、二人の王子のやり取りをずっと見ていた。カロルは全身の毛穴が開くのが分かった。学園でなんて事を言ってくれたのだ。リュシアンの部屋に泊まったのは事実だが、きっと皆には一線を超えたと理解されただろう。カロルが今まで結婚まで我慢しようとしてきたのは何だったのかと暗然とする。

カロルは鞄を持つと立ち上がり、眉尻を上げて二人の王子を見た。


「申し訳ございませんが、私はこれから予定がありますので、失礼させて頂きます。リュシアン殿下にヴィルフリート殿下、ごきげんよう。」


カロルは淑女の礼をするとシャルロットの席に向かった。


「シャルロット様、お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。参りましょうか。」


「…い、いえ…。あの、カロル様…。」


カロルはシャルロットの手を取ると、男性が女性をエスコートするようにシャルロットと歩き教室を後にした。

取り残されたリュシアンは敬称で呼ばれた事にショックを受けていた。自分が形だけの婚約者ではないとヴィルフリートに知らしめたかった為に、カロルを怒らせる失言をしてしまった。しかもカロルは、あのシャルロットと教室を出て行った。リュシアンは外面には出さなかったが、かなり落ち込んでいる。そんなリュシアンにはお構い無しにヴィルフリートはリュシアンに告げる。


「お前達が既に男女の仲だろうと諦めない。カロルは俺に、イザール国に必要な女だ。この国よりも、イザール国の方が彼女に合っていると思うがな。」


「…何度も言いますが、彼女を手放す気はありません。それでは私も失礼します。」


リュシアンは足早に教室を出た。アンリがリュシアンの後を追う。リュシアンの後ろ姿を、ヘンドリックは冷たい視線で見送った。





シャルロットとカロルは荷物を置いて街に出ていた。ケーキが美味しいと評判のカフェで軽食をとっている。


「カロル様は、おモテになるんですね。イザール国からわざわざプロポーズしにいらっしゃるなんて。」


「…まさかヴィルフリート殿下自らいらっしゃるとは思いませんでした。」


頬を染め目を煌めかせているシャルロットとは逆に、カロルは生気の抜けた表情をしている。


「しかもカロル様との関係をリュシアン様がはっきりと仰られて…。」


「あれは…確かにリュシアン様の部屋には泊まりましたが、あの言い方では男女の関係があると誤解されてしまいます…。そんな事実はございませんのに…。」


カロルは痛む頭を押さえて弁解した。シャルロットは目を丸くする。


「嘘は言ってないけど、とんでもない誤解を与えた牽制の仕方ですね…。リュシアン様てそんなキャラでしたっけ?もっと冷静で懐の深いイメージでしたけど。」


「キャラ…?」


「はい。カロル様もプレイなさったんでしょう?乙女ゲーム、精霊の加護に抱かれて、を。」


シャルロットの言葉に、カロルは目が点になる。シャルロットはカロルが前世が日本人で記憶があると確信しているようだ。カロルは、やはりここは乙女ゲームの世界なのか、と納得する。


「シャルロット様は、そのゲームのヒロインなのですね。私は悪役令嬢という事で宜しいでしょうか?」


「あれ?カロル様はゲームをプレイしていないのですか?…やだ!てっきり私…。」


シャルロットは赤くなり、両頬を手で押さえて恥ずかしがっている。


「シャルロット様も前世の記憶がおありなのですね。」


「…も、って事は、やっぱりカロル様も…?」


「はい。日本人のオバサンでした。」


カロルはにっこりと笑った。シャルロットも嬉しそうな笑顔になる。


「私は高校生でした。って言っても、病弱で入院ばっかりしてて…それでゲームばっかりしてたんです。乙女ゲームで疑似恋愛を楽しんでました。」


「…そうなのですか…。」


カロルは泣きそうになってしまう。シャルロットは前世で十代という若さで儚くなってしまったらしい。前世のシャルロットと、その両親の不幸を思うと胸が痛む。


「今世はこんなに元気なので、長生きしたいと思います!」


「そうですね。私も孫を抱くのが目標です。」


シャルロットが元気良く宣言するので、カロルもつられて微笑みながら宣言した。二人はお互いを見て笑い出す。


「シャルロット様、もしよろしければゲーム内で私がどのように断罪されるのか教えて頂けませんか?」


「え?…はい…。カロル様はどのルートでもヒロインを虐める悪役令嬢でした。特にリュシアン様ルートの時の虐めが酷くて、ヒロインを攫って傷物にしようとするんです。ヒロインは無事に救出されて、黒幕のカロル様の悪事が暴かれて投獄されます。他のルートでは、王太子妃に相応しくないと婚約破棄されるんです。」


やはりカロルは悪役令嬢だった。対策をしていて良かったと心から思った。そしてカロルは断罪に処刑が無い事にホッとした。命が有りさえすれば何とかなる。最悪投獄されたら脱獄しよう。魔力を封じられても、逃れる術はある。リュシアンには知られてしまっている方法ではあるが、それは彼に止められるようなものではない。そして違う大陸に逃れてしまえば、流石に追って来られない筈だ。雪之丞達よりも速く飛べる従魔や騎兵はこの国にはいない。


「でも、カロル様はゲーム内と違って虐めもしてないですし、我儘とか言って周りを振り回したり困らせたりしてないですから、婚約破棄も投獄も有り得ないですよ。」


シャルロットは明るく笑い飛ばしだが、カロルは逆に落ち込んだ。虐めはしていないが、後半部分は思い当たる節が有りすぎた。


「いえ…、私は我儘で周りを振り回したり困らせたりしてばかりいます…。」


断罪の可能性が出てきたかも知れないと少し焦る。シャルロットは驚いた。目の前のカロルが我儘を言うイメージが湧かない。


「でもでも!リュシアン様が婚約破棄するとは思えないですよ!あんなにカロル様の事大好きじゃないですか!」


「ゲームの強制力とか、あるかも知れないですし…。」


弱気なカロルの姿にシャルロットは意外に思った。美しく、何でも出来るカロルは自信に満ち溢れているイメージだったからだ。筋肉質のカロルが小さく見える。


「あの、カロル様は何故そんなに鍛えてるんですか?ゲームと違ってビックリしちゃいましたよ。」


「婚約破棄されて国外追放となったら冒険者になろうと思いまして。」


「ええー!冒険者ですか?ゲームのイメージと真逆すぎですよ!カロル様って面白い方だったんですね。」


シャルロットは楽しそうに笑う。カロルはシャルロットの天真爛漫な所を好ましく思い、カフェでのお喋りを楽しんだ。

誤字報告ありがとうございました!

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