50・空を駆ける女戦士2
残酷な表現があります。
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カロルとギードはイルムの街近くの沼地に到着していた。マーカルゴラでも二日はかかる距離を、雪之丞達は一時間程で飛んで来た事にギードは驚き、カロルの言っていた意味を理解した。
沼地を飛び交うワイバーンの数を見てギードは表情が固くなった。
「あの時より、増えてる…。」
「討伐数を増やしましょうか。見えているワイバーンを全て討伐しますか?」
「あの数を…か?」
カロルは雪之丞に跨ったままバルディッシュを片手で構えた。
「私一人ではないですから。雪、力、半分倒したら交代しましょう。」
そう言うとカロルと雪之丞は沼地の中心に向かった。力丸はギードを騎士団の元に連れて行く。騎士団の者は現れたウォラーグに驚いたが、ギードに気付くと安堵し力丸を歓迎した。ギードは力丸から降りると礼を言う。
「力丸殿、ありがとうございます。これ程までに早く到着出来るとは…。」
「いいえ。では私はカロルの元へ向かいますので。」
力丸が言葉を発した事にギードと騎士団員達は驚いたが、力丸は気にせずに飛び立った。戦場より少し離れたこの場所に居てはワイバーンを討伐出来ない。力丸も暴れたかった。
「ギード、先程のウォラーグは?」
一瞬で飛び去った力丸を見送るギードに赤髪の青年が声を掛ける。ギードは振り向き跪いた。
「ヴィルフリート殿下、遅くなりまして申し訳ございません!あのウォラーグは地獄のダンジョンを攻略した冒険者の従魔でございます!」
「何と、あのダンジョンを攻略する者が現れるとは…。私は運が良かったな。これでワイバーン共を鎮圧出来るだろう。」
ヴィルフリートは力強い援軍に喜び自身もギード等を伴い出陣した。しかしその先には援軍などおらず、ズブラレウに乗った戦士が一人とウォラーグが一頭、ワイバーンの群れと戦っていた。
ヴィルフリートはワイバーンと戦いながら驚いていた。あの戦士は、騎士団が数人で隊を組んで戦っている相手に対し、たった一人、しかも一振りでワイバーンを屠っている。
凄まじい強さを見せつけているカロルを見て、ヴィルフリートは震えた。その震えは畏怖では無く歓喜だった。
「あの戦士、欲しいな。」
ヴィルフリートは戦いながら笑い、呟く。自分は欲しい物は何だって手に入れられるし、そうしてきた。あの戦士を必ず配下にしようと心に決め、ワイバーンと戦った。
カロルはワイバーンが半分程になると力丸を呼び、雪之丞の背を蹴ると力丸に飛び移る。雪之丞はやっと自由に暴れられると鬣を振り宙を掛けて行った。
「新しいバルディッシュは如何ですか?」
「鑑定では切れ味は無いと仰っておりましたが、魔力で補えるものですし、この重みのある一撃が良いですね。」
力丸の問いにカロルはそう言うとバルディッシュを横に振りワイバーンの首を胴から切り離す。カロルは満足気に口角を上げた。
「気に入りました。」
髑髏兜にドラゴンの骨で出来たバルディッシュを持つカロルは中々の威圧感があり、とても女性には見えないが、カロルには寧ろその方が都合が良い。
カロルは一時間程で見えていたワイバーンを討伐し終え、ギードを探した。ギードは先程力丸が送って行った場所に数人の騎士達と共に居た。カロルはそちらに向かう。
「ギード殿、お疲れ様でした。ワイバーンの死体の処理の方はそちらでお願い出来ますか?」
「ああ、助力を感謝する。本当に強いんだな。」
「いえ、では私はこれで失礼します。」
カロルはそう言うと雪之丞に跨ろうとするが、よく響く低い声に阻まれる。
「待て、そこの戦士。俺からも感謝を述べたい。」
カロルが振り返ると、騎士団とは違う鎧を身に付けた、背の高い大柄の男がこちらを見ていた。赤髪に強い眼光の美男子だった。
この方がこの国の第一王子、ヴィルフリート殿下か。とカロルは思う。そして、この世界には美男子が多いのだな、とも。
カロルはヴィルフリートの前に跪き頭を垂れた。
「強き魔物を従える戦士よ、名を何という。」
「…カロル・ローランと申します。」
「カロル、面を上げよ。」
ヴィルフリートの言葉を受け、カロルは顔を上げる。髑髏兜の奥のカロルの濃い青色の瞳とヴィルフリートの蜂蜜色の瞳が合う。
「カロル、俺に仕える気はないか?」
カロルは一瞬息が詰まった。しかし落ち着いた声で答える。
「申し訳ございません。有難いお申し出ではございますが、私は学生にございます。将来も決まっております故、辞退させて頂きます。」
カロルはそう言うと頭を下げた。ヴィルフリートは断られた事に眉を顰めるが、カロルがまだ学生な事に驚いた。
「カロル、兜を取って顔を見せてくれないか。」
隣国であろうが、王族の命令に逆らう事など許されない。カロルは冒険者である時のトレードマークと言える髑髏兜を脱いだ。白銀の髪が風で揺れる。前髪は汗で額に張り付いている。カロルは髑髏兜を自身の横に置き、顔を上げてヴィルフリートを見た。ヴィルフリートはカロルを見て息を飲んでいる。
「…女性だとは思いもしなかった。」
ヴィルフリートはやっと一言を発した。カロルは黙ったままヴィルフリートを見つめた。何時になったら帰らせて貰えるのだろうか。
カロルの心情とは全く別の感情をヴィルフリートは抱いていた。強い戦士だと、配下に欲しいと思っていたら、美しく凛とした女性だった。ヴィルフリートはカロルに近付き、カロルの手を取った。
「カロル・ローラン、俺の妃となってはくれぬか。」
いきなりのプロポーズにカロルは目を丸くした。何故こんな事を言われているのか理解が出来ない。
「あ、あの、申し訳ございません殿下。私には婚約者がおりまして、卒業後に結婚する予定でございます。」
「…しかしカロル、私はお前のその計り知れない強さと、その美しさを気に入ってしまった。私は王位継承権第一位だ。将来王妃になれる可能性がある。一緒に国を守ってくれ。婚約解消して、俺の妃になれ。」
ヴィルフリートは力強く言った。ヴィルフリートは俺様だった。カロルは困ってしまうが、ヴィルフリートのこの強引さはいつも、配下や彼の周りの令嬢達には好意的に映る。
「…申し訳ございません…。私の婚約者はガルニエ王国の王太子なのです…。」
カロルはやっとの事でこれだけを口にした。王族の誘いを断るのだ。不敬だと言われて投獄されでもしたら…。もしかしたら、こちらの王子と接触した事で断罪される事になるのでは、と頭の中で考えがぐるぐる回る。
「成程。相手が王族では婚約解消もカロルから申し出る事は難しいな。分かった。では私の方から打診しよう。」
「いえ!殿下、そのような事は…。」
ヴィルフリートはカロルの顎を手でくいっと上げた。
「カロル・ローラン、待っていてくれ。必ずお前を妃として迎えよう。それまでこの唇に触れる事は我慢しよう。」
そう言うと挑戦的な微笑みを浮かべ、ヴィルフリートはカロルに背を向け歩き出す。歩きながら騎士団にワイバーンの処理の指示を出している。
カロルは取り残され肩を落とした。リュシアンに最悪の土産を作ってしまった。しかしカロルにはこれ以上何も出来ない。髑髏兜を被り立ち上がる。困惑した面持ちでこちらを見ていたギードに近付いた。
「それでは、私はこれで…。」
「あ、ああ…カロル殿、ありがとう。」
カロルは雪之丞に跨ると宙を駆けて地獄のダンジョンの街へと飛んだ。地獄のダンジョンへの挑戦が、新たな火種を生んでしまった事に戸惑っている。リュシアンには何と説明したら良いのだろうか。カロルは悩んだが、王族相手では何も出来ない。ヴィルフリートは本気なのだろうか。まさかイザール国ジョークとか…?カロルはこれからどうなってしまうのか不安になりながら地獄の街で夜を過ごし、次の日、ガルニエ王国に帰国した。
「ランディ、今までお付き合い頂き、ありがとうございました。これにて、私達のパーティは解散です。」
「ああ、カロル。俺こそありがとう。カロルと一緒でなけりゃ行けなかったトコ、手に入らなかった物ばっかりだった。」
そう言うとランディは、絵の具を溶かしたようなはっきりとした発色の黄色い石に、銀の装飾が付いたネックレスを指で摘む。地獄のダンジョン内から出てきた装飾品で、呪いを防ぐネックレスだ。ランディの師匠は宝箱の罠による呪いで両腕が使えなくなった。ランディは罠の解除に自信があったが、念には念を入れたい。戦利品を分ける際に、真っ先に希望したのがこれだった。
「カロルとリュシアン様の結婚式見てから国に帰るからな。それまではガルニエ王国にいるから、何かあったら呼んでくれ。」
「ありがとうございます。ランディも、何かあればいつでも言って下さいね。」
カロルとランディは、握手をして別れた。カロルは、リュシアンに婚約破棄を突き付けられる事は無いとは思うが、もし万が一国外追放になったらランディに声を掛けてみようと思った。ランディは信頼出来る人間だし、気心が知れている。国に帰ると言っているので、世界中を旅しようと思っているカロルに着いて来てくれるかは分からないが、今度は自分からパーティに誘ってみよう。
夜になるとジョルジュとミレーユに報告をする。
「お父様、お母様、地獄のダンジョンを攻略した事で、私の目的を果たす事が出来ました。冒険者としての活動は、これで最後になります。今まで暖かく見守って下さいまして、ありがとうございました。」
そう言うとカロルは頭を下げた。ジョルジュはやっと心配の種が一つ消えた事に安心する。ミレーユも反対こそしなかったものの、カロルの身が心配ではあった為ほっとした様な表情を浮かべた。
「リュシアン様との結婚式にコンバグナ様を招待する事になりました。」
「…コンバグナ様…?戦いの神の、か?」
「はい。…それと、イザール国の第一王子にプロポーズをされまして…お断りしたのですが、もしかしたら連絡があるかも知れません…。」
カロルの言葉にジョルジュは目を丸くした。心配の種が一つ消えたが、新しくもう一つ出来てしまったとは。
「ヴィルフリート殿下が何処まで本気なのか分かりかねますので、本当に連絡があるかも分かりませんが、一応報告致しました。」
「…うむ。報告ありがとう。相手は他国の王族だからな。対応も難しい…殿下にも報告しておきなさい。」
カロルは、わかりましたと一言言い、礼をする。内心溜息をつく。自分で撒いた種ではあるが、リュシアンに伝えるのは少々気が重い。
「ふふふ。カロルはモテるわねぇ~。」
ジョルジュとは逆にミレーユは能天気に構えている。大らかなミレーユにジョルジュもカロルも重苦しい気が抜けたように苦笑する。
「カロルは殿下と結婚したいのでしょう?殿下も同じ気持ちでいると思うわ。ちゃんと殿下に相談して、頼ったら良いわ。きっと何とかしてくれるもの。」
ミレーユの言葉にジョルジュも同感だった。あのリュシアンが、カロルを手放す選択をする筈がない。
カロルは今まで自分で様々な壁を乗り越えてきたが、今回はリュシアンに頼ろうと、そう思った。自分の事でリュシアンの手を煩わせるのは申し訳無い気持ちになるが、カロルには他に方法が無かった。カロルの胸の内に暗く重い靄が沈み込んでいった。




