45・シャルロット
シャルロットが入園してから二ヶ月程経ち、もうすぐ夏季休暇に入る。シャルロットは入園時からある事をずっと考えていた。
「やっぱり、おかしい…。」
寮の部屋のベッドに横になり、独り言ちる。
「もうすぐ夏季休暇に入るってのに、何のイベントも起きないなんて…。このままじゃ、誰とも恋愛出来ないじゃない…。」
眉間に皺が寄っている。そんな表情も可愛らしい。
「まず、カロル・ローランが変わりすぎなのよ。何であんな筋肉なの?ガチムチ令嬢って何よ?縦巻きロールの巨乳美女は何処に行ったのよ?」
シャルロットは前世で乙女ゲームをプレイした転生者だ。ゲーム内でのカロルは縦巻きロールだったようだ。ゲーム内では大きかった胸は日々の筋力トレーニングによりボリュームが抑えられてしまった。
「リュシアン様は何故かあのガチムチ令嬢のカロル・ローランにベタ惚れだし。何故か私がライバル視されてるし~!」
シャルロットはゲーム内でのリュシアンを思い出す。カロルの我儘で婚約者にされてしまったリュシアンは、婚約者の事をあまり良くは思っていなかった。我儘で自己中心的な考えを持ち、高飛車で周りを振り回す侯爵令嬢…そんなカロルはリュシアンの地位と外見に惚れていた。そして現れた可愛らしいヒロインがリュシアンの努力家な所を褒めると、自分の努力を認めてくれる存在に心惹かれるようになる。…はずだったのに。
「カロル・ローランも転生者なのかしら…。でもゲームをしていたら、ガチムチ令嬢化はしないハズよね…。筋肉好きキャラなんて隠しキャラでも居なかったハズ。続編が出てたとか?…うう~!やりたかった!」
シャルロットはベッドの上で枕を抱えてジタバタと藻掻いた。
「…とにかく、キャラが全然ゲームと違うから、ゲーム通りに攻略するのは無理ね…。」
シャルロットは考えた。攻略キャラはリュシアン、ウィリアム、アンリ、シャルル、カロルとは接点の無かった錬金科のレモン・ルフェーブルと魔術科のルイ・フランソワ、隠しキャラのイヌクシュクだ。
シャルロットは攻略キャラのリュシアン、ウィリアム、シャルルの三人の専攻する政治科を専攻せずに錬金科を専攻していた。シャルロットはキャラを攻略する事よりも、錬金術師になるという自分の夢を優先させた。それも関係あるのかと思ったが、錬金科専攻の攻略キャラのレモンも、ゲーム内とは少し違っていた。ゲーム内ではカロルと接点等無く、高飛車で我儘なカロルを軽蔑していたレモンだったが、こちらのレモンは何故かカロルを尊敬しているようだった。カロルとレモンは知り合いという訳では無さそうなのに、だ。
魔術科のルイとはクラスも専攻も違う為、話した事は無かったが、見た目だけはゲーム内と同じだった。薄紫色の髪、切れ長の目に黒い瞳の知的そうな美男子だった。
そして極めつけはイヌクシュクだ。ゲーム内でもかなりの美しさだったが、実際に見てみると倒れそうな程に美しい。学園で会えるとは思っていなかった。カロル一人だけの授業の為に学園に来ているらしい。正直羨ましいが、シャルロットにはイヌクシュクと二人だけの空間には耐えられそうにない。
「しかもジャン様は情報なんか何もくれないし…。」
シャルロットはため息をついた。
「リュシアン様の攻略は無理そうだし…。どうしようかな…。」
シャルロットは考えた。そして結論を出す。
「もう攻略とかはいいや!私は錬金術師になるの!錬金塔で働いて、あの魔石を作った人のように平民を助けるのよ!」
シャルロットは夢を叶える為に努力する事に決めた。恋愛ならば、別にゲームの攻略対象でなくても出来るはずだ。だって今の自分はこんなに美少女なのだから。実際シャルロットは男子生徒達からよく声を掛けられる。ゲームのような恋は出来なくても、普通に恋愛をして幸せになれるのなら、それでいいじゃないか。
「でも私もカロル・ローランみたいに愛された~い!」
シャルロットは手足をジタバタさせた。まるで駄々をこねる子供だ。そして何かに気付いたようにガバッと起き上がる。
「…こっちのカロル・ローランは優しそうだったよね…。」
ゲーム内のカロル・ローランは願い下げだが、こちらのカロル・ローランであれば友達になりたい。シャルロットと同じ転生者かも知れないし。しかしそう思ったのが夏季休暇直前。シャルロットは休暇に入る前にカロルに話し掛ける事が出来ず、夏季休暇に入り父親の治める領地に戻っていた。
「シャルロットー!休憩するわよー!」
遠くから母親の呼ぶ声が聞こえる。
「はぁーい!今行くー!」
シャルロットは作業する手を止め、額の汗を拭い母親の元へ向かった。
シャルロットが貴族令嬢となった経緯はこうだ。父親のペリン子爵は妻と子供達を事故で亡くし、悲しみに暮れていた。そして愛人であったシャルロットの母親とシャルロットを屋敷に迎えようと申し出た。しかし、母親は貴族の暮らしは性に会わないと断った。ペリン子爵は、ではせめて娘のシャルロットだけでも、と食い下がった。シャルロットはペリン子爵に将来錬金術師になりたい事を話すと、王都の学園に入園させてくれると言う。その代わりに屋敷で暮らす事を約束した。シャルロットは日中は母親の元で農作業をし、夜は屋敷で過ごしている。父親も厳しい事は言わず、愛情を注いでくれるので、どちらの元で過ごしていても楽しい。
母親は畑の傍に生えた大きな木の影でお茶とお菓子を出していた。母親と他愛の無い話をする。シャルロットはこの時間が好きだ。農作業している時間も好きだったが、この時間があるから毎日頑張れる。
「シャルロット、王都はどう?楽しい?」
「うん。やっぱり王都は都会よね。こっちとは大違い。お店も色々あって見てるだけで楽しいよ。マカロンが美味しいお店があってさ~。」
「へぇ。楽しそう!お母さんも行ってみたいなぁ。冬なら少しは行けるかしら…。」
シャルロットの母親はシャルロットによく似たくりっとした目を輝かせた。日焼けした肌に金色の髪が、活発的な印象を受ける。
「そうそう。私、王太子殿下とその婚約者の方と同じクラスになったの!二人はすごいラブラブでさぁ~。羨ましくなっちゃうよ~。」
「へぇ~。ラブラブなんだ~!でも、その婚約者って変な噂があるの、知ってる?」
「噂?」
シャルロットの母親は井戸端会議で色々な噂を聞いて来る。シャルロットはカロルの噂に興味を持った。
「何でも、王太子殿下の婚約者には精霊の加護がついてないんですって。加護がないのは神に見放された者の証なんだそうよ。」
「え?加護が無いの?」
「そう!シャルロットは加護が五つも付いてるじゃない?王太子妃に良いんじゃない~?」
母親はシャルロットを肘でつつく。
「ダメダメ!殿下は本当にカロル様の事が大好きなんだから!…でも、そんな噂をカロル様が聞いたら悲しむよね…。」
「所詮は噂だけどね。シャルロット、やけに婚約者様の肩を持つじゃない?」
「え?…うん。だって私、カロル様と友達になりたいと思ってるの。私の事、沢山助けてくれたから。本当に優しくて、勉強も出来て、すごい人だと思うから…。」
シャルロットは学園に居る間、カロルの事を観察していた。初めは悪役令嬢だから、自分の事を虐めて来るのだろうと身構えていたし、目の前で転んでカロルが足を引っ掛けた事にしようとした事も何度もあった。それはカロルの驚異的な身体能力によって阻止されたが、シャルロットは自分のした事を恥じていた。
「へぇ。でも侯爵令嬢様なんでしょ?元平民のシャルロットが友達になれるのかしら?」
「…確かに。私まだ学園で友達が一人も居ないの…。やっぱり元平民だからかなぁ?でもカロル様ってそういうの気にしなさそうだけどな~。」
「あんまり期待するもんじゃないよ。貴族と平民は、やっぱり違うから。」
母親はそう言うと、立ち上がり農作業を再開した。シャルロットも立ち上がる。まだ夏季休暇は始まったばかりだが、学園が再開したら絶対にカロルに話し掛けてみようと、心に決めた。目の前に広がる鮮やかな緑が眩しい。シャルロットは目を細め、カロルが今どうしているのだろうかと、王都に心を馳せた。