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43・嫉妬





リュシアンは、ランディの事、カロルがランディと夏季休暇中に地獄へ行くらしい事、カロルが冒険者支援協会に出入りしている事の調査をジャンに依頼した。カロルとウィリアムに調べていると怪しまれない様にするようにと釘を刺した。ジャンにとって簡単な仕事だったらしく、すぐに報告に来た。


「ランディさんはクラメール国から来ている盗賊の男性、現在二十二歳。カロルとは四年前から冒険者としてパーティを組んでいます。長期休暇中、ダンジョンを攻略する時限定のパーティのようです。」


「冒険者?カロルも冒険者をしているという事かい?」


リュシアンは驚いた。四年も前からカロルが冒険者をしていたなんて、初耳だった。そして納得した。毎回長期休暇にカロルはどこかへ行き、会えなくなるのだ。魔通話はしていたが、何をしているか聞くと、観光をしたとか、料理をしたとか、同じような返事が返ってくるのだ。


「カロルは四年前から冒険者として活動をしています。ランディさんは、カロルに師匠の命と言える腕の再生を叶える最上級ポーションを貰った事で恩義を感じ、今もガルニエ王国に留まりカロルとダンジョンに赴いているようです。」


ジャンは淡々と続けた。


「地獄へ行く、というのはイザール国のエムス地方にあるダンジョンの事のようです。かなり難易度の高いダンジョンのようで、未だ攻略されていないそうです。その難易度の高さから、地獄と呼ばれているようですね。」


イザール国はガルニエ王国の西に位置する国だ。リュシアンは海の向こうの国でなかった事に少し安堵する。


「そのダンジョンに、カロルとランディさんは次の長期休暇に挑戦すると…。」


「…だ、そうです。カロルは結婚後は冒険者の活動を辞めるつもりでいるようで、最後に地獄の攻略をしてから終わりたいと思っているのでしょうね。」


リュシアンは何故カロルが冒険者をしているのか分からなかった。カロルの身が心配で仕方ない。


「カロルは毎週末に冒険者支援協会でクエストを受けてモンスターの討伐もしているようですね。週末の夜は街にある民家で過ごしているようです。」


「カロルが何故冒険者をしているのか分かりますか?」


「そちらに関しては調べても分かりませんでした。…直接聞いてみては如何ですか?」


報告を終えたジャンはリュシアンの部屋を去った。ランディという男をこの目で確認したい。しかし週末には王族教育がある。リュシアンは無理をしてでも時間を作る事にした。







リュシアンがジャンから報告を受けた数週間後の週末、この日カロルは冒険者の出で立ちで冒険者支援協会の酒場に居た。クエストを終え、報酬を受け取りランディが来るのを待っていた。今日は夏季休暇に地獄に向かう計画を立てる事になっている。


「カロル、待たせたか?」


「いいえ。それ程待っていません。」


ランディがカロルの前に座る。すると、少し離れたテーブルから甘ったるい声が聞こえた。


「ぁあらぁ~、いい男じゃない。」


「ほんっと!こんなトコでこんな良い男、珍しいわね。」


「あたし達と飲みましょうよ~。奢ったげる!」


男性が冒険者の女性に声を掛けられているようだ。


「またアイツらか…節操無いな…。しかもすっげぇ良い男だぞ。ありゃ朝まで放して貰えないんじゃないか?」


カロルはランディの言葉にそちらのテーブルを振り返り見た。ローブを被った男性の困った顔がちらりと見える。カロルは絶句した。


「…すいませんランディ…。今日の予定は来週に持ち越しても良いでしょうか…?」


「え?…ああ、そりゃ構わないけど…。カロル、アイツの知り合いか?」


「…はい。何故こんな所に居るのか…。ではランディ、すいません。来週、同じ時間にここで。」


カロルはランディに断りを入れ、騒がしいテーブルに向かった。

ローブの男性が二人の女性に腕を絡められている。カロルが近付くと、三人は顔を上げた。


「何だい?髑髏兜、アンタにゃ用は無いよ。」


「そうだよぉ。アタシ達は楽しく飲みたいんだから。アンタみたいな無愛想はお断りだよ。」


女性達はカロルに噛み付くように言った。ローブの美男子はカロルを見てホッとしたような表情をしている。カロルは低い声を出した。


「彼は私の連れだ。悪いが、貴女達とは過ごせない。」


「チッ、何だよ男色かよ~。」


「髑髏兜、アンタ喋れたんだねぇ。…じゃ、楽しくやんな。」


女性達は盛大な勘違いをして違うテーブルに向かった。カロルはそれを見送りローブの男性を見る。


「リュシアン、こんな所で何をなさっているのですか…。」


「…カロル、助かったよ…ありがとう。」


「とりあえず、私の家に行きましょう。」


カロルはリュシアンを連れて酒場を出ようと出口に向かう。ランディがニヤニヤしながら見ていた。


「カロルの良い人初めて見たな~。すごい良い男!お似合いだな!」


「…ランディ…。」


カロルは髑髏兜の中で赤くなる。声を掛けられては紹介するしかない。


「リュシアン様、こちらはランディ。…私の、仲間です。ランディ、こちらはリュシアン様です。私の婚約者です。」


「はじめまして、ランディさん。カロルがいつもお世話になっております。」


リュシアンはランディに微笑み挨拶をした。慣れぬ美男子の微笑みにランディは赤くなる。


「ラ、ランディです。こちらこそ、カロルさんには助けて貰ってばかりで…。」


「ランディ、それでは私達は失礼します。」


「あ、ああ…。引き止めて悪かったな。じゃあカロル、良い夜を。」


カロルが無理矢理会話を終わらせると、ランディは意味深にウインクをしてカロル達を見送った。カロルは閉口して酒場を出た。

カロルがリュシアンと共に家に入るとトマとルイーズは驚き困惑したが、リュシアンはそんな二人に微笑み謝意を示した。


「突然の訪問、申し訳ございません。私の事はお構いなく。」


「リュシアン様、こちらへどうぞ。」


カロルは二階にあるカロルの部屋にリュシアンを招いた。


「狭い部屋ですが、どうぞお好きな所にお座り下さい。」


「こちらのカロルの部屋も、可愛らしい部屋だね。」


街の家のカロルの部屋は、飾り気の無い質素な部屋だ。しかしリュシアンは、この狭い部屋に愛着を感じているようで、目を細めて室内を見た。リュシアンがベッドに座ると、カロルは立ったまま兜を脱いだ。武器を置き、マントを外し鎧を脱ぐ。シルクのシャツにズボン姿の軽装になったカロルも椅子に腰掛ける。


「リュシアン、何故あのような場所にお一人でいらっしゃったのですか?」


「ランディさんを、見に来たんだ。」


「えっ…。」


カロルはリュシアンがランディの事を知っていた事に驚いた。ウィリアムやジャンから聞いたのだろうか。カロルはリュシアンが心配するだろうと思い、冒険者関係の話を直接した事がなかった。


「カロルはランディさんと二人だけでパーティを組んでいるのだろう?今度の長期休暇でも、彼と二人で地獄に行くそうだね…。」


リュシアンの声が低くなる。表情も取り繕う事無く、暗い顔をしている。


「少し、軽率なんじゃないかな…?」


「軽率…ですか…?」


「ああ。男と二人で旅をするのだろう?しかも、地獄のダンジョンは攻略に一ヶ月はかかると予想されているらしいじゃないか。そんな所に、男と二人で…。」


リュシアンは立ち上がる。カロルはリュシアンを見上げた。リュシアンの胸中は、怒り、焦り、嫉妬の感情が渦を巻いている。


「…男は狼なんだ。カロルは美しいし、可愛らしいから、私は心配してしまうんだよ。カロルに何かあったら…。」


「…私の事をそのように言って下さるのはリュシアンだけです。私は先程も酒場で女性冒険者に男だと思われていましたし、ランディも私を女性として見てはおりませんよ?」


リュシアンは怒ったように眦を上げた。


「カロルは自覚していないだけで、充分魅力的だ。だから…。」


「もしそうだとしても、私が襲われる事はありません。ランディは分別のついた方ですし、万が一そういった事になっても、私は純潔を守ります。ランディにも、他の方にも、遅れはとりません。」


カロルはガルニエ王国一の戦士になっていた。騎士団の団長相手でも負ける事はないだろう。そんなカロルを手篭めに出来る男性は、この国にはいない。しかし、この事とリュシアンの嫉妬心は別物だ。リュシアンはカロルの身を案じていたが、同時に他の男と寝食を共にしている事に嫉妬していた。


「それでも、私は嫉妬してしまうよ…。身が焼かれそうだ。…どうしたらいい…?」


そのような事を言われても、カロルはどうしたらいいか分からない。地獄へ挑戦せずに、冒険者を辞める…これが、リュシアンにとって一番良い選択なのだろう。そうすれば、これ以上リュシアンを傷付けずに済む…。


「リュシアン…、私は…冒険者を辞めます…。」


「……それでは私は、カロルにとっての、足枷になってしまう…。」


リュシアンは葛藤している。カロルの足枷にはなりたくない。でも、カロルが他の男と二人で旅をするのは嫌だ。

苦しそうな表情のリュシアンの頬にカロルは触れる。冒険者は、仲間を異性として見ない事の方が多い。仲間内で恋愛関係になる事もあるが、痴情のもつれはいらぬ軋轢を生み、パーティ解散に繋がる。冒険者でないリュシアンは、そんな事は知る由もないし、嫉妬してしまっても仕方ないとカロルも思う。もし逆の立場だったら、カロルも嫉妬するかも知れない。


「そのように仰らないで下さい…。私もリュシアンを傷付けたくはありません。これが、最善の選択だと思います。」


リュシアンは頬に触れたカロルの手を取り握りしめた。


「私の為に、カロルが我慢をするのは嫌だ…。すごい我儘な事を言っているのは、分かっているんだけど…。」


「…リュシアン…。では、もう一人連れて行きます。地獄へ共に行ってくれる者がいれば、ですが…。」


雪之丞ならば、カロルともう一人が乗っても平気だろう。雪之丞も力丸も、かなり強くなっている。


「…そうだね。二人きりよりは、良いかな。でもカロル、気を付けてね。無事に帰って来るんだよ。」


リュシアンが了承してくれた事に、カロルはホッとした。カロルは、地獄に行きたい理由があった。会いたい人物がいるのだ。きっと彼は、地獄に居るはずだ。


「はい。リュシアン、心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません。」


「いや…、私の方こそ、酷い嫉妬をしてしまったね…。本当にごめん…。」


眉を下げて微笑むリュシアンを見て、カロルは思った。ああ、自分はまた我儘で彼を傷付けている…、周りに迷惑を掛けている、と。私はまだ、悪役令嬢から抜け出せていないのだ、と。

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