42・不安
前回は途中で過去話になりましたが、今回は現在に戻っています。
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カロルは騎士団とのモンスター討伐から帰って来た。三日間授業と王妃教育を休んでしまった。騎士団からの要請なので、教師からは何も言われないのだが、カロルは後ろめたい気持ちになる。雪之丞達と別れ鎧姿のまま寮に戻り、シャワーを浴びて着替えた。勉強をしていると、寮付きのメイドがリュシアンが学園から戻り、部屋で待っている旨を伝えられた。
カロルはリュシアンの部屋に向かう。扉をノックすると、すぐに扉は開きリュシアンがカロルを抱き締めた。
「カロルッ!お帰り。怪我は無い?…いや、もし怪我があってもポーションを飲んで無かった事にするんだろう?大丈夫だったかい?心配したよ…。」
リュシアンはカロルの両頬を両手で包むようにしてカロルの顔を覗き込む。カロルが騎士団の要請から戻ると、いつもこんな感じだ。リュシアンの部屋を警備している護衛達は生暖かい目で見ている。護衛達は騎士団の近衛隊だ。彼等もカロルの実力を知っている。
リュシアンはカロルの腰に手を回して部屋に招き入れた。
「カロルお疲れ様。カロルの好きな物、沢山用意して貰ったよ。」
「リュシアン、ありがとうございます。」
リュシアンはカロルの口に食べ物を差し出す。カロルは大人しく差し出された物を食べていく。リュシアンは毎回カロルが帰って来ると、甲斐甲斐しく世話を焼く。カロルは役割が逆なのでは?と思いながらも、有難く世話を焼かれる。
「カロルが隣にいない三日間はとても寂しかったよ。五年生になってから、いつも隣に居たから、余計に寂しく感じた。」
リュシアンはカロルの肩に寄り掛かる。カロルは自分の肩に乗せられたリュシアンの頭を撫でた。
「三日間お変わりはありませんでしたか?アンリが居たので、危険な事は無かったと思いますが。」
「そうだね。特に何も無かったよ。…あ、そういえば、シャルロットさんが何度か転んでいたな。その度にアンリが助け起こしていたけど。カロルがいないのに何故なのだろうね。」
リュシアンはジャンから聞いた、あの噂を信じていた。そしてシャルロットをライバル視していた。カロルはそれを聞き、シャルロットはリュシアンを攻略しようとしているのではないかと考えた。
「リュシアン、シャルロット様のあの噂は事実ではありません。私に近付きたくて、わざと転んでいるのではないと仰いました。」
「そうなのかな…。そうそう。生徒会にクッキーの差し入れも持って来ていたよ。私は頂かなかったけど、皆美味しそうに食べていたね。」
その話を聞いてカロルは確信した。そして同時に恐れた。目の前の、自分を見つめ微笑んでいるリュシアンが、シャルロットに惹かれるようになる未来を。
「リュシアンは、シャルロット様の事をどのように思っておりますか?」
「シャルロットさんの事?いつもカロルに助けて貰って羨ましいとは思っているけど…?」
「可愛いな、とか、守ってあげたくなる、とかは…?」
リュシアンはパッと顔を上げカロルを見つめた。
「もしかして、心配してる?」
頬を染め嬉しそうに微笑む美男子の顔がカロルに近付く。
「私はカロルしか見てないから大丈夫だよ。こんな風に心変わりを心配されたのは初めてだね。」
リュシアンはカロルを腕の中に閉じ込める。カロルは小さな声で吐露した。
「…初めてではありません…。」
「え?」
リュシアンはカロルの顔を覗き込む。カロルは顔を赤くし、困ったような表情をしていた。
「…私は皆様のように精霊の加護もありませんし、シャルロット様のような可愛らしさもありません。それに、自分で鍛えておいて何ですが…私はかなり筋肉質ですし…。」
リュシアンはカロルの不安を初めて知った。ずっと不安を感じていたのだろうか。
「カロルも不安になるんだね…。カロルがこんなに素敵なのに他の人を見る訳無いじゃない。私は、カロルしかいらないよ。」
リュシアンはカロルの顎を持ち上げ上を向かせると優しく口付けた。
「私もよく不安になるよ。カロルが他の人を好きになるのではないか、とか、私と結婚せずに騎士団に入団すると言うのではないのか、とかね。」
カロルが否定の言葉を口にしようとしたが、リュシアンに深く口付けられ遮られた。
「不安になるけど結論は出てる。絶対に離さないよ。」
リュシアンはカロルを抱く力を強くして、艶っぽい笑顔で言った。リュシアンは、カロルが何故こんなにも自信が無いのか疑問だった。多方面で成功し、美しい容姿を持ち、逞しい肉体はリュシアンを魅了しているというのに。
「リュシアン、ありがとうございます…。あの、そろそろ私はお暇させていただきます。」
「ああ、もうそんな時間なのか。…今日は泊まっていかない?…はい。冗談です。…おやすみなさい。」
カロルに無表情で見られたリュシアンは小さくなり、護衛の一人を見送りに付ける。カロルも護衛は必要無いと思うのに、リュシアンは毎回そうするのだ。
「リュシアン様は心配性ですね…。」
「はははっ。カロル様でしたら不意打ちで何者かに襲われてもかすり傷一つ付かないでしょうに。」
「…まぁ、否定はしません…。」
カロルと護衛は笑いながら女子寮に向かった。
次の日、朝教室でリュシアンと話しているとウィリアムがやって来た。ウィリアムとはクラスが離れてしまっている。
「おはようございます。リュシアン様、カロル。」
「おはようございます。ウィリアム君。」
「ウィリアム、おはよう。討伐の話を?」
カロルの言葉にウィリアムはニヤッと笑い頷いた。
「聞かせてくれるだろ?」
「良いですが…、今回も騎士科の方々もいらっしゃるのですか?」
「ああ…。皆楽しみにしてる。」
「…武勇伝を語っているようで、恥ずかしいのですが…。」
恥ずかしがるカロルをウィリアムは笑った。
「ははっ。でも武勇伝だろ?空を駆ける髑髏騎士様。」
「なっ…なんですかその名前…?!」
「街の吟遊詩人が唄ってた。」
カロルは頭を抱え、ウィリアムは笑っている。
「…リュシアン様、今日は騎士科の方々と昼食を共にしても、よろしいでしょうか?」
「勿論ですよ。楽しんで来て下さい。」
リュシアンは笑顔で了承したが、内心嫌だった。男子生徒に囲まれるカロルを見ると、やはり嫉妬してしまう。
昼食の時間になり、食堂でリュシアンとカロルは別れた。カロルを待っていたらしい騎士科の男子生徒達から歓声が上がる。騎士科の生徒達は元々少年団に入っていた者達だ。先輩とも後輩とも、カロルは仲が良い。
「アンリ、お前も行って良いぞ。気になるんだろ?」
「いや、俺はお前を護衛しないと。」
「ここは学園だ。何から守るって言うんだ?良いから行くと良い。」
アンリは再度リュシアンに言われると、騎士科の集団の方に向かった。リュシアンは一人になり、席に座る。一人黙々と食べていると、目の前に誰かが来た。
「リュシアン様、御一緒しても、良いですか?」
リュシアンが顔を上げると、シャルロットが立っていた。
…成程。こういうのから守るのか…。そう胸中で納得しながらも、リュシアンは笑顔で答えた。
「はい。どうぞ。私はもうすぐ終わりますので、ゆっくりして下さい。」
「え?折角ですから、お話しましょうよ。いつもカロル様やアンリ様といらっしゃるので…。私、リュシアン様と二人でお話してみたかったんです。」
シャルロットは可愛らしく微笑んだ。リュシアンも笑みを崩さずに了承する。横目で騎士科の集団を確認する。カロルは囲まれて座っているのか、姿が見えない。
「リュシアン様は勤勉でいらっしゃいますよね。いつも努力なさっていて、すごいと思います。」
「私の勉強量など、カロルの努力に比べたら足元にも及びませんよ。」
「…あの、カロル様と婚約されたのは、何故だったのですか?」
シャルロットはかなり不躾な質問をして来た。リュシアンは笑顔のまま答える。
「カロルと婚約したのは、私が彼女を誰にも渡したくなかったからです。」
「…そうなのですか…。」
シャルロットは何か考え込むように黙った。騎士科の集団から、また歓声が上がった。
「シャルロットさん。貴女にも、カロルは渡しませんよ。」
「え???」
まだ勘違いしているリュシアンは、シャルロットに告げた。シャルロットはリュシアンの言葉の意味が分からずに目を丸くしている。
「お話は以上でよろしいですか?私はこれで失礼します。」
リュシアンは立ち上がると、まだ目を丸くしているシャルロットを残し教室に戻った。席に座り、懐中時計を出す。文字盤の裏の機械がリズム良く動いているのを眺める。リュシアンは自分が嫉妬してしまう時、この機械の動きを見、音を聞いて気持ちを鎮めていた。不思議と落ち着いてくるのだ。青い石と、蒼い石がキラリと輝く。右手には婚約指輪も着けている。カロルは指輪のサイズが合わなくなってしまったらしく、ネックレスとして着けていた。
「じゃあ今度の夏季休暇は地獄に挑戦するのか?」
「その予定です。休暇前にランディと準備しようと話をしておりますね。」
話をしながら教室に入って来るウィリアムとカロルの会話が耳に入った。初めて聞く男性の名前に反応してしまう。
「ランディさんも大変だな。カロルに付き合わされて。」
「私がリュシアン様と結婚するまでは付き合ってくれるって言ってましたから。それに、報酬は山分けですから。」
ランディは故郷に戻り、師匠に最上級ポーションを渡していた。師匠が盗賊としての活動が出来るのを確認すると、カロルに会いに戻って来たのだ。そして恩を返したいと、涙を流しながら礼を言い、休暇の度にカロルとダンジョンに潜っている。
「じゃあ卒業後、ランディさんはクラメール国に帰るのか。」
「そうですね…。ウィリアム、もしかしてランディとよく会ってます?」
カロルは眉を寄せてウィリアムを見た。カロルはランディの生国の話はした事が無かった。
「ん?…まぁ、時々な。」
「まさか協会の酒場ですか?ウィリアム、冒険者は奔放な方が多いのです。貴方のような美男子はすぐに餌食になってしまいますよ。お気を付け下さいね。」
「だ、大丈夫だから。カロルにそんな心配されるとは思わなかったな…。そういうカロルは大丈夫なのか?」
「…髑髏兜と鎧のお陰で女性に見られませんので。女戦士は体格の良い方が多いですけど、髑髏兜は珍しいですからね。それに私はあまり酒場を利用しません。」
そう話をしていると授業の始まる合図の鐘が鳴った。カロルはリュシアンの隣に座る。リュシアンは先程耳にした話を思い出している。ランディとは誰だ…その彼と地獄へ行く?地獄とはブラゾス大陸の?海を越えた国に、その男と行く…?それに、冒険者支援協会の酒場にカロルもウィリアムも出入りしている…?
カロルは何故何も教えてくれないのだろうか…リュシアンの中に不安と焦りに似た感情が広がる。カロルは内緒にしたいのかも知れない…だが、リュシアンは調べる事にした。
誤字報告ありがとうございました。