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41・空を駆ける女戦士


残酷な表現があります。




ーーーーーーーーーー








リュシアンはこの日、護衛役のアンリの隣で授業を受けていた。カロルは騎士団に呼ばれてモンスターの討伐に行ってしまっている。カロルが隣に居る事が当たり前になっていたリュシアンは、今の状況が寂しくて仕方がない。休み時間となり、リュシアンはため息をつく。


「…何故カロルが騎士団に呼ばれるんだ…。」


「その言葉、何回目だ?」


「カロル…怪我したりしてないかな…。」


リュシアンは心配そうに零した。アンリはそんなリュシアンの心配を笑い飛ばす。


「カロルが怪我する状況が想像つかないな。団長だって、カロルとは戦いたくないって言ってたぜ?…大丈夫だって。雪之丞に力丸もいるし、今回は団長も行ってるんだ。」


アンリはリュシアンの背中を叩いて元気付けようとした。そんな美男子の憂い顔と、隣の美男子の笑顔に見とれる同じクラスの令嬢達も、戦いの場に赴いているカロルの無事を願った。





カロルが騎士団に呼ばれるようになったのは、今から二年前、休日にカロルが腕試しにモンスターを討伐するクエストに出ようとした時の事が発端だった。

冒険者支援協会でクエストを受注しようとクエスト掲示板を見ていたら、後ろから声を掛けられた。


「表におりますズブラレウとウォラーグは、貴方の従魔ですね?カロル・ローラン様。」


名前まで呼ばれた事に驚き振り向くと、そこには騎士団の鎧に、団長の証の青いマントを身に付けた、熊のような体格の男性が立っていた。カロルは相手が団長だと気付くと、背筋を伸ばし直立した。


「はい!表のズブラレウとウォラーグは、私の従魔であります!団長!」


「楽にして下さい。カロル様は今は団員ではありません。」


「ありがとうございます。」


カロルは力は抜いたが、背筋は伸ばしたまま団長を見た。


「少しお話をよろしいですか?こちらにお座り下さい。」


団長は椅子を引いてカロルを座らせる。団長にこんな事をして貰うのは居心地が悪い。


「団長、兜を被ったままでの御無礼を、お許し下さい。」


カロルは頭を下げた。カロルは髑髏兜を被っている。何故団長は顔を隠したままなのにカロルだと分かったのだろうか。


「勿論構いません。今回私が参りましたのは、カロル様の従魔との戦い方を見たいと思ったからです。是非、御一緒させて頂きたい。」


カロルは考えた。カロルは普段一人で戦う。雪之丞達と共に戦うのは、相手が飛ぶモンスターの時位だ。雪之丞達と共に戦うのであれば、今回の討伐対象を変える必要がある。


「分かりました。では、クエストを受注します。」


「カロル様、ありがとうございます。」


団長は頭を下げた。カロルは増々居心地が悪くなる。


「団長…すいませんが、いつもの様にお話下さい…。」


「はっはっはっ。元騎士団の者は皆そう言うな。では、お言葉に甘えて、そうさせて貰おう。」


「ありがとうございます。」


カロルはクエスト掲示板の前で考えた。後ろで団長も掲示板を見ている。


「先程は、どのモンスターの討伐を考えていたのだ?」


「こちらのミノタウロスを、と考えておりました。しかし、ミノタウロスですと私一人で戦いますので、違うモンスターにしようと思います。」


「ミノタウロスを、一人で、か?」


団長は驚いた。カロルはこの時十四歳、同じ年頃の騎士団の団員では、一人でミノタウロスと戦う事は難しい。一人で、となると大隊長クラスでないと無理かも知れない。基本的に騎士団は隊を組んで戦うものだからだ。団長はカロルがミノタウロス相手に一人でどのように立ち回るのか気になった。


「今日はミノタウロスと戦う所を見せてくれるか?」


「?…はい。勿論です。従魔は戦いませんが、よろしいですか?」


「ああ。それはまた次回見せて貰おう。」


次回があるのか…、そう胸中で零しながらカロルは掲示板の紙を千切り、受付に冒険者カードと共に出した。クエストの受注を終えると協会を出て雪之丞と力丸を連れて街を出る。


「団長は、ウォラーグにお乗り下さい。」


「俺のマーカルゴラでは駄目か?」


「申し訳ございませんが、それでは遅すぎます。」


団長は目を丸くした。ズブラレウとウォラーグとはそんなに速く飛べるのか、今まで聞いた事が無かった。しかし乗ってみてすぐに理解した。マーカルゴラより段違いに速い。


「素晴らしい…飛行速度も然る事乍ら、乗り心地も最高だ。」


「それはありがとうございます。」


団長は力丸が言葉を話した事に驚いた。


「副団長が言っていたのは本当だったか!君達は素晴らしい従魔だな。」


「そう言われると、嬉しいものです。私も、カロルに使役されて良かったと思っております。」


「俺も、俺のマーカルゴラと話が出来たらな…。」


団長はカロルと力丸達の関係を羨ましく思った。自分の騎魔獣も、このように思ってくれていたら、と思う。


「飼い慣らされた者と同じにされるのは心外ですね。使役契約は命と魔力の契約。カロルも私達もお互いにそれを捧げ合っているのですから。」


「命と魔力の契約か…。」


団長はカロルの背中を見つめた。あの小さく見える体で、モンスターとこのような契約をし、彼女は何をしようと考えているのか…。するとカロルを乗せた雪之丞は段々と高度を下げる。目的地に着いたらしい。森の中に降り立つと、カロルは迷い無く進み始める。


「団長殿は私に乗ったままで居て下さい。」


力丸がそう言うと団長は疑問を口にしようとしたが、カロルが走り出し、続いて雪之丞達も走り出した為に口を閉じた。一体どうしたらあのようなスピードで走る事が出来るのか。鎧を着ていなくても、あのスピードで走る事は出来ないだろう。それなのにカロルはプレート・メイルを身に付け、ツヴァイヘンダーを背負っている。荷物を雪之丞が背負っているとはいえ、団長は信じられない光景に目を見張る。

辿り着いた場所は洞窟だった。巨大な大穴がぽっかりと開いている。カロルも団長も携帯用ランプを点ける。カロルは特に警戒せずに洞窟を進んで行く。


「どんどん進んで行くが、大丈夫なのか?」


「はい。この洞窟はミノタウロスの気配しかしませんので、大丈夫です。」


団長はカロルが気配を察知しながら移動していた事に驚いた。カロルは気配を察知する術を使う素振りは見せなかった。

この洞窟はそこまで深くはなかったようで、数分歩いただけで奥の間に辿り着いた。

カロルは携帯用ランプの絞りを操作し明るくし、ツヴァイヘンダーを両手で持ち構える。カロルの身長よりも大きな剣を、カロルは軽々と持ち上げる。すると、カロルの纏う空気が変わった。洞窟内を重々しい威圧感が支配する。


ミノタウロスは侵入者に気付き怒りに吼えた。巨大な斧を構え突進して来る。カロルもミノタウロスに向かって武器を構えながらゆっくり近付く。ミノタウロスが斧を振りかぶる。直後、金属同士が激しくぶつかる音が響いた。

団長は空気が震え痺れるような振動を感じた。あんな衝撃を受けても、カロルのツヴァイヘンダーが折れなかった事にも驚く。ミノタウロスの持つ斧は、獲物を叩き潰す為に存在しているような、重量感のある巨大な斧だ。並の剣など、簡単に折られてしまうだろう。しかもカロルは、あの巨体から繰り出された一撃を、細い両腕で受けたのだ。

カロルは素早くミノタウロスの脇を抜け、後ろに回ると跳躍し、ミノタウロスの首を横一線に切断した。

カロルが着地すると、ゴロンとミノタウロスの首が転がった。そしてミノタウロスの体が傾き倒れ、土埃を上げた。


「…ふぅ。」


カロルはため息をつき、タブレット型の魔力ポーションを噛んだ。翡翠から貰ったもののように、不味くはない。やはりミノタウロスのような強い相手だと魔力の消費が激しい。刃に着いた血を拭い、冒険者カードを確認する。ミノタウロスの討伐数が1になっていた。


「団長、お待たせしました。討伐完了です。」


カロルは団長に振り返る。団長は我に返った。


「…カロル。私は、今見たものが、信じられない…。ミノタウロスは強力なモンスターだ。それを君は、一撃で葬り去った…。」


「…はい。かなり、魔力を消耗しました。」


「余裕そうに見えたが?」


「ふふふっ。あと一体は倒せるとは思います。」


カロルは団長の言葉に笑って答えたが、団長は面食らった。冗談のようにも、本気のようにも見える。

カロルはミノタウロスを簡単に解体し、角と肝を経木に包むとミノタウロスの死骸を焼いた。その後王都に戻って行った。王都に着き、別れ際に団長に言われた。


「カロル、次回に持ち越した従魔と共に戦うモンスターだが、私に選ばせて貰えないか?」


「はい。分かりました。」


「学園に話は通しておこう。では、連絡を待っていてくれ。」


学園に話を通すとは、どういう意味なのだろうか。分からなかったが、カロルは頭を下げて団長を見送った。





数日後、カロルは授業が始まる前に騎士科の教師から騎士団へ向かうように言われた。戦える装備に、雪之丞達を連れて行って欲しいと。戸惑いながらも言われた通りにすると、騎士団の建物の前に団長、副団長、大隊長達が揃っていた。団長がカロルに向かって手を上げると、全員がカロルを見る。


「遅くなりまして、申し訳ございません!」


カロルは直立して言った。まだ自分が呼ばれた理由が分からない。


「今回のグリフォン討伐に、こちらのカロル・ローランに向かって貰う。俺と大隊長三名が共に向かう。カロル、悪いが行きは俺達と同じスピードで飛んでくれ。帰りは先に帰ってくれて構わない。」


「はい!団長!分かりました!」


カロルは元気良く答えたが、何故こんな事になっているのか未だ理解出来ない。理解が出来ないまま団長達に続き飛び立った。大隊長三名も訝しげにカロルを見ている。とても居心地が悪かった。


三日間旅をして、大隊長達もカロルに対しての態度が柔らかくなっていた。カロルが女性だと分かったから、というのもあるのかも知れない。弱きを助け、守るのが騎士団だ。カロルも守る対象だと思ってくれたのだろう。

四日目、やっとグリフォンが目撃されたという場所に到着した。団長がカロルに討伐を任せると言うと、大隊長達は反対した。女性に任せて自分達は見ているだけ、など受け入れられない。


「団長、グリフォンの場所が分かりました。出発します。」


カロルは構わず雪之丞に跨り飛んだ。マーカルゴラが着いて来れるスピードで進む。団長に、大隊長達も着いて来る。木々が疎らに生えた草原をグリフォンが歩いていた。

カロルは上空から殺気を送る。離れた所で飛んでいる団長達はカロルから強い威圧感を感じた。

グリフォンがカロルに気付き、カロル目掛けて羽ばたき突進して来た。雪之丞はヒラリと躱す。カロルは背中に背負っているツヴァイヘンダーを抜刀していない。しかし両手に魔力を棒状に練り上げていた。両手を離していても、脚の力だけで体を支えられる。

グリフォンが再度カロル目掛けて突進して来たが、瞬間カロルは棒状の魔力をグリフォン目掛けて投げた。投げられた二本の魔力は投槍の様に飛び、勢いのついたグリフォンに連続して突き刺さる。頭から胴体にかけて突き刺さったそれは、グリフォンを絶命させるのに充分だった。高い上空からグリフォンの重い巨体が落下し、地面を揺らした。

土埃が収まってから、カロルも降りる。団長達も遅れて降りて来た。


「見事だった。お前達、よく分かったであろう。カロルの実力は本物だ。騎士団として不本意なのは分かるが、被害を最小限に抑える為だ。カロルの力を借りる事に異議のある者はいるか?」


大隊長達は言葉を失っていた。もし自分だったら、カロルのように無傷で戦えただろうか…こんなに早く討伐する事が出来ただろうか…。


「よし。異議は無いな。カロル、お前の実力を見込んでの頼みだ。被害が大きく出そうな相手の時だけ、力を借りたい。学生であり、未来の王太子妃であるお前に頼むのは可笑しな話なのは分かってはいるが、残念ながら騎士団の中にお前よりも強い者は存在しない。俺も含めて…。」


「はい!団長!お褒め頂き光栄です!私で良ければいつでも参戦致します!」


「恩に着る。ではカロル、時間を取らせて済まなかった。この礼はローラン侯爵を通してさせて貰う。後の処理は俺達でするから、カロルは帰ってくれて構わない。」


「はい!ありがとうございました!では私は失礼致します!」


そう言うとカロルは雪之丞に跨り消えた。



こういう経緯で、カロルは騎士団に呼ばれる事が稀にあった。その度にリュシアンは心配している。そして帰って来たら何時になっても構わないから、リュシアンに会いに来るように、と約束をさせられたのだった。

誤字報告ありがとうございました。

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