40・四年後
カロルは現在16歳、学園では五年生に進級していた。体の成長も落ち着いた為、トレーニングは筋肉を発達させる為に負荷をかけたトレーニングを半年程前からしていた。今では髑髏兜と呼ばれるフルフェイスの兜にプレートアーマーを上半身に装備し、バルディッシュを持ち、トレーニングや冒険に出ていた。この装備だけでも二十キロ程になる。その為、カロルの体型は、かなり筋肉質に成長していた。自分でも思う、強そうな女だ、と。騎士のような話し方も様になり、身長も170センチ位に伸びた為、冒険者として行動をしていても、女性だと思われなくなってきていた。少し複雑ではあるが、都合が良い。
新学年に入り、半月程経っていた。リュシアンは生徒会に入っている為、放課後も生徒会の仕事をしている。なので、今までは週に一度会っていたが、それも無くなった。
カロルはあれからずっと女子生徒の中で孤立していたが、筋肉質な体型になった為、更に浮いた存在となってしまう。しかしカロルは慣れたもので、気にしなかった。
朝、女子寮の門を出るとリュシアンが立っていた。カロルを見るとバラ色の笑みを浮かべる。
「カロル、おはよう。今日もとても素敵だね。」
「リュシアン様、おはようございます。リュシアン様も今日もとても素敵です。」
カロルは笑顔で答えたが、リュシアンが本心からそう言っているのか疑問だった。リュシアンはカロルが筋肉隆々になる前と変わらぬ愛しいものを見る目でカロルを見る。王族らしく、腹の中を見せぬ教育を受けたリュシアンだ、本心はどう思っているのか分からない。しかしカロルはリュシアンを信じると決めた為、疑問を頭から払い除けた。
放課後にリュシアンとの時間が取れなくなった為、朝の登校は一緒に行く事にしていた。なので毎朝リュシアンはカロルと二人並んで学園へ行く。
隣を歩くリュシアンを、カロルは見上げた。カロルより十五センチ程背の高いリュシアンは、かなり目を引く美男子に成長していた。トレーニングもしているのか、程良く筋肉がついている。カロルの視線に気付いたリュシアンは、頬を染めて甘く微笑む。
「カロル?どうかした?」
「あ、いえ…リュシアン様はお綺麗だな、と思いまして。」
リュシアンは更に甘く笑みを深めた。
「駄目だよ、カロル…。そんな事言われたら、キスしたくなってしまうじゃないか。」
美男子の甘い微笑みと甘い言葉にカロルは赤くなった。筋肉を鍛えても、リュシアンのこれには敵わない。リュシアンはカロルの頬にそっと触れる。
「カロル、可愛い。今すぐ部屋に連れ込んでしまいたくなるよ。」
「お…お戯れを…。」
「本気だよ。」
リュシアンはふっと微笑み、真っ赤になったカロルの頬にキスを落とすと、カロルの手を取り校門を潜った。五年生になり、初めてリュシアンとカロルは同じクラスになった。お陰でリュシアンはカロルにベッタリだ。朝の登校を共にしなくても良いのでは…、とカロルは思う。何故なら、教室では隣の席に座り、昼食も共にとっている。四年生から専攻を選び、それぞれの授業に別れるのだが、リュシアンもカロルも政治科を専攻した為、そこでも一緒だった。唯一、魔法学の授業だけが、リュシアンと離れて受ける授業だった。
教室に着きリュシアンと話をしていると、鐘の音が鳴った。ホームルームの合図だ。教師が室内に入って来る。教師と共に、女子生徒が入って来た。見た事の無い生徒だった。教室内の男子生徒がざわめく。入って来たのはハニーブラウンの巻き髪に薄い緑色の瞳を持つ、華奢な美少女だった。明るくキラキラとした笑顔は可愛らしく、長い睫毛は綺麗にカールされ上を向いていた。
「シャルロット・ペリンです。よろしくお願いします。」
可愛らしい顔によく似合う可愛らしい声で挨拶をすると、ペコリとお辞儀をした。教師はシャルロットに後ろの方の席を指示すると、シャルロットはカロルの横を通り過ぎようとした。
「あっ…!」
シャルロットは何かに躓いたように転ぶ。カロルは咄嗟に反応し、シャルロットを抱き留めた。
「大丈夫ですか?」
教室がざわめく。女子生徒達の黄色い声が聞こえる。シャルロットは何が起こったのか分からないようで、目を丸くしている。カロルはシャルロットを支えながら立たせた。
「あ…ありがとうございます…。すいません、私おっちょこちょいで…。」
「いいえ、お怪我はありませんか?」
「はい…。大丈夫です。」
「それは良かった。」
カロルはにっこり微笑んだ。教室のそこここから感嘆のため息が聞こえた。カロルからは見えなかったが、シャルロットはリュシアンが羨ましそうな表情で自分を見ているのに気付いた。シャルロットは何か考えるような表情で席に着いた。
カロルはこの日から、後ろの席から強い視線を感じる事になる。
シャルロットはよく転ぶ令嬢だった。ある時は廊下で、ある時は食堂で、学園内で何度も転んだ。その度に近くに居たカロルが抱き留め助けていた。何度も何度もカロルの前で転ぶシャルロットを見ていた女子生徒達は噂をするようになる。シャルロットは、カロルに助けて欲しい為に、わざと転んでいるのだ、と。
ある日、シャルロットは女子生徒達から裏庭に呼び出しを受ける。
「カロル、ちょっといいか?リュシアン様、お食事中失礼します。」
リュシアンと食堂で昼食をとっていたカロルの隣にジャンが座る。ジャンは小さい声でカロルに話をする。自然と顔が近付く。そんな二人を見てリュシアンは不機嫌そうに眉を寄せた。いつも穏やかな笑みを浮かべるリュシアンらしくない。
「シャルロットさんが同じクラスの女子生徒に裏庭に呼び出された。」
「え?何故でしょうか。」
「シャルロットさんがカロルに助けて貰う為にわざと転んでるって噂があるんだ。」
「それで、何故呼び出しを受ける事になるのですか…。」
カロルは理解出来なかったが、シャルロットが呼び出された理由が自分にあるのなら、行かない訳にはいかないだろう。カロルは昼食を素早く済ますと、
「リュシアン様、お先に失礼します。」
そう言い食堂を後にした。リュシアンは不機嫌そうにジャンを見る。
「ジャン、顔を近付けすぎだ。」
「リュシアン様程ではございませんよ。それに、内緒話でしたのでね。」
ジャンは飄々と答えた。リュシアンは真剣な表情になりジャンを見据えた。
「カロルに関する話であれば、私も聞く必要があるだろう。」
「はいはい。勿論ですよ。シャルロットさんがカロルの前でわざと転んでいるという噂は、以前お耳に入れましたよね?それで……。」
リュシアンがジャンから話を聞いている間、カロルは裏庭に向かいながら考えていた。
シャルロット様が私に助けて貰う為にわざと転んでいるという噂…そして今回の呼び出し…。呼び出された先で何か言われたり危害を加えられたりしたら、大変だ…。…もし、その黒幕が私だとシャルロット様に勘違いされたら…。今後いじめに発展した場合、その黒幕が私、という事になってしまう…!?
カロルはここに来て気が付いた。
まさか、シャルロット様がヒロインなのでは…?途中入園して来た、人目を引く美少女。彼女は子爵令嬢ではあるが、最近まで平民だったとジャンが言っていた。…乙女ゲームのヒロインにありそうな境遇だ。
カロルは足を早めて裏庭に向かった。
裏庭に着くと想像通り、シャルロットが令嬢達に囲まれていた。責められている声が聞こえる。
「シャルロット様、貴方、いい加減にカロル様の前で転ぶ真似をなさるのは止めてはいかが?カロル様とお近付きになりたいからといって、あんな…。」
「そうですわ!いくらカロル様がお優しいといっても、あれではカロル様がお可哀想ですわ!」
「…誤解です!私はカロル様とお近付きになりたいとか、考えていません!」
「ならばどうして…!」
シャルロット達が言い合いをしている所にカロルは近付き声を掛けた。
「どうかされましたか?」
シャルロットを囲んでいた令嬢達が固まった。シャルロットも同様に固まっている。カロルは微笑み令嬢達に近付く。
「お話中にすいません。私の名前が聞こえたものですから。」
「あ…あの、カロル様…これは…。」
令嬢達は冷や汗をかき弁明しようとする。そんな令嬢達にカロルは微笑んだ。
「私の事を思ってしてくれたのですね。しかし、私は大丈夫ですから。…皆様、気にして頂き、ありがとうございます。」
「いっいえっ。あの、差し出がましい事をしてしまい、申し訳ございませんでした!」
赤くなり走り去って行く令嬢達を見送ると、カロルはシャルロットを見た。シャルロットは難しい顔をしてブツブツと呟いている。
「…おかしいわ…。何故カロル様が来るの?ここはリュシアン様かウィリアム様が来るはずなのに…。転んでも助けてくれるのはカロル様だけだし…、やっぱりゲームと全然違う。もしやこれはカロル様ルート?そんなんある?」
シャルロットの呟きはカロルに丸聞こえだった。シャルロットも前世が日本人で、この世界は乙女ゲー厶の世界、という事なのだろうか。シャルロットはカロルの視線に気付き、顔を上げた。
「カロル様!助けて頂いてありがとうございます!」
シャルロットは弾かれたように礼をすると走り去って行った。ここが彼女がやったゲームと同じ世界ならば、話を聞いてみたいが、難しいだろう。何故なら、恐らくカロルはシャルロットの敵役の悪役令嬢。仲良くなるのは難しいはずだ。カロルはゲーム内の悪役令嬢がどのような悪事を働いていたのかを知らない。気を引き締めて、周りに目を配り、生活する必要がありそうだ…。