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39・魔法学の授業






新学期が始まり、初めの魔法学の授業が始まった。魔法学の教室に、教師が入って来た。カロルの姿を確認した教師はカロルに向かい、


「カロルさんは、本日よりこちらの授業は受けられません。」


「え?」


カロルは衝撃を受けた。確かに採点不可な程の落第生ではあるが、まさか授業を受ける事さえ出来ないなんて。静まり返った教室のそこここから忍び笑いが聞こえる。


「…どうしてなのか、御説明頂けますか?」


衝撃から覚め、やっとの事で疑問を口にした。


「それは、私から説明させて頂きます。」


教室に入って来たのは、魔法塔のローブを着たイヌクシュクだった。


「イヌクシュク様?…どうして?」


「カロル様の授業は、私が持つ事になりました。」


イヌクシュクはカロルに微笑む。壮絶な程の美形のダークエルフの微笑みに、女子生徒達からため息が漏れる。

イヌクシュクはカロルに歩み寄ると手を取り、カロルを教室から連れ出した。カロルは意味が分からないまま、イヌクシュクに従う。

イヌクシュクが連れて来たのは使われていない空き教室だった。教室内には二脚の椅子が置かれていた。その椅子に座る。


「あの、イヌクシュク様…何故なのか、御説明頂けますか?」


カロルは先程の質問を、またイヌクシュクにした。イヌクシュクは艶っぽい笑みを浮かべる。


「先日城でお会いした時、カロル様の魔力が気になりました。今までと違う魔力を感じたのです。それに、カロル様の神様の加護に関しても知りたいと思いまして。」


「…そうしましたら、私の授業の方は…?」


「勿論させて頂きます。授業、兼、私の研究、となりますね。」


イヌクシュクは含みのある笑顔でカロルを見た。カロルは、どうせ魔法学の授業に出ても仕方が無い上、落ちこぼれの生徒であるカロルには選択肢など無い。イヌクシュクの授業を大人しく受け入れる。


「本日は、先日のような魔力を感じませんが、何故なのですか?」


「それは、あの日イヌクシュク様が魔力に気付いて出て来られましたので、魔力を隠す術を使っております。」


「なる程。ではそれを解除して頂けますか?」


カロルは頷くと、術を解除した。するとイヌクシュクは濃厚に練られた魔力を感じた。今まで感じられなかったのが嘘のように濃く、カロルの周りを広く囲んでいるのがよく分かった。


「…やはり素晴らしい。その魔力を使って何か出来ますか?」


「はい。色々と出来ますが…重い物を持ったり、速く動いたり、魔法の様に魔力を扱ったりとか、ですね。」


するとイヌクシュクは教室内に結界を張り、魔法で室内に木を生やした。大きな木が三本生える。木は天井に着くと幹を曲げて天井を覆う程になった。


「ではカロル様、魔法のように魔力を扱い、この木を傷付けて下さい。粉々にしても、切り倒しても、どの様にしても構いませんよ。」


カロルは掌を前に向けて魔力を丸く練り上げた。力丸を使役した時に使った術だ。しかしあの時よりも遥かに大きな球体が出来上がる。禍々しい程の威力を秘めたそれは、イヌクシュクの身長よりも大きい。

カロルはその球体を掌の先に浮かべたまま、木に近付き球体を押し付けた。球体は回る速度を上げて木を削り取っていく。一分もかからずに三本の木は幹を削り取られ、根っこの部分と天井に浮いた枝葉の部分だけになった。

カロルはこれで良いのかとイヌクシュクを見ると、イヌクシュクは興奮したように頬を上気させていた。


「カロル様!素晴らしいです。この魔法は精霊の助けを借りずとも使える魔法なのですね!これはカロル様の、この濃い魔力が無ければ、この威力は望めないのでしょうね…。」


「確かにこれはファイアーボールの魔力放出に似た放出方法を使っています。イヌクシュク様と色々試した時に出来上がったのは、威力の無い魔力球でしたね。」


興奮していたイヌクシュクは落ち着きを取り戻し、カロルを見つめた。


「カロル様は、ご自分で加護が無くても使える魔法を見つけられたのですね。お役に立てず、申し訳ございませんでした。本当に、素晴らしい事です。」


「いいえ、イヌクシュク様。私は修行に行っていたのです。お師匠様が教えて下さったので、出来るようになったのです。」


「ほお…。そうですか。そのお師匠様に学び、濃い魔力を作り出せるようになったのですね?そのお師匠様の事を、お教え頂けますか?」


イヌクシュクはお師匠様に興味が湧いたようだ。カロルは言っても良いものか判断がつかず、翡翠本人の事以外の情報を教える事にした。


「はい。お師匠様はミズホノクニにいらっしゃいます。高度四千メートルを越える高い山に住んでおられます。その山は、普通の山とは違い、直立した岩のようです。歩いて登るには、岩に打たれた鎖を伝い、登るしかございません。」


「カロル様はどのように登られたのですか?」


「私はお師匠様のズブラレウが迎えに来て下さり、連れて行って頂きました。」


イヌクシュクは考え込んでいた。弟子入りを考えているのだろうか。


「…カロル様ご卒業までは私はここから離れられないからな…それまでに方法を考えよう…。」


イヌクシュクの呟きが聞こえてしまった。カロルは反射的に顔を上げた。


「イヌクシュク様。私の為に、ご自分を犠牲にするのはお止め下さい。私の事はお気になさらず、イヌクシュク様の事を優先させて下さい。」


カロルの言葉にイヌクシュクは優しく微笑んだ。


「カロル様。私はカロル様の魔力と加護が気になってここに居るのです。誰かに頼まれたから来たのでは御座いませんよ。実は結構無理を言って来させて頂きました。それに、エルフの寿命は長いのです。五年という月日は、私達にとって短いものなのですよ。」


「………。」


「言いましたよね?私の研究に、お付き合い下さい、と。」


イヌクシュクはカロルの身長に合わせて身を屈めて、カロルの顔を覗き込む。カロルは迷惑を掛けているのではないか、と心配だったが、イヌクシュクがこう言ってくれているのだから、と頷いた。

イヌクシュクは修行内容について聞きたがったが、リュシアンに断った時同様に、修行を受けた身で、人に教える事は出来ないと言い断った。

話をしていると授業終了の鐘の音が聞こえた。


「もう終わりですか…。残念ですが、また次回お願いします。」


「はい。イヌクシュク様、ありがとうございました。」


カロルは礼をすると、教室から出た。教室に戻るとウィリアムとジャンが既に戻っていた。


「カロル、どうだった?」


「イヌクシュク様の授業ですか?私の使える術の一つをお見せして、話をしていたら、時間になってしまいましたね。」


「カロル、何か魔法を使えるようになったのか?」


ジャンが驚き訊ねる。カロルが魔法を使えない事はこのクラスでは周知の事実となっていた。


「精霊の助けは借りられませんが、魔力を使った術は使えるようになりました。


「へぇ。カロルのそのハンデがあっても乗り越える事が出来る所は凄いな。偉いと思うぞ。」


ウィリアムはそう言うとカロルの頭にポンと手を置いた。ウィリアムはカロルの頭に手を置いたまま話を続ける。


「カロルはずっとイヌクシュク様の授業を受けるのか?」


「そのようですね。卒業まで…と言っておられましたから。」


「そうか…。」


ジャンは考え込んだ。また変な噂や陰口が出てきそうだ。周囲に目を配っておく必要が出てきそうだ。


「そうだ。ウィリアム、私、大太鼓を手に入れました。」


「え?どうやって?」


「夏季休暇にミズホノクニまで行って参りました。」


ウィリアムとジャンは驚いてカロルを見た。夏季休暇を使っても普通なら行くだけで帰っては来られないはずだ。


「他にもミズホノクニの楽器を手に入れましたので、あの曲を理想に近付ける事が出来ます。」


カロルは嬉しそうに微笑む。ウィリアムは思い出した。カロルに頼まれてバケツに鋲を打ち作った太鼓擬きを。


「作曲家カロル・ローランだもんな。」


ジャンが揶揄うように言う。カロルは驚いてジャンを見た。完全に忘れていた。マセナ交響楽団のあのコンサート…。カロルは青くなって赤くなった。


「じゃあ今度見せてくれよ。ミズホノクニの楽器。」


「…はい。屋敷にありますので、見にいらして下さい…。」


「あ、俺も見たい。」


「…是非どうぞ…。」


カロルは力無く答えた。後日本当にジャンとウィリアムはローラン家に招かれミズホノクニの楽器の音を楽しんだ。庭に出てズブラレウとウォラーグが寝ているのを見て驚いたが、カロルの使役しているモンスターだと言うと更に驚いていた。


「カロルって本当に何考えてるのか分からないな…。将来王妃になるのに…。」


「本当だよな。兄ちゃんもう面倒見切れない…。」


「おいカロル!ウィリアムに見捨てられてるぞ!」


「そんな…お兄様~!見捨てないで下さい~。」


三人は冗談を言いながら笑い合った。





カロルは毎日トレーニングをし、錬金術の研究、翡翠から教えられた修行も続けていた。


カロルは、リュシアンがいつか現れるヒロインに心奪われる可能性を忘れてはいなかったが、今カロルを愛してくれているリュシアンを信じる事にした。自分があまりにも失礼な考えをしていると気付いたからだ。もしヒロインが現れても、リュシアンを信じたい。それに、何があっても乗り越えられる力を付けているつもりだ。


カロルの努力の日々は、まだまだ続いていく…。

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