36・報告
ジョルジュの部屋に入り、お茶が用意されるとカロルは話し出した。
「まず、お父様、お母様、私の我儘を聞いて下さいまして、ありがとうございました。お陰でとても有意義な長期休暇となりました。」
カロルは二人に頭を下げる。ミレーユは笑顔で頷き、ジョルジュは眉間に皺を寄せ頷いた。
「ミズホノクニに到着してからはお師匠様の元、魔力の扱いについて習い、修行をしました。それにより、私の魔力量はかなり増えたと思います。そしてモンスターを使役する術を習いました。そして使役したモンスターが、雪之丞と力丸です。」
「モンスターを使役する為の代償は無いのかい?」
先程まで頭の痛い問題を抱えているような表情をしていたジョルジュが、今度は心配そうな顔でカロルを見る。
「使役契約を結んでから魔力を彼等に供給し続けます。」
カロルは死後肉体を食べられる事は伏せた。カロルは長生きする予定だ。そんな未来の事で二人を悲しませたくはない。
「そして、私に精霊の加護がついていない理由が分かりました。」
「!!!」
ジョルジュとミレーユは驚きの表情でカロルを見た。カロルは一度屋敷で精霊の加護について調べられていた。しかし加護が無い事が分かり、その後色々と手を尽くし調べたが、何も解決策が見つからずに今に至っていた。ジョルジュもミレーユも心配そうな顔をしている。
「私には神様の加護がついているそうです。その為に精霊の加護をつけなかったのだと、タクルディーネ様が教えて下さいました。」
「タクルディーネ様…秩序の女神様がいらっしゃったの?」
「はい。この事を伝えに、来て下さったのです。」
ジョルジュもミレーユもポカンとした表情をしていた。まさか女神様が出てくるとは思わなかったのだ。しかし加護無しではなく、違う加護がついていたと分かり二人は安堵した。
「良かったわ。加護が無い事で学園でも色々と言われていたのでしょう?辛い思いもしたのに…ああ、カロル…。」
ミレーユはカロルを抱き締める。カロルはミレーユの言葉に驚いた。
「お母様…知っていらっしゃったのですか?」
「ええ。ジョエルが教えてくれたわ。ジョエルも心配していたし、貴女の噂を聞いて憤っていたのよ。」
学年の違うジョエルにまで噂が広まっていた事に驚いた。きっと、ジョエルもミレーユも心配していたのだろう。なのにカロルは一人で抱え、しかも長期休暇の殆どを外国で過ごしていた。何と不孝者なのだろうか。
「お母様、申し訳ございません…。ご心配をお掛けして…。」
「カロル、心配するのは私達の勝手なの。貴女は貴女らしく行動し、乗り越えた。貴女の成長を嬉しく思うわ。」
「そうだよ、カロル。カロルが頑張ったから、こうして女神様も教えて下さったんだと思う。私としては、もう少し大人しくしてくれると嬉しいがね。」
カロルはジョルジュの言葉に恥ずかしそうに下を向く。貴族令嬢として相応しい行いではない事ばかりしている自覚はあった。
「ええと、私はやはり魔法を使う事は出来ないようです。ですので魔法学での実技で劣等生のまま、という事になってしまいます。」
「それは気にしなくても良いわ。カロルがいつも努力していた事は知っているもの。」
「ああ。ミレーユの言う通りだよ。カロル、最後に確認なんだが、雪之丞と力丸は危険は無いのか?使用人が怯えてしまうと思うんだ。」
ジョルジュの心配は尤もだ。あのようなモンスターが庭に居たら、恐ろしくて暇を申し出る者も出るかも知れない。
「彼等は私に害をなそうとする者には牙を剥きますが、そうでなければ安全です。話も出来ますので、お父様も話をしてみると良いと思います。」
「そうだな。私も挨拶をしなければならないね。カロルの事を守ってくれるモンスターなのだから。」
ジョルジュは笑顔で答えた。そして思い出したように言う。
「そうだカロル。お土産をありがとう。ミズホノクニのお酒なんて初めてだよ。ミレーユと後で飲みたいと思う。」
「美味しそうなお酒でしたね。カロル、ありがとう。」
「いえ…。お口に合うと良いのですが。では、私はこれで失礼します。おやすみなさい。お父様、お母様。」
カロルはそう言うと部屋を後にし、サロンに向かう。美仁はもう部屋に戻っているだろうか。サロンに入ると三人はまだ話をしていた。
「美仁、大丈夫ですか?丁度サロンにおりますので、楽器を仕舞いたいと思います。出して頂けますか?」
「うん。わかった。」
美仁は赤い顔のまま、楽器を次々と出していく。カロルは楽器を受け取ると楽器を仕舞ってある部屋に片付けていく。見るからに重そうな大太鼓を軽々持ち上げて歩くカロルにジョエルもシャルルも目を丸くしていた。
「色々と楽器を買ったんだね。また何か作曲をするのかい?」
「…また、ですか?」
「お姉様の作曲した曲、素晴らしかったです!」
カロルはコンサートの時にも感じた頭の痛さを、また感じる。恥ずかしさと罪悪感が再び込み上げる。
「作曲は致しません…。この楽器は趣味の為に買っただけなのです。」
「そうなんだね。あのコンサートはとても評判が良かったそうだよ。ルー先生もカロルに期待してるんじゃないかな。」
ルー先生もルー先生だ。サプライズが過ぎる。とカロルは胸中で文句を言う。
「お姉様、私にもお姉様の演奏している曲を聞かせて下さい。」
「はい。週末に少し楽器の練習をしに来ますので、その時で良ければ良いですよ。」
シャルルはカロルの言葉に顔を輝かせた。学園に入学してから全然会えなかったカロルに今度は週末に会えるのが嬉しい。するとカロルの魔石通話機が鳴った。
「殿下からだね。カロルと会えなくて随分寂しがっていたよ。部屋でゆっくり話すと良いよ。」
そう言うとジョエルはカロルの背を押してをサロンから追い出した。
「…では皆様、おやすみなさいませ。」
カロルは三人に挨拶をする。ちらりと美仁を見るとキラキラした目で見られていた。先程よりも緊張は取れているようで安心し、自室に向かう。魔通話の着魔は途中で切れてしまった。
カロルは自室に戻ってからリュシアンに魔通話をかける。
「カロル、こんばんは。」
「リュシアン、こんばんは。先程はすいません。家族に報告をしておりました。」
「そうなんだ。今魔通話しても大丈夫かな?」
「はい。大丈夫です。」
久しぶりの魔通話にカロルの頬が緩む。リュシアンも優しい声色に嬉しさが滲んでいる。
「カロル、明後日なんだけど、予定は空いてるかな?その日にピクニック出来たらと思うんだけど。」
「明後日ですね。分かりました。楽しみです。」
「私もだよ。やっとカロルに会える。」
そしてしばらく穏やかに会話をし、魔通話を終了すると、二人は明後日のピクニックを楽しみに眠りについた。
次の日、カロルと美仁は王都を見て回っていた。貴族区に平民区を見て回る。平民区で食べ歩きをした後、城を見に貴族区に向かった。二人共ドレス姿ではなく、カロルは鎧を身に付けていた為、かなり浮いていた。観光をする冒険者も珍しくは無い為、カロルはそれ程気にしてはいなかった。
「ここがガルニエ王城なんだ…。」
「そうです。奥に見えます二つの塔が錬金塔と魔術塔です。」
「高い塔だねぇ~。」
美仁は二つの塔に感心していたが、美仁の住む翠山は、比べ物にならない位高い。
「ここにリュシアン様が居るんだねぇ。」
「あ、美仁、リュシアン様と明日会う事になりました。」
「あ!そうなんだ!じゃあリュシアン様のお顔を見たらミズホノクニに帰るね。」
美仁はあっさりと言ったが、カロルはショックを受けた。もう少し滞在すると思っていたからだ。
「もう帰ってしまうのですか?屋敷は居心地が悪いのでしょうか?」
「あ!違う違う!私、他の女仙様にも修行をつけて貰ってて、そろそろ、その修行の予定なんだ。」
「そうなのですね…。それなのに、私と共にガルニエ王国まで来てくれて、ありがとうございます。」
カロルは美仁の手を取り、感謝を述べた。
「違うよ、カロル。私がカロルと来たかったの。ミズホノクニを出て色々見れたのも嬉しかったし、カロルの家族に会えたのも、嬉しかった。初めての友達で、別れるのが嫌だったんだ。」
「美仁…。私も同じ気持ちです。折角仲良くなれたのに…。ミズホノクニは遠いですから…。」
寂しそうに目を伏せるカロルに、美仁はカロルの手を握り返し答えた。
「私がミズホノクニから出て、冒険者になったらカロルに会いに来るよ。」
「ふふ。絶対ですよ。待ってますからね。」
二人が笑い合っていると、城門からすごい勢いでこちらに向かって来る人影が見えた。
「えっ何?」
カロルも美仁も驚いて身構える。顔が見える距離まで近付きカロルは安心した。その人影はダークエルフのイヌクシュクだった。
イヌクシュクはカロル達の前で勢い良く立ち止まった。
「貴方達は…。」
イヌクシュクはカロルを見て眉を寄せた。美仁は驚いていたが、イヌクシュクの顔を見て固まっている。
「…カロル様?」
「…はい。イヌクシュク様、ご無沙汰しております。」
「…驚きました。カロル様がそのような姿をしている事も。カロル様の魔力にも。そして、カロル様のお連れ様の魔力も。」
カロルはヴァイキングヘルムを被っていたが、イヌクシュクにはバレてしまった。美仁は美仁で、壮絶な程の美形に見られた事で顔を赤くして固まっている。
「殿下から、カロル様には違う加護がついている為魔法が使えない事を教えて頂きましたが、これは…この魔力はどうなさったのですか…?」
イヌクシュクは質問をしているのだが、考え込んでいる。答えを聞きたい訳ではないようだ。カロルは急に現れたイヌクシュクに困惑していた。
「ふむ…。城での家庭教師は終わってしまいましたからね…。どうしますか…。あ、カロル様にお連れ様、急に失礼しました。私は塔に戻ります。では失礼。」
イヌクシュクは嵐のように去って行った。取り残された二人はポカンとしている。
「…とにかく、すごいイケメンだったわ。」
美仁はイヌクシュクの背中を見送りながら呟いた。カロルも美仁の呟きに同意した。




