35・王都
モンスターを連れていては食堂に入る事は流石に出来ない為、カロルと美仁は一度トマとルイーズが管理している家に向かった。家に入るとトマもルイーズもカロルを歓迎したが、後ろに居た巨大な獣に驚き恐怖した。
「おおおおお嬢様…!?」
トマは震えながらもカロルに手を伸ばす。ルイーズは震えて壁に張り付き今にも泣き出しそうだ。
「トマ、ルイーズ、驚かせてごめんなさい。大丈夫ですよ。彼等は私の使役しているモンスターなのです。一番大きいズブラレウは私のお師匠様のですが、噛んだりしませんので、安心して下さい。」
カロルは怯える二人に優しく語りかけた。トマとルイーズはカロルの言葉は理解したが、それでも目の前のモンスターは恐ろしく、青い顔をしている。
「紹介しますね。お師匠様のズブラレウが数珠丸、もう一頭は私の使役している雪之丞、ウォラーグが力丸です。」
「俺達はここで待っていればいいのか?」
「そうですね。庭で待っていて下さい。昼食後に屋敷に向かいます。トマ、ルイーズ…大丈夫ですか?」
トマとルイーズはモンスターが話をした事に驚いている。しかし怖い事に変わりはない。
「俺達の事は気にしなくて良い。庭を借りるぞ。」
「はっはい!どうぞごゆっくり!」
数珠丸の言葉にトマはビクッと背筋を伸ばし答えた。その様子を見た数珠丸はフッと笑うと庭に出て行った。数珠丸を見送るとトマとルイーズはカロルに向き直る。
「お嬢様は私達を驚かせるのが本当にお上手ですね。」
「数珠丸様はああ仰っておりましたが、何かお出しした方がよろしいですか?」
「いいえ、本当に何も出さなくて大丈夫です。二人ともありがとうございます。怖いと思うけど、少しだけ置いておいて下さい。」
モンスターが怖いだろうに、持て成そうとしてくれる二人にカロルは礼を言う。
「こちらは私の友人の美仁です。しばらく屋敷に滞在しますので、よろしくお願いしますね。」
「美仁です。よろしくお願いします。」
カロルに紹介され、美仁はペコリと頭を下げた。慌ててトマとルイーズも頭を下げる。
「それでは行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃいませ。お嬢様、美仁様。」
トマとルイーズに見送られ二人は平民街のカフェが並ぶ区画へ向かう。カフェに入りハムサンドとオムレツを頼み、食後には洋梨のタルトとアイスクリーム、美仁はドリンクにオレンジジュースを、カロルはカシスシロップの水割りを頼んだ。
「タルトもアイスも美味しかった~。翠山では中々食べれないから嬉しい。お土産に沢山買って帰ろ~。」
美仁は幸せそうに笑っている。
「では料理人に頼んで沢山作って貰いましょう。他に何かあれば教えて下さい。」
「え、そんな悪いよ…。泊めてもらうのに、お土産まで貰えないよ。」
「いいえ、翡翠様と美仁は私の恩人ですから、これ位させて下さい。足りない位なんですから。」
慌てて断ろうとする美仁にカロルは微笑む。
「近々リュシアン様には会えそう?」
「まだ分からないのです。リュシアン様はお忙しいですから、難しいかも知れませんね。」
「そっかー、残念。カロルの大好きなリュシアン様に会いたかったな。」
カロルは赤くなりながら、立ち上がる。
「では、屋敷に向かいましょう。屋敷の庭なら、数珠丸達ものんびり寝れると思いますから。」
「もう、はぐらかすんだから~。」
美仁はカロルを揶揄いながら追いかける。家に戻ると、近隣住民がヒソヒソと話をしながら遠巻きに家を見ていた。
「お騒がせしてすいません…。私の使役モンスターなのです。危険はありませんので、ご心配なさらずに…。」
「カロルちゃんが連れて来たのかい?大丈夫かい?怪我はしてない?」
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」
噂好きの恰幅の良い女性にカロルは話し掛けた。女性はカロルを心配しつつも探りを入れる。
「このモンスター強いんだろう?カロルちゃんみたいな女の子に、よく従魔に出来たねぇ。」
「それは、頑張りましたから。」
「本当に大丈夫なのかい?撫でてみても平気かい?」
「勿論です。雪、来て下さい。」
中々度胸のある女性である。カロルも安全を証明したかったので、快諾した。雪之丞も大人しくこちらに来る。周りに居た人々は逃げるように距離を置いた。雪之丞は女性の前に座る。女性は恐る恐る鬣を撫でた。
「…本当に平気みたいだねぇ。」
「ああ。主人を傷付けるような真似をしなければ、こちらから何かする事はない。」
「ひっ…。」
雪之丞が喋った事に驚き女性は手を引っ込める。
「あんた…喋れるんだねぇ…。驚いたよ…。」
女性は話しながらまた雪之丞を撫でた。やはり、度胸のある女性である。
「すごいねぇ…。モンスターを撫でたのなんて初めてだよ。」
「時々こちらの家に居ますので、よろしくお願いします。私達はそろそろ行かなければなりませんので、これで失礼します。」
カロルは女性と周りの人々に挨拶し、家に向かうとトマとルイーズに声を掛け、屋敷に向かった。
屋敷に着くと、門を入ってすぐの所に庭師が作業していた。
「モリス、お疲れ様。」
「おや、お嬢様、おかえりなさいませ。」
カロルが声を掛けると顔を上げて挨拶をした。後ろの美仁と三頭のモンスターを見る。
「お客様ですかな?いらっしゃいませ。」
数珠丸達を見ても驚かないモリスに、カロルの方が驚いてしまう。
「モリス、紹介します。友人の美仁と、数珠丸、雪之丞、力丸です。モンスター達は流石に屋敷に入れられないと思うから、庭で過ごす事になると思うのだけど、良いですか?」
「はい、かしこまりました。数珠丸様、雪之丞様、力丸様、どうぞよろしくお願いします。」
モリスは三頭に向かい頭を下げた。数珠丸はそんなモリスに向かい、
「こちらこそ、よろしく頼む。俺が寝ていて邪魔だったら言ってくれ。」
流石に喋れると思わなかったモリスは驚いたように目を見開いた。そしてすぐにいつもの優しい笑顔になる。
「お話する事が出来るのですね。驚きました…。」
「他の人はもっと驚いてましたよ。モリスは全然驚かないので、私の方が驚きました。」
「そうですかな?お嬢様が連れて来る方に悪い方はいらっしゃらないと分かっておりますからね。」
何故か信頼されているらしい。そんなモリスを嬉しく感じながらカロルは笑った。そして屋敷に向かう。屋敷に入るとゾエが出迎えてくれた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。」
「ゾエ、ただいま帰りました。こちらは友人の美仁です。しばらく滞在しますので、よろしくお願いします。」
「かしこまりました。美仁様、何か御座いましたら、何なりとお申し付け下さい。」
ゾエは折り目正しく礼をした。そしてカロルのリュックを預かる。カロルの部屋に着き、リュックを衣装部屋に置き退室した。
しかしすぐにゾエが部屋に来てカロルに問う。
「ジョエル様とシャルル様がカロル様にお会いしたいそうなのですが、先に湯浴みなさいますか?」
「…そうですね。このままの姿では会えませんね…。湯浴みをお願いします。」
既に準備が出来ていたようでカロルと美仁は浴場に案内される。湯浴みを終えて侍女達にドレスを着せて貰っている美仁は恥ずかしそうだ。
「ドレス着るのって初めて。」
「とてもよく似合っていますよ。」
美仁は鏡の前でくるくると回っている。微笑ましく見ていたカロルはジョエル達を待たせていた事を思い出し、美仁を連れてサロンに向かった。
「カロル!お帰り!」
「お姉様!お帰りなさいませ!」
サロンに入ると二人が出迎えてくれた。
「お兄様、シャルル、ただいま帰りました。こちら、友人の美仁です。ミズホノクニでとてもお世話になりました。しばらく屋敷に滞在しますので、よろしくお願いしますね。」
「これは美仁様。カロルがお世話になりました様で、ありがとうございます。私はカロルの兄、ジョエルです。よろしくお願いします。」
「美仁様、私はシャルルと申します。よろしくお願いします。」
「美仁です。よろしくお願いします…。」
美仁は顔を赤らめて挨拶した。いつもの元気は影を潜め、三人に案内されてソファに座る。美仁はお茶を飲みながら三人の話を大人しく聞いていた。
話を終えて夕食の時間までカロルの部屋で過ごす為、カロルと美仁は部屋に戻った。
「美仁、どうかしましたか?元気が無いように見えますが…。」
カロルは美仁の様子がおかしい事をずっと気にしていた。美仁はカロルを見て答える。
「カロルの兄弟…イケメンすぎじゃない?緊張しちゃって…。」
美仁はまたしても赤くなる。カロルは安心した。何か気を悪くさせてしまったのかと心配していたのだ。
「ふふ。緊張していたのですね。あの通り、少し過保護ではありますが、普通の男の子ですよ。」
「ごめんね。私、イケメン耐性が無くて…。あとイケメンすぎる時点で既に普通じゃないから。」
美仁の調子が戻ってきて安心したカロルは可笑しそうに笑った。
夕食の時間になり、食堂で待っているとジョルジュとミレーユが現れた。久々に家族全員が揃う食事だ。
「美仁さん、カロルがお世話になりまして、本当にありがとうございました。カロルがそちらでご迷惑をお掛けしなかったかしら?」
「いいえ。カロルさんが来てくれて、私も翡翠様も毎日楽しかったです。カロルさんと離れるのが寂しくなってしまう位です。」
ミレーユの問に美仁は笑顔で答えた。しかし笑顔が固い。ミレーユとジョルジュという新たな美形に緊張しているらしい。
夕食後、カロルは家族を玄関ロビーに呼び、庭から三頭のモンスターを連れて来た。
「紹介します。お母様達はご存知ですよね。こちらが数珠丸、私のお師匠様の使役モンスターです。」
「数珠丸様、カロルを無事に送り届けて下さいまして、ありがとうございます。」
ミレーユは数珠丸に礼をした。ジョルジュは目を丸くしている。
「礼を言われる事ではない。当然の事をしたまでだ。」
数珠丸はミレーユに答えた。少し照れているようにも見える。ジョルジュは目を丸くしている。
「そしてこちらが雪之丞に力丸です。私の使役モンスターですので、屋敷で住む許可を頂きたいのです。」
「昼に話を聞いていたけど、二頭共勇ましくて格好良いモンスターだね。」
ジョエルは内心怖かったが、表面には出さずに微笑んだ。シャルルは青い顔をしている。ジョルジュは目を丸くしている。
「…お父様?雪之丞と力丸を屋敷に置く許可を頂けますか?」
カロルがジョルジュに問う。ジョルジュは目を丸くして…いたが、カロルを見て背筋を伸ばした。
「…まぁ、彼等を屋敷に置く事は許可しよう。しかしカロル、屋敷に居なかった間の事の報告をして貰うよ?」
「はい。勿論報告致します。」
「では美仁さんは私達とお話でも如何ですか?」
「はっはい!よろしくお願いします!」
美仁はジョエルとシャルルにサロンに連れて行かれた。
「数珠丸、雪、力丸、来てくれてありがとうございます。今夜はゆっくりお休み下さい。」
カロルは数珠丸達に微笑み見送るとジョルジュとミレーユと共にジョルジュの部屋に向かった。
誤字報告ありがとうございました。




