34・王都到着
三日目の夕方にはガルバルディ王国に入っていた。数珠丸が選んだのはポポロの街という水の都だった。街中を運河や水路が走り、無数の島をいくつもの橋や運河が結んでいる。道が広くない為、街の中に馬車が入る事は出来ない。運河や水路をゴンドラがのんびりと進んでいく景色もポポロの街ならではだ。
「…素敵ですね!」
「カロル!ゴンドラ乗りたい!乗ろうよ!」
女子二人は目を輝かせてはしゃいでいる。運河に面した宿をとり、二人で街に出る。宿の前にゴンドラが停留していた為二人で乗り込んだ。明るいオジサンが鼻歌交じりにゴンドラを漕ぐ。
「ポポロは良い街だろお?」
ニカッと笑いながら話しかけて来る。
「とても素敵ですね。ゴンドラからの景色もとても素晴らしいです。」
「わかる~。他では見れないよね。」
カロルと美仁の言葉にゴンドラ乗りのオジサンは更に笑顔になった。ゴンドラ乗りはオススメのレストラン前で降ろしてくれた。礼を言いレストランに入る。水路に面したテラス席が空いていたので、その席に案内して貰った。
二人はテナガエビのオイル系のパスタとイカ墨パスタ、子牛のレバーを玉ねぎと一緒に調理したポポロ風子牛のレバー、干しダラのムースが入ったコロッケを頼んだ。
街灯や店の灯りが水面に映りキラキラとしている。灯りの点いた街並みが美しい。水路を時折ゴンドラが流れて行く。流石はゴンドラ乗りオススメのお店だと思いながら景色を楽しみ料理に舌鼓を打つ。二人は大変満足し、レストランを出て歩く。途中でジェラート屋を見つけジェラートも食べた。
「流石に食べ過ぎちゃったかな。」
「歩いて帰りましょう。」
美仁はお腹をさすっている。カロルと美仁はのんびりと景色を楽しみながら、橋をいくつも渡り宿に戻った。
次の日の朝食は宿で焼いていたパニーノと果物だった。ハムとチーズとトマトが美味しい。昼食用にピザとサラダを購入してポポロの街を出る。
昼食は草原の広がる大地に降りてピザを食べた。美仁のアイテムボックスに入れておいたので、出来たてのピザだ。サラダも冷たく瑞々しい。
カロルはアイテムボックスの有能さに感激していた。チーズも蕩けて伸びる。
その日の夕方にボーボリの街に到着した。ボーボリの街は洞窟を掘って住居を造り住んでいる。外壁は平らに削られ石で出来た家のようだ。中には家が岩に飲み込まれそうに見える洞窟住居もある。
岩で作られた街の小道は曲がりくねっていて迷路のようだ。所々街灯が灯り、オレンジ色をした灯りが幻想的に輝く。
カロルと美仁は道を聞きながら宿に到着した。宿で地図を見せて貰いレストランに向かうことにした。
「カロル…無理だ。私にはこの道は覚えられない…。」
「任せて下さい。覚えました。」
カロルは記憶力がすこぶる良い。美仁は尊敬の眼差しで見る。
「カロルは何でも出来るね。天才だわ…。」
「魔法はさっぱり出来ませんけどね。」
カロルは自嘲した。女神様から理由を聞いた為、もう傷付く事は無い。
カロルは美仁とレストランに向かう。細く曲がりくねった道を間違える事無く到着した。
「本当に着いた…。」
「ふふ。帰りも逸れないで付いて来てくださいね。」
カロルは信じられないような顔をした美仁に笑いかける。
ボーボリの街では、外皮が固く中はしっとりもちもちとしたボーボリのパンに、ソーセージが有名らしい。その二つとピザを頼み、デザートにはティラミスも注文した。
岩を削り作られた室内の所々に小さな半月形の棚のような窪みがある。それは本当に棚として作られたもので、灯りや調味料が置かれていた。
「室内が可愛らしいですね。」
「そうだね。この棚とか、かけてある布も可愛いよねぇ。」
岩壁に囲まれてオレンジ色の灯りに照らされた室内に、温かみのある色合いの布が椅子に掛けてあり、無機質に見える室内に可愛らしい雰囲気が加わる。
会話をしながら食事をしているとデザートが運ばれて来た。そのティラミスを見て、二人は固まった。
「デカ…。」
「…食べきれますかね…。」
一人で食べるには大きすぎると思われるティラミスが二つ、テーブルに置かれた。一つは美仁のアイテムボックスに仕舞い、もう一つを半分に分けて食べた。
宿に戻り眠りにつく。あと二日で王都に着く。家族への報告に新学期の準備、城に王妃教育の再開をお願いをしに行かなくてはならない。新学期まであと一週間、帰ってからも忙しい。
カロルは気が付くと王都の自室に居た。一ヶ月半ぶりのカロルの部屋だ。少し懐かしさを感じる。
「カロル。」
呼ばれて振り向くとリュシアンが立っていた。翠山を発ってからリュシアンと夢で会う事が無かった。いつもは二、三日に一度夢で会っていたが、今回は五日ぶりだ。
「リュシアン、お久しぶりです。」
カロルは微笑みリュシアンに近付く。リュシアンはカロルの手を両手で包むように握った。
「カロルに何かあったのではないかと、心配した。」
「心配させてしまい、申し訳ございません…。明後日には王都に到着する予定です。」
「やっと現実でカロルに会えるんだね。楽しみだな。もう夢で会えなくなるのは寂しいけどね。」
リュシアンはにこやかに笑いカロルを見つめた。その瞳が逸れて部屋の中を見る。
「ここは、カロルの部屋?」
「そうです。私も一月半ぶりで少し懐かしいです。」
「可愛らしい部屋だね。」
カロルの部屋は、ファブリックをワインレッドを基調に纏めてあり、落ち着いた雰囲気の部屋だ。
「いつか、本当にお邪魔させてね。」
「はい。勿論です。是非いらしてください。」
カロルはリュシアンとソファに並んで座り、帰りに立ち寄った街々の話をした。美しい景色に美食の話をリュシアンは興味深そうに聞く。
「カロルと一緒に行けたら、嬉しいんだけどな。」
リュシアンはカロルの肩に額を乗せて、腰に手を回しカロルに抱き着く。
「今度のピクニックはどちらへ行きましょうか?」
カロルは明るい声で聞いた。リュシアンはカロルの肩に埋めていた顔を上げた。
「タボールに行こうと思うんだ。湖が美しいそうだよ。」
「いいですね。お弁当を持って行きましょう。のんびり出来そうですね。」
二人は額を寄せ合い目を閉じた。次に目を開けた時には朝になっていた。
この日の朝食はボーボリのパンを使ったパンサラダにフルーツだった。パンサラダの優しい味がトレーニング後のカロルと寝起きの美仁の体に染み渡る。昼食用にまたピザを買い、迷路のような道を通り街の外へ出た。
五日目、やっとガルニエ王国に入り王都まではあと半日程で到着する。二人はアヌシーの街という城壁都市に来ていた。丘の上にある高い城壁で囲まれた街だ。戦争をしていた時代のものが、今でも珍しく残っている。高い城壁の上には遊歩道が出来ており、観光客や市民が歩いて上から街並みを楽しめる。
二人は石畳で出来た緩やかな坂道を登りながら街並みを眺める。木骨造りの家々は統一感があり、可愛らしい。石で造られた高い時計塔が見える。
まだ夕食には少し早かった為、二人は宿をとると街を散策した。城壁に登り上から街並みを眺めながら歩く。古い屋根の形が可愛らしい。城壁の遊歩道は長く、一周するのに一時間位かかるそうなので、途中で来た道を戻る。カロルは明日の朝ランニングをするのに良いな、と思った。
遠くに見えた時計塔にも登ってみた。街を一望出来る高さの時計塔からの景色は素晴らしいものだった。夕日に照らされた街並みや周辺の自然にため息が出る。
時計塔を降りてレストランに入る。二人はズッキーニのガレットにキッシュ、ブイヤベースにオニオングラタンスープを頼んだ。ガルニエ王国らしいメニューが少し懐かしく美味しい。美仁はガレットが気に入ったようだ。王都の屋敷でも作って貰おうとカロルは微笑む。他にも食べて貰いたいガルニエ王国ならではのデザートは沢山ある。カロルも美仁も王都に行くのが楽しみだった。
次の日もカロルはいつもと同じように早朝に起きた。やはり夢でリュシアンに会わなかった。昨日で、夢で会うのが最後だったらしい。トレーニングとランニングを終え、美仁を起こすと宿の朝食を頂く。出てきたのはクロックマダムとサラダだった。昼には王都に着く予定だったので昼食は買わずに街を出た。
王都に着いたのは昼前だった。王都へ使役モンスターと共に入る為に三頭を連れて街の入口へ向かった。門に立つ衛兵がズブラレウとウォラーグを見て驚いた表情をしている。
「このズブラレウとウォラーグは私の使役モンスターです。こちらにも記載があります。ご確認下さい。」
カロルは冒険者カードの従魔記載の欄を表示して見せた。
「…はい。確認出来ました。そちらのズブラレウは、貴方の従魔ですか?」
衛兵はカロルの冒険者カードを確認すると美仁の方を向き訊ねた。
「あ、えっと…。」
「こちらのズブラレウは私の師匠の使役モンスターなのです。お借りしている形になるのですが、街に入る許可は下りますでしょうか…?」
美仁の代わりにカロルが訊ねた。衛兵は考え込むように唸った。
「詰所の方でお待ち下さい。カロル様の方のモンスターの入街手続きもそちらで致します。カロル様のお師匠様のズブラレウについては上に確認しますので。」
カロルと美仁は街の門にある詰所に案内された。三頭のモンスターは詰所脇で寝て待っている。通りかかった人々が皆驚いて足を止めて、足早に通り過ぎていく。
カロルは詰所内で使役モンスターを街に入れる際の注意事項を読み、誓約書にサインをした。誓約書は街中でモンスターを暴れさせない、という内容のものだ。破った場合の罰則はかなり厳しい。
「…こっ…これは副団長!御足労頂きありがとうございます!」
詰所の外から慌てた衛兵の声が聞こえてきた。上の者に確認と言っていたが、衛兵もまさか副団長が来るとは思っていなかったのだろう。カロルは書類を詰所に居た衛兵に渡すと外に出た。
「これは見事なズブラレウにウォラーグだ。こんな素晴らしいモンスターを従魔にするとは、どのような冒険者なのだ?」
副団長は衛兵に聞いている。三頭のうち、力丸だけが顔を上げていた。ズブラレウ二頭は興味無さそうに寝たままでいる。
「副団長様、わざわざおいで頂きまして、ありがとうございます。こちらの二頭は私の使役モンスターなのですが、こちらのズブラレウは主が一緒にはおりません。ですが、危険はございませんので、どうか入街の許可を頂きたいのです。」
副団長はカロルの言葉を聞いて驚いていた。副団長は大柄ではあるが、自分の腰程までしか背丈の無い少女がこの上級モンスターを従魔としているとは、にわかに信じ難い。
「何故、そのように断言出来る?貴方の従魔ではないだろう?ならば制御する事は不可能ではないか?」
「数珠丸は意味無く暴れるようなモンスターではありません。ですよね?数珠丸。」
カロルは副団長の言葉にムッとして答えた。数珠丸に近付き、鬣を撫でる。
「ああ。俺は面倒事は嫌だからな。」
数珠丸は面倒臭そうに答える。カロルに撫でられるのは好きな為、大人しく撫でられていた。副団長は数珠丸が言葉を発した事に驚きを隠せない。いつもは自信に溢れた勇ましい顔が、今では目を見開き口をあんぐり開けている。
「どうか、入街許可をお願いします。」
カロルは頭を下げた。副団長はいつもの表情を取り戻し答える。
「ああ。許可しよう。但し様子を見に行かせて貰う。先程の書類に書かれている住所に滞在するのか?」
「はい。そちらに滞在予定です。」
「分かった。時間を取らせて悪かったな。では、王都を楽しんでくれ。」
副団長は人好きのする笑顔でカロル達を見送った。