32・力丸
残酷な表現があります。
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リュシアンは城の庭に居た。花壇の花が陽の光を浴びてキラキラと輝いている。東屋を見ると、会いたくて堪らなかった人が居た。リュシアンは走って東屋へ向かう。
「カロル!」
リュシアンはカロルを抱き締めた。夏季休暇に入ってから恋しく思っていた婚約者に、やっと会えた。
「これは夢?カロルに会えるなんて…。」
「はい。夢です。」
リュシアンがカロルの頬に手を添えて問うと、カロルは微笑んで答えた。
「そうか。夢なのか…。夢でも会えて嬉しいよ…。」
リュシアンはそう言うと、カロルにキスをした。そしてキスしながらカロルの服に手をかける。腰に巻かれている紐を引いて服を脱がそうとした。
「リュ…ッ!リュシアンッ!」
カロルは慌ててリュシアンを押して距離をとる。
「駄目です!夢ですが!リュシアンだけでなく、私も見ている夢なのですから!」
リュシアンは唖然としている。理解が及ぶと顔を赤くして慌てたように謝った。
「ごっ…ごめんカロル!…夢だから、少し位、いいかなって…。…本当にごめん…。…カロル、夢で会えるなんて思ってもみなかった…。」
顔を赤くしたままリュシアンは微笑む。カロルは服を整えてリュシアンに近付く。
「私も、夢で会えるなんて思ってなかったです。今、一緒に生活している方が、この夢見蝶を貸して下さったのです。リュシアンに会えたという事は、リュシアンの部屋にも居るはずです。」
カロルはお互いの肩にとまっている蝶を指差して説明する。
「籠等に入れないで自由にしてあげて欲しいそうです。私が帰るまで貸して頂けるそうですので。」
「そうなんだ。可愛い蝶だね。君のお陰でカロルとこうして会う事が出来るんだね。ありがとう。」
リュシアンは肩にとまる蝶に微笑む。リュシアンとカロルは東屋の椅子に座って話をした。
「私に精霊の加護が無い理由が分かりました。そして、私は何をしても魔法は使えない事も分かりました。」
「え、カロル…それは…?」
リュシアンはカロルの手を握る。カロルもリュシアンの手を握り返した。
「秩序の女神、タクルディーネ様が教えて下さいました。私には神様の加護がついているので、精霊の加護をつけなかったのだと仰いました。」
「カロルには、神様の加護がついているんだね。それは、どんな加護なの?」
「何をしても疲れない、というものです。私はこれに、随分助けられていると思います。神様からの加護だったのですね…。」
カロルは目を伏せ微笑んだ。そしてリュシアンを見る。
「イヌクシュク様の授業はお終いにして頂けますでしょうか。イヌクシュク様の時間を無駄にしてしまって…申し訳なかったです…。」
「分かった。私から伝えておくよ。」
カロルは上目遣いでリュシアンを見た。
「魔法学で落ちこぼれのままなのが、心苦しいのですが…。」
「どうして?カロルは筆記では学年一じゃないか。落ちこぼれだなんて…。」
「リュシアンに相応しくないと、言われるのが嫌だったのです…。」
頬を染めて俯くカロルを見て、リュシアンは堪らなくなり抱き締めた。
「なんて可愛い事言うんだ…。カロルに相応しくならなければならないのは、私の方だよ。カロルのこれまでの素晴らしい功績は、表に出てはいないけど、知っている者は皆君を認めている。…私は王太子というだけなんだ。」
リュシアンはカロルを離すとカロルを熱く見つめた。
「君に相応しい男になれるように、私も努力するよ。」
「リュシアンが様々な努力をなさっているのは存じております。リュシアンはどんどん素敵になっていくのでしょうね…。」
カロルは眩しいものを見るようにリュシアンを見た。リュシアンも同じような表情をしている。
「それはカロルの方だよ。…あまり素敵になりすぎて、私を心配させないで欲しいな。カロルの魅力は、私だけが知っていれば良いんだから。」
するとリュシアンはカロルの耳を甘噛みした。カロルはピクっと反応してしまう。
「リュシアンッ…ダメです…。」
リュシアンはカロルの反応にくすりと笑った。
「夢でもカロルの反応は変わらないね。」
熱っぽい瞳で見つめられ、カロルは更に赤くなる。リュシアンはカロルに口付ける。そのまま唇や口内を優しく舐る。抱き締めた感触がいつもよりも柔らかい。カロルもリュシアンも寝ている時の姿のままだったので、夜着を身に付けていた。いつもよりガードの甘い姿のカロルに自然と吐息が熱くなる。
カロルも同じ事を考えていたようで、リュシアンの背に回した手が感触を確かめるようにゆっくりと撫でる。リュシアンは込み上げるものを抑え、慌ててカロルから離れた。夢の中でも煩悩に打ち勝った自分を胸中で褒めた。
「…リュシアン、そろそろ時間のようです。」
寂しそうに告げたカロルに、リュシアンは胸がちくりと痛んだ。でも、夢の中の逢瀬の時間が短くて良かったかも知れない。カロルの着ている夜着は、昼に着ている服よりも胸元が広く開いている。胸の膨らみが悩ましく、白い胸元が目の毒だ。
「そっか…明日も会えるかな…?」
「…それは何とも…でも、会えると良いですね。」
「うん…。」
リュシアンとカロルは抱き合い別れを惜しんだ。段々と視界に靄がかかり、幸福と寂しさが入り交じる中、意識が遠のいていった。
夢の中での逢瀬は二日か三日に一日の頻度で行われた。会えた日の翌日は、何故か分かるらしく翡翠が、
「今日は艶めいてるのお。」
と揶揄って来る。その度にカロルは赤面して縮こまるのだ。美仁も揶揄うような、羨ましいような視線を寄越す。
「カロルはもう一体使役したい魔物とかいないの?」
美仁が唐突に話題を変えた。
「出来れば、力があって空を飛べる魔物を使役したいと思っているのですが…生息地が分かりませんし、中々会えないのです。」
「そっかー。この魔物が良いってのは、ある?」
「ウォラーグが良いな、とは思います。」
ウォラーグは虎に似たモンスターで、空を駆ける事が出来る。体色が様々で、縞模様もあったり無かったりと、こちらも様々だ。
「ウォラーグかぁ。何処かで見た気がするなぁ…。」
美仁は考え込んでいる。美仁は修行でミズホノクニ中を廻っており、ミズホノクニ周辺の島も訪れている。そのうちの何処かでウォラーグを見たらしい。
「うーん…、見つけたら教えるね!」
「ありがとうございます。」
美仁はカロルを見てパッと笑顔になった。カロルも美仁の心遣いに素直に感謝した。
その数日後、修行をしている所に美仁が走って来た。
「ウォラーグ見つけたよー!翡翠様!行っても良いですよね?」
美仁は強引にカロルを連れ出そうとした。カロルはあと数日で、ここを立つ事になる。それまでにウォラーグを使役させてあげたいと考えていたからだ。カロルも期待を込めて翡翠を見た。
「うむ、良いじゃろう。今日の所は遅くなっても構わぬからの。頑張って来るがよい。」
翡翠も美仁と同じ気持ちでいるのだろう。快く送り出してくれた。今回は不意打ちでなかった為、リュックを背負い、雪之丞に跨る。数珠丸に乗った美仁を追って翠山を出た。
辿り着いた先は、岩山の連なる島だった。ここをウォラーグが寝床にしているらしい。足場の少ない島だ。どうやって戦ったら良いだろうか…。
カロルは考えた。罠を張る事が難しい岩山、相手はウォラーグという強いモンスター。果たして自分に、使役出来るのだろうか…。
考えていても仕方がないのでウォラーグを探す事にした。雪之丞に乗ったままゆっくりと飛んでウォラーグを探す。
岩山中腹の岩壁に掘られた洞窟を見つけた。足場等は無く、ここへ入るには空を飛んでいなければ無理そうだ。ここが美仁の見つけたウォラーグの住処かも知れない…。
「気配がするから、中に居るだろう。俺も入ると戦い辛くなるぞ。」
「私だけで行きます。気付かれたら走って逃げるので、雪は私を空中で乗せて下さい。」
「難しい事を言うな…。」
洞窟入口で雪之丞と別れ、携帯用ランプを点ける。明るくなりすぎないように光を絞った。携帯用ランプは火魔石を使うが、熱くはならない。
恐る恐る奥へ進むと寝ているウォラーグを見つけた。カロルは翡翠に習った気配を消す術をずっと使っている。カロルは剣を構えてチャクラを練り放出した。濃いチャクラが球体を作り、剣先に留まっている。球体は無数の刃で構成されており、その大きさは直径一メートル程まで膨れた。無数の歯がぐるぐると回っている。そのスピードがどんどんと上がり、かなり危険なチャクラの塊が出来上がった。
カロルはその塊を、剣を振って寝ているウォラーグに向かって投げた。命中したのを確認するや否や、カロルは走って逃げ出した。
一方チャクラの塊をぶつけられたウォラーグは痛みと驚きの中目が覚めた。脇腹が何かに抉られ続けている。無数の傷が付き、血が大量に出る。ウォラーグは怒りに目の前が赤く染まる。遠ざかる足音が聞こえ、そちらに駆け出した。洞窟から飛び出した影を追うと、その影は黒っぽい鬣を持つモンスターに跨っていた。
ウォラーグは唸り雪之丞に飛びかかる。雪之丞は攻撃を躱し、カロルがすれ違いざまに切りつけ、威圧するように濃いチャクラを練り、辺りに広げる。ウォラーグはそのチャクラと目の前に居るズブラレウを見て少し後退る。カロルは勝機を見てウォラーグに声をかけた。
「私と、使役契約を結んで下さい。」
ウォラーグは思惟しているようだ。カロルはチャクラを更に広げてウォラーグを威圧した。ウォラーグは先程までの怒りの表情は消えて大人しくなり、先程の洞窟に降りた。カロル達もウォラーグの後に続く。ウォラーグを見ると、抉られた脇腹が痛々しい。カロルは特上ポーションを出し、ウォラーグに飲むよう促す。
「大丈夫です。傷を回復する為の薬です。飲んで下さい。」
ウォラーグは恐る恐る口を開くとカロルは特上ポーションを口に流した。するとみるみるうちに傷口が塞がる。その様子を見たカロルは巻物を取り出し、親指を切ると傷口を巻物に付け、円を描いた。そしてタブレットポーションを口に入れ、ウォラーグに近付く。
ウォラーグは座ると、大人しく前足を上げた。カロルは肉球を切り、雪之丞の時同様に綺麗な形の肉球の血痕を押す。ウォラーグにタブレット上級ポーションを飲ませると、巻物にお互いの魔力を流し、使役契約は完了した。
「では、名前を考えましょう。……黒虎丸…は…。」
「何故主は見たままの名前を付けようとするのだ…。」
雪之丞が呆れたように言った。ウォラーグも目を細めて嫌そうな表情をしている。このウォラーグは藍味を帯びた墨色の体色に、艶のある黒色の縞模様をしていて、一見真っ黒に見える。
「では……力丸は、どうでしょう?」
「…異はありません。」
力丸と名付けられたウォラーグは力強い女性の声をしていた。
「女の子だったんですね。では力丸、これからよろしくお願いします。」
「主、よろしくお願いします。」
力丸はカロルに頭を下げて応じた。
「カロルー!おめでとうー!」
使役契約が終わったのを察知したらしい美仁と数珠丸が降りて来た。美仁は自分の事の様に喜んでいる。
「美仁、ありがとうございます。美仁のお陰で、力丸を使役出来ました。」
「少しでもカロルの役に立てたなら良かった!」
美仁にとってカロルは初めて出来た友達だった。そんな彼女の役に立てた為、心底嬉しそうに笑っている。カロルはそんな美仁に感謝の念が募る。
短い間だったが、確かな友情を築いた二人は嬉しそうに笑い合った。
誤字報告ありがとうございました。