31・カロルの加護
残酷な表現があります。
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次の日の午前中、カロルは学園から出た宿題を終えていた為、美仁から忍術に使う印の本を借りて読んでいた。両手を使って印を結び、術を発動するらしい。一つ一つの印を手で作り覚えていく。
午後になり翡翠自ら指導をしてくれる。火術の印を結び、術の発動を試みるも、何も起こらない。
「ふむ。やはりな…。カロル、そう気を落とすでない。魔法も忍術も発動方法が違うだけで、根本は同じなのじゃ。体内からチャクラを出し、呪文や印で精霊の力を借りて術を発動する。カロルは何故か、精霊の力を借りる事が出来ないらしいのお。」
「…何故なのでしょうか…?」
カロルの頭に、神に見放された者の証…という魔法学の教師の言葉が過ぎる。
「…すまぬが妾には分からぬ…。そうじゃの…真珠に聞いてみるとするか。あれは千里眼を持っておる。きっと何か分かるじゃろう。」
翡翠はカロルを気遣うように笑った。
「今から向かうか。小夜、美仁はおるか?」
「美仁様は今アイテムボックスに入っておられます。」
小夜がどこからともなく現れ答えた。
「…またやっとるのか。では妾はカロルを連れて中央へ行く。帰りは遅くなるやも知れぬ。留守を頼むぞ。」
そう言うと翡翠は数珠丸を呼ぶ。カロルも雪之丞を呼んだ。二人はズブラレウに乗ると中央山へ向かって飛んだ。数珠丸の時もそうだったが、すごいスピードで飛んでいるのに風圧を感じない。
「雪の背中も乗り心地が良いですね。」
「契約した主人を乗せているのだ。それ位の配慮は当然だ。」
「雪がやってくれてるのですか?」
カロルは驚いた。使役契約したモンスターは主を慮ってくれるのか。
「俺達は主人からチャクラを分けて貰って力をつける。自分だけでは到達出来ない程の力を得る事が出来るのだ。だから、それ位の事ならするさ。」
契約は、主人が死ぬまで続けられる。契約中に主人のチャクラがモンスターに分け与えられ、更には主人が死んだ時に、契約したモンスターは主人の魔力臓を喰らい、更なる力を得る事が出来る。カロルも死後は、雪之丞に食べられる事は分かっている。そういう契約だ。生きている間、忠誠を誓ってくれるのだから、構わないとカロルは思う。
雪之丞と話をしながら翡翠を追っていると、天高く聳える山が見えてきた。翠山も高かったが、この山は更に高い。翠山の標高と同じ位の高さに岩が削られ建物が建っていた。建物の前には石畳が敷かれた広場があり、そこに降り立った。
建物から着物姿の身長百センチ程の子供が出て来た。
「翡翠様いらっしゃいませ。真珠様が広間でお待ちです。」
翡翠は勝手知ったる様子で草履を脱ぎ、屋敷に上がる。カロルもそれに倣った。長い廊下を進み奥の部屋に向かう。翡翠に続き入った部屋はかなり広い、大広間だった。奥に薄桃色の着物を着た女性が座っている。絹で織られた紗を頭にかけており、顔が半分隠れている。透けて見える目は丸くぱっちりしている。若く見えるが、真珠も翡翠同様仙人だ。本当の年齢は見た目からは計れない。
「突然訪問してすまぬのう。見てもらいたいものがあるのじゃ。」
「翡翠が突然来るのは何時もの事じゃ。どれ、二人共座りゃ。」
二人は並べられている座布団に座る。カロルは今世で正座は馴染みが無い為、正直苦手だった。すぐに足が痺れるのだ。
「カロル、座蒲もあるえ?そちらにするか?」
真珠はカロルの心中を察したように座蒲(座禅用の丸型のクッション)を勧めた。カロルは有難く座蒲に座る。前世の寺で座禅体験をしたのを思い出す。リラックスして背筋を伸ばした。
「カロルは正座が苦手じゃったのか。気付かんですまんのう。」
翡翠はコロコロと笑ったが、カロルは恥ずかしそうに下を見た。
「…カロルが魔法や忍術を使えぬのは、カロルについている加護が神による加護だからじゃ。」
「神による、加護、ですか…?」
カロルは想像もしなかった答えに目を丸くして真珠を見た。真珠の瞳が淡い虹色に輝いている。しかしすぐに表情が固くなった。
「何かが…来る…!強い、光が…!」
困惑と焦りを見せる真珠の様子に、翡翠とカロルは警戒するように周りを見る。
すると、廊下に繋がる戸が開いた。入って来たのは褐色の肌をした金色の髪の、大柄な女性だった。カロルはこの人を、宗教画で見た事がある。
真珠も、この女性の姿を見て先程の強い光の正体が分かり、落ち着いていた。三人は、女性に対して頭を垂れた。
「頭を上げて下さい。カロル・ローランについて私から説明致しましょう。」
女性の言葉に三人は頭を上げる。女性は優しそうな顔をしている。太い眉が印象的だ。
「カロル・ローランには神の加護がついています。更に精霊の加護を付けてしまうと、カロル・ローランは力を持ち過ぎてしまうのです。努力により得た力であれば良いのですが、加護のように与えられた力を、人間が持ち過ぎてしまう事はなりません。」
秩序の女神らしい言葉である。カロルは納得した。魔法が使えないのは精霊の加護が無いからで、努力しても報われない事なのだ、と。
「タクルディーネ様、わざわざお越しいただきまして、更にお言葉も下さり、ありがとうございました。」
カロルは跪いたまま、頭を深く下げた。秩序の女神、タクルディーネはふわりと微笑む。
「魔法が使えなくても、あなたには他の才能も、努力を続ける根気強さもあります。生まれ持った加護に制限を付けましたが、これから得る力を奪う事はしませんから、安心して下さいね。」
女神の優しい言葉に、カロルの胸は温かくなる。
「はい。ありがとうございます。」
「…では、私は帰ります。女仙方、いきなりの訪問すいませんでしたね。」
優しい微笑みを浮かべて部屋を出る女神を、女仙二人も頭を下げて見送った。
「真珠様、翡翠様、ありがとうございました。何故私は魔法が使えないのか、やっと分かりました。」
カロルはすっきりとした顔で二人に礼を言う。
「妾達は何もしておらん気もするが…。まぁそなたの疑問が晴れて良かったのう。」
真珠は複雑そうな表情で答えた。彼女もまさか女神が現れるとは思ってもみなかったのだ。
「カロル、そなた…。」
真珠はカロルを見て言い淀む。カロルは首を傾げた。
「はい、なんでしょうか…?」
「そなた、恋人に大層思われておるな。姿も見れず、声も聞けずに寂しがっておる様子が見えるぞ。」
「!?」
真珠からそんな事を言われると思ってもみなかったカロルは顔を真っ赤に染めた。あまりにも不意打ちな言葉だった。
「ほぉ~、カロルにそのような相手がおったとは。」
翡翠はニヤニヤと笑っている。真珠も同様に笑いながらカロルを見る。
「のう翡翠、美仁の夢見蝶を貸してやってはどうじゃ?カロルはあと一月程帰らないのじゃろ?恋人に夢位見させてやってはどうじゃ?」
「ほほほ。良い考えじゃな。美仁に頼んでみるか。カロルも恋人に会いたかろう。」
見た目の若い女仙二人は恋バナを楽しんでいるようにしか見えない。本当は数百年生きているのだが、他の人が見れば、今の二人は年頃の娘だ。
「今日の所は諦めるのじゃぞ。妾達に恋人の話を聞かせてたも。」
真珠はそう言うと、先程迎えに出て来た子供に客室の準備と夕餉の支度を命じた。そしてカロルは女仙二人から、リュシアンの事を根掘り葉掘り聞かれる事となった。
次の日、翡翠とカロルは朝食を終えてすぐに翠山に戻った。そしていつものように午前中の勉強をする。勉強が終わり、昼食の時間、翡翠は美仁に昨日の事を話した。
「それでな、カロルに夢見蝶を貸してやってはどうかと、真珠と話したんじゃが、どうかの?」
翡翠は面白そうに言う。カロルは真っ赤になって何も話せない。
「勿論です!カロル、私にも聞かせてね!」
美仁はカロルを見てウインクをした。
夜になり、美仁とカロルは寝る支度を終えて布団の上で座って話していた。美仁の掌の上に、薄紫色に白い模様のついた蝶が二匹飛んでいる。
「これが夢見蝶。色んな夢を見せてくれる蝶なの。二匹の番になっている蝶を持っていると、離れていても夢で会えるのよ。」
「そうなのですか…。可愛らしい蝶ですね。」
「ふふっ。森で見掛けたら気を付けてね。寝ている間に生命力や魔力を吸われるから。虫除けが効くから、寝る時は虫除け必須だよ。」
小さいのに、中々危険な蝶だ。かなりの数の蝶に囲まれなければ、生命力を吸い尽くされる事はないが。
「名前は付けてないの。夢見蝶だけでも30匹いて、分からなくなっちゃうから。今からこっちの子をリュシアン様の所に向かわせるね。」
「大丈夫なのですか?こんな夜に、海を越えねばなりませんよ…?」
「ガルニエ王国には四時間位で着くかな。あとはお城に向かって飛んで…リュシアン様の部屋を探さないとだから、それに時間がかかりそうね。」
美仁の夢見蝶はすごい速さで飛ぶらしい。ジェット旅客機並の速さだ。
「もう一匹はカロルが持っていてね。リュシアン様の所に、この子が着いたら夢で会えるから。」
「でも、どうやってリュシアン様だと分かるのですか?」
「それはカロルの愛情次第かなぁ~。カロルの記憶の中にあるリュシアン様の姿を見てこの子が探すから。あと、城に入る隙間があるかどうかも問題かな。」
美仁がニヤニヤと笑いながらカロルを見た。そして夢見蝶を一匹放す。
「行ってらっしゃい。よろしくね。」
そう言うと夢見蝶は溶けるように消えた。
「上手くいけば、今日会えると思うよ。」
「美仁…ありがとうございます。」
カロルは頬を染めて礼を言う。恥ずかしさもあるが、リュシアンに会えるのは嬉しかった。
「ふふっカロル可愛い~!リュシアン様の事色々聞かせてよ!私、恋愛って物語でしか知らないから楽しみなの。」
美仁はカロルの話を目をキラキラさせながら聞いた。カロルも今世で初めて出来た女友達との恋バナを、恥ずかしがりながらも楽しんだ。