3・リュシアン1
リュシアン・ガルニエは現在7歳。このガルニエ王国の王太子である。
最近催された王妃主催のお茶会で出来た側近候補のジョエル・ローランとアンリ・デュランと共に毎日勉強している。
二つ年上のジョエルは毎日のように妹自慢をしてくる。妹がこんな事をして可愛かった。妹がこんな事をしていた、天才なんじゃないか。妹が。妹が…。
初めはジョエルが、というよりローラン家が妹君をリュシアンの婚約者にしようと勧めているのかと勘繰ったが、一度、そんなに可愛いのなら姿絵を見せてくれと言ってみた所断られた。妹に惚れられたら困る、と。
と、いう事は本当にただの妹自慢らしい。毎日毎日飽きもせず妹自慢をするジョエル。
アンリも同じ気持ちらしく、妹自慢が始まると話半分で聞いていた。
そんな中、ジョエルが上機嫌で城にやって来た。鼻歌でも歌い出しそうな位に機嫌が良い。
「今日は妹も城に来ていてね。帰りは一緒に帰れるかも知れないんだ。」
…聞いてもないのに話してきた。いつもの事だが。しかし城に来ているとはどういう事だろう。
「城の図書館で調べ物をしているんだ。父が許可証を作って頂いたらしいよ。」
侯爵家といえども、ただの娘に許可が降りるのだろうか。図書館ではあるが城の図書館だ。限られた人間が利用出来る図書館なのだ。
丁度いい。姿絵も見せて貰えなかった妹バカの妹君を見に行ってみよう。リュシアンは午前中の勉強が終わると、用があるからと二人と別れて護衛を二人付けて図書館に向かった。
図書館に入り、テーブルに向かう。一人の少女が本を読む姿が見えた。キラキラした髪を一つに結んだ横顔が綺麗だった。
顔を見るだけにしようと思っていたが、話をしてみたくなった。
護衛に一緒に来ているはずの少女の供を足止めしてくれるよう頼む。一人の護衛が少女の供を探しに向かった。もう一人の護衛にも少し離れるように言って、少女に近付いた。
目の前に立っているのに気付かれない。すごい集中しているようだ。熱心にメモをとっている。長い睫毛が瞬きの度にキラキラ光る。固く結ばれていた唇が不意ににっこりと口角を上げた。
ドキッとした。少女は本を閉じるとこちらに気が付いたようで顔を上げた。可愛くて、キラキラしている。少し話してみたいと思っただけなのに、何故か食事に誘っていた。
少年少女の出会いを影から覗いていた二人…
「ちょ、何です今の!可愛い…お嬢様連れて行かれてしまいましたよ!ああ早く片付けて追いかけないと…っ。」
「…行き先は分かっておりますから、落ち着いて下さい。」
いつもは冷静な侍女ゾエが興奮した様子で、王太子に手を引かれながら図書館を出るカロルを見ていた。カロルはゾエを探しているのだろう。キョロキョロと不安そうな顔で辺りを見回している。図書館の扉が閉まると大慌てで本を棚に戻し二人の後を追った。
リュシアンとカロルは人気の無い庭園に出ていた。リュシアン曰く、ここはあまり人が来ないので一人になりたい時に来るそうだ。東屋で並べられた昼食をとる。
「カロル様の事はよくジョエルから聞いていたんです。」
「お兄様が、何を殿下に話されたのです…?」
カロルは眉を寄せて首を傾げた。リュシアンは頬が赤らむのを感じ目を逸らして続ける。
「それは、今日もカロル様が可愛かったとか、天才だ、とか…です。」
カロルは呻いた。兄はなんて事を王太子に話しているのだ。
「そして今朝貴方が城に来ていると聞いたので、会ってみたいと思い、図書館に行きました。」
王太子に遭遇してしまったのは兄のせいだったとは…。カロルは頭を抱えたくなった。流石にそんな態度に表す事は出来ないが。
「兄は家族思いですので…まさか殿下にそのような事を話しているとは思いませんでした。申し訳ございません。」
そう言いながら頭を下げる。衝撃が大きすぎて図書館で楽しく調べ物をしていた時の嬉しい気持ちが吹き飛んだ。
カロルの気持ちとは裏腹にリュシアンは甘く微笑む。
「いいえ。カロル様は噂以上に可愛らしい方でびっくりしました。勤勉ですし、ジョエルの言っていた通りですね。」
「………ご冗談を…。」
…この王太子は本当に子供か?7歳児でこんな笑顔をし、口説き文句のような台詞を吐くだなんて、末恐ろしい…。わたしゃこの子の将来が怖いよ。
「カロル様、私と友達になってくれませんか?また城に来られる時に食事をご一緒してください。」
「わ、私には勿体ない話でございます。他の方をお誘い下さい。いつまでも殿下の時間を取らせてしまい、申し訳ございません。お食事、とても美味しかったです。ありがとうございます。私、これで失礼いたします。」
カロルはそう言うと立ち上がり礼をして足早に立ち去った。影から覗いていたらしい彼女の供が追い掛けて行くのが見えた。
申し出を断られたリュシアンはしばらく唖然としていたが、小さく息を吐き背もたれに背を預けた。
逃げられたな。でもきっとまた会えるだろう。
リュシアンの胸は小さく燃えていた。
この日を境にリュシアンはジョエルの妹自慢を興味深そうに聞くようになるのだった。




