29・ズブラレウ
残酷な表現があります。
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一週間程同じ修行を続けると、丸薬を飲む事も、数珠丸に夜起こされる事も無くなった。その日の午後、カロルがチャクラを練りながらトレーニングをしている所に、翡翠がやって来た。
「習得出来たようじゃな。では、次の修行に移るとしよう。」
満足そうに、そして挑発的な笑みを浮かべて翡翠は言った。カロルは、この修行だけで終わる事にならず、ホッとした。
「よろしくお願いします。」
「まず、この状態で剣を振ってみるのじゃ。どれ。この木を切れるかえ?」
翡翠は直径50センチ程の木を出した。カロルはこの太さの木をロングソードで切るのは不可能だと怖気付いたが、言われた通りにチャクラを練り留めたまま片手で剣を横一文字に振った。
すると、強い抵抗があったものの、木はカロルの一撃で切り倒された。カロルは目を丸くした。剣は刃こぼれしてしまった。
「良い成果が出ておるの。これが、チャクラを練る効果の一つじゃ。」
翡翠は驚くカロルに満足したように笑った。
「そなた、毎日走っておるじゃろ?一度全力で走ってみるといい。チャクラを練れば段違いに早くなるぞえ。」
「…はい。…わかりました。」
カロルはまだ放心している。しかし、これなら今の体格のカロルでも、もう少し重い装備を身に付ける事が出来そうだ。
「この一週間、かなり無理をして修行したからの。チャクラ量も相当増えておるはずじゃ。」
カロルは冒険者カードを確認した。確かに、ものすごく増えている。寝ている間もチャクラを使っていたのだ。魔力が修行前より五倍程になっていた。
「では、このチャクラを効果的に使う方法を教えよう。今そなたは身体の中のチャクラだけを練り、身体の外に出たチャクラは留めているだけじゃ。練られて濃くなり、かなり良い状態じゃの。」
翡翠は目を細めてカロルのチャクラを見ている。
「外側のチャクラを変化させるのじゃ。美仁は指を鋏のようにしてチャクラも鋭利な刃物のように変化させて野菜を収穫しておったじゃろ。チャクラをそのように変化させるよう頭の中で思い描いてみりゃれ。」
イヌクシュクに教わっていた魔力放出と同じだろうか。しかしその魔力…チャクラの濃さが段違いだ。イヌクシュクとの授業で様々な放出を試していたので、カロルにとってチャクラの変化は難しいものでは無い。
手を鋏の形にして二つの指の周りのチャクラを鋭利な刃物のように変化させた。そして先程切り倒した木の枝をチョキチョキと切っていく。
「ほっほっ。優秀じゃのお。」
翡翠は嬉しそうに笑った。
「そのチャクラを剣に纏わせる事は出来るかえ?纏わせたら剣を振って、そのチャクラを前方に飛ばすのじゃ。さすれば、遠距離の敵にも攻撃が出来る戦士となれるぞえ。」
これは習得する価値がありそうだ。魔法が使えないカロルだが、この方法ならば属性付与が無くても効果がある。もしかしたらイヌクシュクに教わった魔力放出も応用して扱えるものがあるかも知れない。魔法学で落ちこぼれなのは変わらないかも知れないが…それでも魔力で何かが出来るようになるのは嬉しかった。
翡翠は少し離れた場所に木を出してチャクラを飛ばすように指示した。カロルはこの日、チャクラを飛ばす術をマスターすべく切磋琢磨した。
チャクラを変化させる修行を始めて一週間が経った。カロルは無意識にチャクラを練る事が出来るようになっていたが、未だ毎晩数珠丸に見張られている。この日は翡翠がカロルを数珠丸に乗せ、自分はマーカルゴラに乗り宙を駆け移動した。
着いた先はミズホノクニに近い孤島だった。人が住んでいる気配の無い島だ。海岸に降り立ったカロル達の目の前には樹海が広がっている。翡翠はカロルに巻物を手渡した。翡翠も古そうな巻物を持っている。
「魔物の使役はこれを使う。契約を交わす際にこれに血と魔力でお互いに署名するのじゃ。まぁ、字を書く必要はないがの。」
そう言うと翡翠は自身の巻物を見せてくれる。この巻物は魔物を使役する為に作られたものらしく、最初に説明文が書かれていた。その隣には翡翠の書いたらしい黒っぽく色の変わった片仮名のレの様な血文字にモンスターの足跡が重なって押されている。必要なのは血と魔力で文字では無い、という事なのだろう。
「魔物を使役する為の手順が書かれておろう?これは、この術を編み出した者が忘れっぽくてな…それで書かれるようになったのじゃが…まぁそれは良い。丁度いいのが出てきた。見ておれ。」
そう言うと翡翠は飛び出てきたコルナパンを術で拘束すると、歩いて近付く。
「妾に従うのじゃ。悪いようにはせぬぞ。」
そう言うとコルナパンの前足の肉球と自身の指の腹を切った。そして古そうな巻物を広げ、空いている所にレの形を血で書く。コルナパンも大人しく肉球を押した。そして巻物に触れたまま翡翠とコルナパンは魔力を流す。
「そなたの名は半月丸じゃ。これからよろしく頼むぞ。」
「主、よろしくお願いします。」
半月丸は頭を下げた。翡翠は満足気にニヤリと笑った。そしてカロルに振り返る。
「このように、使役したい魔物をまずは従わせる必要がある。強い魔物であれば、力で捩じ伏せる事もある。その後は見た通りじゃ。」
「お名前はどう決めているのですか?」
「適当じゃ。」
翡翠はコロコロと笑った。カロルは適当に名前を決めるのは気が引けるな、と思った。
「夕餉の時間には帰る故、それまでに使役出来ると良いのお。あ、言い忘れておったがカロル、そなたのチャクラ量では、使役出来るのは三体程と思うておけ。」
「わかりました。では行って参ります。」
カロルは樹海に向かおうとすると、数珠丸が隣に来た。
「乗れ。ここは俺の故郷だ。案内位なら出来る。」
「ありがとうございます。数珠丸、よろしくお願いします。」
「ほほっ。数珠丸をカロルにとられてしまいそうじゃのお。」
翡翠は愉快そうに笑った。カロルも笑うと揶揄われて不機嫌な顔をした数珠丸に促されて背に乗ると空へ浮いた。そのまま数珠丸は島の中心を目指す。
「どんな魔物が欲しいんだ?」
「ズブラレウが欲しいのです。」
「………。」
数珠丸はカロルの答えに黙った。カロルは数珠丸と出会ってから、力が強く逞しい体を持ち、動きは素早く爪も牙も鋭いズブラレウに憧れを持っている。
「ズブラレウは強い。矜持も高く、そう簡単に使役される魔物ではない。」
「はい。図鑑で見て、それは分かっています。でも、挑戦したいのです。」
カロルはミズホノクニに来てからの毎日の修行により、レベルは上がらないものの、確実に強くなっていた。ズブラレウとの遭遇率は高くない。ここが数珠丸の故郷だと言うのなら、今を逃してはズブラレウを使役するチャンスは無いだろう。
「…ズブラレウの居そうな場所に連れて行ってやる。」
そう言うと数珠丸は宙を蹴った。
数珠丸はカロルを大きな岩が重なる場所に連れて来た。カロルは数珠丸から降り立つ。
「遠くで気配がする。恐らくだが、あちらも俺に気付いているだろう。俺の方が強いから襲われる事は無いと思うが、お前はどうする気だ?」
「普通に戦っても勝てないから、罠を張ります。」
カロルはそう言うと罠を張る準備をした。持って来ているのが、ウエストバッグと盾と剣だけなので、リュックにあるロープ等は使えない。カロルは現地調達で作る事にした。
蔦を集めロープを編む。ロープはネットにする為に大量に編んだ。そして落ち葉を集めて穴を掘った。穴を掘る為のシャベルを作る為に木を切る時、手刀にチャクラを刃物のように纏わせて切ってシャベルを作った。チャクラの変化は便利だな、と思いながら、時間が限られている為、かなり急いで罠を張る。
翡翠が言っていたように、チャクラを練り留めてスピードを出すと、かなり素早い動きが出来る。時間のかかるロープを編む作業も、穴を掘る作業も、小一時間で済んだ。その分チャクラを大量に消費した為丸薬を噛み砕いた。
「お前…それ使うのか…?」
「はい。これぐらいしないと私には倒せないでしょうから。」
「…えげつないな…。」
数珠丸は罠を準備し終えたカロルを見て、この罠に掛かるまだ見ぬズブラレウに同情した。しかしカロルの言う通り、正々堂々と戦って勝てる相手ではない。
「数珠丸、ズブラレウが何処にいるのか教えてください。」
「付いて来い。」
数珠丸は地を蹴り走る。カロルも走り数珠丸を追った。
しばらく走るとこちらを見ているズブラレウを見つけた。ズブラレウは緊張した様子で数珠丸を見ている。数珠丸はそんなズブラレウを一瞥すると空へ消えた。カロルとズブラレウだけになったが、ズブラレウはカロルには目を向けずに消えた数珠丸を気にしていた。
カロルは大きな石をズブラレウに投げつけて、こちらに注意を向けさせる。石を当てられたズブラレウは怒ったようにカロルを見た。カロルはもう一度ズブラレウに石を投げ付けると、全速力で逃げ出した。
チャクラを使い全速力で逃げているが、段々と距離が縮まる。カロルは木々の間を縫うように逃げていく。ズブラレウも、巨体に似合わぬ俊敏さでカロルを追う。と、その時、ズブラレウが何かにぶつかった。太い木と木の間に蔦で編んだネットを張っておいたのだ。驚いているズブラレウにカロルは濃いチャクラを纏った剣を振り、チャクラの斬撃を飛ばした。斬撃はズブラレウに命中したが、カロルはそれを確認せずに走り出す。罠に辿り着く前に追いつかれてはたまらない。
斬撃を正面からくらったズブラレウは怒り狂いネットを引き裂き、宙を駆けてカロルを追った。ズブラレウがカロルに追いつくとカロルはズブラレウの方を向いて抜刀していた。
宙に浮いているズブラレウを見てカロルは唸る。浮いていては罠にかける事が出来ないではないか。
ズブラレウは低く唸るとカロルに飛びかかる。その瞬間カロルは地を蹴り高く跳んだ。そのまま木の枝に飛び乗る。ズブラレウは振り向き牙を剥いたままカロルを追って来る。カロルもズブラレウに剣を向けて飛び出した。空中でズブラレウに切りかかりながらすれ違う。前脚を傷付けたが、怒りに燃えたズブラレウは空中で方向を変え、カロルに攻撃をしようとした。その刹那、カロルが宙を切り、何かが降って来た。
降ってきたネットに視界を奪われたズブラレウは更に上から衝撃を加えられ落下する。地面に落下した所で更に下に落ちた。落ちた所に生えている無数の棘が身体中に刺さる。棘は木で作られた先の尖っている杭のような物だ。下だけでなく、横にも刺さっていた為に、ズブラレウが暴れる度に棘に刺される事となった。
カロルは更に、落ちたズブラレウに向かって持っている魔石爆弾を全て投げた。落とし穴の中で魔石爆弾がどんどん爆発していく。
爆発が治まると、ズブラレウは大人しくなっていた。
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