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27・旅路





夏季休暇に入った一日目の朝、カロルは支度を万全に終えていた。冒険者の出で立ちに冒険者の時に使っているリュックを背負い、休暇の間やるようにと学園から出た宿題、錬金術の簡易セット、日用品に着替え等を入れた大きな袋を持っている。

屋敷の前で数珠丸が来るのを待っていた。カロルのこの姿を見てシャルルは倒れそうな位青い顔をしている。数珠丸が現れたら本当に倒れてしまいそうだ。ミレーユとジョエルは面白そうに見ていた。夏季休暇中はリュシアンの側近として登城するのだが、今日はカロルを見送ってから行くつもりらしい。きっと全てリュシアンに話すのだろう。


すると空から茶鼠色の塊が降ってきた。カロルの身長程の体高の獅子に似たモンスターは音もなく着地した。鋭い眼光に雄々しい巨体はカロルの見送りに出ていた者を怖気付かせるのに充分だった。


「数珠丸様、遠い所わざわざおいで下さいましてありがとうございます。」


カロルは深く頭を下げた。


「数珠丸で良い。俺は主に言われて来ただけだ。礼などいらん。」


この場にいる、数珠丸以外の全員が驚いた。ズブラレウは言葉を話すモンスターではない。なのに、数珠丸は言葉を話した。低く響く良い声だ。


「…では数珠丸、ミズホノクニまでよろしくお願いします。荷物がかなり多くなってしまいましたが、大丈夫ですか?」


「俺を誰だと思っている。荷物を落とさんように気をつけることだな。」


数珠丸はフンっと鼻で笑い、身を屈めるとカロルに背に乗るように促した。カロルは荷物が落ちないように袋についた紐を体に巻き付けて数珠丸に乗った。


「鬣を掴んでおけ。引っ張られた所で痛くも痒くもないから、気にするな。」


カロルはその言葉を聞くとすぐに鬣を掴む。すごいスピードで進むらしいこのモンスターに、振り落とされては堪らない。


「それでは、行って参ります。」


カロルは笑顔で見送りに出ていた者達に挨拶をした。ミレーユは微笑みでカロルに応える。数珠丸に驚いたままだったが、カロルの言葉を受け、ジョエルが笑顔で答える。


「カロル、気を付けて!数珠丸様、よろしくお願い致します。」


「お姉様!お気を付けて行ってらっしゃいませ!帰りをお待ちしております!」


シャルルは泣きながら見送ってくれる。カロルは笑顔で手を振った。すると一瞬で上空に飛んでいた。慌てて鬣を掴む。


「振り落とされるなよ。」


数珠丸は笑っているようだ。やはり、見た目に寄らずお茶目な性格らしい。それにしても、すごいスピードで進んでいる。下の景色がどんどん変わっていく。しかし風を感じなかった。マーカルゴラに乗ってもそうなのだろうか。それとも、あの女性が使役しているからなのだろうか。


「数珠丸の背中は乗り心地抜群ですね。」


「そうか?主以外だと美仁しか乗せないから、そう言われたのは初めてだな。」


「お二人は乗馬はなさらないのですね。馬は動きに合わせて揺れるのですが、数珠丸が動いているのに、私は揺れてないです。しかも、こんなに速く飛んでいるのに風を感じない…。」


「馬と比べられてもな。」


数珠丸に一刀両断されてしまった。あの女性に会ったら聞いてみたいとカロルは思った。

数珠丸が良いと言うので、カロルは数珠丸に乗ったまま昼食をとった。揺れないし、風圧も無いので、数珠丸から両手を離しても平気だった。空が暗くなってきたので数珠丸は街から少し離れた所にカロルを降ろした。


「朝になったら、またここに迎えに来る。」


「数珠丸は街には入らないのですか?」


「…俺は厩舎で寝るのは嫌だからな。」


そう言うと数珠丸は消えた。また上空に飛んだのだろうか。カロルは空を見上げても、数珠丸の姿を確認する事は出来なかった。カロルは胴に巻き付けた紐を解き、荷物を抱え直すと街へ歩き出した。


もう隣国のガリバルディ王国に入ったようだ。この街はリミニの街という街で、深緑色の円錐型の屋根に真っ白い壁の家が並んでいる。可愛らしい街並みにカロルは嬉しい気分になった。宿の手配をして荷物を置くと、カロルは街を見て回る事にした。こんなに遠くまで来るのは初めてだ。カロルは今までローラン侯爵領よりも遠くに来たことが無い。

街並みを楽しみながら散策する。リキュールを扱っているお店が多い。リキュールの瓶も可愛らしい形の物が多かった。帰りであれば、ジョルジュにお土産として購入出来たのだが、仕方ない。

カロルはテラス席のあるレストランで夕食をとることにした。

カプレーゼが先に運ばれて来た。真ん中のチーズにナイフを入れると中からモッツァレラと生クリームがトロッと出てくる。口に入れるとチーズのコクとクリーミーな味わいが広がる。トマトとバジルにもよく合い、最高の一皿だった。


「ブラータチーズ、気に入った?」


タレ目でセクシーな顔をした店員が話し掛けてきた。


「はい。とても美味しいです。」


カロルは微笑み答えた。


「食事中も兜取らないんだね。」


「このまま食べられますから。」


カロルはそう言うと、また一口チーズを口に含む。


「そしたら、明日も来なよ。朝からやってるから。ブラータチーズ、用意しとくよ?」


「それは嬉しいです。明日の朝、必ず来ます。」


店員は満足そうに微笑み頷くと、仕事に戻って行った。


「はい、お待たせ。明日は兜取って可愛いお顔見せてね。」


店員はパスタを置くとウインクし、去って行った。カロルは思った。素顔を隠す為に兜を被ったままだったが、失礼だっただろうか…。冒険者達が兜を被ったまま食事をしているのを、よく見ていたので、平気だと思っていたのだが…。カロルは食事を終えてレストランを出ると、少し散歩をしてから宿に戻った。


次の日の早朝、カロルは部屋で自重トレーニングをして鎧を纏い、背中に盾を背負い剣を下げると朝のリミニの街を走った。昨日は夜だったので諦めた展望台へと駆け登る。街を囲う外壁にある展望台からリミニの街を見下ろした。円錐型の屋根が沢山並んで建っている。朝日を浴びた白い壁も美しい。カロルは自国では見る事の出来ない絶景に目を細めた。

しばらくこの景色を楽しんで、カロルは宿に帰った。シャワーを浴び、先程のように鎧を纏い、昨日のレストランに向かう。


「おはよう。来たね、待ってたよ。」


昨日のタレ目の店員が迎えてくれた。


「おはようございます。」


カロルは昨日のブラータチーズと朝食のセットメニューを注文した。朝食が運ばれて来て、カロルは兜を脱ぐ。


「いただきます。」


「やっぱり君、可愛いね。ねぇ、僕とデートしない?」


カロルはフォークとナイフを構えたまま固まった。目だけで店員を見た。店員はにっこりと笑ってカロルを見ている。

この店員が昨日あのように言っていたのは、言葉通りカロルの顔が見たかったから、らしい。カロルはリュシアン以外に口説かれるのは初めての経験だった。正直少し、面倒臭い。


「申し訳ございませんが、予定がありますので。」


カロルは食事を続けた。店員はカロルを熱く見つめると、仕事に戻って行った。やはり兜は取るべきではないと、カロルは肝に銘じた。


食事の後の会計の際も店員はカロルの手を握り、熱く見つめるとカロルに問いかけた。


「また会えるかな?」


「旅の途中で立ち寄っただけですので…。」


「そう…残念だな。こんなに美しい人に出会えたのは初めてで、一目惚れしちゃったのに。」


店員はカロルの手の甲を撫でている。


「すいません…急ぎますので。」


カロルは手を引き、離してもらうと宿に戻り荷物を抱えて数珠丸の待つ場所に急いだ。折角美しい景色の素敵な街に来られたのに、その思い出が微妙なものに変わってしまった。もっと重いものを装備出来るようになったら、フルフェイスの兜を買おう。女だと分からないような装備にしよう。


カロルが到着すると、上から数珠丸が降ってきた。数珠丸の姿にカロルは安心する。


「数珠丸、今日もよろしくお願いします。」


カロルはまた数珠丸の背中で一日を過ごした。夕方になり、港町に着いた。また隣国に着いていた。ここはテッサリア国のルトロの街。断崖の上に街が出来ている。

数珠丸はまた街から少し離れた所でカロルを降ろした。街並みが見渡せる。


「すごい美しさですね…、」


カロルは夕日に照らされた白壁の建物群に見とれる。


「昨日の街並みも、とても可愛らしかったです。今日の街も、とても素敵ですね。」


「主もこの街並みを気に入っていたからな。お前も気に入ったなら良かった。」


カロルは数珠丸の言葉に驚いた。


「私の為に、ここへ来てくれたのですか?」


「俺の背に乗ってるだけじゃ、つまらんだろう。街で休む時位、楽しんだら良い。」


「数珠丸!ありがとうございます!」


カロルは喜んで数珠丸の首に抱き着いた。まさか、モンスターである数珠丸にこのように気遣って貰えるとは思っていなかった。


「…明日、主の元に着くが少し遅くなる。夕食分も用意しておけ。」


数珠丸はそう言うと消えた。カロルは温かい気持ちで、ルトロの街並みを眺めた。ルトロの街は階段や坂が多かった。カロルは宿の手配をすると、また街を散歩する。オリーブとワインが特産らしい。港町らしく、魚介類も豊富だ。

カロルは海が見渡せるレストランで食事をとった。ムール貝の白ワイン蒸しと、スパナコピタというパイ包みを頼んだ。スパナコピタは少し厚みのあるパイ生地に、羊や山羊の乳から作られたチーズとほうれん草が入っていた。さっぱりとした味が美味しい。

食事を楽しんだカロルは宿に戻った。今回はリュシアンと魔通話はしない事にしていた。時差もあるので、お互いの時間が合わないかも知れないからだ。リュシアンは今どうしているだろう…そう思いながら、カロルは眠りについた。

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