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23・加護無し2





静まり返り、空気が凍っている教室にリュシアンが入ってくる。学園内での護衛役のアンリも一緒だ。


「先程、カロルとウィリアム君が走って行くのを見かけました、何があったのですか?」


リュシアンは迫力のある笑顔で教室内を見た。そして切り刻まれたノートを発見する。カロルの机に近付き、ノートを持ち上げる。


「これは、カロルのノートですね…。私と、お揃いで買った物です。………何故このような事になっているのですか?」


リュシアンの声に怒気が混じる。顔はいつもの優しい顔をしているのに。


「リュシアン様、この事についてお話があります。」


ジャンが緊張した様子でリュシアンに声を掛けた。


「是非話して下さい。授業を欠席する事になりますが、よろしいですか?」


「はい。」


リュシアンはノートを纏めると机の中に入れ、ジャンとアンリを連れて教室を出た。入れ替わりで教師が入ってきて授業が始まる。教師は三人も授業を欠席している事に不快感を示しながら授業を始めた。


リュシアン達は空き教室に入ると適当に座り話始めた。


「リュシアン様はカロルの噂をご存知ですか?」


「いや、知らない。教えてくれないか?」


「はい。この噂は女子生徒の間でかなり広まっています。カロルには加護が無い。だから神に見放されている。王太子妃に相応しくない、と。」


リュシアンの頭に血が上る。表情は変わらなかったが、リュシアンの纏う空気が変わるのが二人には分かった。


「この話を魔法学の教師から誰かが聞いて、噂を広めたそうです。そして実際、カロルは女子生徒達から呼び出しを受けて、婚約解消するように言われたそうです。」


「その女子生徒は誰ですか?」


「複数名います。リストに纏めてありますので、後でお渡しします。…そしてカロルは王妃殿下に婚約解消を願い出たそうです。」


「!!!」


リュシアンは衝撃を受けた。自分の知らない間に婚約解消を母に伝えていたなんて。心がザワついている。この感情はなんなのか。怒り、悲しみ、焦燥感が入り交じる。


「陰口は入学当初からありましたが、カロルが呼び出しを受けてからひどくなりました。そして今日、あのような事が起きてしまいました…。」


ジャンは痛ましげに俯く。


「カロルを守れなくて、申し訳ありません。何かあればいつでも言ってくれ、と伝えてはいましたが、カロルは一人で乗り越えようとする所があるのを、見落としていました。さっきだって、ノートを忘れた事にして購買に行こうとして…。」


「ジャン君、教えてくれて、ありがとうございます。リストは早めに欲しいので…いや、今すぐにでも、お願いします。噂の事に、今回の犯人探しに協力して下さい。」


「勿論です。少年団の仲間は皆協力するつもりです。」


リュシアンはこの後ジャンからリストを受け取ると、すぐに城に戻り、王妃に話をしたいと願い出た。王妃は授業を欠席して帰って来た事を咎めたが、リュシアンの話を聞いた。


「…リュシアンはカロルちゃんの噂を知らなかったのね。私も陛下と調べているの。その、神に見放された者の印、が本当なのかどうか。加護が無いという事自体あまり無いものだから中々調査が進まなくて…もう直接魔術塔に聞きに行こうかって陛下と話しているのよ。」


「そうしましょう。噂を流した者も魔術塔の魔術師です。魔術塔に行けば何か分かるかも知れません。しかし母上、私はカロルが神に見放された者だとしても、彼女を妃にします。」


リュシアンは目に力を込めて言った。王妃は分かっていたと言うようにため息をつく。


「そう思って、婚約解消の話を止めていたの。カロルちゃんも流石に直接リュシアンには言えなかったようだから。」


もしカロルから直接言われていたら、どうなっていただろうか…。想像もつかない。今だってずっと心がザワザワしている。


「母上、この騒ぎが済んだら、一日カロルの王妃教育に休みを下さい。彼女との時間が欲しいのです。」


「うふふ。カロルちゃんは大変優秀ですからね。一日位休んでも平気よ。最近すごい詰め込んでいるみたいだし。でも、あまりいじめちゃダメよ。」


悪戯っぽく笑う王妃にリュシアンは頬を赤くして顔を逸らした。


国王は毎日忙しくしているが、カロルのこの問題を解決する為だという事で、無理矢理時間を作り魔術塔に赴いた。

魔術塔の中に国王、王妃、王太子が入る。緊張した様子の魔術師達が、何を言われるのかと並んで待っていた。


「急な訪問すまない。だが王太子の婚約者カロル・ローランが学園の魔法学の教師の広めた噂により『カロルには加護が無いから王太子妃として相応しくない。加護無しなのは神に見放された者だからだ。婚約解消をしろ』という事を誰かに言われたらしくてな。」


国王はここまで言い、少し間をあけて


「学園の魔法学の教師は魔術塔から派遣しておるな?これは魔術塔の見解か?魔術塔はカロル・ローランが王太子妃として相応しくないと、婚約解消した方がいいと思っておるのか?」


よく響く凄みのある声で魔術師に問う。ルロワ魔術師師長がそれに答えた。


「そのような見解は魔術塔にはございません。カロル様の素晴らしい発想や努力家であられる所等、私共はとても尊敬しております。彼女に嫉妬する輩が魔術師の中にいるのは存じておりますが、魔術塔としては王太子殿下とカロル様の婚約を祝福しております。」


「加護無しなのは神に見放された者の印、というのは?」


「聞いた事ございませんな。教師を呼び出し、聞いてみましょう。」


国王達は魔術塔を去り城に戻って行った。魔術師達は教師を呼びつけ、尋問する。すると「神に見放された者の印」という言葉はでっち上げだと言う。何故このような噂を流したのかと聞けば、自分がやっと入れた魔術塔にあんな子供が気軽に出入りしている事に腹を立てていたらしい。しかもこの教師は貴族としての矜恃が高く、実力主義の魔術塔では下っ端扱いであった。平民出身の上司が居る事の日々のストレスをカロルで発散していたと言う。

その平民出身の上司がカロルを可愛がっていたのも気に入らなかったらしい。

ルロワ魔術師師長は国王に報告した。そして魔法学の実技の成績が思わしくないカロルに家庭教師としてイヌクシュクをつける提案をした。

これにより、魔法学の教師は魔術塔を解雇された。イヌクシュクの家庭教師は王妃教育に通っているうちの一日を、魔法学に充てる事になった。リュシアンはカロルの家庭教師にイヌクシュクがつく事はあまり嬉しい事ではなかったが、カロルの悩みが解決するならばと不満を飲み込んだ。

これにより、カロルからの婚約解消の申し出は断られる運びとなった。リュシアンは自分に断らせて欲しいと国王に願い出た。国王はカロルを困らせないように、と釘を刺し了承した。






ーーーーーーーーーー






一方、教室を出た後のカロルとウィリアムはというと、ウィリアムがカロルの手を引き廊下を走るように進んでいた。そしてそのまま裏庭まで来てしまった。ウィリアムはカロルの手を握ったまま、カロルに背を向けていた。


「ウィリアム…。」


カロルは泣きそうな声でウィリアムを呼ぶ。


「…ノート買いに行くんだったな…悪い。でもお前と話をしないと、と思ったんだ。」


ウィリアムはまだ怒っているようだ。面倒見の良い、仲間想いのウィリアムらしい。仲間を傷付けられて、助けてやれなくて、怒っている。


「ウィリアム、ありがとう。さっきのはちょっとショックだったけど大丈夫だから…。」


ウィリアムは咄嗟に振り向き、カロルを抱き締めた。


「そうやって耐えてる姿を見るのは、俺はもう嫌だ…。」


「ウィリアム…。」


カロルはそっとウィリアムの背中に手を回した。


「ありがとう。ウィリアム、心配かけてごめん…。」


カロルはそう言うと、ウィリアムからそっと離れた。


「婚約解消されれば、きっとこんな事は起こらないはず。王妃殿下にお願いして、もう二週間…そろそろ受理されると思う。」


カロルの言葉にウィリアムは疑問を抱く。婚約解消なんて、あのリュシアンが受け入れるだろうか、と。あの日の独占欲と牽制を目の当たりにしたウィリアムには、到底受け入れるとは思えない。


「カロルは、婚約解消したいのか?カロルだって、リュシアン様の事好きなんだろ?」


ウィリアムはベンチに腰掛けて聞いた。カロルも隣に座る。


「勿論好きだけど、将来王妃になる人間が、神に見放された者だなんて、国民が受け入れる訳ないでしょう?私は噂通り、王太子妃として相応しくないのだから、しょうがない。」


「貴族の結婚もだけど、王族ともなるとな…気持ちだけで結婚は難しいな…。折角リュシアン様とカロルは思い合ってて、身分も申し分の無い良い婚約者だったのにな。」


ウィリアムにそう言われ、カロルは悲しくなってきた。強くあれ。と、ずっと思ってきたのに、どうにもならない自分の能力と気持ちに涙が溢れる。


「ちょっと、今だけ、泣かせて…。」


ウィリアムは黙って隣に座るカロルの肩を抱いた。カロルはウィリアムの胸を借り、しばらく止める事の出来ない涙を流した。

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ子供な学生はともかく教師は自分の流した噂が王家の耳に入る可能性は考えなかったのかな?まあ考えられないから下っ端なんだろうけど ああ、学生も婚約辞退を申し出ろとか大事になるような要求してる…
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