22・加護無し1
いじめの表現があります。
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学園での授業が始まった。カロルは勉強の方は何も問題は無かった。しかし、魔法学の授業では違った。
魔法学の授業の初日、自分に与えられた加護を調べる事から始まった。カロルには分かっていた。自分に加護が無い事が。憂鬱だったが、自分の番が来てしまい、教師の元へ向かう。
この教師、魔術塔から来ている者で、カロルの事を気に入らないと思っている一人だった。
教師はカロルを見ると眉を片方だけ上げ、水晶玉に手を置くよう指示する。カロルが水晶玉に手を置くと、水晶玉を覗き込む。
「…何も、出てこない…。カロル・ローラン、加護は無し!」
教室内へ響く声で宣言した。この時点で、カロルは魔法学での落ちこぼれが確定した。
「カロル、大丈夫か?」
授業が終わるとウィリアムが心配そうに声を掛けてきた。
「はい。心配いりません。分かってましたから。」
カロルは何でもないように答えたが、クラスメイト全員に知られてしまった事に対しては傷付いていた。
「何かあったら言えよ?相談、いつでも乗るからな。」
「ウィリアム、ありがとう。」
「それにしても、本当にその話し方してるんだな。」
ウィリアムは笑った。カロルも釣られて笑ってしまう。ウィリアムの優しさに、救われている。
魔法学の授業では、カロルは実技演習で指名される事が多かった。教師の嫌がらせだろうか、とカロルは勘繰ってしまう。この教師に嫌われているのは魔術塔に通っていた頃から知っていた。カロルを見る目が物語っていたからだ。何故嫌われているのかは、分からなかったが。
実技演習で指名され上手く出来ずに、仕方ないと言うように他の女子生徒を指名して成功させると、その令嬢を褒める。完全に引き立て役になっていた。何故か毎回カロルの後に実演するのは女子生徒だった。
加護無しに対する打開策は無いものかと、王妃教育で登城する際に図書館で調べてみても、何も載ってなかった。それもそうだ。加護無しで産まれて来る者は稀なのだ。そして加護が無い事は隠される。だから何の資料も無い。
カロルは落ち込んでいた。入学から二ヶ月が経っていたが、解決策は見つかっていなかった。生活魔法しか使えずに学園の授業に付いて行けない落ちこぼれの自分。何とかなる戦法では太刀打ち出来ない…。
そんな時、クラスメイトの女子生徒達から呼び出しを受けた。何だろうか…。実はカロルにはまだ女子生徒に友達が出来ていなかった。既にグループが出来てしまっていて、いつもウィリアム達と一緒に居たカロルはそのグループに入れずにいたのだ。
呼び出された校舎の裏庭に来てみると、既に呼び出した女子生徒達が待っていた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。どういったご要件でしょうか?」
するとグループのリーダーであろう令嬢が前に出た。フンッと鼻を鳴らしてカロルに言う。
「カロル・ローラン侯爵令嬢、貴女、こんな噂をご存知かしら?」
「噂ですか?生憎噂には疎くて…差し支えなければお教え頂けますか?」
「カロル・ローランは加護無しの落ちこぼれ。王太子妃に相応しくない。だ、そうよ。」
カロルは驚いた。そんな噂が出ているとは。リーダー格の令嬢は続ける。
「加護が無いのは神に見放された者の印。早く婚約解消を願い出ると良い、と魔法学の先生も仰っていたわ。」
あの教師が噂の元だったのか。カロルは頭が痛くなった。でも、魔術塔の魔術師が言うのだ。従った方が良いかも知れない。何故直接言って来ないかは疑問だが。
「そうですか。教えて頂きありがとうございます。その通りですね。丁度今日登城しますので、早速、打診してみます。」
「…え。」
カロルがあっさりと認めたので、令嬢達は放心した。何とも虐めがいのない令嬢なのか。
「では、失礼します。」
彼女達が放心している間にカロルは速やかにこの場を去った。
教室に戻るとジャンに声をかけられた。
「カロル、大丈夫だったか?呼び出しくらったんだろ?」
「ジャン。うん。大丈夫。良くない噂があるって教えて貰ったんです。」
「噂?カロルの?」
「詳しくは言わないけど、私の噂です。」
「…そっか。まぁ大丈夫なら良いけどさ。何かあったら言えよ?」
カロルは微笑んで礼を言った。元少年団の仲間はカロルに優しく接してくれる。カロルはそれが嬉しかった。
そして放課後、カロルは城に来ていた。王妃教育での授業がある。授業の後に国王か王妃に謁見出来ないか訊ねた。すると授業が終わると王妃自らカロルの元に来てくれた。
「殿下、私の為に御足労頂き、ありがとうございます。」
「いいのよ。カロルちゃんからお話があるなんて珍しいから、待てなくて来てしまったわ。」
王妃は茶目っ気たっぷりにウインクをして笑った。
「それで、お話というのは何かしら?」
「婚約解消をお願いしたいのです。」
カロルは真剣な表情で王妃を見て言った。王妃は一瞬顔色を無くしたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「リュシアンが何か失礼をしたのかしら?」
「いいえ。…実は私には精霊の加護が無いのです。精霊の加護が無いのは神に見放された者の印だから、王太子妃に相応しくないと魔法学の教師が仰っていたそうなのです。学園内でも噂になっているそうです。私も、そう思います。ですので、どうか、婚約解消をお願いします。」
カロルは深々と頭を下げた。
「リュシアンはこの事について、何と?」
「リュシアン様には伝えておりません。私からは、とても…。」
カロルは目を伏せた。今までも王妃はカロルの事をとても可愛がっていた。どうにかしてやれないか、と考える。
「カロルちゃんは、どうしたいの?」
「私の気持ちは関係ありません。相応しくない者は去るべきだと思います。」
健気な事を言うカロルに胸を突かれる。
「カロルちゃん。この話、一旦持ち帰らせて貰うわ。」
そう言うと王妃は立ち上がり、去って行った。婚約解消が宙に浮いてしまったが、今はカロルには何も出来ない。寮に帰る事にした。
カロルの話を持ち帰った王妃は寝る前に国王にこの話をした。国王も王妃もこの噂に憤ったが、まずは、加護無しが神に見放された者、という言葉が真であるか調べる事にした。
次の日、少し落ち込んだ様子のカロルにジャンが話し掛けて来た。
「カロル、元気ないな。どうした?」
「ああ、ジャン。実は昨日婚約解消を王妃殿下に願い出たのだけど、受け入れて貰えなかったんです。」
ジャンは目を丸くして驚いた。
「婚約解消!?リュシアン様は了解してるのか?」
「リュシアン様にはまだ言ってません…。ジャンは知りませんか?私についての噂を…。」
「あの噂か…あんな噂気にするなよ。」
女子生徒の間でかなり広まっている噂…昨日のカロルの様子が気になったジャンは調べて耳にしていた。
「魔術塔の魔術師である先生が仰っていたのですから、私が神に見放された者だというのは本当なのかも知れないでしょう?それに私は事実、落ちこぼれですし…。」
カロルは目を伏せため息をついた。魔法学の授業では、自分についた加護に関係無く魔法の扱いを学ぶ。高学年になると加護の特性を生かした上級魔法を学ぶ専攻もあるが、下級生は全特性の下級魔法を勉強する。カロルはその下級魔法が全く扱えなかった。生活魔法は使えるのに、何故なのだろう…。
「そんな事言うなよ。魔法学だって魔法理論の方は学年一じゃないか。カロルが努力家だって、俺達は知ってる。リュシアン様だって認めてるんだ。女共が妬んでるだけだろ?」
「でも魔法が使えないのは事実です。私だってリュシアン様に相応しくないと思ってる…。」
「王太子妃になるってなると、大変だろうしな…。その辺の事はよく分からないけど、婚約解消になったらどうなるんだ?」
「とりあえず嫁の貰い手は無くなると思う…。」
カロルは苦笑いして言った。冒険者の事は黙っておく。
「そこは心配ないと思うけどな。ま、今度呼び出しくらったら、俺も行くからな。」
「大丈夫です。あれくらいじゃ傷付かない。」
あの程度で傷付いていたら、断罪の時にショック死してしまう。目の前のジャンやウィリアム、リュシアンに冷たい目で見られ断罪されたら傷付くだろうが。
あの呼び出しから、カロルは一部の女子生徒から嫌がらせを受けるようになる。初めは陰口だった。聞こえるように「加護無し」や「身の程知らず」と言われる。時には直接言って来る者もいた。カロルは毅然とした態度で
「身の程は弁えているつもりです。婚約解消を願い出ました。まだ受理されていないだけです。」
と答えていた。陰口は心が疲弊する。強くあれ。背筋を伸ばして前を見ろ。そう自分に言い聞かせて学園に通っていた。
リュシアンとは毎日挨拶程度に顔を合わせていた。放課後は毎日忙しい為に、彼の部屋に行く事はあれから無かった。カロルはそれで良かった。婚約解消したら、もう行く事は無くなるのだから。この恋を諦める事になるのだから。
魔法学は移動教室で授業を受ける。魔法学が終わり、クラスの自分の席に戻ってきたカロルは机の中の異変に気付く。ノートの感触がおかしい。出して見ると、ノートが切り刻まれていた。机の中にある、ノートだけがハサミで切られていたのだ。教科書は切られずに済んだらしい。
カロルは真っ青になって固まった。しかし次の授業のノートを準備しなければならない。立ち上がり購買に向かおうとすると、ウィリアムと目が合った。
「カロルどうした?」
様子のおかしいカロルに気付き、近付いて来る。
「大丈夫。ノートを忘れてしまって、購買に行って来ます。」
上手く笑えていない気もしたが、カロルは購買に行こうとする。ウィリアムに手を掴まれた。ウィリアムはノートに気付いたようだ。
「…俺達はお前が何を言われていたのかを知っていた。お前が一人で耐えていたのも…。でも、何でこんな事されても俺達を頼らない?…仲間にこんな事されて、黙っていられるか!」
ウィリアムが、あの優しいウィリアムが激昂している。元少年団のクラスメイトも集まってきた。
「ウィリアム、やめて…。」
カロルは泣きそうになる。大事にしたくない。
「カロル、ちょっと来い。」
ウィリアムに強く手を引かれ、教室を出た。
ウィリアムとカロルが教室を去った後、ジャン達はノートを机の上に出してクラスメイトを見た。
「こんな事をしたのは誰だ?」
冷たい目で、冷たい声で、犯人を探す。教室は静まり返り、誰も口を開かない。皆、元少年団員と目を合わせようとしなかった。
「どうかなさったのですか?」
教室の入り口から声を掛けられる。そこにはリュシアンが立っていた。