19・デート
デート当日、リュシアンはカロルを迎えに来た。ジョルジュは仕事で登城して留守の為、ミレーユに挨拶をしていた。カロルが部屋に入るとキラキラとした笑顔を向ける。
「カロル!久しぶり。今日もとても可愛いね。その服もとても似合ってる。カロルは何だって似合うんだね。」
「リュシアン様、お久しぶりです。リュシアン様も、とてもお似合いです。それと、あの、今日も素敵です。」
リュシアンは今日も全力でカロルを褒める。カロルはミレーユの前という事もあり、恥ずかしい気持ちでリュシアンに応えた。
「それではローラン侯爵夫人、カロル嬢をお預かりします。五時までには帰りますので。」
「分かりました。殿下、お気を付けて行ってらっしゃいませ。カロル、楽しんでね。」
「はい。お母様、行ってまいります。」
リュシアンとカロルは礼をすると退室した。手を繋ぎ屋敷を出る。今日はリュシアンの護衛が影に隠れ見守っているので、カロルのお供はいない。
二人共いつもとは違い質素な服装をしていた。リュシアンは貴族に見られてしまいそうな身なりではあるが、カロルは町娘っぽい服だ。ただ、輝く髪に美しい容姿は人目を引く。とにかく目立つ二人であった。
「リュシアン様、学園の近くにある文具店に行ってみませんか?筆記用具やノートならお揃いにしやすいかと思います。」
「うん。そうだね。カロルはよく街を歩くの?」
道慣れているカロルに、リュシアンは訊ねる。リュシアンが街に出歩く事はまず無い。高位貴族もそうだ。店の者が屋敷を訪れ、商品を選ぶのが、貴族の買い物だ。
「以前は街の図書館によく通っておりました。お城の図書館を利用出来るようになってからは、しばらく来れませんでしたが、最近はゴーティエ侯爵令息と時々遊びに来ますよ。」
「ゴーティエ侯爵令息…?」
「はい。少年団で鍛錬を共にしておりました、お友達です。」
リュシアンは急に名前の挙がった少年に反応する。同時にちくり、と胸が傷んだ。リュシアンはカロルの手を強く握る。
「じゃあカロル、その文具店に行こうか。」
「はい。」
カロルはリュシアンの胸中に気づかないまま、笑顔で答えた。
二人は文具店で仲睦まじく筆記用具を選ぶ。お互いに気に入ったペンにペンケース、ノートまでお揃いで購入した。
店を出て、飲食店の並ぶ区画へ並んで歩く。
「お腹空きましたね。リュシアン様、どのような物が食べたいですか?」
「うーん。…カロルのお勧めは?」
「そうですねぇ…私のお勧めは平民区にあるのですが、それでも宜しければご案内出来ます。」
「勿論良いよ。カロルのお勧め、楽しみだなぁ。」
カロルはリュシアンを平民区にある大衆食堂に案内した。この大衆食堂はハンバーグやオムライスもあるし、聖女飯(和食の事)等と幅広いメニューを扱っている。毎日来ても飽きない、を売りにしているらしい。
「沢山あって迷ってしまうね。カロルは何を頼むの?」
「私は唐揚げ定食にします。」
前世から肉好きのカロルはこの店で必ず唐揚げ定食を頼む。本当は他の物も食べてみたいのだが、偶にしか来れないこの店に来ると、ついつい唐揚げ定食を選んでしまうのだ。
「私はハンバーグ定食にしようかな。」
カロルは目を光らせた。ハンバーグも食べてみたい。お城で昼食を一緒に食べていた時によくしていた、あーんでハンバーグを食べる事が出来るかも知れない。
目の前に各々頼んだ料理が並べられた。見た目だけでも分かる、カリッとジューシーな唐揚げ。美味しそうだ。
「「いただきます。」」
二人は手を合わせて食べ始める。「いただきます、ご馳走様」も聖女様が世界中に広めた。広めた、と言うよりも聖女様がそうしているのを見た者達が真似をして広めていった。そして今では世界中で根付いている。
リュシアンはハンバーグを小さく切って口に入れた。毒を警戒して一口目はそのように食べるよう教育されている。毒に慣れる訓練も幼少期から受けていた。
カロルは一応冒険者の時にウエストバッグに入れている物を鞄に入れて持って来ていた。経口型毒消しも注射型毒消しもその中にある。スカートの中には短剣まで忍ばせていた。王太子と一緒なのだ。護衛がついて来ているが、念には念を入れる。カロルに何か出来るとは思えないが、盾位にはならなければ。
「カロル、あーん。」
リュシアンはハンバーグに卵の黄身をとろりと付けて、差し出してくれる。カロルはぱくっと口にした。ハンバーグの旨味と卵の黄身のまろやかさがじわじわと口に広がる。
「美味しい…。」
カロルは幸せだ。唐揚げもハンバーグも楽しめるなんて。カロルも唐揚げをリュシアンに差し出した。毒味はカロルがしたので済んでいる。リュシアンもぱくりと食べる。
「唐揚げも美味しいね。」
リュシアンとカロルはニコニコと笑いながら食事を済ませた。
食後の散歩に近くの公園に来ていた。春が来ていたが、今日は少し肌寒い。
「ゴーティエ侯爵令息とは、先程のお店にも行ってたの?」
「え?…いえ、ゴーティエ侯爵令息は食べ歩きがお好きですので、屋台の並んでいる方によく行きます。」
「そうなんだ…。」
聞かなきゃ良かったかな…。リュシアンは胸を刺す痛みにそう思う。でも、聞かずにはいられなかった。
「リュシアン様、どうかされましたか?御気分が悪いのでしょうか…?」
モヤモヤとした気持ちを抱え、難しい顔をしたリュシアンに気付いたカロルは焦った。食べ慣れない物を食べさせてしまったからなのか。
「いや、違うんだ。心配させてすまない…。ただ、ちょっと、…カロルにキスしたくなっちゃっただけなんだ。」
リュシアンは困ったように笑う。嘘は言ってない。キスがしたかったのは本当だ。嫉妬心は隠しておきたかった。
カロルは予想外の言葉に赤くなる。
「カロル、可愛い。外でのデートも良いんだけど、これから私の部屋に行かない?いつもの東屋でもいいな。」
街での用事は済んだので、帰るのは構わなかった。カロルはリュシアンの部屋に入った事はなく、リュシアンがいつもどのような部屋で過ごしているのか気になった。
「リュシアン様のお部屋にお邪魔させて頂けますか?」
カロルは頬を染めたまま答えた。リュシアンは満足そうに、いつもより甘い笑顔で頷いた。
そこからの行動は早かった。影に隠れていた護衛に馬車の用意を指示する。近くに待機していたらしい馬車に乗り、あっという間に王太子の私室に着いていた。
あまりの展開の早さに目を丸くしたままのカロルの前にお茶が用意される。侍女は礼をして部屋から出て行った。リュシアンと二人、並んでお茶を飲む。カロルは落ち着いてきたので、部屋を見た。白を基調とした部屋に絨毯やカーテンは濃紺だ。リュシアンらしい、爽やかで落ち着いた色合いの部屋だった。
あまりキョロキョロしないように部屋を見ていたら、隣に座るリュシアンと目が合った。リュシアンはずっとカロルを見ていたらしい。
「私の部屋に来るのは初めてだったね。」
カロルが返事をする前に口を塞がれる。唇を吸われ、音を立てて唇が離れ、角度を変えてすぐにまた吸われる。カロルは舌こそ入れられないものの、情熱的なキスをされ心臓が早鐘を打つ。
「んっ…。」
不意に耳を撫でられ変な声が出た。思わずリュシアンを押しのけ唇を離す。
「…申し訳…ございません…。」
真っ赤になって俯き、口を隠す。とても恥ずかしかった。
「カロル、嫌だった?」
囁くような声で問われる。リュシアンは熱のこもった瞳でカロルを見詰める。カロルは潤んだ瞳をリュシアンに向け答える。
「いいえ、リュシアン様。…私、恥ずかしくて…。」
「カロル、可愛い。」
リュシアンはカロルをきつく抱き締め、また口付ける。先程のように、何度も角度を変えて情熱的に唇を舐る。カロルもそれに応える。リュシアンの中に幸福感が広がっていった。カロルも同じように幸福に感じていた。
そして時間が許す限り話をした。会えない間どうしていたのか聞かれたが、まさか冒険者になったなどと言えず、料理をしたとか街の外に出たとか曖昧に濁した。
「入学したら、毎日カロルに会えるんだね。」
「ふふっ今までも週に四日は会ってたじゃないですか。」
「カロルは週末は何をするの?王妃教育に城に来る?」
「週末はしばらくは予定があるので、街の方に行きます。王妃教育は平日放課後に出来るようお願いしてあります。」
リュシアンの時が止まった。リュシアンは週末に王族教育の為に城に帰る。その時に王妃教育で登城するであろうカロルに会えると思っていたのだ。
リュシアンは心底ガッカリした。またカロルとの時間が減ってしまった。しかし切り替える。
「…カロルとは平日に学園で会えるのだから、今はこれ以上望まないようにしよう…。」
「そのようにリュシアン様に思われていて、私は幸せです…。」
カロルは嬉しそうに微笑む。そしてリュシアンに抱き着くように身体を寄せた。閉じていた目を開くと、すぐ近くにあった熱っぽい蒼い瞳と目が合う。リュシアンはすぐにカロルに口付けた。カロルも目を閉じて応じる。
リュシアンの唇がカロルの赤く染まった頬に、瞼に口付けていく。そしてリュシアンがカロルの耳に口付けた。
「あっ…。」
「カロルはここに触れると、可愛い声が出る…。」
リュシアンの言葉にカロルは更に顔を赤くした。恥ずかしすぎる上にリュシアンが色っぽすぎて、彼を直視出来ない。
「もっとカロルの可愛い声が聞きたかったけど、時間だね…。また今度ね。」
リュシアンはカロルに口付けると抱き締めていた腕を離し立ち上がる。カロルは顔が赤いままリュシアンの部屋を出た。
城内を歩きながら、自分が町娘風の服装をしている事に気付く。カロルは焦った。今までTPOを弁えて城にはドレスで来ていたのに、今日のカロルは登城するに相応しくない。
穴があったら入りたいと思いながら、リュシアンと手を繋ぎ城を後にした。
しかしカロルの思いとは裏腹に、今日のカロルを城内で見かけた者は「カロル様は殿下と城下でお忍びデートをなさったんだな。」と微笑ましく思っていた。