18・ランディ
残酷な表現があります。
女性を見送り家に帰るとランディが来ていた。カロル達を迎えるその顔は、何か思い詰めたような表情をしている。
「ランディ、丁度良かったわ。話したい事があったの。」
「カロル、俺も話があるんだ。…先に良いか?」
「ええ。どうぞ。」
カロルはランディの前に座り、ランディを促す。ランディは意を決してテーブルに小瓶を置いた。カロルの渡した最上級ポーションだ。
「これを、俺に譲って欲しいんだ。」
いつになく真剣な目をしたランディは話を続ける。
「俺が占いでガルニエ王国に来た事は話したよな。占って貰ったのは、俺の盗賊の師匠がどうしたら助かるかって事だったんだ。女神の秘薬をどうやったら手に入れられるか…。そしたら、こんなに早く見つける事が出来た。カロルが貸してくれた、この最上級ポーション…。」
「女神の秘薬なんて名前ではないわ…。」
「俺達の国では最上級ポーションを女神の秘薬って呼んでるんだ。」
ランディは真剣な目でカロルを見つめ、頭を下げる。
「頼む!頼みます!女神の秘薬を、俺に譲って下さい!」
カロルは困ったように笑った。
「ランディ、これは貴方の物よ。初めは貴方が胡散臭すぎて信用出来なかったけど、貴方はもう仲間だもの。」
ランディは勢い良く顔を上げた。泣き出しそうな顔をしている。
「こんな高価な物を、タダで譲ってくれって言ってるのに…」
「だから、材料費しかかかってないのよ。」
カロルは笑う。
「ありがとう…。本当に感謝する。この薬を師匠に渡しに、一度クラメール国に帰りたい。往復四ヶ月の旅になる。カロルの長期休暇に間に合うかどうか…。」
「それならクラメール国でゆっくりして来ると良いわ。私も長期休暇にミズホノクニに行く事になったの。私の話はこれよ。長期休暇にダンジョンに行く事が出来なくなったわ。」
お互いに相手を待たせる事にならずに良かったとカロルは思った。そして自分のウエストバッグから最上級ポーションを出す。
「これも持って行って。何も無いのが一番だけど、念の為。御守り代わりに。」
「良いのか…?」
「勿論よ。お師匠様が、良くなると良いわね。」
そう言いカロルは微笑んだ。
「カロル、俺絶対戻って来るから、また一緒にダンジョンに潜ってくれよな。」
「ええ。待ってるわ。」
ランディとカロルはパーティを組んだあの日のように、ガッシリと握手した。
市井での生活が終わり、屋敷に戻る日がやって来た。ローラン家に新しく雇われた、この家を管理する者と入れ替わりに屋敷を出る。武器や防具、冒険者としての道具類をカロルの部屋に置いてある。その保管もお願いした。
ローラン家に帰ると、ジョエルとシャルルが迎えに出ていた。
「ただ今戻りました。お兄様、シャルル。」
「お帰りなさい!お姉様!」
シャルルはカロルに抱きついてきた。カロルはシャルルを抱き締め返す。
「お帰り、カロル。春休みに帰って来たら、カロルが居なくて寂しかったよ。」
「お兄様もお帰りなさいませ。連絡もせずに留守にして申し訳ありませんでした。」
「いいんだよ、カロル。こうしてカロルに会えて嬉しいよ。」
ジョエルはシャルルごとカロルを抱きしめる。少し会わない間にジョエルはかなり背が高くなっていた。イケメン度も上がっている気がする。
「さぁ、お父様が待ってるよ。」
「はい。しっかり報告しなければなりませんね。」
「勿論私にも後で聞かせてくれるよね?」
ジョエルはにこやかに言った。ジョルジュへの報告には同席出来ないが、カロルが市井で何をしていたのか気になるようだ。
「お姉様、お兄様、私も聞きたいです。」
シャルルもカロルのいない間、カロルを案じていたのだ。カロルはふふっと笑うと、
「お土産話なら、沢山ありますよ。」
と答え、ジョルジュの待つ部屋へ向かった。
「お父様、お母様、ただ今戻りました。私の我儘を聞いて下さいまして、ありがとうございました。」
カロルは部屋に入ると礼を言った。深く頭を下げる。
「カロル、お帰り。少し見ない間に、大きくなったような気がするね。」
「カロル、お帰りなさい。元気そうで良かったわ。顔を見せて。」
ジョルジュもミレーユもカロルを抱き締める。三人でしばらく抱き合って、ソファに腰掛けた。
「それでは、この一ヶ月何をしていたのか、教えて貰おうか。」
ジョルジュに促され、カロルは話し始める。カロルの話にジョルジュは時折目を見開き、カロルの後ろに立つゾエとアドリアン、マクシムの顔を見る。三人は覚悟を決めていたので表情を変えずに立っていた。ミレーユは「あら」とか「まぁ」とか言いながらカロルの話を面白そうに聞いていた。そして、既にカロルが次の長期休暇の予定を決めている事にジョルジュは頭を抱えた。
「カロル…長期休暇はその得体の知れない女の所へ行くのか?しかも、ミズホノクニなんて遠い国に…。」
「はい。行きます。確認が後になってしまった事、申し訳なく思っていますが、これは私が絶対に叶えたいと思った事なのです。お父様、お許しください…。」
カロルは切に願った。ジョルジュは、うっと言葉を詰まらせる。
「貴方、宜しいではありませんか。カロルは市井でもしっかりしていた様ですし、きっとミズホノクニでもちゃんとやると思いますよ。カロル、お父様とお母様を悲しませるような事は、してはなりませんからね。」
「はい。お母様、ありがとうございます。」
ミレーユはジョルジュの肩に手を置き、優しく語り掛ける。カロルに釘を刺す事も忘れない。カロルは背筋を伸ばして答えた。
「うむ。…まぁ、そうだな…。カロル、報告ありがとう。ジョエルとシャルルも話を聞きたいだろうから、行ってあげなさい。」
「はい。お父様、お母様、ありがとうございます。では、失礼します。」
カロルは礼をすると、退室した。ゾエ達も一緒に部屋から出る。
三人とは別れ、カロルはジョエル達の元へ向かった。二人はサロンで待っていた。カロルが来ると、新しくお茶を入れて話し始めた。ジョエルはカロルの話を面白そうに聞き、シャルルは心配そうに聞いた。
「あはは、カロル、すごい面白い経験をしてきたんだね。でも怪我が無くて良かった。」
「お姉様…今度はミズホノクニに行くんですよね…。しかも誰もお供を付けずに…。」
シャルルは泣きそうだ。カロルを止めたいけど、それは出来ないし、言ったとしても聞き入れて貰えない事は理解していた。
「まぁまずは学園入学が先だよ。カロルが入って来るなんて、楽しみだなぁ。」
ジョエルは心底嬉しそうに微笑む。シャルルは羨ましそうにジョエルを見た。
「学園は私も楽しみです。殿下も通われますし、少年団の皆も一緒ですから。」
カロルは市井に行く事で、少年団を途中退団していた。心残りではあったが、優先順位では冒険者になる方が上だった。少年団の皆とは、学園でも会えるのだから、結果としては良かったと、カロルは思う。三人は、夕食まで楽しく語り合った。
夜寝る前、カロルは日課のリュシアンとの魔通話をしていた。カロルが帰って来た事をリュシアンはとても喜んでいる。
「一日、予定を開ける事が出来たよ。カロル、街に出掛けようか。」
「良いですね。お揃いの物、買われますか?」
「そうしよう。今から楽しみだよ。カロルとの初デートだね。」
リュシアンは声色からも楽しみにしているのが分かる。カロルも勿論楽しみだった。
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ランディは旅支度を終えて、王都を出発しようとしていた。鞄の中に大事に入れられている女神の秘薬の事を思う。
カロル・ローランという貴族令嬢。貴族でありながら、何故か冒険者になりダンジョン内で土や血でドロドロになりながらも平然と先に進む胆力がある少女。しかも錬金術師としてもかなり高い技術を持っている。
そして春からはしっかりと学園に通って勉学に励むという。かなり不思議な少女だ。
ランディはカロルに出会えて幸運だった。あの占い師の言葉だけを信じてここまで来て、本当に良かったと思う。
ランディはクラメール国で盗賊のスキルを磨く為に師匠に弟子入りし、毎日切磋琢磨していた。戦う技術は秀でていないが、罠の解除には自信があった。師匠も、これなら一人前だと言ってくれていた。
しかし、師匠に不幸が訪れる。あるダンジョンでの罠の解除に失敗し、両腕が使えなくなってしまったのだ。その後、治療院に運ばれ、両腕を失う結果となった。師匠は絶望した。腕が無い盗賊は、勿論罠の解除など出来ない。仕事を失い失意の底に沈んでいく師匠を、ランディはすぐ近くで見ていた。ランディの憧れである彼を、父親の様に愛情を注いでくれた彼を助けたい。
ランディは、女神の秘薬を必ず持ち帰ると師匠に約束し旅に出た。何年かかっても見つけ出す。その気持ちで探し始めたが、この薬は店に並んでいるような物ではなかった。あっても、ランディには到底買える金額ではない。
藁にもすがる思いで有名な占い師に占って貰った。そして、カロルに出会ったのだ。
あの事故から約一年…師匠に約束してから半年だ。他の弟子達が師匠を見てくれているが、大丈夫だろうか…。
ランディは希望を鞄に仕舞い込み、生国へと旅立って行った。