17・弟子入り
残酷な表現があります。
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カロル達は町に戻り宿の手配をした。入手したアイテムを要不要で分ける事になったが、先にカロルは湯浴みを希望した。三日間お風呂に入れていない上に返り血で酷い有様だった。このカロルを見て、誰が侯爵令嬢だと思うだろうか。
湯浴みを終えて、肩を見てみると火傷の跡がある。皮膚が一部変色していた。上級ポーションタブレットを飲んでみたが、変化は無かった。やはり特上ポーションでないと、このような跡は治らないらしい。
穴の空いたクロース・アーマーをそのまま着て、他の防具を着込んだ。予備は下着位しか無い。カロルは男達の泊まる部屋に向かった。
部屋に入ると既に戦利品が並んでいた。
「欲しい物があったら今選んでくれ。他のは売って山分けしようぜ。」
「このゴブリンが落とした小瓶は何なの?」
「ゴブリンが使う回復薬ス。何かの草をすり潰して作っただけのモンスね。回復量も大した事ないし、腹を壊しかねん代物ス。」
マクシムが小瓶について答えてくれる。カロルは小瓶を見て思う。ゴブリンに瓶を作る技術があるのだろうか…でも地上でゴブリンを倒した時は魔石も小瓶も出なかった。ダンジョンマジックなのだろうか…。実際の所ゴブリンに瓶を作る技術は無い。だが、このような薬を作る事はあった。ドロップアイテムとして瓶に入れられ出てくるのは、事実、神によるダンジョンマジックだ。
カロルはそんな事は知らないが、ダンジョンマジックだと断定して、大きめの魔石を幾つか貰う事にした。
護衛二人は何も選ばず、ランディも小さい宝石を少し選び、残りは売り払った。
夕食を宿の食堂で頂き、次の日の朝カロル達は王都に帰って行った。
王都に着くともう夕刻だったが、カロルは防具屋に向かった。いつもの様に熊のような店主が出迎える。
「クロース・アーマーが焼けてしまったの。修理出来ないかしら?」
「おお。結構焼けたな。修理は出来るぜ。しかし、お嬢ちゃん本当に冒険者やってるんだな。」
店主はニカッと笑うとクロース・アーマーを受け取って、二日後に来るように言った。
カロル達はランディと共に家に帰った。ゾエにランディを紹介し、夕食を頼む。表に出す事は無かったが、ゾエはカロルが無事に帰った事を大変喜び夕食は豪華なものになった。
「ランディ、次のダンジョンは準備が出来次第向かいたいと思っているの。良いかしら?」
「ああ。次はゲヨールの森か。ここから馬車で一日かかる町の近くだな。」
「で、準備なんだけど、一緒にした方が良いと思ったの。ゴブリンダンジョンの時、ランディはテントを置いて行ったでしょう?」
無駄な荷物がある程、旅は不便になる。だからカロルは持ち物が被らないように、必要な物や量の相談をしながら揃えようと思ったのだ。前回のダンジョンで失敗したと思ったのが、この持ち物の相談と認識の共有だった。
次の日四人はアイテム屋に居た。テントや調理器具等はマクシムが持ち、マットや食料に食器、カトラリー、回復薬等は各自で持つように揃えた。
「カロルは投擲武器は使わないのか?」
「私の剣の先生に、私の武器はこの無尽蔵なスタミナだから、それを活かして戦う事を勧められたの。だからいつも走り回って戦って、囲まれないようにしているの。」
ランディは、成程な、と納得する。あの戦い方はカロルでなければ無理だろう。
「ウルフ系の素早い敵だと困るかも知れないわよね…。」
カロルは悩む。ウルフ系のモンスターは集団で現れる事も多く走るスピードも速いので、カロルの戦法が効かないかも知れない。
「ウルフか…。ゲヨールの森には出てこないらしいけど、魔石爆弾とか取り入れてみたらどうだ?」
「そうね…それも良いかも知れないわね。」
魔石爆弾は魔力を流してから投げ、何かに当たるとその衝撃で爆発する使い捨てのアイテムだ。今回は要らないかも知れないが、数個購入した。
ゲヨールの森はゴブリンやコボルト、昆虫系や植物系のモンスターが出るらしい。昆虫系のモンスターは毒を持つものもいる。
飲むタイプの毒消しは持っているが、注射タイプの毒消しも購入した。
カロル達は二日後、クロース・アーマーを受け取り、その足でゲヨールの町に向かった。
そして次の日ダンジョンに入る。また転移石を持ち、入口にある転移岩に触れる。これに触れなければならない訳ではないのだが、無事に戻って来れますように、という願掛けらしい。
ゲヨールの森は入口が祠のようになっていた。入るとすぐに階段がある。階段を降りると森が広がっていた。
このダンジョンは踏破するのに大体五日かかるらしい。その分食料の重みがあるが、カロルはモンスターを倒しながら進んで行く。
ダンジョン終盤にもなると、食料が減り背中の重みも大した事なくなっていた。マクシムは手に入ったアイテムを全て持ってくれているので、むしろ増えているのだが、ガッシリとした体格のマクシムは、その重みは気にする程の事では無いようだった。彼自身は、これでは戦えない、とは言っていたが。
ダンジョンに入り四日目になる。カロル達は六階層目に入っていた。今までとは違い植物系のモンスターが多い。イエドラデラという、蔦のモンスターだ。蔦が絡んで人型をしており、蔦を伸ばして鞭のように振るい攻撃して来る。人型の頭の部分に核があるようで、そこを一突きすれば止めを刺せるようだった。
このイエドラデラ、森の中で擬態している事もあり、宝箱の近くの木に巻き付いてランディに攻撃しようとしていた事もあった。
五日目の朝、ダンジョンの最下層に降りる。ゴブリンダンジョン同様、ボスの部屋のようだ。木に囲まれた広場にイエドラデラが十体程とモドゥストロムという人型をした木のモンスターが数体いた。モドゥストロムはイエドラデラよりも大きく、背の高さはカロルと同じ位だった。
カロルは広場を走り回りながらイエドラデラを仕留めていく。イエドラデラは蔦を鞭のように振るって攻撃してくるが、蔦を巻き付かせて拘束して来る事もある。拘束されると厄介だ。
イエドラデラを全て倒して、モドゥストロムを観察しながら動き回る。モドゥストロムが動く度にカコカコと音が鳴る。
カロルはモドゥストロムの核の場所について図鑑で読んだ事があった。確か、お腹の真ん中に…。カロルは剣を縦に振りモドゥストロムの片腕を切り落とす。もう片腕も切り落とし、ガラ空きの腹部に剣を差し込む。核を割られたモドゥストロムは動きを止めた。カロルは次々にモドゥストロムを倒していき、遂に全てのモンスターを始末した。
奥に進み宝箱を開けると転移岩に触れて入口に移動した。
カロルは王都に戻ってきていた。約束の一ヶ月までにあと一週間もない。なのでダンジョン攻略はやめて、クエストをこなしていた。
今日はクエストが早く終わり、夕食まで時間があった。小腹が空いていたカロルは食べ物の屋台を見て回っていた。そこここから美味しそうな匂いがしてくる。余計にお腹が空いた。
カロルは焼き鳥を六本購入し、ベンチに向かった。アドリアンとマクシムに二本ずつ渡し、食べ始めた。焼き鳥も聖女様が広めた食べ物だ。醤油も味噌も、日本でよく使われていた調味料は、聖女様印で販売されている。聖女様様様だなぁとカロルは焼き鳥を美味しく頂いた。
「ほぉ、面白いものがおるのぉ。」
不意に声を掛けられ、そちらを向く。白い肌に白い髪の白い着物のような服を着た、全体的に白い女性が立っていた。着物と同じ、白地に銀の模様のついた扇子で口元を隠し、目尻に朱を入れた切れ長の目がこちらを見ていた。
「そなた、ニホンという国を知っておるか?」
「!!!」
カロルは女性の言葉を聞いて驚愕した。何故、この女性は日本を知っているのか…。この世界には無い、日本という国を。
女性はカロルの反応を見て面白そうに笑った。
「その様子では知っておるな。妾の所に面白い客人がおってな。どうじゃ、会ってみぬか?」
カロルは迷った。この女性は怪しいが、『面白い客人』というのが気になる。
「とても気になるお申し出ではございますが、どのくらいここを離れるのか、どちらに行く事になるのか、教えて頂けますか?」
「なぁに、ミズホノクニの妾の寝床に行くまでじゃ。」
女性はなんて事無いように言ってのけたが、ミズホノクニはガルニエ王国から陸路と海路を使い片道約二ヶ月かかる。とてもじゃないが、今のカロルにはそんな時間はとれない。
「ミズホノクニはあまりにも遠すぎます…。私はもうすぐ学生になります。それを放って行く事は出来ません。」
カロルは申し訳なさそうに断った。女性は気にもかけない様子で
「そうじゃの…妾の寝床まで三日かかるからのお。無理ならば仕方あるまい。」
「三日?ミズホノクニに向かうのですよね?二ヶ月はかかると思うのですが…。」
女性はカロルの言葉を聞きニヤリと笑う。
「数珠丸」
女性がそう口にすると一頭の大きな獅子が現れた。茶鼠色をした肢体に鬣は濃灰色をしている。カロルはモンスター図鑑で見た事があった。ズブラレウというモンスターだ。宙を掛ける事が出来、力も強く足も速い。今のカロルには手も足も出ない相手だ。近くに居る護衛達にも緊張が走る。
「そう緊張せずとも噛み付きはせぬ。この数珠丸は妾の使役している魔物じゃ。そのような粗相はせぬ。」
女性はそう言ったが、数珠丸のほうは牙を剥き出し低く唸った。それにカロル達が反応すると、数珠丸は満足そうに女性の傍に座った。見た目とは裏腹にお茶目な性格らしい。
「数珠丸に乗ればミズホノクニまで三日で行ける。」
カロル達はまた驚いた。いくら宙を掛けるズブラレウでも、そこまで速くは飛べないはずだ。
「妾と従魔契約をしておるのじゃ。速く飛べるようになる位当然の事。」
騎士団にも宙を掛ける馬のモンスターがいる。マーカルゴラという馬に似たモンスターで空を飛ぶ事が出来る。人に慣れやすく力も強いので騎士団の空騎士の象徴にもなっている。少年団では乗馬訓練はあったが、マーカルゴラの訓練は騎士団に入らなければ受けられなかった。
その騎士団のマーカルゴラは、自分の限界を越えた力を出す事は出来ないはずだ。女性の言う使役契約の効果なのだろうか。
「無礼を承知でお願いします。私を貴方の弟子にして頂けませんか?」
「ほほっ。興味が湧いたか。良かろう。同じ年頃の弟子でありゃ美仁も喜ぶじゃろ。しかしそなた、学生になるのじゃったな。学問は大事。疎かにしてはならぬ。」
「はい。入学してから数ヶ月後、二ヶ月程の長期休暇があります。その時にお願い出来ますか?」
カロルは自分がすごい我儘を言っているとは思ったが、ここで彼女を逃してはならないと感じていた。それ程彼女の技に魅力を感じていたのだ。
「ではその時、この数珠丸を寄越す。二ヶ月みっちり鍛えてやる故覚悟しとりゃ。学問をする時間もある。忘れず準備して来るのじゃぞ。」
女性は満足そうにカロルを見た。美仁という少女への手土産が出来た事に喜んでいるのだろう。
「来るのはそなただけじゃ。他の者は来る事は出来ぬぞ。」
「はい。勿論です。弟子にして頂きありがとうございます。」
カロルは深々と頭を下げた。顔を上げると女性は数珠丸に乗り、ふわりと浮かぶと一蹴りで目の前から消えた。