16・ゴブリンダンジョン2
残酷な表現があります。
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2階層目に来ていたカロル達は途中の安全地帯でキャンプをする事にした。手分けしてテントを張り、食事を作る。食事と言っても、乾燥米と干し野菜、干し貝柱に調味料を入れただけの雑炊だ。後は干し芋と干し肉、ドライフルーツを用意した。雑炊をスープ用の水筒に移すと空いた鍋を軽く濯いで茶を沸かした。荷物は増えるが少しだけ茶葉を持ってきていたのだ。
全員で焚き火を囲んで食事をとる。男三人が賑やかに話しをしているのを、カロルは微笑ましく見ていた。こういうのは懐かしい。前世でもキャンプに行く事があった。その時の事を思い出す。カレーをよく作ったっけ…。
食事の片付けを終えて、夜の番の順番を決めた。カロルは一番最後の明け方担当になった。成長期だから夜はしっかり眠るように配慮されたらしい。ランディもまだ18歳なので最初の担当だ。二時間ずつで交代する事になる。
カロルは寝る前にロングソードを研いでおいた。これはモンスターと戦った日のカロルの日課になっていた。
カロルはヴァイキングヘルムと盾と剣を枕元に置き横になった。プレート・メイルを着けたまま寝るのは少々痛いが、寝ている時に襲撃にあった際に、すぐに装着出来ないこの鎧は着ていた方が良いだろう。カロルは横になると、すぐに眠りについた。
同時刻、リュシアンは王城の自室で音魔石の再生を繰り返していた。
『……カロル、会えなくて寂しいな。……はい、私もリュシアン様に会いたいです。……一日一緒に居られる日は何をしようか。……そうですねぇ、まだ寒いでしょうから室内でゆっくりしましょうか。あ、学園で使える物をお揃いで何か選ぶのも良いですね。……お揃い?いいね!そうしようよ!……』
『……カロル、好きだよ。……リュシアン様、私も、大好きです。おやすみなさい。……おやすみ、カロル。……』
二日前にカロルから、しばらく魔通話出来ないと言われた時に、これを録音していたのだ。だからリュシアンは、その夜満足しながら眠る事が出来たのだ。
勿論、早くカロルと話がしたい。話だけじゃなく、会って、手を繋ぎ、ハグしてキスしたい。
あと、三週間もあるのか…。
リュシアンはベッドに入り音魔石の再生リストからハープで演奏された曲を選ぶ。この曲もゲームのBGMだ。その事をリュシアンは知らないが、カロルが演奏している上に、落ち着く曲調のこの曲を寝る時によく聞いていた。
今日は昼間もカロルの曲を聞いていた。するとリュシアンの音楽教師が授業をする為に入ってきた。
「殿下、そちらは…?」
「あ、ああ。すいません先生。今止めます。」
「いえ!この曲、是非聞かせて頂けますか?」
音楽教師とリュシアンはカロルがウィリアムを巻き込んで一番頑張って作った一曲を黙って聞いた。
「殿下、こちらの曲は…どなたがお作りになられたのです?」
「カロル・ローラン侯爵令嬢です。何でも夢で聴いた曲なんだとか…。」
「ああ。カロル様は作曲の才能もお有りだったのですね。そう言えば、お貸ししたバスドラムの音も聞こえましたな。」
リュシアンの音楽教師はカロルの家庭教師と同じ人物であった。
カロルは前世でのお気に入りの曲を録音しただけなのだが、原曲がある事を知らない二人に大変な勘違いをされてしまった。
「殿下、是非私にこの音魔石をお貸し頂けませんか?」
「すいませんが、これを貸す事は出来ません…。音魔石をお持ち頂ければ、コピーしますが。」
あの魔通話の会話が入っている魔石は渡せない。自分が聞く事が出来なくなるではないか。
「そうですか…。でしたら次回の授業に持ってきますので、コピーをお願いします!」
音楽教師は興奮している。今までに無かった曲調に昂る気持ちを抑えきれない様子だ。
後日本当に音魔石を持って来た音楽教師は曲を手に入れ嬉しそうにその後の授業を続けた。
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ダンジョン二日目の朝、カロルはマクシムに起こされ夜の番を交代した。焚き火の前で一時間程自重トレーニングにストレッチを行った。そして朝食と昼食作りに取り掛かる。
朝食には塩むすびと温かい具沢山スープを用意し、昼食用には炊き込みご飯風味のおにぎりを作った。干し芋とドライフルーツも用意した。昼食用のおにぎりは経木という木を薄く切ったシートで包む。この世界にラップやアルミホイルなどの便利な物は無い。食品を包む時は経木や竹の皮、蜜蝋で作られたシート等を使う。
時間になったので、皆を起こす。朝食を済ませテントを片付ける。2階層目は1階層目と出現モンスターは変わらなかった。宝箱を開けながら先へ進んだ。
3階層目に入ると、ゴブリンの群れの中にホブゴブリンが混じるようになった。カロルはホブゴブリンと戦うのは初めてだった為、相手を観察しながら戦った。ホブゴブリンは大人の男性程の体格をしている。ゴブリンと比べてもかなり大きい。
ホブゴブリンを視界に捉えながら数体のゴブリンを始末する。ホブゴブリンが棍棒を振り上げながら走ってきた。ホブゴブリンは力が強そうなので盾受けは危険だと判断し、身を翻して避ける。相手の動きはそんなに素早くはない。ホブゴブリンとは距離を置きながらゴブリンを全て倒した。残りはホブゴブリンだけだ。
カロルはホブゴブリンに二回切りつけた。ホブゴブリンは胸に傷を負い、叫ぶ。我武者羅に棍棒を振り回し始めた。痛みと怒りで周りが見えていないらしい。カロルは後ろに回りまた数回切りつける。またホブゴブリンは叫び、よろめきながら棍棒を振った。もう力が残ってなさそうだ。カロルは剣を横薙ぎに払った。ホブゴブリンの腰を深く傷付けた最後の一太刀にホブゴブリンは倒れた。
カロルはダンジョンに入ってから数回レベルアップしていた。パラメーター上の力も上がっている。3階層目でホブゴブリンと幾度も戦った事で、更にレベルも上がった。初めてホブゴブリンと戦った時よりも楽に対処出来るようになった。
この日は3階層目の奥にある安全地帯で休む事になった。
「カロル、お疲れさん。今日の昼飯美味かったなー。」
「ありがとう。じゃあまた今度作るわね。」
テントの設営を終えたランディが話し掛けてきた。カロルは鍋に切った干し肉を入れている。
「手馴れてるな。料理とかするのか?」
「しないわ。料理人が美味しい食事を作ってくれるもの。」
「そうだよな。昨日も思ったんだが、初めての割に手際が良いし、味付けも良いんだよな。」
そりゃあ前世で何十年も料理をしていたのだ。今世での料理は初めてだったが、しっかり覚えている。ダンジョン内で限られた食材しか使えないのが残念だが、カロルは久々の料理を楽しんでいた。何より喜んで食べてくれる三人を見るのが嬉しい。
カロルは出来上がったチャーハンを寸胴水筒に入れて三人に渡す。空いた鍋でスープを作った。
「ご飯にスープをかけて食べても良いし、食べ終わってからスープを飲んでも良いわよ。」
カロルは半分はそのまま食べて、残りはスープをかけて食べた。他の三人もそうやって食べていた。
「なんか、ダンジョン内でこんな美味い飯が食えると思わなかったな。もっと味気ない食事かと思ってた。」
「お嬢様が美味しく作ってくれたからだ。俺が現役の時はこんなん食べられなかったぞ。」
「お嬢様は料理もお出来になるのですね。とても美味しいです。」
三人は手放しでカロルを褒めた。料理を褒められたカロルは、明日はどのような食事を作るか考えながら眠りについた。
カロル達は三日目の昼過ぎに、最下層に辿り着いた。階段を降りた先に広いホールがあるらしく、そこにゴブリンダンジョンのボスが居るらしい。カロルは抜刀したまま進んだ。
ホールにはホブゴブリンが八体にゴブリンが三体居た。1番近くに居たゴブリンに早速切りかかる。するとカロルに気が付いたらしいホブゴブリン達は一斉にこちらを向き騒ぎ出した。
カロルは近くのホブゴブリンに数回切りつけ、距離をとる。カロルはゴブリンやコボルトの様な弱いモンスターであれば急所を狙って攻撃するが、筋肉がついているホブゴブリンでは一撃で相手を屠る事は難しい。もっと力があれば、それも出来るようになるだろうが…。
力の弱いカロルは何回も切りつける事で相手を倒していく。ホブゴブリンを二体沈めた所で左肩が熱く燃えた。
「カロルッ!!!」
ランディが思わず叫ぶ。カロルは痛みに耐えながら原因を探る。燃えた肩を上げ盾を構え、剣の切っ先をホブゴブリン達に向け牽制する。左の遠方にゴブリンがいた。杖を持っている。
ゴブリンシャーマンだったのか。カロルはホブゴブリンと距離をとり、ポーションタブレットの缶を振り一粒口に入れて噛む。先程カロルにファイヤーボールを撃ったゴブリンシャーマンに走って近付き、そのままの勢いで剣を振った。
ゴブリンシャーマンはあと一体。するとホブゴブリンが二体走ってくる。体当たりをする姿勢だった。カロルは素早く避けると勢い余ってよろめいたホブゴブリンを後ろから切りつける。一体だけ倒してカロルはホール内を走りながらゴブリンシャーマンを探す。
すると斜め右前方が明るくなった。ゴブリンシャーマンがファイヤーボールを撃ってきたのだ。カロルは走りながら避けてゴブリンシャーマンに近付きその腹に深々と剣を突き刺した。そのままゴブリンシャーマンを蹴り剣を引き抜く。
振り返るとホブゴブリンが三体走って来ている。カロルは左端のホブゴブリンに狙いを定め剣を両手で構えたまま走る。スピードを落とさず、すれ違いざまに剣がホブゴブリンの腹を抉った。
カロルはそのまま走り、一番遠くに居たホブゴブリンを切りつけ倒す。囲まれないように走りながら戦い、残りの四体を倒し、ボス戦に勝利した。
「カロル!大丈夫か!?」
ランディが慌てて走って来る。護衛二人も後から走って来た。
「ポーションタブレットを飲んだから平気よ。クロース・アーマーはファイヤーボールが当たった所が焼けてしまったから、買い替えないといけないかしらね。修理して貰えると良いのだけど。」
カロルは平然としている。ランディはまだ納得していない様子でカロルに詰め寄る。
「火傷の跡とか残ってないか?」
「もし残っていたら特上ポーションを飲むから大丈夫よ。」
特上ポーションは家に置いてある。次回ダンジョンに潜る際には特上ポーションも幾つか持って来た方が良さそうだ。
「お嬢様、お疲れ様でした。ダンジョンを踏破しましたね。」
「良い立ち合いでしたぜ。」
護衛二人も労ってくれる。カロルを信頼し、最後まで手を出さずに居てくれた。
「アドリアン、マクシム、ありがとう。こんな事に付き合わせてしまってごめんなさいね。でも、すごく助かったわ。」
「でもまたダンジョンに潜るンスよね?」
マクシムが茶化すように言う。カロルも笑って答えた。
「勿論よ。また付き合って頂戴ね。」
四人は笑いながらホールの奥に進む。宝箱が幾つか置いてあり、ランディが次々と開けていく。アイテムを回収し、一番奥にある、ダンジョンの入口にあったものと同じ、琥珀色の縦長の岩に全員で触れた。
その瞬間、目の前の景色がすごいスピードで回り始めた。色が混ざり土色しか見えない。耐えきれず、ぐっと目を閉じるとカロル達はダンジョンの入口に転移していた。
誤字報告ありがとうございました。