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13・小話 音魔石

カロルとリュシアンが婚約する前、カロルが九歳の頃のお話です。





この日、カロルはずっと計画していた音魔石への楽曲の録音を試みる事にした。カロルが録音したかったのは、前世でよくプレイしていたお気に入りの和風RPGゲームのBGMだ。

午前中に何も予定の無い日に楽譜を書いて、主なパートがやっと完成したのだ。


まずはヴァイオリンで主旋律を弾いて録音する。再生して確認をして、録音した音を流し、パート分けしたヴァイオリンのパートを演奏し、もう一つの音魔石に録音する。

再生し確認し、更に違う楽器で演奏し録音し、を繰り返して主な楽器パートは無事に録音出来た。


和風ゲームの曲だったので、本当は和楽器で演奏したかったが、この国には和楽器は無い。遠い海を越えたミズホノクニが、日本によく似た文化を創っているようで、もしかしたら和楽器もあるのかも知れないが、残念ながら遠すぎる。

なのでカロルは自分の手持ちの楽器で何とかする事にした。


ヴァイオリン、フルート、ピアノのパートは録音出来た。かなり形になっており、完成まであと少しなのだが、大太鼓の音をどうしようか考える。

カロルは音楽の家庭教師にオーケストラで使われているバスドラムに興味があると話してみた。すると家庭教師は大喜びで次の週にはバスドラムを持ってきた。カロルは大変感謝し、一週間だけ借りる事が出来た。

カロルがオーケストラに興味があると勘違いした家庭教師が更に次の週にまた新しい楽器を持って来たので、カロルは困りながらも、新しい楽器を楽しんだ。


次は大太鼓の縁を叩く音だ。カッという子気味良い音を出したい。カロルは色々な物を色々な物で叩いてみる。音が軽すぎたりして理想の音とは遠い…。和楽器が無い時点で理想の曲とは違ってしまってはいるが、少しでも近付けたいのだ。




少年団の鍛錬の中で、対人戦をする事があった。練習用の木剣を使い戦う。カロルも例外なく対人戦に参加している。相手選手と剣が交わる。カンッと木剣と木剣が音を立ててぶつかり合う。その音にカロルは反応した。練習試合が終わり、カロルは考えていた。この音、使えるんじゃないか…?問題はあのスピードで剣を交えないといけない点だ。でも、やってみよう。

カロルは入団当初に因縁をつけてきた侯爵令息に話しかけた。


「ねぇウィリアム。今週末は空いてるかしら?」


「…今週末は空いてたハズだが、どうしたんだ?」


ウィリアム・ゴーティエ侯爵令息とカロルはあれから何故か仲良くなっていた。最近は時々こうして週末に約束をしたりしている。


「ちょっとやりたい事があるの。付き合って欲しくて。」


「まぁいいけど。ローラン家に行けば良いのか?」


「ありがとう!午前中からでも良いかしら?」


「…もしかして、一日コースか…?」


嬉しそうに笑ったカロルにウィリアムは眉を寄せて質問する。疲れ知らずのカロルに付き合うのは結構大変なのだ。


「上手くいけばすぐに終わると思うのだけど…とにかく、よろしくお願いするわ。動き易い服装で来てね。」


「…はぁ。はいはい。分かりましたよー。」


ヤレヤレと言ったようにウィリアムは頷いた。




そして週末、カロルとウィリアムはローラン家の庭に居た。庭と言ってもカロルがトレーニングする為に飛び石や煉瓦の平均台が置いてあり、美しいとは言えない区画だ。ローラン家の庭師の名誉の為に言っておくが、他の区画は大変美しい。ここだけが異質なのだ。


「この曲に、剣と剣がぶつかる音でリズムをつけて録音したいの。」


カロルは音魔石から流れる曲に合わせて手を叩いてリズムを刻んだ。


「結構早いな。剣と剣じゃなきゃダメなのか?」


「この音が理想の音に近い音だったのよ。」


「理想の音?」


「ミズホノクニにある大太鼓の音なの。ここじゃ手に入らないでしょ?」


ウィリアムは納得して、木剣を握る。


「とりあえず、やってみるか。」


ウィリアムが木剣を両手で構えて防御の姿勢をとる。カロルは曲を流して片手で木剣を振り、リズム良く打ち鳴らした。かなり早いテンポで叩かねばならない所もあり、難しい。とりあえず一曲録音が終わり、聞いてみる事にした。


「…やっぱり少しズレるわね…。」


「木剣で奏でるってのが無理なんだよ。他の方法を考えてみようぜ。」


カロルは難しい顔をしている。良い打開策だとは思ったのだが、両手で叩く大太鼓と片手剣の振りでは叩ける速度が違いすぎた。


「特にあの早いテンポは今の方法じゃ無理だ。とりあえず、このカンッて音が良いんだろ?」


「…本当はカンッじゃなくてカッが良いの。」


ウィリアムは変な顔をした。まぁそうだろう。音を正しく相手に伝えるのは難しい。


「とりあえず、両手で叩けるように何か作ってみるか。大太鼓のどんな部分を叩いたらカッて音が出るんだ?」


「えぇと、太鼓の皮がこう張っていて、その皮を留めてる鋲の部分を叩くの。」


カロルは地面に枝で絵を描きながら説明する。ウィリアムはその絵を見て思いついたように


「これは作れないけど、バケツに布を鋲で張って叩いてみるか。」


ウィリアムはそう言うと庭師の倉庫の小屋に向かった。


「お仕事中にごめんなさい。使ってないバケツと鋲はあるかしら?」


「これはお嬢様。バケツと鋲ですね。」


庭師はそう言うと、古いバケツと鋲を持ってきた。木のハンマーも渡してくれる。


「ありがとう。助かるわ。」


「カロル、布はまぁ何でもいいだろ?何か持って来てくれよ。」


「分かったわ。さっきの所で待ってて。」


カロルは自室に戻り、使わなくなったナイトウェアを切って庭に戻った。


「おう。じゃあやるか。」


カロルはウィリアムに布を渡して、鋲を打ち付ける所を見ていた。カロルは人が作業している所を見るのが好きで、うっとりとウィリアムの手元を眺めていた。

ウィリアムは対角線に鋲を打っていく。


「よし。出来た!」


「ありがとう!本当に太鼓っぽい!」


「太鼓っぽいって…。はい。叩いてみろよ。棒も作っておいたから。」


ウィリアムは庭師に何かの柄を貰って切っておいてくれたらしい。

カロルはバケツの縁の鋲の部分を軽やかに叩いてみた。カッカッと良い音がする。


「これよ!この音!ウィリアムすごい!ありがとう!」


「ああ。良かったな。」


カロルは頬を上気させて礼を言う。ウィリアムは得意気に答えた。


この日の午後は、お礼にウィリアムと街で食べ歩きをした。




こうしてカロルは大太鼓の縁の音を手に入れ、音魔石に曲を録音する。

最後に、空き缶に鉄の棒で音を鳴らして和風RPGゲームのBGMは完成した。


カロルは大変満足し、お礼にウィリアムにもこの曲が録音された音魔石を押し付けた。


いつか、もし国外追放されてミズホノクニに行く事があったら、和楽器を手に入れよう。そう思った。

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