11・そうだ。冒険者になろう
カロルはアドリアンとマクシムと共に防具屋に来ていた。中に入ると熊のような店主がこちらを見て、カロルを見ると怪訝な表情を浮かべた。
カロルはそのまま店主の元に向かう。
「すいません。鎧を買いたいのですが、私の体に合うサイズのものはありますか?」
「サイズはあるが…お嬢ちゃんが使うのかい?」
「はい。冒険者になりたいので。」
カロルの言葉にアドリアンとマクシムはギョッとした。朝の段階で、もしかしたら、とは思っていたが本当に冒険者になるつもりだとは…。
店主はため息をつく。
「お嬢ちゃん、悪い事は言わねぇ…冒険者になるなんてやめときな。冒険者は命懸けの仕事だ。見た所、良い所のお嬢様なんだろう?冒険者なんかになるこたぁない。」
「今はそうですが、これから先もそうだとは限りません。もしもの時の為に経験を積んでおきたいのです。」
「…よく分からんが随分用意周到なお嬢ちゃんなんだな…。まぁ俺がお嬢ちゃんを止める義理は無いからな。で、どんなのが欲しいんだ?」
初めに止めておけと言った割には随分とあっさり売ってくれるようだ。
「あまり重くない方が良いの。動けないのは困るし…。」
「お嬢ちゃんは魔術師か?」
「いいえ。戦士よ。」
カロルの言葉に目を丸くした店主は笑いながら商品を並べる。
「こんな可愛い戦士は初めて見たな。こいつなんかどうだ?」
店主が並べたのはプレート・メイルだ。下に着るチェイン・メイルとクロース・アーマー、グローブにブーツも用意してくれている。
「プレート・アーマーだと重すぎるからな。これなら、まぁ軽い方だろう。」
「着てみる事は出来るかしら?」
「ああ。そこの試着室を使いな。」
「ありがとう。マクシム、手伝ってくれるかしら?」
カロルは防具を抱き抱えるように持つと、マクシムに向いた。
「ええー?…いいスけど…クロース・アーマーは先に着て下さいね。殿下に殺される…。」
「…分かったわ。着方が分からないから教えて欲しいだけだもの。リュシアン様だって、こんな事で怒ったりしないわよ…。」
…どうだかな。と護衛二人は思いながら主人を見送った。
カロルは防具を教わりながら身につけた。確かにプレート・メイルは重いが、部分鎧なので今のカロルでもこれを装備したまま動き回れそうだ。サイズも丁度いい。
「これを頂きたいわ。あと、兜も欲しいのだけど、顔が隠れる物が良いの。」
「顔が隠れるとなると…フルフェイスの兜だと重くなっちまうぞ?お嬢ちゃんにはまだ早い。」
店主はまた商品を取り出す。出したのは目の部分は穴が空いていて鼻が隠れ、頬の半分まで隠す事の出来るタイプの所謂ヴァイキングヘルムだった。頭と顔半分は硬い鉄、耳から首はチェイン・メイルと同じ素材で出来ていた。カロルは被ってみる。視界も良いし重すぎない。
「これにするわ。全部で幾らかしら?」
「全部で三十五万だ。端数はまけといてやる。」
「あら、それはありがとうございます。このまま着て行っても良いかしら?」
「いいぞ。好きにしてくんな。」
支払いを終えて、気前の良い店主に別れを告げるとカロル達は店を出た。
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カロルの後ろ姿を見て、アドリアンとマクシムは、カロルがいつものポニーテールではなく、一つの三つ編みに髪を編んでいたのが、兜を被る為だったのだと理解した。兜の下から白銀の三つ編みが揺れている。
「お嬢様は本気で冒険者になるつもりなンかな?」
「…信じられないが、そうなのだろう…。」
「次期王妃なのに…不思議なお嬢様スね。」
「本当に、お嬢様の考えている事は、私には分かりかねる…。」
カロルが咎めないので、護衛二人は結構無駄話をする。性格の真逆な二人ではあるが、仕事はしっかりするし、お嬢様に対する印象が同じな為か、仲が良いし信頼し合ってもいる。
次の目的地である武器屋に着いた三人は、中に入って行く。
冒険者の出で立ちをした少年と身なりの良い戦士風の二人を見た老いた店主は、しゃがれた声で、いらっしゃい。と言った。
「剣と盾を探しています。見せて頂けますか?」
カロルは店主に向かって快活に話しかけた。少年のように見せたいのだろう。
「片手剣と盾だな。どんなタイプのものがいい?」
「ロングソードとヒーターシールドを。」
カロルは店主が並べたものの中からロングソードは飾りの無いシンプルな物を。ヒーターシールドは中でも小さめの物を選んだ。
防具屋の時のように何か言われる事も無く、すんなり購入できた。
カロルは購入したロングソードを腰に差し、ヒーターシールドを背中に背負って店を出た。
「よし。装備はこれで整ったわ。一度家に帰りましょう。」
三人は家に向かう。午後にはカロルは冒険者ギルドに行くと言い出すのだろう…護衛二人はお転婆の域を軽々と越えているお嬢様の背中を、諦めたように笑いながら追いかけた。
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昼食を終えたカロル達は冒険者支援協会に来ていた。冒険者支援協会とはその名の通り冒険者に支援してくれる団体である。この団体は世界中にあり、登録してある冒険者に身元の保証やクエストの依頼といった支援をしてくれる。世界中にこの団体があるのは、世界中にモンスターが出るからだ。冒険者はモンスターを討伐したり、ダンジョンを攻略したりして生活をしている。その冒険者に街や村にとって脅威となるモンスターの討伐依頼を取り纏めているのが冒険者支援協会だ。モンスターの討伐には騎士団が出る事もあるが、数の多い冒険者に依頼される事の方が多い。
カロルはこの冒険者支援協会に冒険者の登録をしに来ていた。登録をすると冒険者カードを発行して貰える。このカードの提示でクエスト依頼やダンジョンに入る事が出来るようになる。
カロルは建物に入ると受け付けのカウンターに向かった。受け付けには協会の制服を着た女性が座っていた。
「すいません。冒険者に登録をしたいのですが。」
「はい。ではこちらに記入をお願いします。」
そう言うと、一枚の用紙を渡された。名前、性別、生年月日(分からない場合は無記入で可。大体の年齢を記入)、住所(無い場合は連絡出来る所)、希望職業、取得技能を書く欄がある。カロルはさらさらと記入し、受け付けに提出する。
「はい。ではこちらの札を持って二番の部屋にお進み下さい。」
カロルは指示に従い進む。二番の部屋は建物の一番端にあった。カロルがドアをノックすると中からドアが開かれ、中に招き入れられる。中、と言うより外だった。
「こちらで実技試験をして貰います。あなたは戦士希望でしたね。ではあちらの的を攻撃して下さい。三十発位で良いでしょう。」
人型の的は藁を束ねて作られている。カロルはロングソードを抜き的を素早く切りつける。この試験官が何を見ているのか…カロルはとりあえず色々なパターンを織り交ぜて攻撃をした。
「はい。じゃあそこまで。」
試験官の声にカロルは剣を止めて鞘に仕舞い、試験官に向き直る。
「良いですね。型が綺麗でスピードもあります。攻撃力は無いですが、まぁ年齢的な事もありますしね。これからに期待、といった所ですか。」
試験官は紙に書き付けている。
「はい。実技試験は合格です。次は講習がありますので、三番の部屋に行って下さい。」
「はい。ありがとうございました。」
カロルは礼をして退出した。冒険者の門扉は広く開けられているからか、試験は簡単らしい。三番の部屋に入ると、テーブルが並べられており、講習は始まっていた。
「あ~。はい、君、そこに座って聞いてね。」
「はい。失礼します。」
既に他にも数人受講者がおり、注目されながら席に着いた。
講習内容は、冒険者支援協会が冒険者に対してどんな支援をしているのか、クエストの受け方、ダンジョンに入る際の注意事項、禁止事項等だった。禁止事項は破ると冒険者カードを没収され、二度と冒険者に戻れない事を強く言われた。
講習が終わると冒険者カードを作る為に次の部屋に向かう。
四番の部屋に一人ずつ入って行く。カロルは一番最後だ。目の前に並んでいる男性がチラチラと見てくるが、カロルは気付かない振りをした。絡まれたら面倒だ。
カロルの順番が来て、部屋に入る。部屋はかなり狭かった。テーブルを挟んで職員が座っており、カロルに座るよう促す。
「じゃあ、これが君の冒険者カードになる。今は何も書かれていないカードだけど、君の血と魔力で君のカードになるからね。」
はい。と職員はカロルにピンを差し出す。カロルは指にピンを刺し、血をぷくっと出すとカードに付けた。
「そのまま魔力を流して。」
言われるまま魔力を流す。するとカードに字が浮き出て来た。
冒険者カードは他国の錬金術師が開発したもので、このカードの持つ性能は素晴らしい。まず、このカードは割れないし欠けない。ぐにゃぐにゃ曲がるのだが、決して割れる事はない。そして血と魔力で個人情報を登録してあるので、自分自身と繋がっており、すぐに情報が更新される。レベルアップしたら、カードの記載も変わっているのだ。
「指でカードを横に撫でてごらん。」
先程の血はもう消えている。カロルはカードの画面を指でスライドした。すると先程とは違う記載が現れる。
「こっちには他のギルドに登録してあったりしたら、その登録情報が載るんだ。だからこの冒険者カード一枚で事足りる。あと従魔とかが居たらその情報も載るよ。」
本当に素晴らしいカードだ。冒険者支援協会はこのカードの作り方も、開発した錬金術師の事も秘匿している。冒険者カード偽造防止の為だ。
「無くしたら再発行にお金がかかるから気をつけてねー。」
冒険者登録はこれで終了らしい。先程入って来た扉と違う扉から退出させられた。