三.天上人①
スラウは温かい日射しに目を開けた。
最初は木の下に横たわっているのかと思った。
木の葉が頭上で互いに重なり合うように手を広げていたからだ。
でも、そうではないらしい。
木の葉を支えるように細い枝が張り巡らされ、天井を作っていた。
木の匂いを大きく吸い込んだスラウは顔を横に向けた。
ベッド脇の大きな窓枠のレリーフは草の伸びる様を表しているようで、滑らかな曲線がガラスを囲っていた。
外には緑の茂る庭が広がっていて、黄色や紫色などの色とりどりの花が植えられていた。
「ここどこ……?」
ゆっくりと顔を部屋の中に向けた途端、スラウは飛び起きた。
誰かが戸棚に寄りかかるようにして立っていた。
腕を組んで下を向いているが、うたた寝をしているようで時折頭が揺れていた。
暗めの茶色い毛の混じった黄金色の短い髪がその顔を隠している。
「誰?」
スラウが呟いた途端、彼は勢いよく顔を上げた。
切れ長の琥珀色の瞳と目が合った。
「スラウ! やっと起きたのか!」
「え?! わっ!」
彼がベッドに駆け寄ってきたので、咄嗟に手近にあった枕を投げつけた。
「おわっ! 何だよ、スラウ! やめろって!」
「あなた誰?! 何で私の名前知っているの?!」
スラウは手当たり次第、彼に物を投げつけ続けた。
本棚に木箱が当たって中の本がどさどさと床に散らばった。
「お、俺だって! 俺! ラナンだよ! おわっ! 話、聞けって!」
クッションを投げつけたスラウはそれを聞いた途端、凍りついた。
「どうした?!」
その時、扉が勢いよく開いて新たに誰かが飛び込んできた。
「ほがっ……!」
その人の顔にピンク色のクッションが直撃した。
髪は癖のない黄金色で面長の顔に鼻がすっと通り、大きな澄んだ青い瞳をしていた。
青年は鼻を押さえながら散乱した部屋を見渡した。
そして、いがみ合う2人を交互に見た青年は額に手を当てた。
「ぶっ……くくくくっ……本当に元気になったな……」
スラウは掴んでいた毛布を慌てて引き伸ばし、頭を下げた。
「あ、あの! すみません! わざとじゃなかったんです! 本当にごめんなさい!」
彼は歯を見せて笑った。
「いや、大丈夫。起きたら見知らぬ奴が居るんだもんな。驚いて当然だ」
スラウは恐る恐る顔を上げてその顔をまじまじと見つめた。
「しっかし……驚くにも程があるだろ! あはははっ……!」
「本当にすみません……」
耳まで火照って熱くなる。
スラウは本棚に貼りついたままの不審者を指差した。
「あのう……あれは誰ですか? あと、ラナンはどこですか? 一緒にいたはずなのですが」
未だに信じていない様子のスラウに青年は真顔で返した。
「あれだよ」
スラウは首を捻って手を肩幅くらいに広げた。
「私の言っているラナンって、これくらいの小さなイタチみたいな動物のことですよ?」
「分かっているさ」
彼は明るい声で楽しそうに笑った。
「まぁ、君は知らなくてもしょうがないか。ラナンの元々の姿はこれなんだ。君と一緒にいる時は動物に姿を変えていたんだよ」
彼はそう言うとソロソロと本棚伝いに歩くラナンに顔を向けた。
「大体な、お前がちゃんと説明もしないでそんな恰好してんのがまずかったんだぞ?」
「しゃーねーだろ! 俺だって説明しようとしたけど、スラウが聞かねぇから……」
ムッとして言い返すラナンに青年はひらひらと手を振った。
「そう拗ねるなって。そうそう、俺の名前はサギリだ。因みにここは俺の家」
手を差し出すサギリにつられてスラウも手を出した。
「あ、ス、スラウです」
「そんじゃ、スラウ。下の階で茶でも飲むか。話したいことが山ほどある」
「あ、あの! サギリさん!」
「「さん」はつけなくて良いよ」
「あ、はい! あの、片づけてからいきます。ここ散らかしてしまったので……」
サギリは再び笑った。
「良いよ、急がなくて。今日からここが君の部屋だから。あ! 寝間着からは着替えておいてくれ。普通の服はそのタンスの中に入っている」
サギリはそう言うとラナンの肩を掴んで悠々と部屋から出ていった。
茫然と突っ立っていたスラウは初めて自分の着ているものをまじまじと見下ろし、顔を赤らめると急いでタンスを開けた。