プロローグ
ザ……ザザザ……
穏やかな波が1隻の帆船を運んでいた。
船は月明かりに照らされた黒い海を滑るように進んでいく。
船底を優しく揺する波に合わせて机の上の蝋燭の影が大きく揺れた。
***
火の爆ぜる音が大きくなり、燃え盛る建物が音を立てて崩れた。
木片の山を舐めつくすように燃え上がった炎の中で大きな黒い影が渦を作り始めた。
真っ赤な炎の中で大きくなっていくそれは、まるで眼玉のようにギョロリと動くとこちらを見つめた。
***
机脇の小さなベッドの上で1人の少女が飛び上がらんばかりの勢いで跳ね起きた。
「ハッ……ハァハァッ……」
肩で荒い息をしていた彼女は胸元をぎゅっと掴んだ。
さっきまで船室を仄暗く照らしていた蝋燭の火は消え、小さな煙が燻っている。
「ふぅ」
大きく息を吐いた少女は黄金色の髪を掻き上げた。
その拍子に焦げ茶色のローブがはだけ、白い首に掛かるペンダントが露わになった。
ベッドの上で小さく身じろいだ彼女はそれをつまむと、窓から射し込む青白い月明りにかざした。
銀色のレリーフに縁どられた石の中で光が踊っていた。
ふと彼女の傍らで寝そべっていた小さな動物が小さく動いた。
毛並みは美しい黄金色に輝き、ところどころに焦げ茶色の毛が混ざっている。
長い尾が体を巻いていて、すっと鼻が通った長い顔は狐のようだった。
「ラナン、起きてる? やっとだね……」
少女はラナンと呼んだ動物の背を細い指で撫でるとベッドから立ち上がった。
今にも沈みそうな月が最期に投げた青白い光が彼女の緩やかにカールした髪を照らした。
子どもらしいあどけなさの残る顔は小さく、顎は尖っている。
彼女が外を覗き込んでいる丸い窓枠にラナンが飛び乗った。
琥珀色の瞳は朝日を受けて輝き始めた地平線を見つめていた。
「やっと会えるんだ……」
少女はそっと胸のペンダントに手をやると目を閉じた。