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王道ファンタジーの序章

作者: 金城臥竜

「うわああああああああ‼︎」

「きゃああああああああ‼︎」


 燃える家、噴き上がる炎。

 響く咆哮、途絶えぬ悲鳴。


 その村は魔王軍の尖兵であるヘルハウンドの群れの襲撃をうけ、今まさに滅びようとしている。


 ただ一人生き残った少年は、焼け落ちた屋根の下の僅かな空間に身を潜め、ヘルハウンドの群れが去るのを待っていた。


 幸い、ヘルハウンドが無闇に炎を吹いたので、人肉や草木の燃える臭いが辺りに充満し、少年はヘルハウンドの鋭い嗅覚の網から逃れることが出来た。


 日が沈み、光源が未だに燃えている家のみとなった頃、耳に裂くような痛みが走ったかと思うや否や、ヘルハウンドの群れは一頭も残らずに退却して行った。




 ーー


 村が壊滅した、その翌朝。


「ちっ、派手にやられてるな。この様子じゃ生き残りなんて…………ん?」


 身の丈程もある大剣を背負った男が焼き尽くされた村を見て呟く。


 男の視線の先には、真っ黒になって細い煙を上げる屋根と、その下に身を隠す少年の姿があった。


「おい、誰かいるのか?」


 そう言いつつ男は焼け落ちた屋根へと駆け寄り、屋根の下から少年引きずり出す。

 少年は意識を失っていて、外傷も全身に軽い火傷を負っているだけであった。


「…………生き残りは、他には居ねえ、か。取り敢えずはコイツの治療だな」


 男はそう言うと、腰に取り付けたポーチから赤い液体の入った試験官のようなものを取り出し、少年に掛けた。すると、少年の身体(からだ)から鉄を塩酸に浸した様な音が聞こえ、少年の全身の火傷が嘘のように消え去った。


「軽い火傷でよかった。流石に俺も上級ポーションを持ち歩いてる訳じゃねぇからな。気絶してる上に重傷と来りゃあ、下級とか中級程度の下手なポーションじゃあ死んじまうからな」


 少年が身じろぎし、ゆっくりと目を開く。



「………………ん、う〜ん」




「お、起きたか、坊主」


「…………誰?母さんは?父さんは?レイクは?チェニーは?」


 矢継ぎ早に問う少年に男が答える。


「俺の名前はオーブ・ザグラス。魔王軍侵攻の報せを受けてやって来たSランク冒険者だ。《剣聖》なんて大層な二つ名も頂戴している。

 で、見たところ、坊主以外の生き残りは居ないみてえだ。

 間に合わなかったんだ……すまない」



「……そう、…………です、か。

 ………………うっ、うぅ、うあああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」


 少年は認めたくない現実に絶望した。

 廃墟と化した村に少年の慟哭が響き渡る。








 ーー


 たっぷり半刻程が経った頃、少年はようやく泣き止んだ。


「……落ち着いたか、坊主?」


「…………はい、ありがとう、ございます」


「そうだ、坊主。名前は?」


「……ノア。ノア・エスポワールです、オーブさん」


「ノアか。いい名前だ。

 嫌な事を思い出させるようで悪いんだが、この村を襲った魔物の特徴を教えてくれ。被害を見る限りある程度は推測できるが、やっぱり目撃者の証言も聞いておきたい」


「はい、わかりました。この村を襲ったのは、僕の腰くらいの高さの大きな犬の群れでした。真っ黒な。夜空から月と星を消し去ったかのような黒でした。

 後、口から炎を吐いていました」


「…………ちっ、よりにもよって【猛将】の眷属か。

 それも中位程度のヘルハウンド。フェンリルやケルベロスじゃなかっただけまだマシと言ったところだな」


 オーブはノアから魔物の特徴を聞き、自分の知識と合致する魔物を連想して思わず舌打ちする。


「あの、オーブさん?【猛将】って何ですか?」


「ん、聞こえてたか、ノア。知らねえのか?【猛将】ってのは魔王軍の最高幹部、【四天王】の一人だ」


「【四天王】、ですか?いえ、知りません」


「へぇ、結構有名なんだぜ?少なくとも俺がいた街、つってもここから俺が全力で走って一晩くらいのところだが」


 そう言ってオーブはノアに【四天王】について簡略に説明する。




【四天王】は【猛将】の他に【邪将】、【智将】、【謀将】の三人がいること。


【猛将】はその名の通り正面切っての戦闘に関しては【四天王】随一の実力の持ち主であること。


【邪将】は魔獣に(ドレイク)の因子を植え付けた合成獣(キメラ)である合成竜(デミドレイク)の製作に長け、合成竜(デミドレイク)の戦闘力は普通の魔獣とは段違いであること。


【智将】もその名の示す通り、智略に長け、更には魔法に関する知識も膨大であり、近接戦闘では他の【四天王】には劣るが、魔法に関しては他の【四天王】を寄せ付けない実力であること。


【謀将】は謀りの将ではなく諜報の将で、隠密、暗殺など、存在こそ知られているものの、その隠密を見破ることはほぼ困難であること。




「なるほど、つまりは化け物ばっかりだと」


「まあ、ノアみたいな子供にゃ、その認識で構わねえ……っと、ノア、お前これからどうすんだ?」


「え?」


「村がこんなになっちまったがよ、行くアテでもあんのか?」


「……いえ、家族はみんなこの村に住んでいたので行くアテなんて……」


「そうか、悪いこと聞いちまったな」


「いえ、お気になさらず。魔獣に襲われた村なんて、みんなこんなものでしょう?」


「まあ、そうだが……そうだ、ノア、お前俺と一緒に来ないか?」


「ど、どういうことです?」


「身寄りがねえなら普通は孤児院に行くとこだが、この村を、ノアの家族たちを助けられなかったのは俺の責任だからな。責任持って俺が育てる。

 ま、おっさんのくだらない自己満足だ。()ならいい、忘れてくれ」


「…………」


「そりゃ、助けてもくれなかった怪しいおっさんなんて」


「お願いします」


「何?」


「一緒に、暮らさせて下さい」


「自分で提案しといてアレだが、正気か?ノア」


「はい、だって、次も運良く生き残れるとは限りません。オーブさんに連いて行って、自分の身を守れる程度には強くなりたいです。それに、まだ僕は《紋章》を授かっていませんから」


「ノア、お前今何歳(いくつ)だ?」


「まだ十三歳です」


「よし!どんな《紋章》を授かったとしても、体力がなかったら使いこなせねぇからな。十五になるまでの二年、俺がびっちり鍛えてやる!」


「ありがとうございます!」



 少年の瞳には絶望ではなく、未来を見据えた熱い炎が燃えていた。


 ーー



 二年後……


「せええええええあああああっ‼︎」


「どうしたぁ!こんなモンかっ!」


「まだまだあああああ‼︎」


「振りが大きいぞ!」


「へぶらっ!?」


 両手用の巨大な木剣を持つ男に片手用の木剣を持った少年が飛び掛かり、あっさりと反撃を食らって吹っ飛ぶ。


「はぁ、はぁ、いくら、紋章があるからって、はぁ、差が、ありすぎでしょ……」


「俺の《紋章》は《剣士》。武器の扱いが上達しやすくなり、身体能力にも補正がかかる《紋章》だ。《剣聖》とまで言われたこの俺が《紋章》すらない子供に負けるわけにゃあいかんのよ。

 だが、それも今日までだ」


「はぁ、やっと、僕が、《紋章》を授かる、日になりましたね、ふぅ」


「おう。《剣士》、《魔導士》、《鍛治士》とか、色々あるが、やっぱ俺としては《剣士》を授かってほしいねぇ」


「あはは、《紋章》を決めるのは神様ですからね。

 文字通り、神のみぞ知る、ってヤツですよ」


「そうだな……ってもうこんな時間だ!

 ノア、教会に行くぞ!早くしねぇと一年先送りだ!」


 《紋章》を授かるのは年に一度、当然、授かれなかった場合は一年待たねばならなくなる。


「え?ああっ!?急がなきゃ!」


「走るぞ、ノア!」


「はい!」





 ーー




「司祭様、今日は今年中に十五歳になる者に神が《紋章》をお授け下さる日ですね」


「うむ。魔王軍の侵略行為が相次ぐ今、特に《剣士》や《魔導士》などの戦える《紋章》を持つ者が求められておる」


 《紋章》は授かった者の能力を《紋章》の種類によって上昇させる、神からの加護である。

 《紋章》はすべて左手の甲に現れる。


 例えば《剣士》の《紋章》を授かった者は最も適性のある武器、槍や剣を象った《紋章》が現れ、その武器の扱いが上達しやすくなり、身体能力にも補正がかかる。


 例えば《魔導士》の《紋章》を授かった者は閉じた本の《紋章》が現れ、その表紙に適性属性が表される。

 火属性なら燃える炎、水属性なら滴る雫、土属性なら積まれた石、風属性なら渦巻く風が表紙に表される。


「ふむ、今年は大体二百人といったところか。例年より少し少ないな」


「やはり、魔獣に殺されたせいで犠牲になった子供たちがいたのでしょう。嘆かわしいことです」


「全く、その通り。しかし過去を嘆いても仕方あるまい。今の子供たちに期待しようではないか」


「はい、司祭様」



 ーー



「ふぅ、なんとか間に合いましたね」


「……」


「オーブさん?」


「いや、悪い。いつもより少ない気がしてな」


「魔王軍の侵略が激化して、亡くなった子供もいますからね」


「あん時ぁ、すまなかった」


「いいんですよ、もう。オーブさんが走って一晩の所にある村を助けるなんて、未来予知でもできないと無理でしょう?」


 二年前のことは、オーブにとっても苦い記憶だった。


「……ありがとな」


「いえ、それよりもうすぐ始まりますよ」


「そうだな、ノアはどんな《紋章》を授かるんだろうな」


「《剣士》だといいですね、剣の」


「全くだ。せっかく鍛えたのに槍とか弓だったら下手すりゃ腕の上げ方からやり直しだ」


「うひゃー、それは勘弁して欲しいなぁ」


 本心から、そう思った。オーブの稽古は厳しいのだ。


 ーー


 協会の祭壇では司祭が子供たちに神が《紋章》を授ける儀式を執り行っていた。


「ふむ、君の《紋章》は《魔導士》、適性属性は水と土、二属性は希少だ。神に感謝して、しっかり活用するんだぞ」


「はい!」


「では次の君は……《剣士》だ。適性のある武器は槍だ。他の人たちを守るのに役立ててくれたまえ」


「よし!《剣士》だ!《鍛治士》のおじさんに初心者用の槍を打ってもらおう!」


「では……おや、これはこれは《剣聖》殿、君には子供がいなかった筈だが」


 どうやら司祭とオーブは知り合いのようだった。


「こいつぁ俺の養子みてぇなモンだ。二年前のヘルハウンド襲撃の生き残りだ」


「ほう、《剣聖》殿の養子とな。《剣士》の《紋章》の剣の適性が現れればよいな。

 ……と、君の《紋章》は…………む?

 何だ、この《紋章》は?」


「どれ、見せてみろ…………これは……剣、か?いや、周りに火、水、土、風がある……まさか!?」


 ノアの左手の甲には、《剣士》とも《魔導士》ともつかない奇怪な《紋章》が刻まれていた。


「そのまさかだろう。その子は恐らく《勇者》だ」


「教皇猊下(げいか)!?いらしていたのですか!?」


「先日《神託》が下り、《紋章》の形状を教わったのだ。更に《勇者》の名前もな、ノア・エスポワールよ」


「…………へ?僕が、《勇者》?魔王を倒す、御伽噺に出てくるような、《勇者》?」


「その通り。闇の王である魔王を倒すには、《勇者》の、つまり君の《紋章》の四大属性に囲まれた剣の力が必要なのだよ」


「結局この剣は何なんだ?」


「その剣は魔王の持つ闇属性と対になる光属性、更には光属性を秘めた聖剣エクスカリバーを示している」


「エクスカリバーだと!?実在したのか!?」


「そうだ。さらに言えば聖盾プリドゥエンも、魔剣ダーインスレイヴも実在する」


「あの……僕は一体どうすれば…………」


「ふむ、剣術は今まで通りそこの《剣聖》に指導して貰えば良いが、魔法は……」


「俺の知り合いに丁度いいのがいるぜ」


「誰かね?」


「イモタルだ」


「なんと……彼の《賢者》と知己であったか。それならば話は早い。光属性以外の四大属性はイモタル殿に教えを請えば良いだろう」


「だかよ、ノア、お前ぇはそれでいいのか?

 ただの魔王軍の被害者だったお前ぇがいきなり《勇者》なんて肩書を押し付けられて、魔王を倒すなんてよ」


「……やります。もう、僕みたいな人を増やすわけにはいかない。みんなの希望になりたい」


「お前ぇがいいなら、俺はもう何にも言うこたぁねぇな」


「決まりだな、早速《勇者》殿と《剣聖》殿を《賢者》殿のところまでお連れしよう」


「……ノア」


「ん?なんだね、《勇者》殿?」


「《勇者》じゃありません。僕はノアです」


「それはすまなかったな、ノア殿」


「俺もオーブだ」


「わかった、オーブ殿。

 ところで、イモタル殿はどこにいらっしゃるのかな?」


「あいつはテンジク山にこもってるよ魔法を極めるのじゃーってな」


 イモタルは火、水、土、風の四大属性全てを使える《魔導士》の《紋章》、つまり四つの属性が描かれた本の表紙のような《紋章》が左手の甲に刻まれているということだ。


 ーー


 所変わってここは人類の生活圏の遥か北に位置する魔王城。



「では、定時となりましたので【四天王】会議を始めます。まずは【猛将】からどうぞ」


「報告する。俺の放った猟犬(ヘルハウンド)がいくつかの村を壊滅させることに成功。目論見通り子供の多い村ばかりであったので、戦闘系の《紋章》持ちを例年の一割程減らせたと考える」


 ノアの村の仇はオーブの予想通り、【猛将】だった。


「それは素晴らしい。陛下もお喜びになるでしょう。次は【邪将】です。報告をどうぞ」


「諸君、遂に最終兵器と言っても過言ではない出来栄えの合成竜(デミドレイク)が完成した」


「ほう、それはどの様な?」


「我の(ドレイク)の因子と【猛将】の眷属の合成だがな。ガルムに頼み込んで地獄番犬(ケルベロス)を一頭貰い、三つある頭部全てに(ドレイク)の因子を植え付けることで、驚異的な回復力を得、元から備えていた炎を吐く特性が強化され、三つ合わせれば下位の(ドラゴン)にすら匹敵する威力となった」


「名付けは済ませたのですかな?」


【邪将】は自らの(ドレイク)の因子を植え付けた合成竜(デミドレイク)に名前を付けることでさらに強化することができるのだ。

 名前は魔力に刻まれ、【邪将】の意思一つで頭から爪先まで自在に操ることが出来る。


「無論だ。我はこの合成竜(デミドレイク)をアジ・ダハーカと名付けた。更に、能力相応の弱点も判明した」


「それは?」


「頭部が三つ故、逆鱗もまた三つあるのだ。そこを狙われては堪ったものではない。如何に驚異的な回復力を備えているとは言え、逆鱗の修復にはそれなりに時間がかかる。それを突かれて全ての逆鱗を破壊されてしまえば、活動を停止する可能性は高い」


「ザッハーク、貴方のことです。既に対策済みでしょう」


「俺にも聞かせろ、ザッハーク。地獄番犬(ケルベロス)を一頭丸々やったのだ。このガルムにも聞く権利があるだろう」


「急かすな、ベリアル、ガルム。当然、対策は済ませてある。()()()()(ドレイク)の因子を植え付けた。崩壊する危険もあったが、我は賭けに勝った。逆鱗の破壊時に放出される特有の魔力に反応して、それまでの戦闘で流れた血と砕けた逆鱗に含まれる(ドレイク)の因子が覚醒し、形を成す。それは擬似的にではあるが【謀将】の使役する不死者(アンデッド)の役割を果たす。言うなれば死血竜(デスドレイク)と言ったところだ。

 戦闘力は保証しよう。平均的に四、五体の生成が確認されているが、個々が【猛将】が村に放った規模の猟犬(ヘルハウンド)の群れ一つ分に匹敵する戦闘力を備えている」


「全く、ザッハークの才能には驚かされますね……では次は【謀将】の報告を聞きましょう」


「遂に《賢者》の居場所を掴んだ」


「ほほう、貴方がここ二、三年執着していた人間ですね。何故そこまで執着するのですか?」


「奴は僕たちの障害になりうると判断した。近接戦闘は僕にすら劣り、魔法戦闘もベリアル、君には敵わないが……」


「が、何でしょう?」


「奴の魔法の()()()()()ベリアルに相当すると判断した。その知識を以って《勇者》の魔法戦闘を指導された場合、向こうにはベリアルの実力を一段ずつ落としたもの、もしくはベリアルと同程度の化け物が出来上がる可能性がある。何しろ、向こうには《剣聖》やらもいる。こいつはガルムには一歩及ばないまでも相討ちでガルムを殺しうる実力を持っていると判断した。

 《勇者》の教育にこの二人があたった場合、《勇者》本人の才能にもよるが、最悪陛下に匹敵する可能性がある。不安の芽は早いうちに摘むべきだと判断した。

 よって、僕自らが奴のいるテンジク山に赴き、奴を暗殺する」


「しかし、既に《勇者》が発生していた場合、ここからテンジク山に到達するまでには《勇者》がその二人の指導を受けている可能性があるのでは?」


「それはもう不可抗力だ。僕は最善を尽くすのみ」


「まあ、貴方直々に暗殺に向かうのならば安心です。

 では、これにて会議を終了し、陛下に各々の成果を報告いたします」


 ラトゥノスが今まで獲物を仕留め損ねたことはない。

 彼に狙われた獲物は、そもそも殺されたことすら理解できずに死ぬのだ。

 ベリアルの言葉はその実力を知ってこそのものだったが、


「待て」


「待たぬか」


「待って」


 自分だけ報告せずに会議を終わらせようとしたのを三人に止められる。

 策を練るのは自分なのだから、情報は自分が知っていればそれでいいと思っているのだ。


「どうしました?ガルム、ザッハーク、ラトゥノス」


「君の報告がまだだ。僕らだけ君に伝えて君が伝えないのは不公平だし、情報を共有しないのは場合によっては敗北に直結する。策の失敗を招くことにもなる」


 しかし、情報に関しては()()()()として譲れないラトゥノスはベリアルを引き止めるため、敢えて彼の策士としてのプライドを刺激する()()()()という言葉を用いた。


「それは聞き捨てなりませんね。では私の成果をお話し致しましょう」


 そして効果は覿面(てきめん)だった。


「私は昨日、陛下からお預かりさていた魔剣ダーインスレイヴの劣化レプリカの製作に成功致しました」


「劣化レプリカ?そんな物に何の意味がある」


 ガルムが疑問の声を上げ、ベリアルがそれに答える。


「【四天王(我々)】でも使えるのですよ、そのレプリカは。私用のレプリカは魔法の威力の増大の機能を模倣、ガルム用のレプリカは身体能力の向上と自動治癒の機能を模倣、ラトゥノス用のレプリカは毒や麻痺、呪詛などの状態異常を付加する機能を模倣しました。形状も各々が使っている武装に合わせてあります。後日、微調整を済ませた物をお渡しいたします」


 その言葉を聞いてラトゥノスが口角を吊り上げる。


「ほら、この情報があれば君の多少無茶な策でも遂行できることを全員が確信できる。伝えていなければ士気の低下を招くような策であってもね」


「ふむ、その点に関しては浅慮だったと認めざるを得ませんね

 ……もう解散でよろしいでしょうか?」


 誰からも異論は無かった。




 ーー


 テンジク山に向かう馬車の中。オーブが疑問を口にする。


「聞きたいことがあるんだ、えーと」


「教皇で構わぬよ。名は教皇に就任した際に捨てた」


「教皇さんよ、エクスカリバーとかプリドゥエンってなぁ何処にあるんだ?」


「プリドゥエンは聖地ゴルゴダにある聖神教の本拠地に祀られている。ダーインスレイヴは遥か北の大地に君臨している魔王が所持している。エクスカリバーは、数年前に忽然と消えたのだが、私はその在りかにおおよその見当をつけている」


「どこですか?教皇さん」


「君だよ」


「え?」


 ノアが間の抜けた声を上げる。


「ノア殿の《紋章》のその剣だよ。その剣は光属性を表すと同時に聖剣エクスカリバーその物なのではと、私は考えているのだよ」


 その言葉で、ノアの視線が自分の左手に刻まれた《紋章》に釘付けとなる。


「で、今俺たちはテンジク山に向かってるわけだが、ゴルゴダにプリドゥエンを取りに行かなくてもいいのか?」


「その点については心配ない。十日もすればテンジク山に届くよう手配してある」


「そうか、なら安心だ。……途中で【謀将】とかに奪われたりしねぇだろうな?」


「一応、我が協会の誇る《聖騎士》十名を護衛につけてあるが、【四天王】相手にどれほど持つか……」


 教会を護る騎士である《聖騎士》であっても、流石に魔王軍の最高幹部相手ではかなり分が悪いらしい。


「二人とも、もうすぐ着きますよ」


 ノアが自分の左手から視線を外してオーブと教皇に声をかける。



 ーー


「では、私が同行するのもここまでだ」


 テンジク山の麓にて、 教皇がノアとオーブに言う。


「どうしてですか?」


「聖盾をわざわざ山奥まで届けさせることも無いだろう。私が代理として受け取り、厳重に管理しておく。

 案ずるな、私はそこらの《聖騎士》よりは強いぞ?」


「わかりました。ではここでお別れですね」


「うむ。君が全ての人の希望の星となることを祈っているよ」


 そう言って教皇は麓の村の教会へと歩き去って行った。


 テンジク山は、毎年多数の遭難者が出ているが、それでも山に入りたがる酔狂な人はどこの世界にもいるもので、村はそんな変人たちが落としていく金でそこそこに潤っていた。


「オーブさん、イモタルさんは一体この山のどこにいるんでしょうか?」


「山のてっぺんに小屋を建ててそこに暮らしてるって前に会った時に言っていたが、今はどうだろうな……」


「一先ず、頂上を目指しましょうか」


「おう、そうだな……っとノア、丸腰でこの山は危険過ぎる。俺が何年か前までの頃に使っていた剣を貸してやる。

 ミスリル製だから岩に思いっきり叩きつけても折れねえぜ?寧ろ岩の方がスパッと()()()()()だろうな」


「ミスリル!?そんな、希少な金属なんじゃ!?」


「この山には野良の魔獣が出るからな。鉄より硬ぇヤツも偶にいる。備えるに越したこたぁねえよ」


 ミスリルは鉄よりも硬く、しなやかで、木剣と同じくらい軽い。魔獣が多く生息する鉱山で採れることが多いが、当然危険なので、非常に高価なのだ。


「じゃ、行くぞ、ノア」


「はい!」




 ーー


「やっと、着いたぁ……疲れたぁ」


「お疲れ、ノア」


「オーブさん、どんな体力してるんですか」


「年の功ってやつよ。鍛え方が足りんな、若者よ」


 たっぷり三刻ほどかけて二人はようやくテンジク山の頂上に辿り着いた。お陰で空はもう朱に染まっている。

 そして、目の前には仄暗い灯りの灯った小屋があった。


「おーい、イモタル!いるんだろ?俺だ、オーブだ!」


 オーブが小屋に向かって呼びかける。すると、なかから杖をついた白髪の老人が出てきた。


「おうおう、オーブか。久しぶりじゃの。五年ぶりかの?」


「おう、そんなもんだ」


「ところで、そこの子供は誰じゃ?(ぬし)に子がいた記憶はないのじゃが……」


「コイツは俺の養子みてぇなモンだ。ここに来たのはちとお前に頼みが合ってだな……」


「何じゃ?魔法絡みの相談なら大歓迎じゃぞ?」


 オーブがニヤリと笑う。


「そう、そうなんだよ。こいつは今朝の《紋章》を授かる儀式で、《勇者》の《紋章》を授かってな。ノア、この爺さんに見せてやれ」


 そう言われてノアは左手の甲をイモタルに見せる。


「これは!まさか!?」


「そのまさかだ。そいつはお前と同じで、四大属性全てに適性がある。なんてったって《勇者》だからな。

 そういうわけで、コイツに魔法を教えてやって欲しいんだ」


 イモタルの口角がオーブのそれよりも更に釣り上がる。


「《勇者》の魔法の指導に当たれるとは、長生きはするもんじゃな」


「っ、それじゃあ!」


 ノアが興奮した声で叫ぶ。


「ああ、教えてやろう。魔法の偉大さ、素晴らしさ、使い方に至るまで、ありとあらゆる全てをな」


「ありがとうございます!」


 ーー


 それからノアは、イモタルからびっちりと魔法についての教えを受けた。


「よいか、魔法は己の魔力を捧げて奇跡を起こす技じゃ。限界を超えて使用すると、精神的に疲労し、廃人になる可能性もある。

 魔法の効果は己の意思と捧げた魔力によって左右される。魔力を捧げるのには手順がある。

 その最も一般的なものが詠唱じゃ。じゃが、これは戦いに用いた際、相手に自分の魔法を悟られ、さらに強大な魔法を使う際には大きな隙となる。そこで、ワシが編み出したのが無詠唱じゃ。

 これは先程述べた己の意思で魔法をコントロールする技術で、魔力を捧げるイメージと、魔法の起こる過程、結果のイメージが重要じゃ。言い換えればそれさえ出来れば誰にでも使える技術じゃ。

 説明は終わりじゃ。あとは実践あるのみ!」


 三日間でノアは恐るべき成長を遂げた。

 全ての属性の魔法を無詠唱で行使できるようになったのだ。

 イモタル曰く、「後は属性の合成が出来れば、基礎は出来上がりじゃ」とのこと。

 それさえ出来ればあとは実践あるのみのようだ。



 そんな中、五日目の夜、オーブが昼頃から物資の調達をしに山を降りた時に、異変は起こった。


 ノアは、小屋から少し離れた森の中で、毎晩の寝る前の魔力コントロールの練習をしていた。


 その時。

 小屋の方面から爆音が聞こえ、反射的に振り向くと、小屋が燃えていた。

 ノアは慌てて小屋の方へ走った。そこには見慣れぬ黒ローブを着た小柄な人物が立っていた。その足元には寝巻きを着た老人が倒れていた。


「イモタルさん!?」


「誰?」


 黒ローブの人物はノアの存在に驚くことなく誰何を問う。更に近付くと、イモタルの胸には黒い短剣が突き刺さり、息をしていないように見えた、


「お前こそ何者だ!」


 ノアは激昂して謎の黒ローブの人物に誰何を返す。

 黒ローブの人物はゆっくりとノアの方へ振り返る。


「僕の名はラトゥノス。【謀将】ラトゥノス。君は《勇者》だね?」


「な、何故それを……!」


「図星を指されても、相手にそれを悟られてはいけないよ。もしかすると僕は、この老いぼれではなく、君を殺しに来たのかもしれない」


 ノアは絶句する。目の前の人物は自分とあまり歳の変わらないように見えるが、相手は自分を【謀将】と名乗った。嘘だと断じたかったが、相手の発するオーラがそれを真実だと認める。


「当初の目的、《賢者》の暗殺は果たした。今後の憂いを断つためにも君もここで殺しておきたいが、《剣聖》が戻ってくると厄介だ。僕はここで退散するよ」


 そう言ってラトゥノスはおもむろに右手を横へと突き出す。


死霊召喚(ネクロマンス)不死王(ノーライフキング)


 そう呟くと同時に、ノアとラトゥノスの間に魔法陣が現れ、その陣が光を放つ。

 光が収まると、そこには巨大な鎌を持ち、真っ黒なローブを着てフードを被った骸骨がいた。


「《勇者》を足止めしろ。可能なら、殺せ」


 ラトゥノスがそういうと同時に、ラトゥノスの姿は消え、不死王(ノーライフキング)が大鎌を振りかぶって接近してきた。


 ノアは右へ側転することでそれをかわし、体勢を整えながらイモタルに教わった通りにイメージし、真紅の炎の槍を放つ。しかし大鎌がその槍をいとも簡単に斬り裂く。


 ノアは後退しながら魔法を放つが、一向に効果はなく、ジリジリと距離を詰められる。

 接近した不死王(ノーライフキング)の鎌をかわしきれず、肩口を斬られてしまい、ノアは激痛に呻く。


 その場に倒れ伏したノアに不死王(ノーライフキング)がゆっくりと近付き、その手に持った大鎌を上段に振りかぶる。

 ノアは死を覚悟し、目を瞑った。






 その時。








 ノアの左手の《勇者》の《紋章》が突如輝き、不死者(アンデッド)である不死王(ノーライフキング)は光を嫌って数歩後退る。


 輝きを放っていたのは四大属性に囲まれた剣の形をした《紋章》だった。

 不意にその光が止んだかと思うと、肩の痛みが嘘のように消え、左手にズシリとした重みを感じる。

 見ると、黄金の剣がその手に握られていた。


 ノアはゆっくりと立ち上がる。

 不死王(ノーライフキング)は黄金の剣を恐れるかのようにまたもや後退る。


「これが、エクスカリバー。聖剣、エクスカリバー。何となく、使い方が分かる気がする」


 ノアはそう呟き、左手に持った剣の剣先を相手に突きつけ、魔力を練り、それを聖剣へと注ぎ込み、呟く。


「……オーバー、レイ」


 聖剣の剣先から金色の光の奔流が放たれ、不死王(ノーライフキング)を包み込む。

 ノアが剣先を下げると光の奔流も収まり、不死王(ノーライフキング)のいた所には禍々しいオーラを放つ大鎌だけが残っていた。


「……勝った、の…………?」


 ノアは緊張から解放されると同時に意識を失い、倒れた。


 ーー


「なるほど、聖剣の光は僕たちにとっては天敵だ。

 上位の不死者(アンデッド)すら浄化してしまうとは……これは早くベリアルと陛下に伝えないと……

 いや、《勇者》は危険だ。ここで殺した方が」


「誰を殺すって?」


「!?」


「俺の息子に手を出すってんなら、容赦しねぇぞ?」


「《剣聖》相手では分が悪い……撤退しよう」


 そう言い残すとラトゥノスの姿は夜の闇に溶けて消えた。


「な!?どこへ消えやがった……と、そうだ!ノア!無事か!?」


 ーー


 家族を失い、師を失い、強大な敵を打倒した《勇者》が世界に希望を齎す日は、きっとそう遠い未来の話ではない。


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