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ぽっちゃり女子は食べて異世界を救う

作者: 藤谷 要

 あ~あ、めんどくさ。


 寝返りを打つと、ベッドがギシリと音を立てて軋んだ。



 学校が休みの今日。何もせずに家でごろごろしていた。昨日は憂鬱なことがあって、やる気が全然でなかった。



 友達みんなでテニス教室に行くっていうから、私だけ断りづらくて一緒についていったんだよね。コーチが親切で優しいからお勧めって瑛子(えいこ)が言うからさ。



 でも、その評判のコーチは美人の瑛子や他の友達のことは構うけど、私のことはまるで見ないふりっていうか。最初にラケットの持ち方を教わった時、私のお尻で彼を吹っ飛ばしちゃったのが原因かもしれないけど。でも、ちゃんと謝ったんだよ?

 根に持つなんてひどくない!? コーチ、体も器も軽くて小さすぎだよ。



 それでも何とか見よう見真似で練習してもボールは全然当たらないし、当たってもネットまで飛ばないし。しかもバランス崩して転倒しちゃったら、みんなに笑われちゃうし。


 あーやだやだ。楽しみにしているネットの連載を読まなくっちゃ。今日が更新日だもんね。


 スマホを片手に、夢中でサイトチェックに勤しんだ。



 うふふ、あー楽しかった!

 よっこらせって感じで、体を起こすと、体にしびれのような痛みが走る。


 あー、肩がすごい凝っている。やっぱり同じ姿勢って辛いよね。こういう時は体を動かさないと。コンビニに行こうかな。


 ふん。別にテニスしなくても歩いてダイエット頑張ってるもん。片道十分も掛かるんだよ!

「いらっしゃいませ~」



 お店の飾りはハロウィンが終わった途端にクリスマスだ。今年は何を作ろうかな。去年のローストチキンは我ながら上出来だった。



 新商品のジュースとお菓子を買って帰る途中、一人スウェット姿で走っている瑛子と出会った。



「偶然だね。ランニングしているんだ?」



 彼女の額に流れる汗が爽やか。ポニテの髪が後ろで揺れていた。こっちは歩いているだけで汗だくだけどね。



「うん、瑠美(るみ)は買い物?」



 と会話をしていたら、突然目の前が真っ暗になった。


 そう、気付いたら、いきなり知らない場所にいたんだよ!?

 重厚な石造りの広い一室。周囲は燭台が何個も置かれて、仄かな光を放っていた。日常生活とは違う、儀式用と思われる簡素な室内。



 そして、目の前には日本とは全く違う容貌と衣服を着た人々がいる。色素が薄くて彫りの深い顔つき。ローブのような茶色の長い衣が多い。



 もしかして――。これって、小説なんかでよくある、異世界召喚ってやつだよね?

 まさか自分がこんな体験するなんて! あ、でも。


 チラリと女優みたいに美形の瑛子を見る。


 絶対彼女がヒロインだよね。



「勇者様!」



 一番偉そうなおじさんがいきなり声を掛けてきた。



 あれ? 寄ってきたのは私のほう?

 一方で瑛子は、「お付きの方は、あちらへ」と別室に連れて行かれる。戸惑う私たちをよそに強引に引き離されて、私だけ渋いおじさんたちに囲まれることになった。






 魔王の侵略があり、日々戦っている。しかし、優秀な人材が長期の戦いの中、どんどん消耗して少なくなり、国は危機に瀕している。



 要約すると、そうらしい。



 目の前の王座に座っている国王が深刻な表情で私を見つめる。


 謁見の間という、城で一番煌びやかで広い部屋に現在いた。



「素晴らしい能力を秘めた勇者様に是非とも我が国を助けてもらいたいのです」


「ええ!? そんなの無理だよ。戦い方なんて知らないし」



 思わず勢いよく首をぶんぶん横に振る。一緒に二つに分けて束ねた髪の毛だけではなく、ほっぺまでぷるぷる揺れていた。



「ふん、そんなの、俺が直々に指導してやる」



 そう言って背後からやってきたのは、見るからに魔術師系のローブを着た若い男。思わず彼の顔に視線を奪われる。だって、白い酒饅頭並みにパンパンなんだもん。体も横綱並みにでかくて、かなりむっちり重量級。ビロードの赤い絨毯の上をずしずし重い足取りで歩いている。



「これは、大魔導士様!」



 もしかして、私も彼みたいな体型をしているから、私まで同じように有能だと勘違いされている?

 近づいてきた大魔導士は長い金髪をバサァと顔から払いのける。外見と仕草があってなくて色々とても残念だけど、絹糸のように美しい髪には思わず見とれちゃった。



「お前が勇者か。これから俺が戦い方について教えてやる」



 長身の巨漢が見下ろしてくる。まさに迫りくる肉壁って感じ。



「え?」



 こういうときって、お約束ではイケメンが出てくるんじゃないの? そもそも早く帰りたいんですけど。



「なんか言ったか?」



 彼から鋭い視線を向けられる。真っ青な瞳はブリザードみたいに冷たい印象だし、体躯に厚みまであるから見るからに威圧感が半端ない。



「いいえ、全然」



 気持ちだけはチワワになりきって、おとなしく首を振ってプルプルした。






 お互いに自己紹介をした後、さっそく大魔導士ジン様から説明があった。



「え? 魔力として使われるのは脂肪!?」


「そうだ。人は誰でも自分の魔力(しぼう)を使って魔法を使えるんだ」


「それじゃあ、ぽっちゃりした人がみんな頑張れば魔王だって倒せるんじゃないの?」



 それこそ、いっぱいいるよね。



「何を言っているんだ?」



 うわー。めちゃくちゃ蔑んだ青い目でこっちを見ているよ、この大魔導士様。(しか)めているせいで、余計不細工な顔になっているよ?

「お前、また何か良からぬことを考えているだろう?」


「早く帰りたいなぁって思っただけです!」


「ふん、魔王を倒せば、元の世界に帰すための魔力を我々は蓄えることができる。それまで頑張るんだな」



 うわー。無理やり連れてきたくせに感じわる!

「ふん。こっちも命が掛かっているんだ。悪いが、もう手段についてとやかく言える状況ではないのだ。その代わり、滞在中は不自由を掛けさせん。丁重に面倒はみよう」


「ふーん」



 まあ、偉そうな言い分だけど、待遇は保証するってことか。



「しょうがないわね。帰るためにやるしかないんでしょう?」



 腹を括ると、彼は安心したように腕を組む。



「まあ、そういうことだ。で、話は戻るが、何故魔法を使える人材が少ないか。それは魔力を溜める難しさがある」


「それって悩むことだったの!? 私なんて食べたら食べただけ体重が増えるんですけど」


「そうだ。それは資質と言ってもいいくらい重要なことだ。だからお前が呼ばれたんだ。勇者よ」


「ええ!?」



 こんな体質だから呼ばれたって。不幸が不幸を招いたってことだよね。うわー、泣きたくなる。



「魔王軍と戦うたびに体重が落ちてしまう。その結果、前線に立てる優秀な人材がどんどんいなくなってしまったのだ。このままでは、我が国は魔王に降伏するしか道はない。それだけは避けなければならない」


「ちょっと、待って! 魔法を使えば痩せるってこと?」


「そうだ」


「それを早く言ってよ! 私、頑張ります!」



 思わずシャキッと手を挙げて気合いを入れちゃった。



「なんだ!? まあ、良い。やる気になったなら良かった」



 それから大魔導士様の特訓を受けることになったの。


 体に覚えさせた方が早いって、シンクロ授業を実践。彼が私の体に憑依して魔法を使ってもらい、私がその感覚を覚えるってわけ。そのおかげで一週間もしないうちに初歩の魔法を発動させることができた。






「なんか少し痩せたんじゃない? 大丈夫?」



 休憩時間に瑛子に会って、心配そうに話しかけられた。



「そ、そう?」



 自分でもそう思っていたから、彼女にも言われて嬉しい。最近ウエスト周りがすっきりしてきたんだよね。やっほー! しかも、立っている時に自分の足のつま先が見えるようになったんだよ? ほんと、ありえな~い!

 魔法を使えば痩せるなんて、なんて素敵な世界なの!

 提供される食事だって野菜中心のヘルシーなものばかり。沢山食べても魔法を使って痩せる一方。お通じだって絶好調だし、お肌もつるつる。ギトギトのお肉を久しぶりに食べたいけど、帰るまでの我慢だよね。さっさと魔法を覚えて、脂肪が完全になくなる前に魔王をやっつけないと!

「最近の調子はどう? 魔法を使うのって大変?」



 話しかけてきた瑛子は相変わらずスリムで綺麗なままだ。何も変わっていない。



「そんなことはないよ。魔法の使い方をどんどん覚えているし。瑛子はどう?」



 こんなに細いと魔法って使えるのかなって心配していた。



「太らなきゃ魔法を使えないみたいなんだけど、それはありえないから私には無理よ」


「え?」



 瑛子の拒絶にびっくりして思わず固まってしまった。



「瑠美には悪いけど、私はこのままでいたいの。そもそも瑠美が勇者様みたいだし、私はおまけ?みたいな感じでしょ?」


「……」



 私だけ突き放されたみたいで一瞬驚いたけど。考えてみたら、そうだよね。たまたま私の側にいたから、一緒に来ちゃったんだよね。



「一緒には戦えないけど、応援しているね」


「うん」



 少し悲しかったけど、瑛子がいたおかげで一人ぼっちじゃなかった。応援してくれる人がいるだけで心強いよね。


 瑛子のためにも頑張らないと!




「最近、痩せたんじゃないのか?」



 城の中庭で休憩時間中、ジンにまで言われちゃった。エヘ。彼のほうは出会った時と変わらないままだけど。それもそのはず。彼ったら、いつも袋を抱えて何かモリモリ好物の果物を食べているんだよ? 草食動物じゃあるまいし、もっと肉を食べればいいのに。あ、そういえば――。ここの国の食事って、そもそも肉がほとんど出ないよね。



「お前もちゃんと食え」



 彼はそう言って無理やり口の中に赤い実を入れてきた。


 ちょ、何すんのよ! でも、美味しい。文句を言う前にモグモグ咀嚼していたら、周囲から黄色い歓声が聞こえてきた。近くにいた若い女官たちみたい。



「ジン様から手ずから食べさせてもらっているわ。なんてお似合いな二人なの」


「ほんと、お二人とも、お美しい……」



 うっとりとした視線を向けられて背中がむずがゆくなる。


 ここの世界の人たちは、どうやら美的感覚が日本と随分違うみたい。ふくよかな人が魅力的に見られているだよね。だから目の前にいるジンもモテモテなの。信じられないことに。



 こんな風に他人に見られるのは初めてだから、いまだに慣れない。でも、嫌な感じじゃない。むしろ嬉しい。もっと褒めてもいいのよ!?

 痩せようと躍起になっていたけど、この国では無駄なことなんだね。



「いいか? 体重を維持していないと、いざという時に強力な魔法が使えないぞ。だから、来た当初ぐらいに体重を戻せ。さもないと勇者失格になるぞ」


「え? 失格になるとどうなるの?」



 ジンは冷たくせせら笑う。



「城から用済みだ」






 ヤバイヤバイヤバイ。食べて元のように足先をお腹で隠さなくっちゃ!

 ここはお城の一室。目の前の食卓には染み一つない真っ白なクロスが敷かれている。ただ座って静かに待っていたら、私専属の付き人をやっている瑛子がやってきた。



「やっほー! お待たせ!」


「待ってたよ、瑛子! 今日のお昼ご飯は何かな?」



 質問しながら、分厚いお腹の奥からぎゅるぎゅると音が鳴り響いている。やだ、恥ずかしい! さあ、今からモリモリ食べるわよ!

 体重を増やさないと、この国を救うどころか城から追い出されてお先真っ暗だもの。



「今日の昼ご飯は、焼き魚と焼き立てのパン。じっくり煮込んだ野菜のスープよ」


「え、それで終わり?」


「そ、そうだけど……」



 びっくりして尋ねると、瑛子の視線があからさまにたじろいでいた。



「ちょっと待って。魔力を蓄えるためにカロリー多めでお願いねって頼んだよね?」


「ええ、もちろん。多めでお願いしますって言ったわよ? 精力がつくように栄養が豊富な魚だって用意してくれたし。量だって、私よりずいぶん多めよ?」



 瑛子は困惑した表情を浮かべている。



「でも、この食事にカロリーがあると思う? めちゃくちゃヘルシーじゃない?」



 私が求めているのは脂肪よ、脂肪! ギトギトに油が滴るお肉が食べたいのよ! これじゃあ、痩せる一方だよ?

「それはそうだけど、私に言われても困るわ」



 それもそうだ。そもそもなんで、この国の人は肉を食べないの?




「なぜかって? それは不浄とされているからだ」



 ジンに尋ねてみたら、あっさりと答えてくれた。


 彼専用の研究室にお邪魔している。専門書らしき書物がみっしりと収められた本棚で部屋は囲まれている。もっと魔術師らしく怪しい道具がごちゃごちゃあると思ったけど、意外に整然としていた。


 彼はソファに足を組んで悠然と座っていた。あの重量に耐えられるなんて、めちゃくちゃ頑丈な椅子だよね。



「足の本数が多いほど、良くないとされている。下々の者は狩猟で食すこともあるが、城にいる者で禁忌を犯す者はない」



 言いながら長い金髪をうっとうしそうに掻き上げた。



「そ、そうなんだ~」



 恐ろしや、食生活。ここに滞在するようになってから、確かに動物性たんぱく質は、ほとんど魚と乳製品だった。野菜ばかり食べている。


 食事がヘルシー過ぎて、ここの人たちは太りにくいんだ……。



「ちょっと、待ってよ!」


「いきなりなんだ?」



 突然大声を出した私に対してジンは訝しげな目を向ける。



「命が掛かっているくせに、魔力を蓄えるためにどうして手段を選ばないの!?」


「一体、どういうことだ?」


「動物の肉を食べればいいじゃない。脂肪がたっぷりとある部位の。魚よりも多いわよ? 体重が増えるわよ?」


「そうなのか? だが、そんなことを言っても、この国には農作業用の家畜しかいないぞ。殺されては生活に困るだろう」


「じゃあ、野生の動物を狩るとか」



 ジンはため息をつく。



「狩猟地区は、今は魔獣がいるから危なくて無理だと思うぞ」






 という訳で次の日。朝から城の外にある森に来てみた。大魔導士のジンと。


 魔法が使えるようになり、実際に魔物と闘って経験を積むためだ。ついでに肉も狩れればいうことなしだよね。



 私たち以外に人の気配がなく、遠くから野生の鳥の鳴き声が聞こえるばかり。


 魔物にいきなり襲われたら反応できるのか不安だけど、ジンが大丈夫だって言ったから、きっと大丈夫だよね?

 不安そうに彼を見上げると、綺麗な二重の目と合った。今日はフード付きのグレーのコートを羽織っている。互いに見つけやすいようにお揃いだ。



「ボケっとするな。さっさと行くぞ。あっちから魔力を感じる」



 言われた内容に驚いて、息を呑む。とうとう実戦だ。緊張がどんどん胸の中で高まっていく。


 気配を殺して進み、ジンの合図で大木の陰に隠れる。



 大きな四本足の生き物がいた。こちらに気付いていないのか、のんびりと雑草を咀嚼しながら食べている。頭に鋭い二本の角が生えていて、白く短い毛皮の中に黒い斑柄がある。まさに牛にそっくりな。背中に白い鳥のような羽があり、尻尾の部分に蛇がついていて、キメラみたいだけど。



「あれが魔獣?」



 ひそひそと尋ねると、ジンは小さく頷いた。



「そう、凶暴で有名なウッシーだ」



 名前までまんまなの?

「授業で教えた通りにやるぞ」



 魔獣は名前の通り、魔法を使ってくる獣だ。高い知能を持ち、魔王軍に属していて、人間を見つけると襲ってくる。



 さっさと急所めがけて攻撃して致命傷を負わせないと、逆にこっちがやられてしまう。


 相手が気付いていないうちに先制攻撃をして倒そうとした。でも、わずかに外れて近くの樹に当たってしまう。私たちは標的に気付かれてしまった。



「モーモモ!」



 ウッシーが危なそうな角をこちらに向けて威嚇している。



 鳴き声まで牛そのまんまだよね……?

 アレって食べられるよね? 牛だし。


 食べようよ! 美味しいよね、きっと!

 そう思うと、やる気で満ちてきて怖さが無くなってきた。



「慌てるな。落ち着いて狙うんだ」



 攻撃するイメージは鋭い弓矢。何よりも早く飛ぶ。そう、ウッシーの額にめがけて。


 そう集中している間にも、ウッシーは前脚で何度も地面を掻きむしるように削っている。



「ンモー!」



 ウッシーの周囲に小さな竜巻みたいな空気の渦が発生する。それが私たちめがけて唸り声をあげながら飛んでくる。


 どうしよう! あれに当たったらヤバイよね!?

「大丈夫だ」



 私の背後からジンが包み込むように左手で抱きしめてきて、もう片方の手を前にかざす。背中に感じるふわふわの肉クッション。



「俺が守るから、攻撃に集中しろ」


「うん」



 頼もしい言葉のお陰ですぐに落ち着くことができた。


 敵の竜巻はジンが目の前に防壁を作り出してはじき返す。その直後、私は魔法の矢を相手に発射した。


 さっきは外しちゃったから、今度は数本をいっぺんに作る。数打てば当たる作戦よ!

 障壁が相手の魔法を防いで消えた直後、鋭く太い矢がすごい勢いで飛んでいく。ウッシーは避ける暇がなかったのか、吸い込まれるように攻撃が相手の頭に直撃した。



「おお、やったぞ」



 後ろにいたジンが私から離れる。ウッシーの体が制御を失くして、ふらつきながら地面に倒れていく。



「初めてにしては、上出来だ」



 見上げると、ジンは満足そうに微笑んで目を細めていた。キラキラと輝く青い目がこの時ばかりは綺麗で、そよ風に靡く彼の髪が木漏れ日で輝いていて美しかった。


 不覚にも、ちょっとだけドキッとしたかも。






「おい、正気か」



 城に帰った後、ジンだけではなく、他の魔導士たちもドン引きしていたけど、私は構わずフライパンを手に取る。



 ここはお城の調理場。私の話を聞いた人たちが不安そうに集まっている。


 目の前にあるまな板の上には、血抜きされたウッシーの肉塊が置かれている。こちらの世界で見つけた調味料も既に準備済み。



「まあ、見てなって!」



 周囲の反応をよそに、私は自信満々に宣言した。そして出来上がった料理を薄くスライスしてお皿に切り分ける。まずは私が試食。


 うん、予想通り。満足げに頷く。



「本当に大丈夫なんだろうな?」



 ジンが恐る恐る一口食べて顔色を変える。



「うまい」



 その反応を見た周囲の人たちも真似して食べて始める。



「そんな! 信じられない」


「恐ろしい。これぞ禁断の魔法」



 驚愕に目を見開いている。


 私が作ったのは、ローストビーフ。クリスマスでも定番のメニューだから、以前作ったことがあったんだよね。



「お前、なかなかやるな。魔獣なら魔力(しぼう)が元々豊富だ。それを直接捕食するとは。さすが異世界から来ただけある」



 ジンが感心したように見ていた。



「よし、瑠美の提案通り、これからは魔獣を狩って食べるとしよう」


「ははー」



 彼に従う魔導士たちが頭を下げて恭順の意を表していた。






「じゃあ、この豚みたいな魔獣は?」


「ブータだ」


「じゃあ、あの赤い鶏冠がある鳥みたいな魔獣は?」


「コッケーだ」



 他にどんな魔獣がいるかジンと探索したら、いるわいるわ。馴染みの食材たち。



「異世界の調理方法はすごいな。魔獣がこんなに美味しいとは」



 唐揚げ、焼肉、煮物。色々試しに作ったら、どれもみんなの胃袋に吸い込まれるように食べられていく。


 よろしければレシピを教えてほしいと乞われるほど。


 魔獣を狩って食べ始める。その食習慣は魔導士たちに瞬く間に馴染んでいった。


 まさにモリモリと魔力(しぼう)をみんなは蓄えていった。






「魔王軍が攻めてきたぞ!」



 襲撃を知らせるため、城の鐘が激しく鳴る。



「まさかこんなに早く攻めてくるとは」



 魔導士たちが広間に集められ、みんなの前でジンが険しい顔をしている。


 フード付きのローブを着た人たちが彼のことを見つめ返している。



「前回の戦いから間もなく、魔力の回復が追いついてないが、それは相手も同じ。みんな最善を尽くそう」



 張り詰めた空気の中、みんなが固唾をのんで頷いていた。


 ジンは高台に移動して指揮を執る。その彼に私はついていった。他の魔導士たちは持ち場の守備について、敵の侵略に備える。



 反り立った高い城壁の前には、敵軍の大将と思われる巨大な魔獣がいる。他の魔獣がバイクくらいだとすると、あれは戦車並みのでかさだ。



 黒い毛並みの牛のような、立派な角が生えた厳つい体躯。そうあれは、まるで霜降り黒毛和牛並みの体の締まり!

「あれが魔王!?」


「いや、違う。あれはウッシー族の中でも最上級の種族だ。魔王軍直属四天王の一人、ワッギューに違いないだろう」



 マジですか。



「和牛なんて、いつぶりかしら」


「いや違う。わぎゅうではなく、ワッギューだ」



 ジンが真面目に突っ込みを入れてくるけど、そんなのは全然気にならなかった。


 四天王と言われていようと、私にとっては美味しそうなお肉! 恐いものなんてないわ。 高級霜降りステーキをなんとしてもゲットするのよ!




 本当に苦しい戦いだった。でも、私の不屈の食欲は不安と恐怖を吹き飛ばし、若い十代の基礎代謝に負けずに蓄えた四十キロの魔力もとい脂肪で打ち勝った。



 地響きを立てて強大な魔獣がついに地面に倒れる。



 でも、こちらの犠牲も大きかった。みんな必死に戦って限界まで自分の体を酷使していた。やせ細って戦線から脱落していった仲間を一体何人見ただろう。



 安心した途端、私の体から力が抜けて膝から崩れ落ちる。ヘロヘロで立っていられず、地面に座り込んでしまった。



「瑠美、大丈夫か?」



 見上げると、そこには肌蹴た色白のイケメンが立っていた。金髪の長い髪が彼のほっそりとした肩の上で風に靡いている。



 彼はローブを羽織っていたけど、サイズが合っていなくて、服が肩からずり落ちて上半身が丸見えだった。


 見知らぬ色っぽい美形の出現に動揺してしまう。



「え、誰?」



 ドキドキして顔まで熱くなっていく。


 まじまじと顔を見つめても、相手が誰なのか全然分からなかった。彼もこっちを青い目で見つめている。え、青い目?

「俺だ、ジンだ」



 ええっ、大魔導士様!? あ、でも声は同じかも。元々は美形だったのね!

「おい、早く前を隠せよ」



 いきなり彼が着ていたローブを投げつけられる。



「え?」



 自分の姿を見下ろせば、彼と同様に服がずり落ちていて、大事な部分が丸見えだった。



「きゃあ!」



 恥ずかしさのあまり悲鳴を上げる。慌てて布を引き寄せて隠した。



「全く、俺以外に見せるんじゃないぞ」



 ん? それってどういう意味?

 きょとんと相手を見つめると、彼の顔が仄かに赤くなっている気がした。彼は誤魔化すように髪をかき上げる。



「まったく、あのワッギューをあんな方法で撃退するとはな。瑠美には敵わないな」



 笑顔を浮かべながら、彼は私に手を差し伸べてきた。


 そう、魔法を使って遠距離攻撃をし、近くの敵には角と体当たり攻撃で突っ込んでくるワッギューに私たちは大変苦戦していた。



 そんな時、まるで闘牛のような相手の戦い方に私は活路を見いだしたのだ。


 ジンがダミーの味方を作り出して、それらに敵の注意を向けさせている間に、私が背後から近づいて近距離からありったけの魔法で攻撃したのだ。動くものに反応する闘牛と同じ習性を利用したってわけ。



 城の中へ戻ると、私を見て瑛子は目を丸くする。



「も、もしかして瑠美なの!?」


「そ、そうだけど……」



 たまげた様子の瑛子にこっちも面食らう。



「痩せたら美少女ってずるくない!?」


「えっ?」



 それって一体どういうこと?

 思いもしない言葉が返ってきて唖然としていると、「勇者様!」と声を周囲から掛けられた。周囲にいた人たちが私とジンを見て、痛ましげに顔を歪めている。



「おいたわしい姿に――。早く元の姿に戻れられるといいのですが」



 それを聞いて、大事な目的を思い出す。



「そうだよね。早く体重を戻すためにも、今夜は勝利のお祝いにすき焼きにしようね!」



 しばらく和牛三昧ね。なんて幸せなの!

 笑顔で答えた直後、みんなの嬉しそうな歓声によって周囲は一斉に埋め尽くされた。


 私の脂肪が世界を救う。これからも沢山食べないとね!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初に読んだ時はここで終わりなのかと驚きましたが、脂肪=魔力というタイトルも納得な世界観にも一通り触れ、残りの四天王を倒して魔王に挑むという展開はある程度予想がつくため、世界を救った後に瑠…
[良い点] 藤谷 要さん 毎度お世話になっております、大沢朔夜です。 日頃のお礼に、こちらに感想を差し上げに参りました。 ぽっちゃりな人が異世界で強い、という逆転の発想が面白いですね! 食欲を原…
[良い点] 脂肪が魔力だなんて、最高にステキな設定です! この世界に行けば私も大魔導師…! [気になる点] そんな急激に痩せて、皮膚はたるまないのかがすごく気になります…
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