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「みてこれカッコいい!!俺のはレッドドラゴンだ!」
「「かっけぇぇぇ!!」」
「こ、これスゲーよ、首が二つあるんだけど!」
「「超かっけえぇぇぇぇ!!!」」
「なあなあ、お前のは?どんなのが入ってた?早く見てみろって!」
「俺も見たい見たい!」
「・・・これで合ってる、よね?・・・ぼくの、2本足で立ったんだけど」
「「「・・・ナニコレぇ!!!」」」
レスター君が友達やご近所さんに薬の包装紙で作ったドラゴンを見せびらかして、コレは「リリアナのいる薬屋で貰える」なんて噂が広まって、開店と同時に子供達が大量に押しかける騒ぎとなった。
昨日作ってあげたドラゴンは、初めてそれを目にする他の子達にとっても、それはそれは魅力的に映ったようで。だけど、いくらで買えるの?とお小遣いを握りしめてやってくる子供相手に、ひとついくらで売るなんて事も出来るわけもなく。レスター君だけに作ってあげて他の子には作らない、という訳にもいかなくなり。絶え間なくお店にやって来る子達みんなにあげるにはどうすればいいか、私は考えた末「大人と一緒に薬を買いに来てくれたら、おまけでひとつだけ付いてくる」のだと訂正して伝え、一度はまた静かな店内に戻す事に成功したのだけど。その後子供達は大人を説得したり、なんとか引っぱって連れてきて来店し直し、午前中いっぱい、お店は大混雑な上に大盛況だった。
来る人みんなに作って渡してを繰り返した結果、外で子供達の歓声が上がっているのは気が付いていたが、どんな会話をしていて、なんの歓声なのかまではお店の中からは分からなかった。それでも、喜んでくれているなら嬉しいなあ、と思わずひとりニマニマしながら包装紙を折り続けていた。お店は忙しかったけど、やって来る子たちがあんまり可愛いから、作ったドラゴンにほんの少し手を加えたりして途中から大変な作業とは思わなくなっていた。包装紙の色を変えてみたり、首から上を二つに分けたり、しっぽの部分を足にして立たせてみたり。初めてしたからバランスを取るのが難しかったけど、次はどうしようかなって考えながら作るのが、どんどん楽しくなってきちゃって。だってホントに可愛かったんですもん!目をキラキラさせながら、中に入ってるドラゴンを楽しみにしてるちっちゃい子達の顔が!今日1日ドラゴン製造機になってもいい位には!あーかわいい!
思わず脳内でそう叫びながらながら、それを糧に全員に行き渡るまで頑張り続けた結果のおかげか、薬は午前中で完売、それと同時に包装紙がなくなった頃、ちょうどお昼になった事でウルジさんからストップもかかり、目の前のお客さんを最後に店じまいしようという話になった。
「これで、出来上がりっ、と。はい、お待たせしました」
「ありがとう、おねえちゃん! お母さん、みんなと一緒に今もらったやつ見てきてもいい!?」
おまけを入れて手渡した商品の袋を両手持ち、興奮気味の女の子が母親と話しながら外へと続く扉をくぐるのを見送る。そのままウルジさんも、外でまだ騒いでいる子供達へ家に帰るよう声をかけに外へ出て、パタンと扉を閉めると同時に、思わず達成感混じりの疲労感溢れる長ーーーいため息を吐きながら、目の前の机にへにょりと突っ伏してしまった。うう、やりきったけど、流石にずっと折り続けてるのは疲れたよぅ・・・
そのままの状態で座っていると、目の前にカップがそっと置かれて顔を上げる。
「お疲れさま、リリアナちゃん。今日は大変だったわね」
「マイアさん!」
「昨日作ってもらったドラゴンを、レスターが自慢して歩いたりしたせいで大変な目にあわせてしまって・・・本当にごめんなさいね。 ウルジさんもお疲れ様です。お茶を淹れましたのでこちらで休んで下さい」
「ああ、ありがとうマイア。いや~ぁ、さすがにくたびれた。すごい人だったねえ。うちの店始まって以来の客数だったんじゃないか?」
外から帰ったウルジさんは隣に座り、そう笑いながらマイアさんからカップを受け取っている。お客さんとして来てくれたはずのマイアさんが、いつの間にか中へ入って手伝ってくれていなければ、包装紙を折る事だけには集中出来なかったと思う。ウルジさんもそう思っての事だろう「マイアがいてくれて助かったよ、お疲れさん」と返していた。
ウルジさんはポケットから持っていた薬の包装紙を一つ取り出し、中身をお茶と一緒に流しこんで一息つく。「さすがに年には勝てないね」と呟き、その様子を見守る私とマイアさんに苦笑いを返した。今飲んだ薬は多分、疲労回復かな。マイアさんは私たちに対して終始申し訳なさそうにしながら、お昼の用意も出来てますよと机に並べて準備してくれる。カットされたフルーツに、今朝食べたのとは色の違う黒いパンには野菜とチーズが挟まれ、タレを付けて焼かれた骨付き肉はまだ温かく、手が汚れないよう持ち手に紙が巻かれて食べやすくしてあった。いつも口にしている昼食は、大抵前日か今朝の残りで冷たいままなのが普通な事に比べ、お昼の為に作りたてで温かいというのはそれだけで何倍も豪華で、それがマイアさんからの『迷惑をかけたお詫び』だというのはすぐに分かったけど、今は話をするより体力の回復が先、とばかりにせっかくの料理が冷めないうちに空腹を満たす事を優先して、二人でいつものように手を合わせてから口に運んだ。んんんっ!このお肉美味しーい!!
「それにしても、こんなに商品が売れるなんて・・・」
マイアさんがつぶやいて、もぐもぐと口を動かしながらお店の中をみんなでぐるっと見渡す。そう広くない店内の棚にあった薬も湿布も包帯も、在庫という在庫は綺麗になくなり、昨日私が森から採って帰ったばかりの干した薬草までもが消えているのには驚かされた。最後の親子は・・・そうだ、薬じゃなくて応急手当のやり方を書いた冊子だったはず。ウルジさんから聞いたいくつかを、字の練習を兼ねて作ってお店に置いてたやつ、あれも売れたんだぁ・・・
「まあ、ある程度今日は売ってしまうつもりでいたんだが、午後は・・・掃除位しかすることがなさそうだね。 それはそうと、リリアナ。どうして子供たちに大人を連れて来るよう話したんだい?」
「あ!その、相談せずに勝手な事をしてすみません。包装紙も使い切ってしまって・・・」
「ああいやいや、責めている訳じゃないんだよ。マイアのとこの息子にはタダで作ってあげたんだろう?どうして子供らにはああやって渡す事にしたのかと、疑問に思ったんだよ」
「・・・それは、単純に私が楽になるから、そう言っただけだったんです。・・・はじめ来ていた子達の人数は、5、6人だったと思うんですけど、それ位ならすぐに作って渡すのは難しくないです。でもその後、その子達のドラゴンを見た子が同じように来たら。それが広まったらきっと、全員に作ってあげたくても難しいし、仕事にならなかったんじゃないかと思うんです。お店に子供ばかり来ても困るし、開店準備も出来てない時だったので・・・」
「そうか、一度帰ってもらう口実と、作る時間を稼ぐ為か」
「2つ目が欲しくなる子がまた並び直すかもしれないし、お金を払うから3つ欲しいって子もいるかもって考えて。薬を買ってもらったおまけだと言えば、忙しい大人は簡単には動いてくれないだろうし、何度も並ばないと思ったんです」
「・・・それで大人と一緒に、と言ったんだね」
そう言ってウルジさんを見ると、あごに手を当ててうんうんと頷いている。ふふふ、なんだか答え合わせみたいで楽しいな。
「はい。それに、条件なく作ってあげるだけだったら、終わりがなくて私がへとへとになっちゃうので」
「あぁ、うん。確かにそうだ。条件が一つあれば楽になる。・・・薬があるうちはおまけも貰える。薬が無くなれば当然おまけも無い。・・・午前中だけであの人数なら、むしろ午後からは倍以上来ても確かにおかしくはない、か・・・誰でも納得できるのに今まで無かったな、これは・・・付加価値を付ける方法か」
最後の方は小声でうまく聞き取れなかったが、何やら真剣な表情でじっと動かなくなったウルジさんを不思議に思う。どうかしたのかと聞こうとした時、お店の入口から扉を叩く音がした。
「はーい!」
「リリアナ、お客に薬は完売だと伝えてくれるかい?」
「分かりました」
席を立ってお店の扉を開け外に出る。薬を買いに来てくれた人へ、午後は商品がすべて売れてしまった為にお休みだと伝えている間、ウルジさんは早々に食事を終わらせていた。
「マイア、息子の姿を見かけないがどうしたんだ?」
「あの子なら、早朝から問題を起こした罰に天井から吊るして来ましたわ。 昨日は息子の事、お任せ下さいと言っておきながらこのような結果に・・・お店にもリリアナちゃんにも迷惑をかけた事、本当に申し訳ございません」
「そ、そうか、まあそう謝る事はないんだ。 明日からしばらく店を空けるつもりだったからね。元々今日は商品を可能なだけ売って、片付けよう、と・・・そうか、リリアナは今朝伝えたその事も・・・」
「・・・ウルジ様?」
「いやぁ・・・なんて子だろう、と思ってね。感心していたんだよ。リリアナに今夜ここを立つと伝えた時、店の商品もなるべく売りたいと言ったら、たった半日で店はカラッポになっちまったよ。ッハハ、まあ計算してやったんじゃなく偶然かもしれんが」
すごいだろう?と言って笑いながら立ち上がると、店の扉をくぐったまま帰ってこないリリアナの様子を見に行く。
扉を開けるとそこには、近所に住む昔からの友人達に囲まれ、楽しそうに笑うリリアナの姿があった。その両手いっぱいに持ちきれない程の食糧がある。
「あ、ウルジさん!ご近所のみなさんに挨拶をしていたら、こんなに色々頂いてしまって」
「挨拶ったって今生の別れでもなし、大げさだよなぁ。まぁしばらく帰んねえってならコレは餞別に、な!」
「あ、ありがたいけど申し訳ないですよう!」
「何言ってんの、リリアナちゃんはもっと食べて大きくなんないと!また次帰ってきた時にはもっと肥えてなさいよ!」
「そうだぞ、女の子はうちの母ちゃんみたいに丸々してなきゃ可愛くねえぞ!ちっと重いけどな!」
「あんた!聞こえてるよ!」
あははは!と人に囲まれて笑うリリアナをみて思わず目を細める。自分の友人達の気質もあるだろうが、明るく陽だまりのように居心地のいいこの場所が、この子にとっていい環境だったと心からいえた。みんなに感謝しつつ、商品が無くなって広々とした店の中へとみんなを促す。
「リリアナ、一度中に荷物を置いといで。重たいだろう? みんなもお茶でも飲んでっておくれ。うちは昼から休みで時間もあるし、話し相手にでもなってくれないか。どうせ暇だろう?」
「暇って失礼だね、そうだけどさぁ!」
「なんだ、ほんとに店ン中空っぽだな。半日でどうやったんだ?」
「すごいだろう?うちのリリアナは賢いんだよ」
「はっはっは!孫自慢かい、ウルジさん。聞いてほしいって顔に書いてあるぞ」
にぎやかにご近所の皆さんが店の中へと入ってくる。ひとまず両手いっぱいの荷物はテーブルの上に置き、皆さんのお茶を用意しようとカップに手を伸ばした時だった。
「ああ、リリアナはこっちへ」
ちょいちょいと手招きされてウルジさんについて行けば、裏口の扉の前で「さあこれを持って」とカゴを手渡される。
「今日は店にいるとひっきりなしに客が訪ねてくるだろうから、リリアナは外でのんびりしてくるといい。ああ、外套を忘れんようにな。昼飯はその中、お金も少し入っているからたまには自分の欲しいものでも買っておいで。明日からあまり出歩く事がないかも知れんから、午後は自由にしなさい」
状況がわからずカゴを手で受け取ったままでいると、ウルジさんがそう言いながら背中を押し、いつの間にか裏口から外に出ていた。そのまま「暗くなる前に帰っておいで。気を付けるんだよ?」と背中ごしに声をかけられ、慌てて振り返る。私は一切言葉を発する事がないまま、扉は目の前でバタンと閉まってしまった___
店の中に戻ると、マイアがみんなにお茶を淹れてくれ、それぞれが寛いで待っていてくれた。庭師をしていた友人が、店の中に戻った姿に気付きみんなに声をかける。
「みんな、ウルジさんが戻ったぞ。それで?リリアナちゃんを追い出してまでしたい話って、なんです?」
「・・・相変わらず察しがいいね。そういえば、館に住んでいた時、真っ先に侵入者に気が付いてくれていたのもお前さんだったねぇ」
「懐かしいね。その後すぐ俺ら見張りに合図で知らせてくれてたよな」
「そうそう、庭に無断で入ったやつはみーんな、館の中に入る前に伸されて捕まってたねぇ!」
「みんなが傍にいてくれて、昔も今も本当に心強い。友人として頼りにしてるよ、これからも・・・実は、頼みがあるんだ」