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少し書きためよう、と思ったら1年たってました。



 今日はいつもと変わらない一日のはず、でした。

 午前中はお店の手伝いをして、お昼から森に採集に出かけたのもいつも通り。妖精ちゃんや毛玉ちゃんと遊んでて、森の奥で怪我をした騎士様に会って。

 とっても美人な騎士様だった...思わず見惚れて、何も言わずに立ち去ってしまったのが非常に残念で悔やまれる・・・それからマイアさんの息子のレスター君(9)に、お薬を飲んだ約束のドラゴン、もう一つ折ってあげたら帰るつもりだったんだけどなあ。そう、すごく可愛い笑顔のレスター君(9)・・・


 その、まさか9歳の子に求婚されるなんて。


 こちらの世界へきて、まだ3週間だけど。こんなに一日が長いと感じたのは、ウルジさんに出会ったあの日以来かもしれないな・・・

 と、全力で一日を振り返ってみたけれど、ここはまだ自分の家ではありません。



「だから、何考えてるのよレスター・・・!あなたまだ熱があるんじゃないの!?」

「にっがい薬我慢して飲んだんだ!もうないよ! それより何がダメなのさ!?」

「親の承諾もなしに、あなたの年齢で、求婚なんて無理だといってるのよ! だいたいあなた、リリアナちゃんに会ったの初めてでしょう・・・!」

「俺くらいの年で結婚の約束なんてみんなやってるよ!年も近いし丁度いいじゃないか!」



 ・・・え?衝撃的な一言が聞こえました。

 私、年齢一桁の子に近い年齢だと思われてるんですか?


 動揺している間に、なかなか口も頭も回るレスター君と、普段の優しげな雰囲気を一変させ、頭に角が生えたかのようなマイアさんの応酬が目の前で繰り広げられ始めた。

 そう、ここはまだレスター君の部屋で、扉の前に立つ二人から一歩離れて立っています・・・これ、二人の間を『じゃあ失礼します~』って言って逃げる度胸もなければ、空気読めないフリも私には無理。

 

ちょっ、ちょっと待ちなさい!何が丁度いいのよ!貴族じゃないんだから婚約者みたいな申し込み出来るわけないでしょう!? 母さんが認めてくれればいいだけだろ!これから毎日会ってもっと仲良くなれば申し込んでいいのか!? 馬鹿な事言わないでリリアナちゃんの気持ちも考えなさい!ウルジさんだって何も知らないのに! これは俺たちの問題だし、本人同士が結婚を決めれば家族は事後報告なんて今じゃ一般的な流れのはずだろう!?

あんたは・・・!どこでそんなこと覚えてきたの!!!



 あああ、とうとう親子喧嘩が始まってしまった・・・ど、どうしたらいいの・・・?



 二人の顔を見比べながら、おろおろするしか出来ない私に気が付いたマイアさんが、いつもの柔らかな雰囲気に戻って、申し訳なさそうに部屋から廊下へ促してくれる。

 

「やだ私ったら・・・待たせてごめんねリリアナちゃん、すぐ家まで送るわね」

「え、母さん待って、まだ話は済んでない!っていうか俺がリリアナ送ってく『バタン!』


 そっと背中を押されながら一歩部屋の外に出ると同時に、背後で力強く閉められたドア。

マイアさんは鍵をかけたようには見えなかったけれど、なぜかドアが開かないようで・・・むこうからは、まだ何か言ってるレスター君の声がするが、笑顔のマイアさんは「さ、行きましょ」と全く気にせず。そのまま玄関のドアまで一直線に進んで行く中で、母親の強さを目にした私に何が出来るでしょう?


 この生活を始めて、親子喧嘩なんて初めて目の当たりにしたからだろうか。なんだか場違いにもその時私は感心してしまっていた。ウルジさんとはまず意見や考え方がぶつかったことすらない。いつも私の考えを聞いて、それについての考えを教えてくれたり、受け入れてくれる事がほとんどだ。確かに、安心してなんでも聞けるし、本当のおじいちゃんのようであり、まるで生き方の見本のような、手本にするべき先生のような人で。もちろんとても尊敬していて大好きなんだけど。何十歳も年が離れているから、ウルジさんには当たり前の行動なのかもしれないんだけど。

・・・いいなぁ、と思いながらやり取りを見ていた私がいた。なんでも言い合える関係の『親子』の二人が、今の私には少し羨ましかった。

 


 一歩外に出れば思ったより暗くなっていて、人通りも少なくなった市場は夕方の賑やかさもなく、ほとんどの店が閉店の準備をしているのを横目で見ながら、ウルージさんの店へとマイアさんと並んで歩いていた。


「ほんとに・・・ごめんねリリアナちゃん」

「そんな、私こそ送っていただいて・・・あ、の・・・マイアさん?」


 小さな声で、マイアさんが謝る声がした。

 反射的に言葉を返したが、マイアさんの様子が・・・あれ?


「・・・レスターが言ったこと、気にしないでね?子供のいう事っていつも驚かされるわ・・・私もホントにびっくりしちゃった」

「あ、はい、それは、私も・・・」

「そうよねぇ?帰ったらしっかり言い聞かせておくから・・・すっかり、暗くなっちゃったわね。いつまでも引き留めたりして私ったら。ウルージさんに叱られちゃうわ」


 口調はいつもと変わらない、明るくて優しいマイアさんだったけれど。私を見つめる瞳が、悲しげに揺れたように見えた。一瞬合ったはずの視線は、すぐにいつもの笑顔に変わって前を向いてしまい、話も「明日はいい天気になるかしらね?」等と他愛もない話に変わって理由は聞けなくなってしまう。そのうちに、街のわりと隅の方にあるお店が見える所まできてしまった。

 お店の窓から明かりが灯っているのが見えたとたん、おもわず駆け足になってお店まで走る。ウルジさん、きっと帰りを心配してお店の灯りを落とさず待っててくれてるんだ、そう思ったら体が動いていた。

 扉を開けてすぐ、カウンターの椅子に座って本を読んでいたウルジさんが顔を上げ「ああ、おかえり」とホッとした声と表情で迎えてくれた。

  

「た、ただいま、遅くなってごめんなさい!」

「どうかしたのか?リリアナ、何かあったのかい?」

「その、夕方には街に戻っていたんですけど・・・」


 えっと、なんて言ったらいいの?と申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら言葉を選んでいたら、追い付いたマイアさんが「私が説明するから」と声をかけてくれた。私の横から一歩前に出て立つマイアさんの目は、真っすぐにウルジさんを見ていて。


 見上げたその表情は、今度は見間違いじゃなく悲しげで・・・


 マイアさんを見たウルジさんは何かを悟ったようで、小さな声でそうか、と呟くと、今度は私に視線を移動させてお茶を入れて欲しいと頼んだ。まずは落ち着いて話を聞かなくちゃなぁ、とこぼしたウルジさんもまた、笑っているけれどどこか寂しそうな表情で。

 なんとなく、マイアさんとウルジさんのやり取りや漂う雰囲気に、いつもとは違う違和感を感じた。なんとなく、だけど。うまく言葉が見つからないまま、お湯を沸かす為に奥に移動した。





 





 マイアさんからレスター君に薬を飲ませる事になった経緯や、家での様子を簡単に説明された後、突然ウルジさんの暴露話が始まった。暴露、と言っても「今の生活に必要ないから、言っていなかったんだがね?」という、にこやかな雰囲気のまま至っていつも通りの喋り出しだったけれど。一度聞いて「そうなんですかー」とは流せない位には衝撃的だった。


 簡単に今聞いた話を頭で整理すると。


 私の傍にいてくれたこの方、ウルジさんは実はこの国の地方の一つを治めていた前・領主様で。マイアさんはウルジさんが領主をされていた頃から、今も領主館に勤めているメイドさんで。ついでに私の料理の先生をしてくれていたお隣のおばさんは、元は領主館の厨房で働かれていた方で。

 さらに言えば、このお店の周辺に住んでいる顔見知りのご近所さんはみんな、元々ウルジさんが領主をしてした頃に関係のあった人たちばかりだった。領主だったウルジさんから現領主へ代替わりした際に、街での隠居暮らしを望んだウルジさんを慕うみなさんが、ここまでくっついてきてしまったらしい。

 その話だけで、どれだけウルジさんが良い領主だったのか想像できてしまう。ある程度年配の方の多い地域だと思ってはいたけれど、そういう理由からだったのかとすんなり納得できた。でも。

 そんな仲のいいご近所さん達が、私『孫娘リリアナ』を・・・本物の孫娘を知らないワケがない、という事実に思い当ってしまうわけですが。

 実は表に一切出てきていない、実在する『孫娘』は確かにいるのだと、ウルジさんは教えてくれた。その為、最近自分の下に来た『私』がワケアリで・・・なんて説明しなくとも、ご近所さんにはご理解頂いているのだそう。


 私がその孫娘さんの位置に座らせて頂いていた事で、近所の人に詳しく話さなくても済んだ事、ウルジさんが前・領主様だったおかげで、すんなりと今の生活に落ちつけた事を理解した。正直、ウルジさんが普通のおじいさんから規格外なおじいさんになったのが一番動揺しているけれど。


 そして、その環境の中で、私がどれだけ周りに助けられてきたかも。




「これを見てごらん、リリアナ。読めるかい?」


 ウルジさんが机の上に出したのは一週間前の新聞だった。田舎の方にはないが、この国の中央に近付くにつれて、特別な事があった場合にはそれを国民に知らせる媒体として、新聞、というものが発行される。大体週に一度の頻度で、何枚かの紙に様々な街の情報が書かれている。それ以外にも、その街にはその街の情報だけを載せた物もあったりするが、ウルジさんが見せてくれたのはこの街の情報だけが載っている新聞だった。 


「・・・てんし、は、どこへ・・・?」


 目についた部分を読んで、固まる。端から端、すべてにもう一度目を通す。文字を頭でうまく理解できず思わず口から出た『天使』という言葉に、声だけじゃなく手も震えていることに気が付いた。これ、これは、まさか。

 顔を上げれば、困り顔のウルジさんと、マイアさん。二人の顔を何度も見比べて、私も困ってしまった。だって、この新聞には、消えた天使についての情報提供を呼び掛けるものなど、天使の情報()()()()載っていない。私がウルジさんと暮らし始めた時期と一致し、目撃場所もあの広場。見た目の特徴、服装、いかに美しい容姿だったか___


 

 おそらく、この新聞で探されている天使、は・・・・私の、事・・・?





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