4
森から誰にも会うことなく街まで戻り、ホッと息がこぼれたつもりが大きなため息になってしまった。
怪我を負った騎士様を、森の中に置き去りにしてしまった。その事は帰りの道中の間もずっと胸の真ん中に引っかかっているままだ。迷った結果あんな方法しかとれなかったが、少し離れてその場に留まり、無事見つけてもらえたかを見届ける事も出来たのに・・・。ああすれば良かった、もっとこうすれば。そんな後悔がいつまでも頭の中を占めていた。
今の気分とは正反対の、夕暮れ前の賑やかな街の通りを歩く。いくつかの店舗で夕飯の買い物を終えて店に戻ろうとした時、同じように買い物中のマイアさんを見かけた。だが表情は遠目にみても疲れが出ていて、元気がない。午前中お店に薬を買いに来ていた時の事を思い出して、なんとなく声をかけてみる事にした。
「マイアさん、こんにちは」
「・・・あらリリアナちゃん?こんにちわ。一人でお買い物?」
わたしはハイ、と返事をしてマイアさんの顔を見上げた。少しぎこちない笑顔に、今朝はなかった疲れが見える。
「あの、お子さんの様子はあれからどうですか?」
「・・・んー、あんまり熱が下がらなくて」
「お薬、効かなかったんでしょうか。ウルジさんに相談して、新しいお薬を・・・」
「あ、ううん、違うのよ」
慌ててマイアさんが首を振る。なんだか言いずらそうにしていたが、しょんぼりしながら教えてくれた。
「やっぱり少し、苦かったみたいなの・・・今日の分、薬を少し舐めたら嫌がってしまって・・・飲ませ方失敗しちゃったわ」
だから薬のせいでは無いというマイアさんは、昨日から心配してあまり寝ていないのだろう。色々飲ませ方を変えて試してはみたが、そのたびに嫌がって機嫌が悪くなりの繰り返しなのだという。熱がずっと高いままなのも確かに心配だ。でも、薬を飲めば熱も下がるし、マイアさんも休める。
「ごめんね、リリアナちゃんのおじいさんの薬が良く効くのは私も知ってるから、気にしないでね。それじゃあもう帰らないと・・・」
「あの、マイアさん。私がお薬飲ませてみても、いいですか?」
「・・・リリアナちゃんが?」
*
「ただいまレスター。起きてる?」
「・・・うん。のど、渇いた」
「すぐ水を持ってくるわね。リリアナちゃん、少し待ってて」
マイアさんのお家にお邪魔して、一緒にレスター君の様子を窺うと美少年が寝ていた。
オレンジの髪と瞳はお母さんと同じで、マイアさんに似たキレイな顔立ちをしている。マイアさんもいくつなんだろう?と思う位素敵で年齢を感じさせない女性だけど、意外と大きなお子さんがいて少し驚く。レスター君の年齢は12歳位だろうか。男の子と分かっているのに、真っ赤に染まった頬や、高い熱でうるんだ瞳を見たら、あまりの可愛らしさに胸がキュンキュンした。これが普通の顔なんて理不尽だと思わずにはいられない。
ここへ来る途中、マイアさんが食事が取れていないと言っていたが、今もまだぐったりした様子で、苦しそうな息遣いだ。マイアさんの呼びかけに答えてはいるが、いつまでもこの様子なら確かに心配だと思う。
ベットの頭の近くに置いてある机には、薬に果物、空のコップや薬の包装紙などもそのままになっていた。白い正方形をした薬の包装紙を見て、そうだ、と思いつく。不思議そうにこちらを見るレスター君はそのままに、椅子を引いて腰掛け、私は紙を思いつくまま折りたたんでいく。
水を持って部屋に入ってきたマイアさんが、レスター君の体を起こしてあげて、何をしているのか一緒に眺めている。しばらくして出来たものを見たとたん、レスター君が嬉しそうに「ドラゴンだ!」と元気な声を出した。
鳥をイメージして作ったが、そう見えるならそれでいいや、と翼を広げてレスター君の手のひらに乗せてあげた。間近で眺めて、すごい・・・!と目をキラキラさせててホントに可愛い。マイアさんもとても喜んでくれている。
「リリアナちゃん、器用なのねぇ!とっても上手だわ!」
「えへへ、ありがとうございます。ね、レスター君これ欲しい?」
「いいの!?」
「うん、いいよ。でも、このお薬を飲めたらね?」
そう言って薬を見せると、途端に眉毛が中央に寄って、ものすごく嫌そうな顔になってしまった。でもいらない、と言わないあたり大分悩んでくれているようだ。そんなに苦いのか、これ。
「・・・これ飲んだら、包装紙で同じのがもう一つ作れるけど、どうす」
「え!の、飲む!飲むからもう一個作って!」
ダメ押しにそう提案してみると、食い気味に返事が返ってきた。レスター君の後ろで嬉しそうにしているマイアさんと、顔を見合わせて笑う。気が変わらないうちに薬を飲んでもらおう、とマイアさんからコップを受け取ったが、自分の外套が少し邪魔で見えにくい。
少しの間だし、いいか。と頭からかぶったままの外套を脱ぎ、レスター君の顔を正面から見ると、レスター君は動きを止めて、私の顔を見つめている。口をポカンと開けているのを良いことに、直接粉薬を口に入れてコップを傾けてあげる。が、飲まない・・・?早く飲み込まないとこの薬、苦いんじゃないの?
「レスター?」
マイアさんも、どうかしたの?と様子を窺っている。
メガネを外してはいないけれど、至近距離からの強ーい視線をビシバシ感じていて。えーと、もしかして、顔を見られてる?
「・・・レスター君、はいごっくん!」
ちょっと強引だが水を流し込むと、ごきゅ!と大きな音を鳴らして喉が上下した。無事飲みこんでくれたようで一安心だが、まだ帰れない。約束通り同じものを作ってあげないと。
「今から作るから、その間にお水全部飲んでね?」
両手にコップを持たせて、そう念押しする。コクコクと頷く様子が小動物のようで、おもわず撫でたくなる位に可愛い。ふふっと笑うと、またポカーンと固まってしまった。
さっきと同じように机で折りながら、なんだか懐かしいような、あたたかな気持ちになった。
ウルジさんに時々指摘されるが、癖のような形で『以前の私』と思われる行動を垣間見る事があるといわれた。悪い癖ではなく、直す必要はないよ、と言って逆に褒めてもらう事が多いものがほとんどだ。ウルジさんが気が付いて教えてくれなかったら分からなかったかもしれない、ささいな事だけれど。普段の食事の姿勢や挨拶、言葉使い。この紙で作った鳥も、私がいた世界のものだろうか。帰ったら、ウルジさんに今日の出来事を聞いてもらおう。そんな穏やかな気持ちで折り上げたドラゴンを机に置く。これで任務完了だ。
外套をしっかり被りなおしてから椅子から立ち上がり、マイアさんにお邪魔しました、と声をかけようと顔を向けた時だった。
「ねえ、名前は?」
ぐい、と袖を引かれ、そちらに顔を向けると目の前にはレスター君の顔があった。薬が効いてすっかり熱も引いたようで、さっきまでベッドに横になって話していた時よりも、しっかりした声が出ている。
レスター君も立ち上がっていて、こうして並んでみると、ほんの少し私が高い位でほとんど身長差がない。
・・・じゃなくて。名前?私の?
「・・・え?」
「レスター?どうしたの?」
マイアさんも不思議そうにしながら、私たちの傍に近付く。
・・・そういえば名乗って無かったかもしれないな、と思い「リリアナですよ」と素直に教えると、オレンジの目を細めてふわりとレスター君が笑う。やっぱり可愛い。
「僕はレスター。9歳。リリアナ、僕と結婚して?」
・・・ん? 今、なんて・・・? 9さい・・・って
結婚、できるんですか!?




