表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

16


  


 まっすぐ暗い洞窟の中を二人分の足音を響かせながら進み、明るくひらけた所へ出て見えたものは、鮮やかな森とは正反対に何もかもが白一色の場所。周りのどこを見ても白い地面の中心に、真っ白な大樹がポツンと立つ、そんな静かでさみしい空間だった。

 太い幹はひたすら上へと伸び、見上げてもその高さは横へ伸ばした枝と葉で遮られ、枝の隙間から落ちる雫でここが外に繋がっているのが分かる程度。よく見れば、明るいと思ったのは樹自体が白くほんのり光っているせいだと気が付く。葉の一枚一枚すべてが真っ白という訳ではないようで、陰になっているせいかと思った葉は枯れているのか、色を失い黒く変色したものも中には混じっている。

 改めて感じるのは全体的にどこか元気がないような、それでいて厳かな、ちぐはぐな印象のくすんだ樹というものだった。見ているだけでなんとなくうまく呼吸ができないような気がして、なぜかざわざわと落ち着かない胸に手を当て首をかしげるしかない。 洞窟を進んでいるときはこの先に何が出てくるかと身構えていたけれど、樹もその周りも、見える限りで言えば何も危険なものはない。じゃあ、あれはどこから聞こえたんだろう?そう思った時、また笑い声のような音がかすかに響いた。


 どこから......?と周りを見渡し、少しばかり警戒する。やっぱり騎士様にも聞こえているらしく、私にちらりと視線を向けて同じように音の場所を探している。けれどそう広くもないこの場所、最後に樹の後ろを確認する為かそちらへ進んでいく騎士様の後ろを、鳥のヒナのようについて歩いて行く。私の事をちゃんと気にかけてくれる騎士様の邪魔にならないよう、自分勝手な行動を慎む事も出来る年齢だと思ってもらえれば、そう考えて初めて自覚した。

 私、騎士様に年相応に見られたいって思ってる。子供扱いとか、見た目よりも背伸びしてるようにじゃなくて、成人した一人の女性として騎士様の目に映りたいって、思って、いる。 騎士様の背中を見つめてしばらく考える。初めから、この人を好意的に見ている自分がいると分かって一気に顔に熱が集まり、先程も酷使した心臓がまた大きな音を鳴らし始めた。こちらに来てこんな風に思える人が出来た事を喜ぶべきなのか。まだなんとなく、この人いいなぁって思っているだけなのかも。これからこの気持ちが育って、もっと気持ちが強くなるかは分からない。なんといっても同年代に会う機会が少なすぎるし、自分は平穏に生活したいのだから、まずは教会からほっといて貰える方法を考えないと......ふと目線を上げれば、随分と騎士様の背中は遠く、いつの間にか距離が開いていた。意識したとたんこの距離が寂しく感じるのだから困る。騎士様に追いつこうと、そう思った時また音がした。今度は随分近くから。


 音が樹から聞こえた気がして一人止まり、騎士様の足音以外の音に耳をすませる。こっち、こっちとでも言うように軽いテンポで鳴るそれは確かに、樹の中から私を呼んでいるように感じた。

 そうして、手を伸ばせば幹に触れる程の距離まで足を進めた時だった。後ろにいると思っていた私の姿が無いと気が付いた騎士様が、慌てて振り返る様子が樹の向こうに()()()


 うそ、この樹......透けてる、の?



「っ触ってはダメだ!!」


 向こうからも見えるのだろう、そう言った姿と声が耳に届いたのと、さらに樹に近付きその手を幹に伸ばしてしまったのは同時だった。

 手のあたりからキラキラとした小さな光の粒が一気に溢れた。流れ落ちる滝へ、無防備に手を差し入れたような光の飛沫。しかしその見た目とは正反対に、吸い付くような幹の感触を感じたまま、手の平を通して体の中から何かがものすごい勢いで抜けていく。まるで吸い上げている物が目で見えるかのように、白い幹は上へ上へと光の粒を飛ばしながらその輝きを増していく。幹から枝へ、葉の1枚1枚へ。黒い葉は白く、白い葉は透明な色へ。見上げた頭上では喜んでいるかのように光の粒が輪になり舞い、踊るように次々とはじけては降って地面に吸い込まれていく。

 私は、といえばそんな樹の変化一つ一つをひたすら目で追うのに忙しく、口が開いた状態で呆然としていた。何が起こっているかさっぱり分からないが、視界に飛び込んでくるキラキラしたものにただ率直な感想しか出てこない。自分の体から力が抜け重くなっていく事にも気が付かない位、目の前に広がる美しさに目を奪われていた。


 そしてとうとう足元から崩れるようにして、体がゆっくり後ろへ傾いていく。最後に幹から手が離れた時、誰かにその手をそっと掴まれたように感じた。やわらかくて、細い指の感触。女の人?と思った時にはもう瞼を開ける力も残っていなかった。ただ、『ありがとう』という声は確かに聞いた。嬉しそうな、絶対笑顔だろうその声。 その顔を確かめる事なく、私は静かに意識を失っていた___

 




 地面につく直前になんとか抱きとめた彼女の顔を見て、安らかな表情と呼吸している事に大きく息を吐く。眠っているだけだと分かっているのに、自分の鼓動が頭の中でも大きな音を鳴らし手が震える。なんて事を!と睨むように頭上を見上げ、ギリッと音が鳴るほど強く歯を噛みしめていた。視線の先には白い葉がまだ多く残るものの、幹も枝も透明度の高いガラスで出来ているかのような、ツヤツヤと輝く姿に変わった大樹がある。先程までの光の氾濫はピタリと止み、心なしか重苦しいばかりだった周囲の空気も軽く感じられさらに苦々しさが増していく。頭の中で必死に情報を整理していく中、いつものように表情を繕う事など無理だった。

 今まで幾多の命を吸ってきたこの樹のここまでの変貌も驚きだが、さっき感じたばかりの彼女の豊潤な魔力がまったく感じられない。この樹は魔力も吸い取るのか?命ではなく?『声』を聞いた事だって一度もない。そんな記述も伝承も自分が調べた中にはまったく無かった。どうして彼女と自分を呼んだ?急いで報告しなければ。いや、彼女の事は報告すべきではないのでは。そんな混乱する頭の大半を占めていたのは、自分への怒りと後悔だった。右腕で彼女を胸に抱きこみ、空いた腕で力任せに透明度を増した幹を殴りつける。傷一つ付けられない自分がどれほど非力か、突き付けられただけの行為に何の意味もない。無力な人間のただのやつあたりだ。

 魔法を教えて欲しいと頼まれて浮かれていた。初めて必要とされた高揚感に注意力が欠けていた。守らねばならない相手から目を離し、その結果がこれか。自分に出来る事はなんだった?本当に自分という人間に落胆するしかない結果に項垂れる。


「......情けない」


 しばらくの間固く目を閉じた後、気持ちを切り替えて意識を失った彼女を抱き上げる。やわらかくて軽いその体に驚きつつ、あまり振動が伝わらないよう意識して来た道を足早に戻る。報告よりも何よりもまずは家まで送り届けなければ、と明るい洞窟の外を見る。先程までの雨が嘘のように止み、木々の間からやわらかな光がさして水滴に反射している。日の傾きから思っていたよりも随分時間が経っていたのだと分かり、一番近い街へは夕暮れまでに着けるだろうかと考えながら床に置いたままだった外套と彼女のカゴを持つ。ぬかるむ地面に足元を取られながら、腕の中の彼女を気にしつつも止まる事無く駆けて行く。


 洞窟の上からその様子を見送るいくつもの姿には、最後まで気が付かないままに。









 街では夕暮れから夜の色を濃くしはじめた空を見上げ、時折辺りを見渡したりと少し落ち着かない様子の人の姿があった。店の裏口近くには荷物を積んだ幌馬車が停められ、周りには心配そうな顔をした近所の住人の姿もある。そこへまた数人が駆け寄ってきた。


「おーい、ウルジさん!まだ帰らないかい?」

「あちこち聞いてきたが西の方には行ってねぇみたいだぞ」

「そんじゃあやっぱり昼に森の方へ歩いてったきり帰ってねぇのか」

「そうか......」


 力なくつぶやく声を出す姿に、周りの人間も本人も最悪の可能性を考え始めていた。


「......まさか、あいつらに見つかっちまったのかい?」

「いやぁそれなら今頃広場の方じゃ騒ぎになってもおかしくねぇだろうよ。なんたって教会の真ん前だ」

「あぁ、今オレも気になって広場まで見てきたが、いつも通り祈りを捧げてるやつらが大半だったぜ。あそこにはいねえよ」


 声を潜めて話合う昔馴染み達の横で、自分の中で湧き上がっていた不安を頭を振って追い出す。自分がこんな顔をしているせいで、皆にいらぬ気苦労をかけているのはしのびなかった。


「すまんね皆、こんな時間までひっぱり回して大騒ぎなんかして」

「ウルジさん......なーに言ってんだい、家族が見つからないんじゃ心配すんのは当たり前だろうに!」

「あぁ、オレらにとっても孫みてえなもんなんだ。黙ってる方が水くせぇよ!」

「ほらほら背筋伸ばして!いつもみてぇにシャキッとしなよ」


 そう言って笑いながら背中や肩をバンバン叩く仲間に励まされ、ようやく顔にいつもの笑みが戻った時だった。「ウルジさん!」と鋭く呼ばれたその声の方へすぐさま視線を向ける。暗くなった街並みの奥からこちらへと近付く人影に気が付いた。そのシルエットを見てすぐさまリリアナではない、と分かり息を吐いたが、その姿に違和感を感じ目を離す事が出来ない。人ひとりのシルエットにしてはどこかおかしい。

 段々ハッキリと見えてきた見覚えのないその人物の腕の中には、外套にくるまれた誰かを抱えていると自分が気が付く頃には周りもざわつき始めていた。一体何があったというのか。


「ッハァ、あなたがっ、ウルジさ、ん?」

「あっ、ああ、わしだ」


 荒く息継ぎをしながら名を呼ばれ、自分の数歩手前で立ち止まった目元まで外套を被る人物に返事を返す。もしやと思いすぐ傍に寄り、その場にしゃがんだ相手の腕の中をのぞきこむ。やはり抱えられていたのは今まで探していたリリアナ本人だった。眼鏡をしていないその顔はどことなく青いが、呼吸はしっかり安定している。眠っているだけだと分かりそっと安堵の息を吐く。

 そうして周りをみる余裕が出てようやく気が付いた。自分にリリアナの顔が良く見えるようにと、目の前で膝をついてくれた人物が騎士だという事に。外套も下に着ている騎士服も足元から泥でひどく汚れ、まだ落ち着かない呼吸から、少なくはない距離この子を抱えてここまで走ってきたのだと、そう理解する。

 もしや、街の外で何かあったのか?

 だが騎士の様子から急を要する事ではないのだろう。事情を聞くのはひとまず後回しにして、今の二人に必要なのは休息だと判断し周りに声をかける。


「この子はこっちの馬車で横にしよう。あんたも休んでくれ。すまんが誰か、手を」

「いえ、それなら私がそこまで......薄暗いとはいえ、あまり周りに顔を見られるのは、良くないのでは」


 言葉を遮りこちらを仰ぎ見る騎士の控えめな言葉にハッとする。ああ確かにその通りだ。仲間が周りにいるとはいえここは街中だ。どこで誰が見ているかも分からない。意識的に大きく息を吐き、冷静な自分の振る舞いを思い出す。うまく立ち回らなければ、どこで足がつくか分からないとさらに気を引き締め、周りにいる仲間達に視線をやる。すでに外からの視線を遮るようにしてそれとなく囲んで壁になってくれており、優秀すぎるだろうと苦笑が漏れる。なんだ、慌てていたのはわし1人だけか。


「......すまんね、なら頼めるかい」


 無言で頷いた騎士を馬車へと先導して歩く。そうしながら頭の中で、この騎士が一体どこまで分かっているのだろう、と考える。腕に抱いているこの子の容姿にはもちろん気が付いているだろう。でなければあんな事は言わないはずだ。それから自分の名を確認してきた。おそらくリリアナ本人が伝えたのだろうがその信用に足る人物という事か___?

 ゆっくりと馬車の荷台へ寝かせる姿を黙って見守ったあと、こちらから問うより前に振り向いた騎士が先に口を開く。


「あなたの名はここまでの道中で彼女から。移動中何度か、意識が戻った際に」

「そうかい......今のこの状態は一体何があったのか、聞いても?」

「ええ。自分は魔物が出たとの情報をもって、その確認の為に始祖の森へ。そこで彼女に会い「ウルジさん!」


 やっぱり森に行ったのか。そう思った時騎士の言葉に被せるようにして名を呼ばれる。共に視線をやれば、馬車の中でリリアナに付き添ってくれていた隣人が、おもわず大きい声が出てしまった、といった顔でこちらを振り向いている。


「ちょっとこれ、スカートに血が......!」


 まさか、魔物に?

 そう考え、騎士へとすぐに視線を向ける。すぐさま「いえ、魔物には遭遇していません」と否定する言葉に安堵するも、ではこの出血は、と考え長い前髪越しに騎士と目が合ったように感じた。先ほどまでの淡々とした話し方と固い表情が嘘のように、フードの下でその顔がサッと赤くなるのが薄暗くとも分かるほどうろたえ、説明にならない言葉をとっさに口にしている。複雑な心境になりつつ思い当たる事を隣人へと自分が伝える。


「その!あ、そのそれは、怪我では、なく」

「......すまん。昨日話した大人のしるしだよ。今朝本人から言われたのをすっかり忘れていた」

「なんだって?そんな体調で外に出したのかいウルジさん......この出血なら貧血になったんだろうにまったく、あったかくして家にいなきゃダメじゃないか」

「そ、そうか、悪い。早く休ませてやらんとな」

「何やってんだい、もう。......家から毛布を持って来るよ。見送りだけのつもりだったけど、この調子なら付き添ってあげなきゃ。すぐ戸締りして戻るから待っとくれ」


 信じられないという顔の隣人に呆れられつつ、馬車から降りて足早に隣家へ戻る背中を見送る。自分が怒られた訳でもないのに横で所在なさげに立つ騎士を横目で眺めしばし考える。出血に驚く様子が無い所を見るに事情は分かっていたようだ。これを説明しようとしたなら確かに赤面してもおかしくはないだろう。だが、なぜこの騎士に?とさらに疑問が湧く。他人に、それも異性に話す必要があるなど、森で何があったのか。気になる。気にはなるが......周りにいる仲間たちの視線は、隣人同様に何してんだと言わんばかりの呆れと、早く休ませてあげろという無言の圧を感じ大いに居心地が悪い。

 体調の悪い孫娘を外に出した自分に味方はいないらしい。


「......あー、詳しく話の続きを聞きたいのだが、今はその時間も惜しい。後日改めて話を聞かせてもらう事は出来んかね?その時間を取るまでは、悪いんだが今日あった事は人には言わんでくれんかな?......出来る事なら騎士団の方にも」

「元より、報告書には彼女の事を伏せるつもりです。日を改めて事情をお伝えする事もお約束致します」


 殊更丁寧な返答に変わった事には気が付いていたが、一先ずありがたい申し出に頷き返し息をつく。よかった、この調子ならまだこの子の傍で見守る事は出来ると、横になって眠るリリアナへと安堵の視線を向けた。この時間から向かえば到着は皆が寝静まった頃になるだろうか。むしろ出入りを注目されずにすむ事を喜ぶべきか。



「ウルジリアス・ファーレン卿、後日伺うのは辺境伯領の邸宅でかまいませんか?」



 上手く移動出来そうだと内心喜んでいたが、騎士の言葉に思考が止まる。



 この街に降りた際、仲間と約束した事がある。けしてここでは自分の事を元領主だと分かる本名では呼ばない事を。ここでの生活で身分なんてものは必要ないと、旦那様と呼ぶ事もやめさせた。自分の家族やここまで付いてきてくれた皆の為になればと静かに薬を作り、病で先立った妻を偲びながら余生を送ると決めた、そんな自分を知る人物が騎士の中にいるはずが......こんな所に、いるはずは。


 周りを囲む全員が見守る中、騎士の顔を見上げ驚く。記憶の中の人物との共通点から浮かぶのは1人だけ。

 


「......なんだって、あんたが、こんな所にいるんだい............?」






 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 美醜関連だいすきで、このお話もいつも楽しみにしています! 騎士様のお名前まだ出なかった(T ^ T) でも、ますますこれからストーリーの動きがありそうでとっても楽しみです! 今後もお待ちして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ