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 並んで食事を取りつつ聞いた話をまとめると、魔法というのはどんな人でも使える程簡単なものではなかった。というか、魔法について知っている人というのも、極々少数しかいないのだそう。それ程までに魔法は身近なものではない、という驚愕の事実。 ためしに周りの人に、魔法について何か知っているか?と尋ねても「使える人もいるらしいね~」と、魔法というものをただ知っているレベルだと。どちらかといえば、魔法を理解出来ないものとして見られるのが一般的だと騎士様は教えてくれた。魔力がない者は魔法を理解できない。・・・理解できない事は、恐ろしい。一部の人は魔法を使う者を恐れてさえいる、とも。その上で、魔法について知りたいかと改めて問われ、「もちろんです」と即答したのは言うまでもない。逆に聞きたい。なんでこんな不思議なものに好奇心が刺激されないんだろう?使えたら絶対便利なのに。知ろうとさえしないなんて逆にそちらの方がおかしくないだろうか、と思った事は黙っておく。騎士様がお話してくれてるんだから、その美声を堪能しないでどうしますか。


 さらに驚いた事に、魔法の事がまとめられた本は騎士様が知る限り、たったの一冊しかなくて。しかもそれは誰でも閲覧できるような物でもないそうです。ただし、読んだ人から周りに伝えるのは許可されているとか。

 その中身は、というと・・・断片的な言葉や単語が並ぶだけで、特筆的な事はあまりなかった、らしい。何か根源だとか魔法の可能性だとかが書かれている訳でもないのだそう。

 ・・・例えるならば、魔法を使えない人物が、魔法の事を本として残しておこうと考えたはいいが、魔法が使える人達は使う手順を感覚としてしか文章に残せなかった。それでもなんとか聞き取り書いたメモの山を、なんとか本という形にしたかのような印象だったと話す騎士様。・・・その本を残した人物は魔法が使えないだけではなく、文才も無かったのだろうか。ため息をついたりしたら、騎士様が気にしそうだからなんとか飲み込む。


 でもあえて言いたい。なぜ本にした。 絶対、そんな事してるから魔法について理解されないんだ。


 結局分かった事は、魔法は感覚なのだそう。魔力がある事を前提に、こんな事がしたい、というイメージを持ってそれを形にしていると説明してくれた騎士様。明かりが欲しければ燃える火を。濡れた服を乾かすなら暖かな風を。・・・聞きながら思う。騎士様の説明の方が本にするべき内容だと。



 食事と説明を終えて改めて向き合い、両手を騎士様の手に乗せる。騎士様は呪文でも唱えるかのように「平常心、平常心」と呟いている。心の平穏って大事なんですね、実践してもらうとやっぱり勉強になる。なんだか改めて手に手を取れるこの距離に気恥ずかしさを感じるけど、騎士様の真似をして深呼吸。落ち着いて、平常心。それでも隠しきれないわくわくとした気持ちが顔をのぞかせるのは止められない。 さぁいよいよ実践ですよ、ふふふ!


「では・・・試しに一度、私から魔力を流してあなたの中の魔力を揺らし、その存在がどこにあるか分かるよう動かし、ます。 はじめは感覚が分かればいいので、目を閉じて集中して」


 頷き、内心興奮したまま素直に目を閉じて待つ。こんな時にだが、騎士様の言葉使いが丁寧だったと気が付いた。まるで先生と生徒みたいだと考えてしばらくすると、先程と同様向かいに立つ騎士様の手のひらから、何か温かいものと風とがふんわりと流れて行き・・・確かに感じたその感覚に、ようやくパチリと目を開いて顔を上げ、思わず騎士様を凝視した。



 なんだ()()



 イメージを伝えるならば、私、という入れ物に水が入っていた。騎士様から流れてきた魔力の雫が落ちると、小さな波紋がいくつも広がっていき、どこまでも広がり、いつまでたっても広がり続けて行って・・・壁が無いイメージ。お分かり頂けるだろうか。まさに、なんだこれと言わずにいられない量。これが魔力の元?多いなんて大雑把な表現でいいの?そう考えてしまう程、その正確な全体量を私自身、把握出来ないでいた。 私でこれなら・・・騎士様は?

 ここで比較対象を求めてしまうのは当然だろう。私は疑問を確かめるべく、目の前で戸惑った表情の騎士様の魔力量を同じ方法で調べようとした。ただ、自分にも出来るかなと思い行動しただけでその後どうなるかなんてもちろん考えてはいない。


 騎士様から流れてきたのは、温かくて優しい、心地よい風だった。それをイメージして・・・魔力を揺らそうと、した。それだけなのに。





___ブワッ!!


「んぶ!!」

「っ!!」


 強い衝撃の後、何かに包まれしばらく動けずにいた。とりあえず、鼻が痛い。何が起きたのか分からなかったが、そぅっと目を開けると騎士服のボタンが目の前にあった。

 なぜか、騎士様の腕の中にいる。そう認識して顔をゆっくり上げれば、騎士様の方も腕の中にいる私の存在に驚いて、こちらを凝視したまま固まっているようだった。 こうなる前、何をしようとしたんだったか・・・?腕の中から周りを見れば、先ほど立っていた場所から入口近くの壁まで移動していた。移動した原因を考えて背中に汗が流れる。心地よい風をイメージしたのに、なぜか瞬間的にとても強い風が騎士様に向かっていき、咄嗟に手をつないだ私ごと、一緒にここまでふっとんだようだった。

 こうして騎士様に体当たりする形で受け止められなければ、鼻をぶつける程度で済まなかったかも


 ・・・ってそうだ、怪我! 騎士様は怪我人なのにっ!


「す、すみませっ、怪我はっ!?」


 ぶつけた背中は?昨日の肩の傷は!?

 大丈夫だったか、思わず肩のあたりに手を伸ばしてそっと触れた騎士様の体は小刻みに震えているようだ。ああもういやだ、なんて事したの私!ごめんなさい、ごめんなさい・・・と、どうしていいか分からずオロオロしていると、ふっと空気の抜けるような音が聞こえた気がして恐る恐る顔を上げていく。何も言われないのが逆に怖い。怒られるよね普通、と視線を上げたその先で・・・騎士様が笑っていた。


「・・・くっ、っほ、んとうに、あなたは想定外、だな」


 手のひらで覆った口元から断続的に空気が漏れている。どこに笑うツボがあったか分からないまま目を瞬かせていると、笑い声の騎士様がそう言った。長い前髪の隙間から見える吊り気味の目元が細まって、柔らかな眼差しでこちらを見ている。


 私、いま、騎士様の足の間で座り込んで、背中を支えられているのは騎士様の___

 その腕の温かさを感じた瞬間だった。私の心臓が、騎士様にも聞こえるんじゃないか、という大きな音を立てた。自分のいる場所を意識した事で羞恥から激しく動揺しつつも、頭の中では今見た笑顔を反芻させて叫び声をあげていた。


 あ、あぁぁああ何!今の顔何!笑ってたよ笑顔すっごい可愛かった!しかも今私腕と足の間にいて、あったかくて結構細身なのに身体付きがしっかりしててさすがというか、やだほんと恥ずかしい!けどなんかぶつけた鼻がいい匂いを拾ってるけどコレ騎士様の声だけじゃなくて良い匂いまでするの待ってこんな事考えてるってちょっと大丈夫なのかな落ち着きたいから待ってえええぇぇぇ・・・!!!


 控えめに言ってパニックになっている私に気が付かない騎士様は、「使おうと思っても普通は使えない」だとか「危ないからこんな狭い場所では二度としない事」だとか色々言っている気がするが。私はそれに対して、ひたすら頷くのみでまったく声を発する事が出来ない。なんせ自分の心臓が大変で戸惑っていっぱいでそれどころじゃない。騎士様が私の乱れた髪をそっと直してくれているのも、そのサラサラとした手触りに感動されている事も気が付けない位なんだから。





 その時だった。

 鈴が鳴ったような音がした。まるで誰かが私達にむかって、笑ったかのような。


 気のせいかと思った時、洞窟の奥から誰かの声がしたような気がしてそちらを振りかえる。体のまわりを、ふわりと風が通り抜け、奥へと流れていくのを今度は確かに感じた。こっちだよ、と呼ばれているような___


 そう感じたのは私だけではなかったようで、騎士様も洞窟の奥に目線を向けたまま、手助けされて私も一緒に立ち上がる。あっちは確か、洞窟に着いてすぐ騎士様に「行かない方がいい」と言われたような。そういえば理由を聞く前に魔法を見て、すっかり忘れてました。

 しばらく考え事をしていたのか、動かなかった騎士様が「私の後ろに」と声をかけて奥へと歩き出す。何があるか知ってるんですよね騎士様。な、なんだろ。危険なものなら事前に教えてもらえると嬉しいのですが。でもこの世界に来てからなのか元々の性格なのか、危機感がどうもお休みしちゃってるんですよね。蜘蛛の少女の時に懲りてないなと自分でも思いながら、せめて騎士様に迷惑をかけないようにしよう、と貧弱な決意をもって後ろをついて行く。だけど不思議と、この背中の後ろは怖くない。

 ・・・そういえば。



 名前も知らない騎士様。まだお互い名乗り合ってもいないと、今さらだけどようやく気が付いた。








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