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 移動中、美人に肩を抱かれて至近距離からささやかれて、鼻血が出てないかこんなに不安になった事はなかった。

 大丈夫、分かってます、近い距離は雨除けになってくれただけなのも、耳元で話してたのも雨の音に負けないようにしただけだって。 頭では分かってはいても、男性に慣れていない私は至近距離の体温を感じて恥ずかしさでいっぱいになり、顔が熱くてたまらない。

 騎士様の声を意識して聞いてしまってからは特におかしい。初めて声を聞いた時もそうだったが、どこか引き込まれるような所があって、そんな魅力的な声は私の耳どころか心臓をつかんで離さない。

 もしも・・・あんな風に耳元で、自分の名前を呼ばれたら。・・・うあ~!もう妄想するだけでにやにやしちゃうよ!っていかん、落ち着け! でもでも騎士様の見た目で甘い顔で、こんな風に抱きしめられちゃったりアレコレ言われてみたい言葉を考えて・・・んふふ!想像だとしてもありがとうございます! いや落ち着けわたし!


 騎士様のあたたかい腕の中で、大暴れする心臓とはかどる妄想を落ち着かせる事に一生懸命になっている内に、離れた場所に立つ騎士様の姿がぼやけて見えた。あれ?と原因の水滴だらけの眼鏡をはずして慌てて周りに目を向ければ、いつの間にか雨宿りできる安全な場所にとっくに着いていたと分かる。妄想している場合じゃないのに私ときたら、まだお礼も言ってない!と、すぐに感謝の言葉を伝え、あまりの恥ずかしさに思わず笑ってごまかしていたら、何やらむこうも慌てて「こちらこそ、ありがとう」とお礼を返してくる。

 ・・・私、何もしてないよね? していたとすれば妄想だけだわ。

 瞬時に冷静な自分がそう言って、じわじわと込み上がってきたおかしさに笑ってしまった。そう、今日は天気もお店も森も、朝から全部がいつもと違っていてなんだかおかしい事ばかりだ。騎士様からお礼を言われた今のやり取りも変なの、助けてもらったのは私なのに。そう笑いながら前を見れば、私をじっと見ている騎士様と目が合い、そのまま視線をそらす事が出来ずに笑顔で固まる。


 ・・・えっなに騎士様なんかぼんやりしてるみたいだけどなんだろ、私こんなに長く誰かと視線を合わせてるの苦手っていうか照れるっていうか、騎士様の綺麗な顔でついさっき妄想したセリフを言わせたの思い出したらだんだん恥ずかしくなってきちゃったんだけど、考えてた事がばれてる?もしかして口に出して引かれてたからあの距離にいたの!?ぁぁぁ謝るべき・・・?いやそれはそれでどう確認すればいいの?聞くの?無理むりムリ恥ずかしい!ってまずいぞ、さっきから心臓がすごい音になってきたよ?今まで聞いたことない音が出始めた気が、えええまだ見てる、見られてるぅえーっとえっとそうだ! 


「きっ!騎士様! あの、お腹はすいてらっしゃいませんかっ!?」

「・・・え?」

「お昼がまだなら私っ、と、一緒に! た、食べません、か・・・?」


 心臓がこれ以上変な音を出す前に、と私は手に持っていたカゴを顔の前に掲げ、意図的に視線を遮る事にした。このまま正面にいるのは大変危険だ。何度も言うが男の人に慣れてないんだからやめて欲しい。出来れば横に並んで、落ち着いてお話出来ればと考えて、手に持つカゴの中身を思い出した。この雨がもう少し緩やかになるまではここに留まる必要もある事から、我ながらいい案が出たと思う。少々誘い方が唐突すぎた気がしない事もない。騎士様もそう思っているのかも。初めの勢いは失速してゆき、どもりつっかえながらも弱々しくうかがう。でも、今朝の量を考えてもとてもじゃないが食べきれないだろうカゴの中身。・・・ここは是非とも騎士様に手伝ってもらいたい!


 遠慮する騎士様に折れない私のやり取りの末、最終的に「助かる」と答えてくれた騎士様の方を見れば、濡れた外套を脱いで雨の様子を見ているようだった。下に着ていたのはやはり、グレーを基調にした騎士服。・・・街を歩く他の騎士様達はわりと余裕のない着こなし(鍛えた筋肉でぱっつんぱっつん)だった気がするが、その姿が普通なのかと思っていたけど・・・目の前の騎士様は体に合わせた着丈で、これが見本です、という位に似合っていた。正直にいいます。本当にかっこいい。理想が服を着て目の前に立っているって、こんなに落ち着かないものなんだと初めて知った。こっちを見てないのを良い事に、上から下まで堪能・・・んん!見惚れてしまうのは許して欲しい。いつまでも見ていられそうだけど、お昼の用意をしないと。

 なんとか視線を外して、こっそり息をつく。また熱くなっているだろう両頬を覆えば、先ほど頂いたばかりのハンカチが、この雨でひんやりと濡れた感触を伝えてきて慌てて絞る。うぅ、手に持ったままだったのを忘れていた。・・・貰ったばっかりなのに、としょんぼりしてしまう。持ち歩いていたカゴはお腹に抱いていたのが良かったのか、一番上にかけた布が水分を弾いてくれていた事もあり、中を確認すればなんとか無事なようでホッとする。ひとまず絞ったハンカチで眼鏡を拭き、カゴの中に入れてからどこに腰掛けようか、と周りを見渡した。


 奥行きが見えない位に暗くて長い、何もない洞窟だった。そう広くない洞窟内を確認してから、ここにもいない毛玉ちゃん達の姿をつい探してしまう。頭に浮かぶのは妖精ちゃん達の慌てたような、余裕のない動き。どこにでも当たり前にいたこの森の住人たちは、まだ魔物の、蜘蛛の少女から姿を隠しているのだろうか。タイガがどこに連れて行ったか分からないけど、あの子もゆっくり怪我を癒せる場所があればいいなぁ。

 この雨の中、みんなどうしているだろう・・・そんな事を考えながら暗い洞窟の先に目をやれば、随分と奥まで続いているようだった。私の様子を見ていたのか、騎士様に「あまり奥には進まない方がいい」と声をかけられ、騎士様の方を振り返る。なぜかを聞こうと口を開きかけた時、おもむろに落ちていた木の枝をかがんで拾い上げ、何かを呟いた騎士様。木の枝の先に添えられた手元で、小さな光がポッと灯って洞窟内をほんの少し明るくした。


 ・・・な、何!? 騎士様何したの!? 


 驚きすぎて口をぽかんと開けて騎士様を凝視してしまう。声もなく見つめる先にあるのはどう見ても小さな炎で、ゆっくりと木の枝の上で揺れている。だけど、騎士様の出した炎はなぜか木を燃やさず、灰にもならず、消えて無くなりもせずにそこで揺れ続けている。どんなに観察しても理由が分からない。いつの間にか騎士様のすぐ近くまで来て同じようにしゃがんでいる事にも気が付かずに、炎をただじっと見つめて考えていた。そんな私の様子を見ていた騎士様は、そっと「魔法を見たのは初めて、なのか?」と聞いてきた。こくこくと勢いよく頷きながら、視線は騎士様の手元から離さない。魔法?魔法って、この不思議な火のこと?「・・・この木が燃えないのが不思議か?」そう聞かれ、今度はうんうんと騎士様を見上げて頷く。視線だけできっと、なんで?なんで?と思っていたのが伝わったのだろう。「この炎だけ、時間の流れを遅くしている。少々の風の中でも簡単に燃え尽きたり消えたりはしない」と教えてくれた。聞いてすぐ、ふーーーと息を吹きかけてみても、たいして揺れずにそのままな炎に感動してしまった。明らかに何らかの影響下で留まる炎。これが、魔法・・・!


「・・・すごい、魔法って・・・すごいなぁ」

「他にも、こんな事も」


 興奮気味に呟く私に対して気を良くしたのかそう言って、騎士様がまた小さく呟いた。どこからかふわり、と風が流れたのを濡れた肌が感じ取る。わぁ、風!風が!でも今何をしたんだろう?と思っていたら、騎士様が木の枝を持つ自分の腕を、肘を突き出すようにして私へ近づける。見た目には何をしたのか分からなくて、困った顔で騎士様を見上げてしまう。

 騎士様はしばらく考えてから小さな声で「手を」と言われた。視線を下げれば、枝を持たない逆の手を上に向けこちらに出しているのが見え、そっとその上に片手を置く。 雨で濡れて冷たくなった指先で触れると、騎士様の暖かい手の温度との差をさらに感じる。見た目よりも大きく、剣を握る手のひらの固い皮膚。また少し鼓動が早くなっていると、重ねた手のひらから何かが通り抜ける感覚とともに、温かな風をふわりと感じた。それはほんの一瞬。雨で濡れて重くなっていた服が、風が通った事で軽くなったのに気が付いて驚いた。魔法でほぼ乾いてしまったんだと分かり、おおおー!と叫んでしまいそうになる。心の内になんとか留めるが、傍から見ても鼻息は荒いし口も驚きの連続で開きっぱなしで、きっと女子として大変残念な事になっているに違いない。

 ふと見上げた騎士様の髪から、まだ雫が落ちている所があった。私の視線の先に気が付いた騎士様は、指先で髪をつまんで確認すると「広範囲の魔法は苦手で」とどこか申し訳なさそうにしていた。私からすれば魔法が使える事こそスゴイのですが。その証拠に脳内の興奮度はぐんぐん上昇する一方だというのに。

 自分の耳の後ろあたりの髪も、触ればまだ騎士様と同じようにまだたっぷりと水分を含んでいる。広範囲は苦手という事は、使える範囲が部分的なのかも知れない。万能ではないと理解すればするほど、魔法のその不思議な力にどんどん魅了されてしまうのを自覚していく。思わず騎士様の手を、しっかりと両手で握りしめて私は懇願していた。


「っあの! あの・・・私にも、魔法は使えませんか?使う時に何を考えているのか、とか、どうやっているのか・・・説明だけでも!お願いします、教えてくださいっ」


 簡単に出来ることではないと思ってはいるが、自分もやってみたくて我慢が出来なかった。無理を承知で言ってはみたが、私には出来ないと言われたとしても、それは・・・とっても残念だけど仕方がない! それでも、魔法を扱う人から何か教わりたい、と考えた上でのお願いだった。

 自分の手と私の顔とを真っ赤になりながら何度も視線で行き来して、かなり戸惑う様子の騎士様だったが、私の目に必死さを感じ取ってくれたのだろう。赤い顔のままでじっとこちらを見つめた後「魔力の量が、多い・・・」と驚いたようにこぼした。 私にも魔力がある!?それはつまり、ちょっと位は期待してもよいのでしょうか?


「ひ、ひとまず、座らないか。その、私で良ければ、魔法について分かっている事、なら・・・少しは話せる」


 ほんとに?やった・・・っ嬉しい!私の勢いに押されただけだとしても、無下にせず聞き届けてくれた事に感謝を! 満面の笑みで元気よく「ハイ!」と返事をした後、お話が聞けると喜ぶ私はウキウキと食事の用意を始める為にカゴを取りに行く。騎士様が魔法を使った衝撃にその存在を忘れていた大事なお昼ご飯。



 そんな私に、赤面したまま顔を俯かせる騎士様の「耐性がなくてツライ」と呟いた声は届かなかった。






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