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*騎士様視点
突然の豪雨によって避難した洞窟にたどり着くと、思わず安堵の息が口から漏れた。
騎士団から支給されている外套には、遠征時など多少の雨風ならば何の影響もないよう、加護が発動する仕組みになっている。なのにその外套を着ている自分ですら叩きつける雨の中、まるで押さえつけられるかのように身動きも取れず、危機感を覚える程だった。距離も近く場所も雨宿りするには十分だと思いここまで来たが・・・今も止まないその雨音を聞きながら、一体何が起きているのだろうと外を眺めて思わず眉間に皺を寄せていた。
そうしながら、腕の中が温かくて心地いいなと頭の片隅で気が付き、そのぬくもりへと視線を落とし・・・固まった。まだ彼女の肩を抱いた姿勢のまま、しかも寄り添った状態で互いに動かずにいた、という事実に衝撃を受けて。
自分の脳は今のありえない現状をまったく受け入れてくれない。腕の中にすっぽりと収まっている、小さくて温かな彼女の存在に対し、心の中では思わずこのままでいたい、と強く願う自分に気がついて顔が熱くなる。こんな時になんだが、こんな事今まで生きてきた中であったか・・・?と考えが思わぬ方向へと流れていく。むしろ子供の頃から、他人と触れ合った記憶もほとんどない。
自分の見た目がどれほど恐ろしく、そして不快に映るか。将来の『可能性』の残る子供の頃のままであれば、まだ良かった。銀や水色といった薄い色彩より、どちらかといえば濃い色彩が華やかとされ好まれる国民性に対して、親からの銀の髪色を受け継いでいるのは仕方ないとして。 教会に飾られる天使の絵のように背は小さく、豊かさを表す体型はふくよかで、サラサラとしたまっすぐな髪質になるかもしれない『可能性』があったあった頃は、まだ。
大人に近付くにつれ背が伸び、身長を止めたくとも食事を減らせば貧相になる体。憧れの騎士のように、せめてたくましくなりたいと出来る努力をして願うも、筋肉の付きにくい体質なのかちっともガタイは良くならなかった。生まれつきの強い癖のある髪質さえ成人するまでにあった希望を壊し、とうとう伸ばす事も諦めて短くしてしまった。その上自分の顔面は平凡よりも更に悪く、温かみよりも冷たさを印象付ける顔立ち。誰もが目を合わせる事すら恐怖する、恐ろしいまでに目尻の吊り上がった大きな目。せめてどこか、自分の体の中で一つでも好きになれれば良かったが、よりによって瞳の色は金。自分自身だと分かっていても鏡の前に立つのを疎ましく感じる程に、必ず視界に入ってくるのは色素の薄い姿・・・自分の親でさえ、生まれた我が子の恐ろしさと醜さからどう接していいか分からず、成人した今もなおよそよそしい。
自分から視線を外す親の、その見慣れた姿を見る度に、どうして自分はこんな体と顔で生まれてしまったのか・・・と何度考えたか分からない。
普段は心の奥底深くにしまい込んでいる事を引きずり出し、感傷的に浸ってしまう位には動揺していたらしい。心身共に目指す騎士像には程遠いなと、自身のあまりの情けなさからため息がこぼれそうになる。
だがそのおかげか、先ほどよりは冷静になれただろうか。被っていた外套を頭からふるい落とすと、伸ばした前髪が濡れて顔に張り付いてきて鬱陶しい。片手で前髪を払い、彼女へ視線を動かせば自分以上にずぶ濡れなままの姿が目に入る。
そうだ、彼女は自分とは違い一般的な外套のはず。この異常な雨の中、短時間とはいえ大丈夫だっただろうか!? もっと早く気が付くべきだった。何をやっているんだ私は、と不甲斐なさに後悔しながらそう声をかけようとした時彼女がじっと動かない理由が頭をよぎる。
肩を抱いたままだったその手を慎重に、そっと下して距離をあける。
・・・たぶん、いや、おそらく彼女は・・・恐怖で動けないだけ、なのだろう。
昨日会った時も今日も、自分の顔を見て悲鳴を上げたり気分を悪くする様子を見せない、稀に見る程の美を神から与えられた彼女。
当初の印象では、そのあまりにも人間離れした美しさに、出会った場所が場所だけに目の前にいるのは精霊だと素直にそう思った。そう、同じ人間であれば、自分に近づくはずがないのだから。だから、躾のしっかりとされた家庭で育っているか、感情が表に出にくいだけだろうか?と後になって想像していた。今日会った時に眼鏡をしていた事で、極度に視力が悪いせいだったのか、とすんなりと納得していた。それならば昨日の距離も頷ける。眼鏡をかけたままであってもごく普通に会話を続ける姿には驚いたが、一般的に自分の評価は自分が一番よくわかっている。未だやむ気配のないこの大雨の中、とっさに非常時ゆえと言い訳をして、体に無遠慮に触れたりした事をもう何度目にもなるがさらに深く後悔する。
心の中で謝罪を繰り返しながら洞窟の入口の方へと一歩、また一歩と後退しながら距離を開け、彼女の全身が見える位置まで下がる。自分に対して見慣れた、恐怖や畏怖といった感情が見えたならまずは謝罪し、すぐにでもここから外へ出て行けるように。
離れてしばらくすると、彼女もゆっくりとした動きで頭から外套を落とし、濡れた眼鏡を外す。その下の素顔はもう知っている。
自分とは何もかも正反対のその容姿。類まれなる美貌を持ちながらも、自分に対してでさえ普通に接してくれた中身までも美しい人。思えば今日会った時も傷の様子を気にしてくれていた。普通であればもっと周りに人が侍り、手足のように動くものなのでは・・・と考えた後ふと疑問に思う。自らの手で手当など行う必要すらないと彼女の両親は教えなかったのだろうか。周りから溺愛され傲慢に育ちそうなものを、どう教育を受ければここまで天使のように育つのだろうか。そして昨日といい今日といい、どんな理由があって一人で出歩くことを許可されているのだろう? そこまで考え、思考を断つように目を閉じた。
どこまでも好ましい態度で自分を一人の人間として接してくれる、そんな謎の多い彼女の稀有さを今さら再認識した所で遅すぎる事に変わりはない。もっと早く離れていれば少しは違っただろうか。いや、不愉快にさせただろう自分に、そんな事はもうあり得ないだろうな・・・と後悔と諦めの混じった気持ちで目を開き、彼女へと視線を戻す。
「ありがとうございます、ここまで連れてきて下さって助かりました」
顔を上げた彼女は目線や顔を忙しそうにあちこち動かした後、しっかり頭を下げてお礼を述べてきた。
再度顔を上げたその表情は想像と違い、なぜか真っ赤に染まってはいたが、いかにも安全な場所にほっとしたと分かる、力の抜けた柔らかな笑顔を自分にむけてくれた。
信じ、られない・・・
予想外の事に言葉が出てこない。怖がりもしない、怯えたりもしない、それどころかこちらに笑いかけている。今まで目が合った相手は大抵、顔をそらし青を通り越して白くなったり、そのまま失神する女性もいた。もちろん子供は泣いて逃げてゆくのが常。そんな事が当たり前すぎて、なぜ顔を赤らめているのか考えても理由はさっぱりだが、笑いかけられている。
それは以前、街中で見かけた事のある光景と同じだった。往来での揉め事に巻き込まれた女性が目の前で転倒し、駆けつけた騎士に助け起こされた後、感謝と信頼のこもった目で騎士を見つめていた。たったそれだけの事だが、自分が同じ事をしても相手は悲鳴を上げて逃げてしまうのは分かっていた。それを自然と出来る同僚達を羨ましく思いながらも、ただ見ているだけしか出来ない、役に立たない自分をいつも恥じるしか出来ないでいた。だからこそ自分もそう出来ればと、そんな自分の姿を夢みて誰かを助ける事だけは、感謝されなくとも続けてきた。人の嫌がる仕事であっても、それが街に住む人々の安全を守る為ならば。それが仕事ならばと。
・・・だから、初めてだった。 まっすぐこちらを見上げてお礼を言われたのも。それだけの事でこんなにも、自分の中で満たされる何かがある事を知るのも。こんなにも自分は誰かに必要とされ、認めてもらいたかったのだと。湧き上がる喜びの感情にうまく反応出来ずに慌てながら、なぜだか感謝の言葉をこぼしていた。
「あ、ああいやこちら、こそ、っあ・・・ありがとう・・・」
思わずそう口にすると、彼女は言われた意味をしばらく考えていたのだろう、きょとんとした顔をした後に「どうして騎士様の方がお礼を言うの?」と笑っていた。
彼女の反応に身構えていたハズが、戸惑い、喜び、慌てたりと自分の感情に大いに振り回されている。いや、今だけじゃない。思えば初めから、いつもの自分と違う姿を彼女には見せているのではないだろうか。
普段は常に無表情、何を考えているのか分からないと、陰では恐ろしさの込められた名で呼ばれる事が多い自分が、驚くほど感情をさらけ出しているのはもう自覚している。先ほどから何度も向けられる笑顔のあまりの眩しさに、今はただただ呆然としてしまったが・・・本当に不思議な子だ、と昨日と同じ事をまた考えていた。
始祖の森と呼ばれるこの場所には昔から精霊がいるとされている。めったに人の前に姿を現すことがないと言われるが、神聖な場所を守る存在として、昔から、おそらく建国以前からこの森は大切にされてきていた。
だから昨日、泉の前で目が覚めた時も、自分の目の前にいるのが人間だと当初は思わなかった。その姿を至近距離から見た際、思わず『リリア・ラスカ』と呼んでしまったが、本当に生まれ変わりなのではと思ってしまう。
自分もその絵を見たのは一度だけ。それでも忘れる事は出来ない程の衝撃と共にしっかりと覚えている。このフォレストーム建国時の王と並び微笑むその妃『精霊姫リリア・ラスカ』と伝わるその絵姿に、彼女の外見は本当にそっくりだった。
自分でもびっくりな亀更新。
ポイントやブックマークを付けて下さった方に報いる為、少しでもはやく形に出来るようになりたいと思う日々。