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 それからどうしたかって、それはもう全力で怪我の手当をしました。怪我をした子供がいたら、手当をするのは当然です!・・・というよりなにより、やっと見つけた平凡顔仲間。平凡と言ってはいるけれど、単に目元が細いというだけで鼻も口も整っているから、全体的なバランスは良かったりするんだけど。でも、初めて会った私以外の細目!できる事なら仲良くしたい。意思の疎通が図れるならぜひともお話したい。さっき襲われそうになった時もそうだったけれど、近付いたら危険だ、とは思って遠巻きにしていたが、不思議と怖いと感じたりは全然まったくしなかった。食べられそうになったというのに、だ。 他の人からすれば私の感覚はどこかおかしい言われるかもしれない。ただそれも一瞬の出来事での感情であって、すでに過去の事。今の私は手負いの魔物という未知の存在とどうすれば仲良くなれるか、という事で頭がいっぱいだった。

 それに、どちらかというとものすごく怖がっているのは蜘蛛の少女の方だった。私が身体に近付くだけでビクつき、なにするの、と怯え切った表情と小刻みに震える全身でそう訴えていた。それを見て逆に落ち着いたのは私の方で。

 嬉しさのあまりに自分の感情を優先してしまってはいけないとすぐ反省し、仲良くなるのは置いておいて、まずは怪我の手当をすることにした。


 怖がらせないように、私は触る前に「血を拭かせてね?」「これは痛みを取るお薬。痛くないよ、ほら」と言葉が通じているかは分からないけれど必ず声をかけて手当を進めた。片腕と、蜘蛛の脚が何本か欠けていたが、不思議と出血自体は腕からのみで、脚からは血が出ていなかった。顔面を濡らす血も、頭から出血しているのかと思って慎重に確認したが、頭部に怪我は見られなかった。不思議に思いながら血をそっとぬぐって、思いの外柔らかい身体にある小さな傷にも薬を塗っていく。しばらくして痛みが薄れてきたのか、段々落ち着きを取り戻した様子のその子はいつの間にか泣き止み、タイガが上から降りても座った状態のままで大人しく手当されてくれていた。けど、なんだろう。なんだかすんごい見られてる。少女の顔の二つの目だけじゃなく、下半身の前方の辺りにある複数の眼からも視線を痛いほどに感じる。観察、されているのかな・・・

 先に止血しておいた、肘より先の無い片腕をそっと手に取り、頭に巻いていた三角巾を使って腕を体にしっかりと固定して、ひとまず手当出来る所は終わっただろうか。他にはもうないかな?あとは大丈夫かな?と独り言をつぶやきながら確認していると、そのタイミングで蜘蛛の少女が話しかけてきた。


『なんで人間が、怪我を治す』

「・・・?」

『この怪我、剣を持った人間がやった』

「っ、・・・」


 なぜ怪我を治すのか。その問いの意味を考えて、続いた言葉に息をのんだ。・・・きっとそうなんだろうと、手当しながら思っていた。予測はしていても、やっぱり衝撃は少なからずあった。 近付く私に怯えたのも、ずっと観察していたのも、私が怖かったから。人間だから。その人間が怪我を治療してきて戸惑い、その行動が理解出来ないからこうして直接聞いているんだろう。


『かあさま、人間に殺された。私をかばって逃がしてくれた。私は産まれたばかりで、他の卵はみんな、人間が潰してた。ひとり、そこから逃げて、きた』


 それで傷がない所も血で濡れていたのか、と納得する。簡単に拭き取れる血の状態から、それ程時間が経っていないのだろう。庇ってくれたという母親の身体を貫通した何本もの剣によって傷つき、産まれたばかりのその柔らかな手脚は簡単にちぎれてしまったのだと話すのを聞きながら、胸の奥がぎゅうっと痛くなる。魔物と人の違いは何なのだろう。この子の話を聞く限り、普通の親子と、人となんら変わらない。・・・そっと残った片腕に触れても、もう怯えたり逃げるような素振りは見られない。それでも握ったその手はまだ小さく、かすかに震えていた。


「すごく、怖かったよね・・・やさしい、お母さんだね」


 それまで淡々と説明していた少女が、目に涙をたたえ寂し気に俯き『かあさま・・・』と呟くその姿を見て、私は単純になんとか力になりたい、と思ってしまった。私の目から見て、魔物はこの子しか見ていないし分からない。人を襲うという理由から討伐対象なのだという事は知っていても、魔物に関する情報はそれだけ。ありがたい事に、私と会話は問題なく出来る上に、産まれたばかりという割に知能が高い事も伺える。意思の疎通がこれだけ可能なら、私ができる事はして助けになりたい。まずは元気になってもらいたい。


「ね、あなたは人以外に食べられる物って、ないの?」

『・・・わから、ない。まだ何も、食べてないから』

「うーん、じゃあ私の事は?食べたいって、思う?おいしそうに見えるかな?」


 しばらく考えていた少女の答えは、分からない、というものだった。さっきの状態は極限状態だったせいか、本能的に何かを食べなければと考え行動した結果だったのかもしれない。ただ、人を食べられるか聞いてみたところ『食べられると思う』という答えだった。何も食べていない今なら、逆に何でも食べられるのならと、お昼ご飯にウルジさんから持たされたカゴの中から果物を見つけ勧めてみた。この森の中でも見かけた事がある木の果実だ。本当は蜘蛛の身体なのを考えても、何か別の小さい生き物とかの方がいいのかも知れないんだけど。

 果物を受け取った少女は匂いを嗅ぎ、しばらく考えて下半身の蜘蛛の口へとぽいっと投げ入れて咀嚼している。 あ、そっちで食べるんですね。


 『・・・食べれた』


 つぶやくようにして聞こえてきた言葉に、思わずよし!とこぶしを握る。今後果物以外にもっと口に合うものだって見つかるかもしれない。人を食べないと生きられない訳じゃないなら、共に生きる道もきっとあるはず。それが確認出来たなら、あとはここよりも安全でしっかりと休息のとれる場所があれば・・・

 怪我の手当から果物を食べるやりとりまで、私達の傍から離れる事なく隣にいてくれたタイガへと体を向けると、静かな表情で見つめ返された。


「・・・タイガ、あの、お願いがあるんだけど、ね?」


 座った状態で同じ目線の高さになるタイガと正面から向き合い、怪我が癒えるまでこの子が休める場所と、食べる事が出来るものある場所がないか尋ねる。出来れば元気になるまで傍にいてあげて欲しい、とこちらの願いを言葉にして伝えてみる。先日森で薬草を探すのを手伝ってくれた時も、そこまで先導して案内してくれた事からも、きちんと相手に伝えようと努力すれば理解してくれると知ってる。蜘蛛の少女のように言葉を交わした事はないし、タイガが魔物なのか、妖精ちゃん達と同じでいいのかは分からないけれど、意思の疎通がきちんと取れる事をちゃんと知ってる。私をいつも見返り無く助けてくれ、その上性格はおだやかでとても優しい。そんなタイガが大好きでいつも頼りにしてはいるけれど、こんな人任せ(タイガ任せ?)なお願いまで聞いてくれるか分からなくて、そっとその表情を伺ってしまう。

 ・・・なんだかさっきよりも瞼が下がり、半眼になっていて・・・どこか呆れているように見えるのは気のせいかなあ?まるで大きなため息をつくかのような仕草の後に、しぶしぶといった様子で腰を上げて森のさらに奥の方向へと踏み出し、こっちへこいと言いたげな目線を蜘蛛の少女に投げかける。・・・時々、ものすごく人間臭い所がある、という事も今後は心に留めておこう。

 その時、タイガがふと私よりも後方に意識を向けたのが分かった。私の耳にも、まだ距離はあるが誰かが近付いてくる足音が分かる。今度は間違いなく人のものだ。まだ蜘蛛の少女は気が付いていないようで、残った蜘蛛の脚でゆっくりと立ち上がり、ちぎれた脚の状態を確認している所だった。


「・・・歩ける?タイガについて行けば、きっと安全な所があるはずだから。そこでしっかり休んで、あなたがまた元気になった頃に会いに来るね」


 本当はタイガと共に、安全な場所を見届けるまでしたかったのだけど、それはタイガに任せ、様子を見てこちらに近付く誰かの足止めをした方がいいかもしれない。タイガに向かってごめんね、と顔の前で手を合わせていると、肩口で切り揃えてある私の髪をそっと引っ張る感触があった。立ち上がった蜘蛛の少女が、見上げる位置から見下ろし、こちらに手を伸ばしている。何か持っているようだ。


「ん、どしたの?」

『これ・・・』






 タイガ達を見送り、その後ろ姿が見えなくなってすぐ、こちらにむかって近付いていた相手が自分に気が付いたようだった。蜘蛛の少女から受け取ったものはひとまずポケットにしまい、外套よし、眼鏡よし、と周囲を確認した所ですぐ後ろからガサリと葉の擦れる音がして、私はたった今気が付いたとばかりに後ろを振り返る。



 見覚えのある銀髪に、同じように外套をまとったその下からちらりと騎士の服が見える。そこにいたのは、昨日会ったばかりのケガをしていた騎士様の姿があった。




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