シエンを授けし者■昼裡△
チュウリ
ウチ
ウラ
門から出て二時間後、中間地帯に入った一行は(三名を除いて)疲れ果てていた。
歪で奇妙な大型トラックの車内は空薬莢で撒き散らされ。車体のところ所はへこみ、銃弾が貫通した跡、何かの赤茶色の汚れが付いていた。
バージニアは緊張が溶けたのか、疲労を隠さず座席に倒れ込みながら血塗られた銃剣装着したAUGASF88を抱え込み。
ランスロットは緊張感を解かず、ドイツ製のアサルトライフル417の16.5型弾倉増量改良型を森に向かせながら警戒していた。
近所の人は汗だくになりながら、空になった薬莢を再びハンドロードしてリロード弾として利用するために座席中に散らばっている空薬莢を吸引式掃除機で吸い取る。
ニホンエルフは汗と返り血を拭いながら、途中で敵から奪った銃剣装着したレミントンM1100散弾銃を肩に掛けて座席下のクーラーボックスから透明でレモンの匂いがする炭酸飲料を取り出して飲んでいた。
ヴォーレンは目を険しくしながら、ドイツ製のアサルトライフル417の16.5型弾倉増量改良型を抱えて空弾倉を外して新たな弾倉を装着させながら森に目を向けて警戒していた。
ニホンエルフの母は慣れた手つきでハンドルを片手で握りながら片手に持っていたドイツ製のPDWMP7弾倉増量改良型を近所の人に渡して代わりに緑茶が入ったペットボトルを持って飲んでいた。
マリアネットは涼しい顔で専用手袋で手の平サイズの小型飛行ドローンを動かして操っている。
シュトラスキーは思い出したように銃座のブローニングM2重機関銃に手を置きながら電子タバコを吸っていた。
かつて舗装された道路があっただろう道は死屍累々と残骸が散乱する赤黒い道になっていた。
門から出て三十分後、中間地帯に入った一行は襲われた。
歪で奇妙な大型トラックに一発の銃弾が当たった事に気付いた時、前後左右から多くの人が現れた。
「車を置い」
前に出た髭が深い男が何かを言い終える前に歪で奇妙な大型トラックに轢かれて、地面に擦り潰された。
「人を轢いたような」
「野盗だね、この辺りじゃ見かけない顔だった気がするね」
「ああ、三か月前に新潟都市圏から放り出された連中を中心とした北関東のグループが進出してきたんだよ」
困惑しているヴォーレンの疑問を遮るように答えたニホンエルフは慣れたように近所の人から銃剣装着した旧式のカラシニコフを受け取り、後部左側の窓を開けて後ろを見た。
歪で奇妙な大型トラックを止めようとした仲間が轢かれたのを見て、怒りの形相で追いかけてくる野盗達は百人以上の集団だった。
彼等は民間の車を改造した装甲車、史上最悪大規模災害によって牧場や動物園から逃げて定住野生化したのを飼いならした馬やダチョウにロバ、何処かで手に入れたトラックに何処かで手に入れた機関銃を取り付けたテクニカル、自転車を改造したバイクもどきに乗って追いかけてくる。
「数が多いな、あれは何かの目的でやって来たな」
「そういえばどこかの紅い鬼が北関東で強奪と虐殺に猛威を奮ったと聞いたな。紅い鬼、いったい何者なんだろうな?」
「いやそれ、仕事に行くのに姐さんがなまはげの格好で北関東に」
近所の人の言葉を遮るようにニホンエルフの母は回転式拳銃――スタームルガー・ブラックホーク――という博物館級の骨董品を取り出して前右側の座席にいる近所の人に向けて引き金を引いた。
回転式拳銃から放たれた弾丸は近所の人に向かって進み、そのまま前右側の窓に取り付こうとした野盗の男の眉間に命中して命を奪い、魂を失った体は重力にしたがって道に落ちて野盗達の装甲車に踏みつぶされた。
「油断するな、近所の人」
「あ、ああ、ありがとうございます」
「いま、近所の人を狙ったような」
「ヴォーレンさん、ドイツ製のアサルトライフルは使えますよね?」
余計な追及をしようとしたヴォーレンを止めるようにニホンエルフがアサルトライフル417の16.5型弾倉増量改良型を押し付ける。
「おいおい!、数が多いぜこれ!。どうするんだよ!」
「大丈夫だよ、バージニア。ここじゃあ平均的な数だよ!」
「あんな数を相手にした事はねぇぞ!、俺は!」
「「「え?」」」
銃剣装着したAUGASF88を構えて狼狽して悲痛な叫びを上げるバージニアに対して、ドイツ製アサルトライフルを構えるヴォーレン、アサルトライフル417の16.5型弾倉増量改良型の弾倉を確認していたランスロット、手に持っていた電子タバコを口に咥えて銃座のブローニングM2重機関銃を構えるシュトラスキー達3人は『何を言ってるんだ君は?』を含めた疑問の声を挙げた。
「バージニア。そういえば君は元オーストラリア陸軍特殊空挺部隊連隊第8中隊の隊員だったな」
「第8中隊は航宙作戦部隊なんだよ!。主に宇宙が作戦区域範囲内で陸は補助程度なんだよ!」
今まで多くを宇宙ステーションや宇宙戦闘艦等であり多少は陸での降下戦闘という主に狭い作戦区域範囲内で少人数を相手にしていた経験しかないバージニアは嘆き叫ぶ。
それと共に野盗達は歪で奇妙な大型トラックに近づき、それぞれの武器で攻撃してきた。
野盗達は何処からか手に入れたのか拳銃は当たり前で、アサルトライフル、短機関銃、機関銃、ライフル、弓、ボウガンを持って歪で奇妙な大型トラックに襲い掛かる。
襲い掛かる野盗達に対して、歪で奇妙な大型トラックの銃座に着くシュトラスキーがブローニングM2重機関銃を背後から追いかけてくる野盗達に向けて掃射した。
たちまちに道一直線に自転車を改造したバイクもどきが鉄くずに、人間と馬やダチョウが引き裂かれ、機関銃を取り付けたテクニカルが穴だらけになって死体が急ブレーキを踏んで後ろを巻き込んでいく。
それでも野盗達は左右から押し寄せてくる。
歪で奇妙な大型トラックの左横に自転車を改造したバイクもどきに乗る野盗の男性二人が着いた。そして後部座席に座る山賊の男性の両手にサソリの名を持つチェコ製の短機関銃SA396が持っていた、歪で奇妙な大型トラックの芋虫の足のように過剰な数のタイヤに狙いを定めてフルオートで撃つ。
歪で奇妙な大型トラックの芋虫の足のようなタイヤは次々と破裂するが、破裂しても芋虫の足の如く増やされたタイヤはまだ多く残っていた。破裂したタイヤのゴムがまとまって固まり、車体の下に多く残っているランフラットタイヤを守るように銃弾を遮っていた。
野盗達は続けて撃つが歪で奇妙な大型トラックの芋虫の足のように過剰な数のタイヤを狙うのが無駄だと感じ取ったのか、歪で奇妙な大型トラックの操縦席を奪う事に決めたようだ。
歪で奇妙な大型トラックの操縦席に野盗達は左右から近づいていく。
左横から扉に近づくバイクもどきに乗る野盗の男性二人は窓が開いた事に気付いた、左横にいたヴォーレンのドイツ製のアサルトライフルのバースト射撃をもろに浴びて、肉と鉄の屑になった。
右横には自転車を改造したバイクもどき乗る野盗の男性一人が果敢にもバイクもどきを捨てて扉に飛び乗った、そして右横にいた近所の人が扉を力強く乱暴に開けたために叩き落とされ地面に叩きつけられ、仲間達に轢かれた。
ニホンエルフが扉を開けて目と合った野盗から銃弾を叩き込んで、命を奪っていく。適当に引き金を引き終え、扉を閉めて弾倉を装填してから、また扉を開けて引き金を引いて、野盗達の命を奪っていく。
3回目辺りで旧式のカラシニコフの銃身から何かの金属音が聞こえた。
「ん?。近所の人、このカラシニコフ、粗悪品のデットコピーじゃないか!?」
「へい兄ちゃん!、ジャムはパンだけにしとけな!」
野盗の装甲車がいつの間にか扉の前まで来ていた、野盗の男性が装甲車の屋根に乗りながら弾詰まりを起こしたニホンエルフに一言、話し掛けてから銃剣装着したレミントンM1100散弾銃をこちらに向けようとした。
「ちょうどいい、それもらうよ」
「へ?、ほぅぼ」
銃剣装着した旧式のカラシニコフを投擲したニホンエルフは見事に銃剣が喉に刺さった死体から銃剣装着したレミントンM1100散弾銃とおそらく弾薬入れに使っている鞄を奪い取り、呆気にとられた野盗の装甲車を運転する男性に向けて引き金を引いた。
死体が乗った野盗の装甲車が横転して、木々や野盗の仲間達を巻き込んで炎上した。
「シュトラスキー、左側の弾幕が薄いよ!」
「わかった」
シュトラスキーが左側にブローニングM2重機関銃を向けて掃射して、木々ごと野盗達を薙ぎ払う。
「ニホンエルフ、さっきの言ってみたかっただけだろ?」
「ああ、一度ぐらい言ってみたかった」
ドイツ製のアサルトライフルのバースト射撃で正確に野盗達を仕留めるヴォーレンの問いかけに、銃剣装着したレミントンM1100散弾銃を適当に野盗達に鉛を叩きこむニホンエルフが答えた。
「シュトラスキー!、右から新手の野盗達が来ている!」
銃剣装着したAUGASF88を撃ち続けるバージニアがシュトラスキーの名を叫び上げる。
いつの間にか横に着いていたテクニカルから野盗が飛び出てバージニアに向かって飛び掛かり、肩や首に銃身を掴んで道に引き摺り落とそうとしていた。
もがくバージニアが窓から落ちそうになったその時、ランスロットがアサルトライフル417の銃剣でバージニアに掴み掛る野盗を刺して、抜いた後に横に着いているテクニカルに向けて16.5型の弾倉増量された分を撃ち込んだ。
「バージニア、大丈夫か!?」
「助かった、ランスロットもどき」
「この状況じゃなきゃ、お前を刺し殺してるからな」
撃っても撃っても野盗達は減るどころか次々と左右の森から後ろから前からも、衝突しようとしたり乗り
込もうとしたり撃ってきたりと明確な殺意を持って増えていく。
「おい!、もう少し速度は出せないのか!?」
「この大型トラックは元々軍用を奪……貰って輸送と装甲を重視して改造した物だ。エンジンは厄介な物だから何一つ手を加えていない、それに『危険を冒す者が勝利する』のが君の標語なら問題は無いはずだろ?。よっと」
ランスロットの問い掛けにニホンエルフの母は答えながらハンドルを回して衝突しようと来た野盗のテクニカルを逆に衝突して横転させた。
「それは以前の標語だ、今は『命を大事に』が私の標語だよ。まさかこの襲撃を予想していたわけではないよな?」
「そうかもな。近所の人、操縦を換われ」
「了解、姐さん任せてくださいよ」
操縦を近所の人に預けたニホンエルフの母はついでに回転式拳銃で野盗達のテクニカル一台、バイクもどき二台、馬やダチョウにロバをそれぞれ一つずつに鉛を撃ち込んでから後部座席に移動していく。
「驚いたな、銃座に座ってまだ生きているとはな」
「昔から似たような事を言われた」
ニホンエルフの母が銃座にいたにも関わらずほぼ無傷のシュトラスキーを見て驚いていた、この車の銃座はこの地と状況では最も銃弾の集中がある危険極まりない座席だった。
マリアネットは万能機械化工兵であった。
正式名称、万能機械化工兵
万能機械化工兵は無人戦車や無人航空機に多種多様なドローンの運用及び管理する役割を持っている戦闘支援兵科の一種である。
元々は既存の工兵に無人機やドローンに操作させていたが、大量生産技術革命によって既存兵器の低価格による大量の無人戦車や無人航空機の登場、技術進化に伴う多種多様なドローンの出現などにより物量や精神面の負担が増加したため既存の工兵には耐えられなかった。
そこで無人戦車や無人航空機に多種多様なドローンの運用及び管理する役割のために新たに新設されたのが万能機械化工兵である。
万能機械化工兵は戦場において多くの者達が無人戦車や無人航空機に多種多様なドローンを数十から数百と大勢を操る所や他とは違う異質な存在から別名や俗称等で、遺物遣い、戦争交響曲指揮者、異物遣い、黒死病、ハーメルンの笛吹き、死者の軍勢指揮官、オペレーターと呼ばれる事がある。
また余談であるが万能機械化工兵のほとんどが何故かホームメイドAIペリを主神としたペリ教と呼ばれる新興宗教の信者である。
電気を帯びた手袋を装着したマリアネットは四角い長方形のプラスチック製ケースを膝の上に置いて、つまみを捻ってフタを開けた。中はかなり前世代に幅広く流通していた光ディスクに近い姿の物がぎっしりと隙間なく仕舞われて100枚以上はありそうだ。
マリアネットは電気を帯びた手袋を装着した手でフィンガースナップ、指パッチンとも呼べる動作で指を鳴らした。
プラスチック製ケースに隙間なく仕舞われた100枚以上の光ディスクに近い姿の物が一斉にケースから僅かにはみ出る、そして一枚ずつケースから抜き取られるように飛び出した。
光ディスクに近い姿の物、手の平サイズの小型飛行ドローンはそのまま窓から飛び発った、そして一枚一枚が歪で奇妙な大型トラックの周りを飛び回り、そのまま野盗達に襲い掛かる。
手の平サイズの小型飛行ドローンには小さな刃先が内臓されていて、野盗達に襲い掛かる直前に刃先を引き出し、傷を付けていく。小さな刃先はそれなりに厚くないため殺傷能力は低いが刃は非常に鋭く表面に特殊加工済みのベルクロの鋸歯状型鮫歯の形状になっており食い込めば簡単に引き抜けない構造になっている。
小型飛行ドローンは味方敵を識別するAIはもちろん敵に対して意図的に対生物として首又は足を狙うプログラムと対移動車両としてタイヤや窓ガラスを狙うプログラムを織り込まれていた。
そのため多くの野盗達が一斉に行動を奪われて急停止する事となった。
やがて歪で奇妙な大型トラックの荷台の上で、ニホンエルフの母が最後の一人の野盗の頭をドイツ製のPDWで一発撃ち抜いた。
死体を道に捨てて通り過ぎた道を見れば、野盗達が散った跡に汚れていた。
だがそうした汚れも目に見える大半は静かな盗人や漁り屋等のこの地で生きる人が掃除するだろう。
残った売ることも改修することもできない汚れは過去に放流された物が溢れかえる森に浸食され、食われ、飲み込まれ、自然に還り、三十日ぐらい後で道以外は何事も無かったかのように消える。
「ここは世紀末か?、それともウェイストランドなのか?」
「いや、中間地帯の関東平野だけど」
ヴォーレンの素朴な疑問にニホンエルフは当たり前のように答えた。
門から出て野盗達を殲滅して三時間後、やっと目的地であるニホンエルフの家がある集落へ辿り着いた。
集落の周りに機関銃やら地雷やら装甲車やらが見えたのは気にしなかった。
ニホンエルフの家の前に歪で奇妙な大型トラックが停まった。降りたニホンエルフは家から飛び出してきた熊、ホラアナグマのシグレ丸(ネーミングセンスについては議論をしない)の速度50キロ以上重量900kg以上の巨体による猛突進を受けた。
倒れて動かないニホンエルフの上に圧し掛かるようにホラアナグマのシグレ丸が乗る、小さい時と比べて親熊とどこか似た姿、年月が経っても変わらぬ黒く澄み切った瞳で出迎えてくれた。
「言ってもあれだけど、何故に?」
ニホンエルフの家から僅か十メートルの距離しか離れていない山の森林辺りのさらに奥深くを歩きながらボルトアクションライフル――Gewehr98――という博物館級の骨董品を背負うニホンエルフがマリアネットに尋ねた。
「この中で一番、対象者に近いからです」
マリアネットは手ぶらで歩きながら答えた。
マリアネットの背後には牛なのか馬なのかラクダなのか分からない動物の形をした大型機械が四肢動物のように人工筋肉が詰まった足で歩き、マリアネットの手荷物を含む大量の荷物を軽々と背負い、鱗と鱗の重なる音を奏でて、腐り木を踏み砕きながら追従する。
家の前に停まる歪で奇妙な大型トラック、その荷台にとある本社がついでに渡した物である航空機用コンテナの中身は、不整地に対応する最新型四肢歩行輸送機械だった。
その四肢歩行輸送機械は背中に大量の箱型の荷物を大量に載せて、冷たい航空機用コンテナの鉄床に座っていた。
試験型四肢歩行輸送機械 ミラージュアルペン
かつて輸送用四足歩行ロボットがアメリカ海兵隊に採用された機種の最新型である。
現在の戦場に様々な改修と新規追加装備されている輸送用四足歩行ロボット。
開発は2つの既存の開発会社、とある民間武装警備会社、民間保安会社ピースメーカーの協力で作られている。牛と山羊のキメラに全体には鱗のような物が張り付いていて、頭を切り落として代わりに鱗付の接触探知センサーの円形物にすり替えられた姿に見えなくはない。
マリアネットはミラージュアルペンの頭の円形上部に手を置いた。承認音である鈴の音が鳴ると座っていたミラージュアルペンが眠っていた犬が起き上がるように立ち上がり、そのままマリアネットの手に円形の顔を擦り寄せていた。
ニホンエルフの母が家からボルトアクションライフルの博物館級の骨董品であるGewehr98を持ってくるとニホンエルフに押し付けて言った。
「晩飯前に少し仕事を片づけるからお前の仲間を借りるぞ、ああそれとお前はマリアネットと一緒に山へ行ってこい」
そのままニホンエルフの母は奇妙な大型トラックの荷台に、シュトラスキーが操縦する10mぐらいある白い中型二足歩行兵器を載せて、疲れ切った仲間を引っ張って、仕事を片づけに行った。
「対象者?」
「そうです、ピースメーカー社の実験の対象者に合っていたんですよ」
ちょうどいい実験場を見つけたのかマリアネットが木の根を乗り越えてから足を止めた。
ミラージュアルペンの背中にある大量の箱型の荷物から6機の円形物型無人機が風船のように飛び出てきた。一つがマリアネットの背丈の高さで止まり、残りの5機がそれぞれに定められた方向に飛んで行き、やがて一定の空間を確認できた事を知らせる鈴の音を響かせる。
全滅させた当の本人は忘れているがその場所はかつてとある者達を全滅させて葬った場所であった。
かつてニホンエルフがとある者達を欺くために囮を置いた大きな切り株は、自然の流れかもしくは爆発によって生じた破壊の砂嵐なのかは分からないが無くなっていた。
代わりに一本の名の知れない木が立っていた。
またミラージュアルペンの背中にある大量の箱型の荷物から7つの2メートルくらいある円盤型無人機がゆっくりと上がってきた。円盤型無人機中央部に3つの薄いプロペラが回っているが稼働音はまったく聞こえない、プロペラの周囲を覆うリング状には『PSC』マークが付いている。前方部に白い壁を備えた円盤型無人機が4機、上下部に白い壁を備えた円盤型無人機が2機、円盤下部にはある程度の高度になると勝手に組み立てられる一人用の簡易椅子が備えた円盤型無人機が一機ある。
「ピースメーカー社の要望は生きが良くて、思考が捻じれてて、偵察とかやりそうな人が良いと言ってました。よっと」
マリアネットは目の前に簡易椅子を備えた円盤型無人機が止まると簡易椅子に座り込み、備え付けのベルトを装着した。
円盤は備えている簡易椅子にマリアネットを座らせたまま一本の名の知れない木に向かって飛んでいき、一番上まで到着すると静止した。前方部に白い壁を備えた円盤型無人機が簡易椅子を備えた円盤型無人機を囲むと、前方部の白い壁に内蔵された圧縮機能が起動すると白い壁が広がり六角形の形で囲んだ。
上下部にに白い壁を備えた円盤型無人機がそれぞれ上下に移動する。
下に移動した円盤型無人機は一本の名の知れない木の一番上の天辺に下部に備えた白い壁を押し込んでいき、一本の名の知れない木のてっぺんは白い壁に枝を幾らか砕かれるも幹辺りまで押し込まれたら白い壁に埋まった。
上に着いた円盤型無人機は白い壁が広がり、六角形に囲んだ白い壁に吸着して天井になった。
円盤型無人機6機による天井付き六角形に囲んだ白い壁はそのままゆっくりと下にある名の知れない木の一番上の天辺に埋まった白い壁に降りていき吸着して床になった。
そして一本の名の知れない木の上に白いツリーハウスが出来上がった。
「というわけでニホンエルフ先輩にはちょっとした事をしてもらいます、まぁクレー射撃みたいな気分でやってください」
「それより俺の席は?」
「ありませんよ、だってここは1人部屋ですよ。それに先輩は対象者ですから」
「……被験者の間違いじゃないか?」
「フフフッ、被験者ですか。間違いでもないですね」
マリアネットの小さな笑い声と同時にニホンエルフの周りに蜂によく似た小型飛行ドローンの大群が現れる。
いつの間にか姿を消したミラージュアルペンの背中にある大量の箱型の荷物から飛び出て来たのだろう。蜂型小型飛行ドローンの大群はニホンエルフから少し距離を置いて囲んでいる。
小さな笑みを浮かべたマリアネットはニホンエルフの目の前に一匹の蜂型小型飛行ドローンを移動させて蜂型小型飛行ドローンの針を見せつける。よく見れば姿形はスズメバチに似ている。
「大丈夫ですよ。この蜂の針は世界で最も小さい注射針、針の先端には僅かな量で人を一時的に睡眠状態に移行できる強い麻酔神経薬が塗られていますので安心して下さいね」
「いや安心できそうにも無いけど」
引きつる顔でニホンエルフはライフルのボルトを引いて周りを見渡す。
数は60か80匹いそうだ。
「ああ、私の事は大丈夫ですよ。この1人部屋の壁は対物ライフル以上の物でないと貫通できないので安心してくださいね」
「流れ弾じゃなくて、この数を相手取るのは難しいじゃないかな?」
「流石に一気に全部はやりませんよ。5、10、20、40、80の順番で段階的にやりますので」
「待て待て、途中から倍になっていないか」
「では迎撃準備の時間は5秒です。5…4」
ニホンエルフの抗議を突然の実験開始で遮ったマリアネットは5秒を数える。
ひとまずは抗議の声をやめたニホンエルフは自分を囲む蜂型小型飛行ドローンの群れを超えてできるだけ遠ざかるために走った。
「2…1、ではShowtime。頑張って先輩」
「楽しんでいるようでなりよりだね、後輩君」
少し距離を置いていた蜂型小型飛行ドローンの群れから5匹が飛び出して行き、木を背にしてライフルを構えるニホンエルフに襲い掛かる。
三発の銃声が森林に響いた。
7.9の古き弾が、2匹の蜂型小型飛行ドローンを砕き、マリアネットが籠る白いツリーハウスの白い壁に砕くことなく埋もれた。
「……今のは流れ弾ですか?」
「いや、本当に貫通しないのかなーってね」
ニホンエルフに襲い掛かった蜂型小型飛行ドローン5匹は10秒ほどで撃ち落された。
「蜂型小型飛行ドローン5匹に対して6発の銃弾とは流石ですね先輩。しかも装弾数5発のライフルなのに、わざと1発無駄にしてこちらに当てますとは随分と余裕がありますね?」
「それほどでもないさ」
「じゃあ一気に40匹行きましょう」
「ちょっと待て、流石にそれは」
白いツリーハウスの中でマリアネットはニホンエルフの静止の声を無視して、拡張現実上で見える『演習起動値』を5から40に引き上げて、『OK』と描かれたボタンをタッチした。
蜂型小型飛行ドローン40匹の大群が追跡密集状態から攻撃散開状態になって襲い掛かる。
ニホンエルフは後退しながら大群に向けて5発撃つ、しかし散開の影響か内蔵された生まれたてのAIがライフルの弾道予測を学習したおかげか、1発目は3匹を落としたが2発から5発までは一匹ずつしか落とせなかった。蜂型小型飛行ドローンの大群はその間に距離を詰めていく。
小さな舌打ちをしたニホンエルフは後退する足を早めて次の装填のためにライフルのボルトを引き、何か考えを浮かんだのか蜂型小型飛行ドローンの大群を撃たずに背を向けて走った。
蜂型小型飛行ドローンの大群が攻撃散開から追跡密集になって逃げるニホンエルフを追う。
走っていたニホンエルフは足を止めて振り返った、追跡密集状態の蜂型小型飛行ドローンの大群を見た。そして懐から何かの塊を取り出して蜂型小型飛行ドローンの大群に向けて投げると近くの手頃な朽ちかけの倒れ樹に隠れて、できるだけ地面の奥深くに伏せながら無線式起爆装置のスイッチを入れる。
放り出された少量の爆薬――装甲兵員輸送車を吹き飛ばして炎上させる程度の威力がある爆薬――は追跡密集状態の蜂型小型飛行ドローンの大群の中に入ると、専用起爆電波を受信して一斉に火を噴き出し、近くの空気や蜂型小型飛行ドローンを押しのけて膨れ上がり鉄片が爆炎と一緒に噴き出る。
噴き出た鉄片と爆炎によって蜂型小型飛行ドローンの大群が撃ち落された。
「あーもしかして、今のは反則か?」
「いえいえ、問題ありませんよ。ただあともう少しなのにという残念な気持ちが湧き上がっただけですから」
マリアネットは拡張現実上で見える『演習起動値』を40からさら80に引き上げて、少し乱暴に『OK』と描かれたボタンをタッチした。
「ではこの調子で80を相手取りましょう」
「え?、少し休憩を取っ」
枝木と枯れ葉交じりの地面から立ち上がったニホンエルフに空を覆う攻撃散開状態の蜂型小型飛行ドローンの大群80匹が襲い掛かる。
ニホンエルフは後退しながら撃ち続けて、まだ隠し持っていた少量の爆薬を放り投げ(既に学習したのかすぐさま取り囲み蜂球とよばれる塊にして爆発を抑えられる)、近づかれれば銃床やナイフで叩き落とし、紙一重の差で何とか回避する。
白いツリーハウスの中でマリアネットは6機の円形物型無人機から送られる学習データを見ながら、マリアネットに対する罵言や助けの声を叫ぶニホンエルフを見て、胸元の異常に黒いペンダントを握りしめて笑みを浮かべる。
やがて一匹がニホンエルフの足に針を刺したのを皮切りにニホンエルフの抵抗が次第に弱っていく。
そしてニホンエルフは泥海に倒れ、眠りに溺れた。
それを見たマリアネットはとてつもなく誰にも見せた事のない満面の笑顔を浮かばせた。
ビビィー
そんな警戒音と共に一機の円形物型無人機から送られた報告を目にして、さっきまでの満面の笑顔が噓のように消え失せて冷たい表情になった。
必要なデータは得られたので小さな舌打ちと共に演習起動を停止して、一匹の蜂型小型飛行ドローンに指示を出す。
指示された一匹の蜂型小型飛行ドローンは泥海にに倒れ、眠りに溺れるニホンエルフを内蔵された電気ショックで起こさせた。
彼等は敗走していた、実験場に侵入したのはただ迷い込んだだけだった。
実験場に侵入してきた者達のリーダーと思われる者はどうしてこうなったと頭の中の時間を走馬灯のように少し遡るように記憶を探る。
曾祖父曰く、昔は壁なんてものはなかった。
曾祖父の幼い頃にそのまた曾祖父から聞かされた話だ。
今よりも市町村が千以上あった。ほとんどの土地は線路や道路が繋がっていた。すぐ近くは森や山や川であり歩けば様々な動物に会えた。方言は数百以上存在していた。その地の伝統や伝説も数百以上あった。
信じられない話だ。
2000年代後半で、世界最大規模の経済不況、この国で史上最悪大規模災害の発生による大惨禍に見舞われた。
政府は全国の復興を絶望的に見ていた。
そこで政府は禁忌に頼った。
国連条約協定監視区森林空白領土中間領域地帯。
通称中間地帯、別名捨てられた地。悪法である。
まず、一旦は被災者達をそれぞれの各都市圏にある避難所に集められる。
そのあと多くの被災地を危険地域に指定して、壁を投下した。
多くの人が裏切られたと怒り、デモを起こしたが政府の部隊に鎮圧された。
曾祖父の曾祖父は各都市圏にある避難所へ移動される事に不審を思って先祖代々から受け継いだ家を離れなかった。家族や近所の人に役所の人やお巡りさんに自衛官に説得されて渋々と時々様子を見るという口約束して各都市圏にある避難所へ移動した。
あの日の事を死ぬまで後悔していたと語っていた。
俺にとって都市は居心地が悪かった。
政府は中間地帯を壁で囲んでいると言うが、どちらかと言えば各都市圏を壁で囲んでいると思った。
世界遺産をわざわざ壁で囲んでいる事を知った時は異常だと思っていた。
監視型ナノマシンで随時も政府に私生活を見られていると気付く時は異常だと思った。
だからこの場所から逃げ出したかった。
海外への渡航は四重の審査と手続きが面倒すぎた。
だから壁の外へ出る事にした。
簡単だった。その日に浮浪者の格好して適当な場所にたたずみ、すぐさま黒い防護服を身に着ける者達に拘束され、ほとんど審査されずに中間地帯に放り出された。
しばらく中間地帯を彷徨い旅を続けて、とある人と会った。
この国の異常を正すべく立ち上がった集団のリーダーの男だ。又はいつぞやの革命組織の残党の残党の子孫だろう。
だがリーダーの男の精神が気に入ったので仲間になった。
やがてその集団は力を付けていき、かつては市役所か病院だったか分からないがコンクリートでできた大きな建物を拠点に、関東平野においてこの国を脅かす脅威まで成長した。
そしてついにリーダーの男は決断した。
革命の時だと。
リーダーの男はまず二つの目標を示した。
まず一つは壁越えである。
幸いにして壁の高さはオリジナルほどではない、八階建ての建物ぐらいの高さだけでも十分に高い。もちろん当たり前だが、その壁は対艦ミサイルでも傷一つつかない強靭性を備えている、そもそも対艦ミサイル何て代物は持っていない。
延長は万里の長城以下、言い直せば遥か昔の『ベルリンの壁』や『聖地の分離壁』以上、正しくは列島縦断できるぐらいの長さだ。
流石に政府は壁の膨大な長さに部隊をすべて貼り付けるのは無理だと分かっていたのか。
代わりに有刺鉄線の道、大量の侵入検知システムセンサー、一キロごとに交互に重ねたAI搭載型監視カメラを移動させて警戒している。反応があれば近くの基地から政府の部隊が一個大隊とスクランブル発進した空の騎兵隊がすぐさま駆けつけて来るだろう。
だが突破する方法はある。
幾つか同時多発的陽動攻撃をしてやればいい。
かつて本場の万里の長城を乗り越えた遊牧民族のように。
大兵力を保持している北関東のグループと組んで、できる事だ。
敵を上回る兵力で襲い掛かれば政府の部隊が駆けつけて来ても、壁の膨大な長さを利用した同時多発的陽動攻撃を全て対応できるわけではない。
必ず隙ができるはず。その隙を突けば突破できるはずだ。あとはオリジナルはまだしも八階建ての建物ぐらいの高さなら登る方法は多くある。
とにかく壁を越えさえすれば、この国の異常を支える『壁の象徴』が崩壊する。
突破した後はゲリラ戦や地下活動といった抵抗活動を始めるだけだ。体制が打破される日まで戦い続ける。
あと、よく分からないがリーダーの男は全ての元凶である『別世界の神』と名乗る悪魔の殺害を望んでいる。何者なのかは詳しくは知らないが、こんな世界にした元凶らしい。
もう一つはとある女性の排除。
リーダーの男曰く、壁越えより厄介らしい。
その女は中間地帯に突然現れて、適当な家を建てて住みついた。金塊や重火器類を保持していて、それを狙って襲ってきた山賊を返り討ちついでに村人にしてこの関東平野の小さな土地に居座っている。
その女性について幾つかの話がある。
全てが本当だとは言い切れないが何でも、一人で睡眠の邪魔という理由で賊を壊滅させたり、何となく山に逃げた都市の犯罪者を撃って身ぐるみを全て剥がしたり、趣味で怪しい危険物を作り、警告を無視したという理由で村に忍び込んだ都市の凶悪犯罪者を射殺、紅い鬼に扮して何となく北関東で一人で強奪と虐殺に楽しんでいる、という噂が多くある。
もちろん噓が混ざっているかもしれない、もしかしたら事実かもしれない。
だがそれよりも重要なのが、その女性は政府の協力者かもしれない話だ。
もし本当なら、中間地帯に突然現れて住みついた事も、金塊や重火器類を保持している事も納得できる。
密偵の報告からその女性が壁の門を往来しているのが証明している。
政府は俺達のような国を脅かす脅威を排除するために外の協力者を作り上げたに違いない。
壁越え前に真実かは分からないが後顧の憂いを絶つべく、北関東で紅い鬼の被害を受けた北関東のグループと組んで排除、殺害を行う。
密偵が門から出たその女性を確認したと我々のアジトで報告を受けて、北関東のグループに伝えた。
彼等は確実に排除するために百人以上の兵力を投入した。紅い鬼への報復だそうだ。
やり過ぎかもしれない、だがこれも革命のためだ、俺たちの為だ。
数時間前はそう思っていた。