表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

シエンを授けし者■錠前△

ジョウマエ

 どこかの国に壁が落ちてからだいたい八百十五年ぐらい。



 かつて森人ことニホンエルフは、

 スリープマスクと白い耳あてを着けて寝るヴォーレン、

 紅茶を飲んでビスケットを食べるランスロットもどき、

 磁力と電波で動く糸無しの少女の形をした操り人形を専用手袋で操るマリアネット、

 煙が出ない電子タバコを嗜みながら博物館物のラジオカセットレコーダーの形を模した小さな機械から白い紐のような物を耳に着けて曲を愉しむシュトラスキー、

 今にも待ち時間でイライラして噴火しそうなバージニア、とある民間武装警備会社の仲間達五人と共に日本のとある大きな国際空港で旅客機の扉が開くのを待っていた。



 彼らの目的は森人ことニホンエルフの家へ遊びに行く事だった。


 壁が落ちたどこかの国の隣国からバグダード(国連の壁管理組織の本部がある)に移動して早めの昼食を取り、空港に行き(その間ヴォーレンが何とも言えない顔を旅客機に乗るまでしていた)定期便の旅客機(元は米軍の旧式の軍用輸送機を改装した民間旅客機、それを見たヴォーレンはさらに複雑な顔をしていた)でムンバイの空港で給油を挟んで日本のとある大きな国際空港に到着するまで一時間半で着く。


 しかし他の乗客に続いて降りようとした時に空港警備員三名(大型警棒型スタンガンを装備)とガスマスクを着けた空港警察の機動隊員七名(今でも現役であるMP5FとP90を装備)が現れて、もう少し待つように言われ。

 それから一時間半ぐらい待たされている。


 旅客機の扉の前には空港警備員と空港警察の機動隊員の青と黒の服を着た者達が笑顔で、しかし目が笑っていない表情で休めの姿勢で立ち塞がっていた。


 我慢の限界が近づいてるのかバージニアが漫画を読むニホンエルフの肩を掴んで揺らす。

「おいおいおい、いつになったら降りられるんだよ!?。もう待つのは飽きてきたぜ!」

 ぐらぐらと大きく揺らされ漫画が読める状態じゃないニホンエルフが答える。

「まだ一時間半だからもう少し待ったらどうかい?」

「もう一時間半経ってるんだよ!。何で日本に着いて旅客機から出ずに一時間半待たされるんだよ!。もう嫌だ!、ずっと旅客機の狭い座席に座り続けるのは嫌なんだよ!。もういい、俺だけでも旅客機から出てやる!」


 空港警備員と空港警察の機動隊員はバージニアの発言に驚くも姿勢を崩さず立ち塞がる。

「おい!、ランスロットもどきも行こうぜ!」

「もどきを付けるな!、もどきを!。バージニア、少しは落ち着く事ができないのか?」

 ランスロットもどきは紅茶のティーカップを座席テーブルに乱暴に置いた。なお、彼の正しいネームは『ランスロット』であり、『ランスロットもどき』ではない。


「何だと?、もどき、俺にここでさらに待てと言うのか?」

「もどきじゃない!、ランスロットだ!、ランスロット!、間違えるなよ。

 ああ、その通りだ、さらに待てと言ったんだよ。ビーグルだって理解できるぞ、ほら見てみろ、他のやつを見習いたまえ」

 『ランスロットもどき』または『ランスロット』はビスケットを持った手で周りを指した。

 バージニアが騒いでもヴォーレンはスリープマスクと耳あてを着けて寝続け、マリアネットは無視して少女の形をした人形を専用手袋で操って踊らせて、シュトラスキーは気にせず電子タバコを嗜みながら曲を愉しみ、ニホンエルフは古い漫画の復刻版を読んで気にしない様子だった。


「ああそうかい、そうですかい、畜生め。おい、ニホンエルフ、どうして俺達はここまで待たされるんだ?」

「たぶん、本社がついでに渡した物が原因じゃないかな」

 渋々に座席に座るバージニアは隣に尋ねた、訪ねられた隣にいたニホンエルフは漫画を読みながら窓の外を指した。


 旅客機の外では空港警察の機動隊員が四十人がある航空機用コンテナを囲っていた。

 その航空機用コンテナは本社がついでに渡した物を満載している。どうやら政府と何故かニホンエルフの母親に伝手があるようで、航空機用コンテナの中身は余程の物が入っていると推測できる。

「いったい何を入れればこんな事になるんだ?、マリアネット」

 バージニアの質問に対してマリアネットは少女の形をした人形を踊らせるのを止めて、少女の形をした人形がバージニアに対して指を指して、言った。

「あなたの質問に答える義務は無い」

「おい、人に指を指すな、指を」

「私は指してませんよ?、人形が指しているだけです」

「この女!、畜生め!。本社の一言がなきゃあ、お前みたいな女が来る事なんて断ってるぜ!」

「先輩でしょう?。後輩を甘やかしてください」

「お前みたいな後輩がいるか!、こん畜生め!」




 やがて黒スーツの人達が旅客機の扉が開けて入って来た。

「いやー、すみませんね。待たせてしまって申し訳ございません、それと(わたくし)はこういう者でして」

 黒スーツの人達の先頭にいた男はそう言うと懐から小さな紙を取り出して差し出してきた。よく見れば先頭にいた男の顔は少し微笑んでいるように見える。

 何時の間にか起きていたヴォーレンがスリープマスクを額に耳あてを着けたまま、困惑しているバージニアとニホンエルフの前に出た。先頭にいた男が差し出した小さな紙を両手で受け取った。

 小さな紙は四角の形をしていて『ハラタカ司法部長』『櫻田千代』と書かれている。


「すまんな、俺達は名刺を扱っていないんだ」

 ヴォーレンは日本語と英語で書かれた名刺を一瞥すると先頭にいた男の顔を見た。

 先頭にいた男、櫻田千代と名乗る男は表情には出していないが目は驚きの感情を隠せないでいた。心なしか笑顔を消して、普段の顔になっている。手を後ろに隠しているが、何をしているかは気にしなくてもいいだろう。

「驚きましたよ、ヴォーレンさん。この手は通じるかと思っていましたよ」

「以前にも渡された事があった」

「以前ですか、いやはや、これを知っている人はもういなくなったと思っていたのですが驚きましたよ。日本人である森人さんなら、もしかしたら知っているかと思いましたが」

 ニホンエルフの本名である森人は先頭にいた男の問い掛けに対して困惑の表情で言った。

「いや、博物館入りの骨董品収集家か怪しい人間の必需品だと母さんに言われたもんで」

「………ではお待たせしました、皆さん荷物を持ってください。日本へ、ようこそ」








 旅客機のターミナルからターミナルへの移動は動く歩道で移動していた。周りには他の客は無くほとんど人影がいない、清掃ロボットが『日本へ、ようこそ』と日本語の女性型機械音声の挨拶をする声が虚しく響く。


 動く歩道の上にはジャガイモを薄く切って揚げたスナック菓子を食べるニホンエルフ。

 紅茶を飲みながら隣のスナック菓子を食べるランスロットもどき。

 専用手袋を外して中央アジア特有の薄褐色の肌と女性の流線のような手つきで隣のスナック菓子を食べるマリアネット。

 電子タバコを嗜むシュトラスキー。

 乱暴に隣のスナック菓子を食べるバージニア。

 スリープマスクを額に当てたまま白い耳あてを着けているヴォーレンのとある民間武装警備会社の五人。

 動く歩道の前と後ろを塞ぐ空港警備員と空港警察の機動隊員と黒スーツの人達を含めた二十一人がいた。


 窓から見える滑走路には本社がついでに渡した物を満載している航空機用コンテナを空港警察の機動隊員が四十人が囲みながら動く歩道にいる民間武装警備会社の者達に合わして移動している。


「あんた、公安か?」

 後ろにいる先頭にいた男に振り返ってスリープマスクを額に当てたまま白い耳あてを着けているヴォーレンがそう話し掛けた。話し掛けられた先頭にいた男は眉を一切動かさず表情も変えず言った。

「どうして公安ですかな?。この国には内調とか調査隊とかの飼犬と猟犬がいますよ?」

「前に軍の知り合いの黒スーツの友人に『日本が舞台のフィクションの作品によく出る情報機関は私かピロシキを食べるやつか公安だけだ』と言われた事がある」

「ぶっ………あっはっはっはっは!」

 それを聞いた先頭にいた男は左手中指を額に当てて俯くと突然大きな声で笑い出した。

 ただでさえ清掃作業をしている清掃ロボットのブラシの回転音と動く歩道のゴムとモーターの嚙み合う音とスナック菓子を食べる際に出る咀嚼音が人影がいない空間に虚しく響くなか、突然出た場違いな笑い声に笑い声の主以外の皆が注目した。


 笑い声の主が「いや、すまない、気にしないでくれ」と謝る一言を言って、ヴォーレン以外の皆の視線が戻ったのを確認してから一息をつけた。

「すまない、冷凍兵士だと知ったからどんなのかと思ったが、驚かされたよ」

「笑われたような気がするが、それとやはり調べ済みか」

「仕事ですから、まぁ我々が冷凍兵士の存在を知ったのは百年前の事ですよ。冷凍兵士が創設されたのは二千年代初期だと言うのに政治の飼犬と猟犬が存在を知ったのは二百年前、我々は最後の順番に知ったんですよ。ヴォーレンさん」

「情報機関なのに、と言うよりも冷凍兵士は最高機密ですから一部しか知られていませんよ、連邦捜査局が冷凍兵士の存在を知ったのはあなた方と同じ百年前ですよ。あまり気にしないでくれ」

「それは良かった。我々と同じ気持ちの者がいて安心したよ。本来ならば別の人間が対応するのですがこの日は彼らも忙しいようで」

「この日?、今日は何かあるのか?」

「おっと入国管理局の者が迎えてきましたよ、皆さんパスポートと本社から渡された身分証明書と許可証と入国カードに外国人個人番号カードを出してください」






 空港の駐車場には七と書かれたヘルメットを着用して青い服の上に黒い防弾ベストを着込み最新式の重装備を持つ者達が三十九人いた、彼らが乗ってきただろう白塗りの装甲車が三台止まっている。そして白塗りの装甲車と最新式の重装備を持つ者達が護衛というよりも監視のようにとある一台の大型トラックを囲んでいる。


 一台の大型トラックはかなり改造を施されていて本社がついでに渡した物を満載している航空機用コンテナを載せている部分を除いて、人が乗る部分は軽ワゴン車の車体を載せたような形に何故か天井部には機関銃座が取り付けられ、タイヤは本来の数よりも多く増やされまるで芋虫の足のようになっている。

 少なくとも素人が一目で改造車両だと分かるぐらい歪で奇妙な大型トラックだ。


 そして歪で奇妙な大型トラックの前には二人の男女が待っていた。

 男性は肌が日焼けで茶色く上半身の白いシャツが良く目立ち、髪は整えておらずボサボサで顎髭が濃い、だが顔自体はよく誰かに引っ張られて苦労しているような顔つきで掛けている眼鏡の左側のレンズが抜け落ちている。

 女性は身を隠すような男性物の黒いトレンチコートを着ているが零れ落ちるように出ている黒く綺麗な長い髪を目立たせながら、真っ黒な瞳でこちらに近づく者達を見ていた。


「私を待たせるとは良い度胸をしてるじゃないか?、森人」

「え?、いやちょっと待て自分は関係、ごほぅ!」

 女はニホンエルフである森人に話し掛けた直後に走り出した。

 白塗りの装甲車や最新式の重装備を持つ者達の囲いを次々とすり抜けていき、そのまま空港警備員と空港警察の機動隊員と黒スーツの人達を一気に潜り抜けて、森人が誤解を解くための言葉を言う途中に腹部を抉る拳を突き出していた。


 バージニアが一瞬の出来事を理解した時はニホンエルフである森人が俯けに倒れた後だった。

 女性が走り出して囲いをすり抜けていく所は見えたランスロットもどき、だが気づいた時にはニホンエルフである森人が腹部を拳で抉られた時だった。

 走り出して囲いをすり抜けていき横を通り過ぎた事に気付き、電子タバコのカートリッジが空になった事にも気付いたシュトラスキーは交換した後にニホンエルフである森人が俯けに倒れている事に気づいた。

 女性が走り出した事に気づき勘が働いたマリアネットはニホンエルフであり先輩でもある森人の後ろから右横に移動して、勘が当たった事を確認した。

 ヴォーレンは最初から最後まで見えていた、だからニホンエルフである森人を助けようと身体も動いていた、だが女性の方が早かった。

 ニホンエルフである森人は最初と途中と最後まで見えていた、予想はできたが回避は不可能だった。


「あー、奥さん、遅れた原因は我々にあるんですが」

「ああ、知ってる。このぐらいなら問題は無いだろう。近所の人、自動販売機で飲み物を買ってこい」

 一瞬の出来事を察しながも先頭にいた男は女性に間に合わなかった言葉を言った。

 それを女性は当然の顔で答えた。

 それを聞いた先頭にいた男は頭を搔いて言う。

「やれやれ、貴女は本当に何者なのか分かりませんね」

「姐さんが勝手な人なのは知ってるけどな」

 近所の人と呼ばれた男は長年の苦労の経験からそう言った。

「すみませんね、皆さん。さっきのは彼女が皆さんの実力と反応が測りたいと言われてやったのです、でもさすがに我々ですら簡単にすり抜けられるのは少し悲しいですけどね」

 先頭にいた男は偽りではない悲しそうな顔してそう言った。



「実力と反応を測るためなら、殴る以外の方法はあると思うんだけど」

 女性は倒れ伏せながら文句を言うニホンエルフである森人を立たせた。ニホンエルフである森人は腹部を抑えながら、水蒸気を吹かして電子タバコを口にくわえたままのシュトラスキーの手を貸りて立ち上がった。

 その後ろにいたバージニアが説明をしてくれた先頭にいた男に聞いた。

「もしかして、時間が掛かったのはこの事の準備じゃねぇよな?」

「ああ、いえいえ違いますよ。今日はあの日なのでそろそろあらかた終えた後を見計らって、お待ちさせただけですよ」

「あの日だと?」


「話は車の中でしてくれんか?。行くぞ」

 バージニアの次の疑問を切った女性は車の運転席の扉を開けてそう言い放った。








 がら空きの道路を歪で奇妙な大型トラックとそれを囲むように三台の白塗りの装甲車が移動していた。


 綺麗な歩道には人通りが無い。

 よく見れば通りに面する店やビルはすべて閉められていた、『一時的休業』という貼り紙がすべてのガラスやシャッターに貼り付けられている。車を案内するはずの信号機や立体映像の広告からは光が失い、ビルの昔ながらの電子看板には昼にもかかわらず『外出禁止令が発令中』というのが流されている。

 まるで死の町(ゴーストタウン)のような様だが時々、装甲車両が通り過ぎていったり、汚れた服を着た男が道路を横切ったり、血溜まりに倒れ込む男を見下ろす二人の黒い防護服を身に着ける者がいたりと人がいないわけではないようだ。


「今更ですがよくもまあ、案内ガラス無し、運転自動補助人工知能AIを搭載せず、外部三人称カメラを付けない、軟体吸収構造の車体でもない、ドライブレコーダーすらも無いなんて、よく運転できますね?」

「それ以前に法律違反オーバー改造じゃない?」

「少なくとも中間地帯には対応電波が無い、気にする車もいない、駐車やカーブを気にする必要も無い、そもそも積極的に車でぶつけて来る車を心配する必要も無い、というより衝突の瞬間を撮る必要すらない。それと中間地帯には法律は存在しない、意味の無い質問はやめておけ」

 歪で奇妙な大型トラックの座席は九席ある。

 前左側の座席にいる黒スーツ集団の先頭にいた男が質問した。

 同じく前右側にいる男性、近所の人がその質問に付け加え。

 前中央の運転している女性、ニホンエルフの母が答えた。


 やがて前方の道路に三台の白塗りの装甲車と二台の白塗りの輸送トラックが道を塞いでいた。

 白塗りの輸送トラックに強化プラスチックの手錠を付けた者達が列に並ばれ載せられていく、その周りを囲むの黒い防護服を身に着ける者達が見張っている。


 列に並んでいた強化プラスチックの手錠を付けた一人の男が近くで見張っていた黒い防護服を身に着ける者の一人を押し退けて囲いから抜け出した、そして歪で奇妙な大型トラックに向かって走る。

 歪で奇妙な大型トラックの前右窓に強化プラスチックの手錠を付けた一人の男が張り付き、何かを叫び乱暴に手で叩くがやがて後ろを振り返って背中を押し付けた。


 黒い防護服を身に着ける者達と三台の白塗りの装甲車から降りた重装備を持つ者達が歪で奇妙な大型トラックの前右窓に張り付く強化プラスチックの手錠を付けた一人の男を囲んで何かを言っていた。

 黒い防護服を身に着ける者達が強化プラスチックの手錠を付けた一人の男を何発か撃つ。

 何発か撃たれた男は歪で奇妙な大型トラックの前右窓に背中を押し付けながら崩れるように倒れる。



 新型麻酔弾の特徴的な高度な飛翔体が何発か腕や腹部に刺さり、強化プラスチックの手錠を付けた一人の男を黒い防護服を身に着ける者達の二人が白塗りの輸送トラックに引き摺りながら何かを喋っていた。

 黒い防護服を身に着ける者達が白塗りの輸送トラックや白塗りの装甲車に戻るなか、一人の黒い防護服を身に着ける者が歪で奇妙な大型トラックの前右窓を手で軽く叩いた。


 前右窓が軽く顔が見えて声が通じる広さまで開いた。

「すいません、もう少しで道を開けるんで待ってくれませんか?」

 一人の黒い防護服を身に着ける者が一列目左側にいた黒スーツ集団の先頭にいた男を見て目を見開いた。

「あっ、どうも失礼いたしました。まさかあなたが乗っておられるとは」

「いやいや、気になさんでくれたまえ。それよりできればライターを持っていないか?、オイルを切らしてしまってね」


 黒スーツ集団の先頭にいた男が人差し指を下に指しながら言った。

「ああそれなら今すぐ部下に持ってこさせます。おい!、そこの二人、予備用ライターを持ってこい、すぐにだ」

「すまんね、よっと。そこの荷物を取り出すよ、少しどいてくれ」

 懐から白いバイザーを取り出した黒スーツ集団の先頭にいた男が金属探知システムを起動させて座席を乗り越え下を見ながら中央部や後部の下の隅々まで見て探して、見つけた。


 二人の黒い防護服を身に着ける者が来た、歪で奇妙な大型トラックの前を通って前左窓に着いた。

 前左窓も軽く顔が見えて声が通じる広さまで開けられた。

「いやいや、すまんね。ここまでさせちゃって」

 一人が予備用ライターの火をつけ、もう一人が火が消えぬように手で押さえる形をとった。


 中央の座席の下を指している黒スーツ集団の先頭にいた男が言った。

「ご苦労さん」

 三人の黒い防護服を身に着ける者が素早く得物を手に取ってしゃがみ、車体の下に隠れ潜む者に向かって撃った。

 隠れ潜む者の悲鳴が上がった。


 やがて二人の黒い防護服を身に着ける者が血だらけの者を引き摺り、一人の黒い防護服を身に着ける者が道を開き、この場を去る歪で奇妙な大型トラックとそれを囲む三台の白塗りの装甲車に向かって敬礼を送っていた。





静まり返った都市部を抜けると森が現れた、整備された道路を挟むように森が生い茂っている。

空を見上げると雲一つない青い空にはこれからそれぞれの所に向かうであろう荷物を持った小型ドローン達が鳥に紛れて飛び交っていた。おそらく鳥達も小型ドローンの存在に慣れたのか隣に並んでもちょっかいを出さずに一瞥してそのまま飛んでいる。

「いつからだ?」

 中央左窓から青い空を見ていたヴォーレンが口を開いた。

「いつからこんな国に……まさか、警察と司法を束ねる裁判官はいないよな?」


「あなたの出身だと、ロボット警察官はいるのかと聞くのでは?」

 黒スーツ集団の先頭にいた男が笑みを浮かべながら答えたがヴォーレンの顔を見て真顔になって答える。

「いつ、というのは具体的な年数と経緯、という事ですかな?。たしか冷凍兵士として長年戦い続けたのですよね?」

「ああ、そうだ。だが戦争が起きるごとの簡単な情勢説明だけだ、前に日本の事を知ったのはもう七百年以上前の事だ。それも大規模暴動の鎮圧出動としてだ」

「驚きましたね、そこまで古いとは、ではそこから2000年代後半の辺りから説明しましょう。と言っても私自身すべてを知ってるわけではありませんし、それに数百年前辺りになればなおさらですよ」

「かまわない」


「では2000年代後半から始めます。

 当時から幾たびの経済危機と数回の大規模災害の発生などの問題から当時の政府は対策を迫まれていました。ですがどうやら他の事に精を出す事に夢中になっていたようでその大事な対策を先引き延ばしていたんですよ。最悪の事態になる直前までね」

 黒スーツ集団の先頭にいた男は前の運転窓を真顔でまるで遠い情景を見るように道路を見ていた。


「事態が悪化したのは世界最大規模の経済不況と止めを刺すように遅れて起きた我が国で史上最悪大規模災害の発生でした、もちろんすぐに対策が求められました。

 とはいえ引き延ばしていたせいか、今まで何にも決定的なものは出ず永遠に協議されてできた継ぎ接ぎの未完成の案しかなかったのです。どうみても正気じゃない張りぼての夢のような物しかありませんでしたよ。

 まあそれで選択したんですよ、多くの人が死にながら半年掛けて協議して最後に強行採決した案。

 国連条約協定監視区森林空白領土中間領域地帯。通称中間地帯、別名捨てられた地ですよ」

「中間地帯……自ら住んでいた先祖の土地を放棄する……正気とは思えないな」

 ヴォーレンの言葉に反応したのか黒スーツ集団の先頭にいた男は見えやすい位置に手を上げて横に振った。

「いやいや、ヴォーレンさん。土地を放棄する事自体は実は言うと大昔からよくある事なんですよ。あなたが知ってそうな例は1800年代辺りのインディアン戦争、あぁ今で言うイロコイ連邦の先祖だとわかりますかな?。

世界最大規模の経済不況によるあなたの国で起きた大規模暴動の制圧に大きく活躍し、現在我が国とも契約している民間保安会社(PSC)ピースメーカー、その本社が置かれているイロコイ連邦の前々組織が関わったようなものですよ」



 民間保安会社(PSC)ピースメーカー

 数百年前、二千年代後半にイロコイ連邦において自称ジョセフ・ブラントの子孫と名乗る自称元カナダ軍統合タスクフォース2(JTF-2)の中佐の男性(なお今現在でも真偽についてカナダ軍は黙秘している)とその友人である元海兵隊武装偵察部隊(フォース・リーコン)隊員の男性とモホーク族と見られる女性と自称元中央情報局(CIA)上級工作員の男性によって結成された民間保安会社。

 大規模暴動事件と鎮圧してしばらくして起きたアラスカ動乱において多大な貢献をした。

 主に無人機とパワードスーツ及び強化外骨格と中小型二足歩行兵器を組み合わせた戦力を運用している。




「あれは奪われたんだ、自分達から放棄はしていない」

「ええ、彼らは自分達から放棄はしていまいせん。奪われた、そこがある意味では土地を放棄する事と同じなんですよ。少し違うのは彼らは『争い』によって奪われたところです」

「………続けてくれ」

 ヴォーレンは顎に手を着いて聞く。


「自分達から土地を放棄するというのは幾つかの種類があります。先ほどのように『争いで無理矢理に土地を放棄される』、『自分達の都合と利害の結果で土地を放棄する』、『何らかの理由で土地にする事が困難になり土地を放棄する』、大抵はこういうものですね」

「この国はどちらを?」

「最後の方ですよ。世界最大規模の経済不況、大規模暴動事件、史上最悪の大規模災害、これらがもたらしたのはお金と人の枯渇ですよ。経済不況でお金が消え、大規模暴動で人が多く死に、大規模災害で全国に大規模の被害をもたらした。


 さて、いざ復興再建しようにも大きな問題が起きた。

 不幸が立て続きに起きたせいでお金と人がほとんど残っていない、全国全てを復興させるのは不可能という国家滅亡の危機にね。

 つまり、私達は『何らかの理由で土地にする事が困難になり土地を放棄する』という放棄した理由があり、そして『災害』によって奪われたという所ですよ、たとえ自然でも人でもね。

 もちろん方法は幾つかはありましたよ、ただしどれを選んでもデメリットやハイリスクは大きいですけどね。そんな時にとあるニュースが飛び込んできました、察しはついてますよね?」


「……壁か」

「その通りです、ヴォーレンさん。しかもただの壁ではありません、天を貫かんとする壁ですよ。しかも話を聞けばその壁は対艦ミサイルでも傷一つつかない強靭性と空気を通過させられる最高度の透過性を持ち、そして驚くぐらいのローコストの壁です。そしてそれに適している案がありました」

「それが中間地帯か?」

「ええ、震災による史上最大規模の被害、世界最大規模の経済不況による貧困、それに伴う貧困層や失踪したはずの低賃金の外国労働者と国内過激派組織の暗躍による大規模暴動事件。当時の国家は限界に達してました。

 後継者がいない事による休耕地の増加とどっかの団体が放出した野生の軍用戦闘獣による危険地域の拡大、全国規模の全壊による復興予算の不足、それらを解決する方法は一つだけ。


 あなた達が守っている、いや監視している壁を投下して中間地帯を設ける事で幾つか決められた各都市圏に残り僅かの復興資源を集中させ復興を果たす。

 壁の役割は言わば、危険地帯に変わろうとする中間地帯と復興再建を果たそうとする都市を隔てる壁であり、暴動鎮圧の見せしめと諦めぬ者を諦めさせる象徴の壁としての君臨です。

 もちろん、反対の意見は無かったとは言いませんよ。様々な方面から手回しをしました、唯一の復興だと同情して味方になった国はいますし、それに奇跡的に寿命延長薬の完成間近でしたので内外から多くの賛同者は多く得ましたから問題はありませんよ」


「狂人の思考だ」

 話を遮るような声で一言を呟くヴォーレンに黒スーツ集団の先頭にいた男は見えやすい位置に手を上げて人差し指を天井に向けた。

「ヴォーレンさん、あなたが外人で良かった。もしもあなたがこの国の国民だったら数百年前から制定された公共発言禁止ワードレベル28『狂人』の発言だけで即座に無期懲役になりますよ」

「言ってる、あんたは良いのか?」

「私は仕事柄で公共発言許可証を保持していますのでご心配なく」

「そうか、話を戻してくれ」


「では。壁の投下に必要な手続きに国連総会(GA)信託統治理事会(TC)­国際司法裁判所(ICJ)事務局(UNOG)経済社会理事会(ECOSOC)安全保障理事会(UNSC)の順から8割強の過半数で許可されてやっと国連の壁管理組織の審査の結果でようやく国連条約協定監視区森林空白領土中間領域地帯ができたんですよ。

 もちろんあなた方が監視している壁ぐらいの旧式でかなり大きめではありませんよ、改良された中間並の大きさですよ。監視部隊の話だと重要度が最も低い順に壁を敷いていますからだいたい延長は万里の長城以下ですよ」

「幾つかの問題は出ただろう」

「もちろん、出ましたよ。都市圏に限定した復興再建でも、貧困の拡大、少子高齢化、交通事故の多発、犯罪増加に革命組織の残党まで問題は山ほど出ましたよ。

 まぁ案内ガラスとか運転自動補助AI等の円滑交通システムの導入、人工知能と無人機械の大量導入、それと新治安システムの導入などとか」

「新治安システム?」

「ええ、国民には新治安システム対応のナノマシンを接種していますよ。と言ってもせいぜい映像と音声を監視しているだけですけどね」

「監視型ナノマシンを入れているのか?、それは本気か?」

「そちらのランスロットもどきさんの故郷でも一部は導入されてますからね」



 中央部右側にいるランスロットもどきは黒スーツ集団の先頭にいた男の言葉を聞くと飲み終えた空になっている紅茶のカップを前右側にいる近所の人の座席裏を叩く。不服の表情をしている。

「おい、待て。なぜもどきを付けた、なぜだ?」

「え?、私はてっきり『もどき』というネームかと」

「どこの世界に『もどき』というネームを自分に付けるヤツがいるんだよ!」

「おかしいですね、外務省から引き渡された書類にはあなたの会社の署名入りで入力されているんですが違うんですか?」

「違うね、というか本社の仕業だよねそれ?。……おい、まさか、さっきから拡張現実上の表記はもしかして……」

「旅客機の時からずっとですよ」


 悲痛な叫びと共に紅茶のカップを前右側にいる男性の座席裏に叩くランスロットもどき。

 実を言えば『ランスロットもどき』の表記は本社から出た後からずっと付いており、バグダードの入国管理官、ムンバイの検査警備員、日本の空港警備員や空港警察に黒スーツ集団と入国管理局の者まで専用のレンズ型機器の拡張現実での『ランスロット』はずっと『ランスロットもどき』という表記である。



「監視型ナノマシンの導入があるのか」

「というより先進諸国の多くの国が一部の割合で導入されていますよ。それぞれの国の目的は違いますからね。

 一部の政府関係者に監視型ナノマシンを入れてもしもの誘拐や危機に晒される緊急時用、一部の危険人物を世界で最も小さい注射針でこっそり入れて密かに監視する用、体内監視システムの数字に現れない病院患者の危機の察知用、赤ん坊の様子観察、テストにおけるカンニング防止用まで幅広く使われていますよ。

 まぁさすがに我が国ほど使われていませんがね」

「プライバシーの問題はどうなるんだ?。テロの考えは風呂やトイレに寝室とかの生活空間で考えられるし、想像力が豊かなせいで誤認拘束もありえるはずだ」

「ご心配には及びませんよ。高性能監視型人工知能AIを保有する第三者機関扱いのとある民間企業に『テロ』のみという契約を結んでいますよ。

 ですからたとえ、テストでカンニングしても、未会計の商品を懐に忍び込む万引きでも、衝動的に殺人を犯しても通報はされません。

 唯一通報するのは必要な物を持って事を起こそうと政府系の施設に――まぁ数値は言えませんが――特定の距離で近づくと拘束されますよ。もちろん、段階的に警告なり尾行なりはしますけどね。

 まあ確かにプライバシーは完全に犯しているように見えてますが、見ているのは補助を行う数人程度の障害補助機能を受け入れた人間と主に仕事を行う人工知能AIだけですよ」

「よく受け入られたな」

「最初は多くの反対が出ましたよ。でも災害復旧に必要なデバイスの機器認証に入れ込めれば強制的にできましたし、それが数百年から続けられれば見られている事を慣れるという国民意識の変化になりましたから」


『その代わりに何故か露出狂が増加しましたけどね』と黒スーツ集団の先頭にいた男は小声で漏らす。

 座席裏をランスロットもどきの空カップに叩きつけられて涙目の表情を浮かべる前右側にいる近所の人が前中央の運転しているニホンエルフの母に顔を向けるが一瞥しただけで無視され。

中央部中央にいるニホンエルフは右隣で泣き叫ぶランスロットもどきを気にせず本を読んでいた。

中央部左側にいるヴォーレンは右奥の悲痛な叫びを気にすることなく黒スーツ集団の先頭にいた男と話し続ける。

後部右側にいるバージニアは前で泣き叫ぶランスロットもどきを迷惑がるよりも『少しは落ち着く事ができないのか?』と言った本人が慌てている姿を見て満足しているのか赤い炭酸水を飲んで笑っていた。

後部中央にいるマリアネットは熊の人形を操ってニホンエルフの座席裏を岩壁に見立てて岩登りの要領で登るように操っていた。

後部左側にいるシュトラスキーは電子タバコを咥えて熊の人形の岩登りの様子を見守っている。



「都市掃除は必要なシステムだと?」

「一見残酷なシステムがこの国を支えているんですよ、ヴォーレンさん。再び凄惨な治安維持活動と最下層による暴動から内乱を起こさせないために、だからこその見せしめが必要なんですよ。アミメアリのフリーライダー(ただ乗り­)による滅びを向かえぬように、先進国病という難病の終止符を打つためにね」

「……苦しくは無いのか?」

「評価懸念の事ですか?、それとも責任分散の事ですかな?。……正直に言うと私としては無益に近い殺生はしたくは無いんですがね、特に見せしめはあまりね。まあ他の選択肢、あの当時にあったもう一つの選択案を選べばもしかしたら」



「無理だな」



 黒スーツ集団の先頭にいた男がもう一つの有り得た話そうとした時に前中央の運転しているニホンエルフの母が遮るように否定した。

「やめておけ。死人が余計に増えて苦しむだけだ」

「どうしてです?、やってみないと分からないのに?」

 ニホンエルフの母の否定に黒スーツ集団の先頭にいた男は疑問を言った。前の目線を外さず運転しながらニホンエルフの母は口を開く。


「もう一つの案を選んでみろ、半永久の苦しみを味わうだけだ。

 急激な人口流入による迫害と犯罪率の上昇による治安悪化、それに伴う強権的圧政と凄惨な治安維持の強化。必要な資金を限界の所から捻出、つまり取れる所から採る、たとえ今日を辛うじて生きる者の金だろうでもだ。それによって生じる不満は更なる迫害か、犯罪か、貯め込みか、絶望による自殺だろう。

 いうなれば負の連鎖(サイクル)に陥る」


 前を見る漆黒の目はまるで実際に起きた事(■■■■■■■)を見たような目をしていた。そして紡がれる言葉は事実と結果を淡々と告げていくようである。


「急激な人口増加は事態をより深刻化させ、機械は仕事を多く請け負うと同時に多くの人を奪う。残されたものは未だに劣悪で悪化を辿る時代遅れでいつまで続くか分からない仕事、建てたきり住まう者も利用する者もいない箱物、中流階級の没落による圧倒的な差の上下社会、それらを溜め込み続けた最後は爆発する。


 不均衡の限界線が何かの拍子で砕けた時は地獄が始まり。反乱でも革命でもどちらでもいいが内戦が起きれば、あとは流れるように予め網のように張り巡られた複雑にできてしまった世界へ続く線から混沌が広まり、覆いかぶさっていくだろう。


 とはいえまぁ結局はどちらを選んでも国家の寿命は最長二百年だろう、永遠に続く国は無い、延命をしても不死を得るわけでもなく尽きれば滅ぶだけだ。

 まぁ結果から見ればもう一つの案の方が、国家崩壊が早くなるな。

 下手をすれば国際社会に波及して共倒れになるが、事を望むならそうするかね?」


 車を運転している女性、ニホンエルフの母が一切目線を逸らさず声色にも波を立たせず。ただ見てきた(■■■■)事、実際に起きた事(■■■■■■■)を事実と結果を語るように紡いだ言葉は本人としてはただ言った言葉である。だが周りの聞いた者達からすれば何なのか分からない異質な悪寒に囲まれた気分になるような物が込められているような言葉でもあった。


 何かとんでもない事を聞いてしまった空気を察した黒スーツ集団の先頭にいた男は無理矢理強引に流れるように話題を変えた。

「そういえば皆さんは何しにこの国へ来たのか聞いていませんでしたね」

「自分はただの里帰りで」

「俺達はニホンエルフの携帯の待ち受け写真を見て来たんだよ」

「こういう家はもはや数少ないからな」

「あと、目の前で熊も見てみたいしな」

 黒スーツ集団の先頭にいた男の強引な話題変換のおかげで何とか和やかな空気に変えてきた頃に、壁が見えた。







 壁の高さは八階建ての建物ぐらいの高さだ。壁の外観は鉄の色である灰色だ、もし削る事ができれば中身は黒一色の薄気味が悪いぐらい暗闇のような色の金属だと分かるだろう。

 地上には警備と監視を兼ねた基地がある。


 オリーブドラブ(この国ではOD色と言われる)とダークグリーンとの二色迷彩塗装、それぞれの色を組み合わせた四色の迷彩塗装、白塗りをした装甲戦闘車両群がある。迷彩塗装にはこの国の国旗、白塗りにはUNの文字が付いている。


 二色迷彩塗装のRCVと呼ばれる旧式の偵察戦闘車の上で双眼鏡越しに基地に近づく車列を観察する兵士や四色の迷彩塗装のギリシア神話のケンタウロスに因んだ名を持つ戦闘偵察車が同じく基地に近づく車列に向けて45口径120mm滑腔砲と遠隔操作式の無人機銃口を合わしていた。

 白塗りの歩兵戦闘車の車体を流用した『戦車』は車体ハッチから顔を出した兵士に通常時の白塗り、周囲の風景に透過してステルス状態の透明、同じように周囲の風景に溶け込むために近場にあるものと同化する潜伏状態の二色迷彩塗装の『偵察戦闘車(■■■■■)』の擬態、などを変化させて特殊光学迷彩式装甲の検査をしていた。


 徐々に基地に近づく車列は基地から発せられた七ヵ国語同時音声の停止命令を聞いて止まった。

 中央の車列にある歪で奇妙な大型トラック(機関銃座付き)の前左側の扉が開いて黒のスーツの人が出てきた、懐から銀色のカード取り出して掲げている。


 基地の警備システムは基地前に停止した車列の周りにある監視センサーを起動させた。百台以上の監視センサーが車列の車種、推定搭乗人数、保有武装の確認などを行いながら最後の銀色のカードに対応電波を発して反応する物質を確認した後に来客リストを確認して問題なしと判断された。

 基地の無人防御兵装システムの対応欄リストにオフを入れられ、基地から三ヵ国語同時音声の前進命令を発した。




 黒スーツ集団の先頭にいた男とニホンエルフの母と近所の人は基地の事務室に行って戻るまでの歪で奇妙な大型トラックは基地内の周りの奇異な視線を受けていた。どう見ても大型トラックが謎の生物に寄生されて突然変異したような外見しか見えないからだ。

 その歪で奇妙な大型トラックの搭乗者は全員が外にいた。

 基地の警備システム上はニホンエルフとその母に近所の人を除いて、システム上の仮の来客フリーリストとして載っているため基地内のスペースで待つときは監視センサーの人工知能AIが顔を覚えてくれるまでは絶対に外に出なくてはいけない。


 ヴォーレンが大きな犬の群れに顔を舐められていた。

 正確には大きな犬ではなく軍用戦闘獣である狼、ジェヴォーダンの獣の群れである。



 ジェヴォーダンの獣

 数百年前の東ヨーロッパのとある国で生まれた軍用戦闘獣のホラアナグマに対抗するために西ヨーロッパのとある国で生み出された人工的生物である。

 数種類の犬と数種類の狼とコヨーテと数種類のジャッカルによる遺伝子改造を組み合わせられ生まれた狼であり。体長は平均的な犬種よりも大きく、嗅覚が非常に強く、どの犬種よりも強靭で、知能は高い。

 六頭以上を一チームにした連携攻撃、狼群戦術(ウルフパック)を得意とする。



 遠目から見ればヴォーレンが襲われているように見える。

 歪で奇妙な大型トラックから降りたヴォーレンは遠目で奇異な視線を向ける者達の中からジェヴォーダンの獣の群れが涎を垂らして走ってくるのが見えていた。

 六頭のジェヴォーダンの獣が涎を垂らして走りヴォーレンに飛びついてきた、地面に叩きつけられたヴォーレンに次々と取り付いてきた。

 ニホンエルフとマリアネットとシュトラスキーは遠目でその様子を見ながら読んでいた本について見せながら雑談をしている、バージニアとランスロットはヴォーレンに取り付いてる六頭のジェヴォーダンの獣を引き剥がしていた。

「知り合いだった?」

「ああ、犬の方だけどな」

「人間以外に知り合いがいるのか?」

「だいぶ昔の戦場だよ。冷凍兵士時代の子孫だと」

「軍用戦闘獣の寿命はそんなに長いのか?」

「いや、いくら遺伝子改造してもせいぜい五十年ぐらいだ。こいつの場合は匂いを受け継いたんだろう」

 狼の涎だらけになっているヴォーレンはそう言って一頭のジェヴォーダンの獣を撫でていた。



「話を終わらせた。乗れ、行くぞ」

 そう言ったニホンエルフの母は歪で奇妙な大型トラックに乗り込んで一世紀前の設計構造のエンジンを掛けた。黒スーツ集団の先頭にいた男以外の皆が歪で奇妙な大型トラックに乗り込んだ。

「あ、バージニアさん。門を出るんで銃座についてください、あと銃剣もつけてください」

「銃剣?。まぁいいけど」

 旧式のカラシニコフを持つ近所の人はAUGASF88を持つバージニアに銃剣を渡して銃座の椅子を引き出した。バージニアは銃座のブローニングM2重機関銃(生きた化石と言われ、今でも運用される重機関銃)の弾帯が座席下に四列の箱まで続いているのを見て傾げる。

「予備弾薬が多すぎないか?」

「このくらいがちょうどいいんですよ」

「待てバージニア、俺が乗ろう」

 銃座の椅子に座ろうとしたバージニアをシュトラスキーが電子タバコを片手に持ちながら止めた。

「え?、ああ、分かった」

 バージニアは多少疑問に思いながらも席を換わった。




 歪で奇妙な大型トラックが門を抜けてかつて道路だった道を通っていくのを黒スーツ集団の先頭にいた男は見ていた。

 基地の事務室へ必要な指紋認証システムを受け終えた帰りの会話を思い出す。



 




 基地の事務室に続く道は白く飾り気がない質素な廊下だった。

「壁の投下による森の浸食を止め同時に見せしめと諦めさせる強制案、一時的な移民難民等の人口増加策と企業補助優遇により大量公共投資を行う短期間の復興再建を目指す解決案、どちらも苦しむとあなたは言いましたが。

 ではあなたならどうしますか?」

 黒スーツ集団の先頭にいた男はニホンエルフの母の背を見て尋ねた。

 近所の人は多少困惑しながらニホンエルフの母の顔を見て、すぐさま背いて道の先を見るように前を見た。背いた時の近所の人の顔は見てはいけない物を見てしまったという顔だった。


「具体的な話をすると長くなるからな、単純なら構わないかね?」

 ニホンエルフの母はこちらを振り向きはせず、歩みを止めなければ、早める事もせず、遅らす事もしない、ただ何時ものように歩いている。声色も変わらない。


「構いません」

「では言おう。

 全世界中の国家を崩壊させる、それに伴う世界規模の乱世の再来、言うなればやり直し(リセット)だよ」

 何かが込められた(■■■■■■■■)言葉を聞いて黒スーツ集団の先頭にいた男は動揺して足を揺らつくも何とか歩みを止めなかった。


「国が滅べば暗黒時代になりますよ」

「どうかな、国が滅んでも文化と技術は生き残るだろう。核戦争ではないし、それらを壊す蛮族はいないだろう、むしろ利用したり再生をする者が多く出て争いをして新たな国を興すだろう」

「……人が多く死にます。数億単位で死にますよ」

「むしろ一瞬の死より、これから最期の一滴まで捻り潰され、過剰に苦しんでから死ぬ人が多くなるよりは、マシだろう?。数万単位で苦しんでから死ぬよりは遥かにマシじゃないかね」

 黒スーツ集団の先頭にいた男はニホンエルフの母の背を再び見る。

 顔は見ない、覗かない、嫌に不気味な予感がしているからだ。


 この会話自体はアクマでも、もしもの話だ。監視型ナノマシンに聞かれても、仕事柄で公共発言許可証を保持しても、問題は無い、無いはずだ。

 なのに何故なのか。

 ニホンエルフの母から発せられる声色は、不審なところも無く実際に起きた所を見た事を事実(■■)だと結果を語る反応を示している。空港の時からずっと起動していた白いバイザーの真偽証システムはオールグリーン、嘘は無く極めて高くオールが付くなら『実際に見た事がある』という確実に示す特殊な念波帯を捉えた事実性(■■■)在りの証言だと保証している。


 だからこそ絶対に見ない。

 そんな事象は限りなく近い所まで至った事はあるものの実際には多発的暴動止まりだ、世界同時大規模の暴動以上の事は『存在しない(■■■■■)』。だがそれでも実際に、ただ見てきた(■■■■)事を示す黒い目は絶対に見ない。

 これ以上の反論も質問もしなかった。

 自らの生体管理システムが異常な緊張、高体温、ストレスの急上昇を報告又は警告していた。





 黒スーツ集団の先頭にいた男は門が完全に閉じられるまで歪で奇妙な大型トラックが去る所を見ていた。

 やがて門が完全に閉まったのを見て、この場から立ち去った。

 次の仕事を始めるために、恐ろしいモノを忘れるために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ