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ゲンダイロビンフッド 下

 もしもドローンが撃ち落されず熱源探知に起動させていれば。

 もしも彼らの中で一番、歳と場数を踏んでいた年老いた男が生きていれば。

 もしも彼らが目標だけに警戒せず周囲を警戒していれば。



 彼らに忍び寄る、とてつもなく大きなモノが背後に近づいた事に気づくはずであった。



 アサルトライフルを提げた男は肩に新型麻酔弾が刺さったまま倒れ込む目標に強化プラスチックの手錠を掛けんとしていた。


 目標だけ銃口を向けながら、取り囲み警戒していた生き残った特殊部隊の一人の男が何か地面にとてつもなく大きい影が地面に映し出されている事に気づいた。

 いつの間にか夕方になったのかと思い、背後にあるはずの太陽を見るため、振り返った。





 そこにいたのはとてつもなく大きい影の持ち主がいた。



 それは漆黒の如くとても黒く、大きい影と同じようにとても大きく、見た目よりもとても硬そうな皮膚に、太陽を背にしているのかそれとも透けているか光出し、泥と死臭と獣のような何かと硝煙が混じった臭さを醸し出して、この世の物でないような大声を上げ、黒く澄み切った瞳を持つ生物がいた。



 つまり、熊が立っていた。



 動物界、哺乳類、クマ科、クマ属、軍用再生絶滅種、野生化、ホラアナグマ。

 正確には、野生のホラアナグマが現れたのだ。



 ホラアナグマ

 既に太古より昔に絶滅した生物だが軍用再生絶滅種として蘇った生物である。

 数百年前の東ヨーロッパのとある国において、市街地及び山岳及び熱帯雨林に対する戦闘用に生体兵器として再生されたのが始まりである。


 壁の投下による大規模戦争とテロ攻撃の激減、それによって低強度紛争が増加。それに伴う近接戦闘の増加に対応として生体兵器という軍用戦闘獣が考案された。

 当初、様々な団体から動物兵器又は動物虐待兵器と呼ばれる可能性があった。そこで人工的生物又は絶滅生物の遺伝子を使う事に決定。

 その中で比較的に戦闘能力が高く運用可能で尚且つ信頼性が高い生物(なお恐竜、昆虫は信頼性に問題ありとして省かれた)として哺乳類絶滅種、ホラアナグマに決定され。

 軍用として再生されるに辺り、皮膚の硬化、環境適性力強化、骨格の強度を強化、視覚や聴覚の強化などを加えられ、最初の軍用戦闘獣として再生された。

 

 軍の作戦に投入され、予想以上の戦果を上げると世界各国は軍用戦闘獣を再生させ始めた。

 アジアのある国では同じく哺乳類絶滅種である剣歯虎というサーベルタイガーを軍用戦闘獣として再生させ。西ヨーロッパでは人工的生物として数種類の犬と数種類の狼とコヨーテと数種類のジャッカルによる遺伝子改造されて生み出された狼、ジェヴォーダンの獣が軍用戦闘獣として生み出された。


 生体兵器である軍用戦闘獣は世界各国の低強度紛争に投入された。

 しかしやはり一部の団体が動物虐待兵器と抗議して、ついには軍に送られる前の幼い軍用戦闘獣を強奪する過激な行動を起こして、自然に放出した。

 その結果、世界各国に野生の軍用戦闘獣が現れる事になった。


 数百年前の特に日本ではただでさえ少子高齢化が進み、首都圏を含む各都市圏内以外の村や町の過疎化が深刻化している状況にさらに悪化の一押しとなり消滅化の原因の一つになった。

 元が軍用なのか、野生の軍用戦闘獣のホラアナグマとサーベルタイガーとジェヴォーダンの獣は猛獣でありながら人に慣れておりこちらから危害を加えないかぎり襲う事は無い(場合によっては愛玩動物として飼っている猛者の民間人もいる)が一つ注意すべき点がある。


 野生の軍用戦闘獣は雷管のガンパウダーなど火薬類の着火した臭いに特に反応が強く、一種の興奮状態になる。事例にはたまたま新人猟師が恐慌状態で発砲して惨殺されたり、花火大会の際は遠めで花火を見る(終了後は静かに帰った)などがある。


 もしこの場に伝説の猟師である年老いた男が生きていれば、たまたま臭いに誘われたホラアナグマ相手に経験がある年老いた男が『絶対に撃つな』『動くな』『目を離すな』『ゆっくり離れろ』と警告できただろう。


 たとえ伝説の猟師でも野生の軍用戦闘獣であるホラアナグマに対しては少量の爆薬――装甲兵員輸送車を吹き飛ばして炎上させる程度の威力がある――と四十発以上のライフルの弾薬に竹槍を地面で支えて相手の体重を利用した一刺しの偶然がなければ死に掛けるぐらい、危険だろう。




 だからというべきかホラアナグマを相手にした特殊部隊は、主に都市の人間で構成されて、すでに猟師が殺害され(とはいえ年老いた男以外の猟師は相手にしていない)、危険性を知っているはずの自衛官まで相手にした時に震え、そして最悪の選択をしてしまったのだ。


 背後を振り返った特殊部隊の一人の男が発砲したのを皮切りに、周りの者もつられてホラアナグマを相手に銃弾を撃ってしまった。


 惨劇が始まった。




 最初の犠牲者は背後を振り返った男だった。

 ホラアナグマに対して彼はアサルトライフルの銃弾――警察機関用のため装弾数が多い代わりに小口径になっている――を撃つも相手はびくともしなかった。

 ホラアナグマは驚愕する彼らをを一瞥して大きく盛り上がっている肩を上げて右手を大きく上げて、近くの男に振り落とした。

 一瞬のうちに骨と肉と草木と泥を固めた偽装と黒い装備ごと混ぜて潰したような赤いジャムのような物へと変えられた。


 次に、隣にいた同じような格好をしている男を見た。

 彼は同じくホラアナグマに対してサブマシンガンの銃弾を撃つが軍用戦闘獣のため硬い皮膚の表面に埋もれ骨の強度で弾かれる様を見て後退しようとするが見過ごしてくれるはずもなく。

 ホラアナグマが同じように大きく盛り上がっている肩を上げて今度は左手で下がろうとする男に振るった。

 今度は近くの木に叩きつけて骨と黒い装備を砕いた、即死である。



 次から次へとホラアナグマが生き残った特殊部隊の一人一人を確実に殺して進み死をまき散らす。

 そして黒く澄み切った瞳が照明弾を撃った男と狙撃手の男を映すとそっちに向かって、この世の物とは思えないよう唸り声を出しながら走り出した。


 狙撃手の男はこちらに向かってくるホラアナグマを見て、照明弾を撃った男を押し出してこの位置から離し、半自動式狙撃銃に装填されている新型麻酔弾の半透明の箱形弾倉を弾き出すように外し、二十発の実弾の半透明箱形弾倉に叩きつけるように切替えて装填して、向かってくるホラアナグマに銃口を向けてスコープで狙いを定めて頭部を狙って撃った。


 しかし、構造上の都合で一発装填されていた新型麻酔弾は硬い皮膚の表面に当たり前に弾かれるが続けて撃った実弾が硬い皮膚の表面を貫通したものの骨の強度で弾かれ勢いのまま幾つかの小さな皮膚を剥がしながら弾いた。

 やがてホラアナグマが二十発の実弾が空になった狙撃手の男の前で止まり、右手を振った。

 狙撃手の男の半自動式狙撃銃と二十発の実弾の半透明箱形弾倉とそれを装填しようとした両手ごと砕け散った。

 砕け散ったものを見た狙撃手の男は痛みと何かを叫ぶも、ホラアナグマが左手を振って消された。



 押し離された照明弾を撃った男は一瞬にしてさっきまで話していた狙撃手の男の亡骸を見て、啞然とした。

 特殊部隊はホラアナグマに対して倒れ樹と周囲の木々を粉々に砕けて地面を抉り取れる銃弾の雨霰を浴びせる、がホラアナグマはそれをものともせず襲い掛かる。


 周りの生き残った特殊部隊が一人ずつ確実に圧倒的暴力によって捻り潰され無惨にも殺されていく。


 照明弾を撃った男はそんな悪夢のような光景を目の当たりして頭の中が恐怖心でいっぱいなって逃げようとした。しかしいざ逃げようとして後ろを振り返ると同じ特殊部隊の仲間の一人の男が倒れていた。



 その男はまだここで死ぬには早いくらい若かった。

 だが先ほどの銃撃戦でやられたのか今の化け物の暴力の余波を受けたのか、足を怪我して動けないでいた。その若い男の顔は恐怖心が溢れ、足が動けない事でこの場から逃げれない事に絶望していた。


 ふと視線を感じて照明弾を撃った男は化け物の方に向きなおすと、血だらけのままこちらを見る化け物が見ていた。

 すでに今ここにいる特殊部隊は二人以外全員が殺されたのだ。

 化け物が何を考えているかわからない黒く澄み切った瞳がまだ惨劇を終わらないと語っている。



 照明弾を撃った男は背後の若い男の事を思った。



 照明弾を撃った男は胸の何かを触れて考え込み、何かを決断した。



 押し離された時に地面に落としたアサルトライフルを拾い、三十発の実弾弾倉を確認して、腰の収納スペースからもはや旧式の多用途銃剣を抜き出して銃身先端の剣止め――旧式の特徴である――に装着して、立ち上がって化け物を睨んだ。

 そして吠えた。

 化け物も立ち上がって呼応するように負けじとこの世の物でないような大声を上げて吠えた。



 照明弾を撃った男は銃口と銃剣を向けながら唸り声を上げて化け物に向かって走った。


 銃剣が化け物の身体の心臓辺りに突き刺さる。

 しかし完全に全部の刃が突き刺さっているにも関わらず、心臓には届かなかった。

 突き刺さったまま引き金を引いて撃つ、が同じ場所を三十発の実弾弾倉が空になるまで撃ち切っても化け物は平然としていた。

 照明弾を撃った男はそれを知っても絶望の顔を見せず、唸り声を上げた。


 化け物は照明弾を撃った男の身体をを両手の爪で突き刺し。

 そして照明弾を撃った男の頭ごとそのまま噛み込んだ。




 身体の骨々が砕けひびが入り、肉が裂け血が溢れる。




 にも関わらず、照明弾を撃った男がまるで忘れていた事を思い出すように右手が動かして胸の何かからピンを抜き、首ごと砕けようとする化け物の開く口に突っ込んだ。


 そして照明弾を撃った男が数百年前に公共発言禁止ワードとなって禁止された言葉――バンザイ――を叫び言い切る前に胸にぶら提げていた手榴弾と焼夷手榴弾――かつては妻子から貰った貝殻がぶら提げていた――の時限信管が作動した。






舞い散る粉塵、燃え盛る炎、木々が裂け、死体が撒き散らされている場所で若い男はもくもく煙と炎に包まれている化け物と照明弾を撃った男だった物が地面に倒れ込むのを見た。


 悪夢が去って惨劇から生き残った。

 そう思った、目標を拘束するはずが化け物の討伐になっていた。そんなおかしな事でただ一人を除いて、仲間を失ったのか。疲れと不条理が身体に押し寄せた。


 本部から通信が入った。

 目標を拘束するところから突然の熊の遭遇を報告したままだった。若い男は自分以外全滅を報告して拘束した目標を運ぼうとした時。



 死んだはずの化け物が立ち上がっていた。

 未だに炎が皮膚に張り付いて燃えていて、顔を吹き飛ばされたのか皮膚の奥底にある肉が見え半分砕かれた頭蓋骨が見えて、涎か血かよく分からない液体を溢して地面に撒き散らかし、片目になった黒く澄み切った瞳が若い男を映していた。


 化け物がもはやこの世の生物ではないような叫び声を上げた。


 若い男は恐怖に恐怖に溺れ死にそうな顔をして周りに武器を探すが見つからず、這いずって逃げようとする。

 化け物は死骸と表してもおかしくはない姿で一歩ずつ、人間のように歩いて近づいた。


 そして化け物は必死に泣き叫ぶ若い男の前まで近づくと、最後の一人を仕留めるべく大きく盛り上がっている肩を上げて、血に染まった右手を上げる。



 左から口笛が聞こえた。


 何だ?、と思い化け物は聞こえた先に顔を向けた。



 一発の銃声が森林に響いた。



 化け物の頭部から血と肉片が飛び散った。



 大きな身体を持った化け物が糸が切れた操り人形のように地面に倒れ込んだ。


 そしてそのまま立ち上がることも無く、死骸になった。



 若い男が誰がやったんだ?、と思った。

 もしかしてまだ誰か生き残っているのか?、と思った。

 地面を歩く音がして、淡い期待を持って音がした方に振り向いた。




 そこにいたのは拘束したはずの目標、森人がいた。



 森人は肩に新型麻酔弾が刺さったままボルトアクションライフルのボルトを引いて、倒れた化け物の死骸の頭部に二発撃ち込んだ。


 死骸確認を終えた森人は倒れた若い男をまるで化け物のような黒く澄み切った目で一瞥して、言った。

「いやーありがとう。君達のおかげで熊を狩る手間が省けたよ」

「な、なんで、起きているんだ?。ど、どうなっているんだ?」


 お礼を言った森人が若い男に質問をぶつけられると、森人は少し厚い服の袖ををまくって、若い男に見せた。

 少し厚い服は普通の布の表面、その下の黒く塗られた小さい竹片が糸で繋がれた面、自転車のゴム製の黒いタイヤを切って平らにして糸を巻き付けた面、黒いプラスチックが小さく一つずつ繋がれた面、普通の布の裏面になっていた。


 新型麻酔弾は刺さった竹片を貫通してゴム製の黒いタイヤに埋まって黒いプラスチックの表面で止まっていた。

「いつも山狩りをする時は気休め程度に着ていてね。防げたのはいいけど、熊が火薬の匂いに引き寄せられて近づくのを見たから刺さった振りをするはめになったよ。まあ、君達が戦ってる時はこっそりと抜け出して終わるのを待ってたけどね」


 その信じたくない答えと現在の状況の理不尽な結果を見せられた若い男は怒りの表情を見せた。

「お前は化け物か!?、怪物か!?、悪魔なのか!?。どうしてそんな簡単に人を殺せるんだ!?」

「どうしてかって?」


 喚き散らす若い男の質問に森人はライフルの木製ストックを撫でながら少し上の空を見上げて考え、そして何かしらの答えが思いついたのか倒れている若い男を見下ろして言った。

「抵抗できる歳だから」

「……は?」


 森人は若い男が啞然としている事を気にせず話し掛けた。


「俺はまぁ少年少女でも本気で殺しにきたら仕方ないけど、でも味気ないのか、あっけないのか、物足りないのか、わからないがせめて最低限抵抗できる年齢じゃなければ殺す気が起きないんだ」

「こ、殺す気って、お前……」


 森人は肩に刺さったまま新型麻酔弾を引き抜き、ボルトアクションライフルのボルトを引きながら答える。


「ああもちろん人を殺したい願望があるわけじゃないよ、何かしらの理由か本気で殺しにきたらだからね。一応は決して差別ではないさ。例え相手が、女でも、病人でも、老人でも、異常者でも、善良な人に悪人でも、動物に、天使に、悪魔に、機械人形に、怪物でも、敵意や善意があろうと、親友や家族に、君でも躊躇も無く必要と理由があれば殺すだけだよ。ただ、最低限は抵抗できる歳じゃないと自分から殺す気が起きないんだよ」

「あ、悪魔なのか?、お前は……」


 ボルトアクションライフルの銃口を若い男の頭部に構えて、森人は言った。


「いや、人間だよ。それに君達の方が悪魔だと思うけど?」

「なっ、それは違っ」


 若い男が否定するよりも早く、森人は引き金を引いた。






 熊の死骸の上に特殊部隊の無事だった銃火器を載せて引き摺る森人は家の庭を見て、歩くのを止めた。


 家の庭にはジャガイモ畑と博物館級の骨董品である回転式拳銃を持って木製の椅子に座っている黄色のエプロン(前にポケット付き)をした母さんと何故か地面に首まで埋められて口をガムテープで止められた六人の者達がいた。

 たぶん、家の前にある大きめの車と何かしら関連があると思う。

「おう、やっと来たか。少し遅いんで二回目の昼寝をするところだったぞ、って何だそれは?」


 こちらが顔を確認できない距離で二回目の昼寝から起きた母さんはこちらを見て驚いた顔をしていた。

 それ、というのはおそらく、森人の右足を噛んで離さないホラアナグマの小熊の事を言っているのだろう。なお小熊は右足を噛んで離さないのかそのまま引き摺られた地面の跡と毛皮には落ちていた肉片と枝木と泥や落ち葉に石ころだらけで汚い。


「親熊を仕留めたのはいいんだけど、帰り途中で噛まれて中々離さないんだよ。どうにかできない?」

「殺せばよかろう」

「いや、このぐらいの歳だと自分から殺す気が起きないよ」

「……つくづく思うが、お主のその捻じれた価値観はどうにかできんのか?」

「くしゃみを抑制できないと同じくらいだよ」

「………いったいお主は誰に似たのか。ああ、いや、やめようこの話題は。その小熊をどうにかすればいいのだな。よし、見せてみよ」


 森人は右足を噛んで離さない小熊を差し出して母さんに見せた。

 小熊は親譲りの力で右足を噛んでいるがまだ小熊なのか工具の万力程度で噛んでいた。小熊は離さぬように口に集中して噛んでいるようで手足は楽な体勢になっていた。


 小熊は噛みながら黒く澄み切った瞳で近寄る人間を見た。

 小熊の位置にしゃがみ、母さんは黒く澄み切った瞳で見つめてくる小熊を同じように見つめた。


 何故だろうか、母さんから黒い何かが見えるような、気のせいか右足が小熊に噛まれている以外何もないはずなのに小熊ごと抉られているような感覚がしてきた。森人からは母さんがどのような表情をしているのかわからないし小熊がどのような表情を見せてるのかも分からない。

 ただ小熊が何か恐ろしい物を見たのか噛みながらも怯えた鳴き声を出して震えている事は分かる。


 徐々に近づく黒く澄み切った瞳か何か恐ろしい物に屈したのか、右足から口を離して噛むのをやめて、地面に寝そべってお腹を見せた。

 猫か犬が見せるような、服従の姿勢を示した(元が軍用戦闘獣だからだと思う)。表情は完全に怯えて涙目のような顔をしている。


「ほう、ちょうどいい。森人、こいつを飼うから少し洗ってくる」

 怯えきっている小熊を抱えて洗い場に向かう前に「おっと、忘れるところだった」と言って母さんは振り返った。


「ちょうどいい仕事を見つけた。お主ができる内容、月給高め、様々な免許取得制度あり、休憩あり、基本定時退社、残業少なめ、有給休暇あり、お得な専用優遇あり、などなど高待遇で今なら面接よりもお主ができそうな試験で一発採用だ」

「嘘だろ。そんな仕事が存在するのか?」

「ああ、だが必ず五時出勤だ」

「やめとこう」

「……そうか、まぁこちらから断りを入れておこう」

「ところで、この者達は?」


 地面に首まで埋められて口をガムテープで止められた者達の事を尋ねられた母さんは片手で小熊を抱え直して回転式拳銃を森人の方に放り投げて言った。

「私の昼寝を邪魔した者達だ、しかも銃口を向けてわけわからん事を言うから叩き伏せて埋めた。昼飯は処分してからだ」


 地面に埋められた者達はガムテープで止められた口で何かを言うが、何を言ってるか分からないので渡された回転式拳銃を構えて引き金を引いた。



 六発目の銃声が鳴り響いた時に近所の人が白いトラックに乗って現れて、母さんが綺麗になった小熊を抱えて戻ってきた。

「ちょうどいい、車を借りるぞ。都市に行く用事を思い出したから森人は先に昼飯を食べておけ、だいたい三時に戻る、それまで自由にしろ。おい、ついでに死体と熊を載せろ」

「えっ、姐さん、全部ですかい?」


 回転式拳銃を返すと小熊を渡された森人は白いトラックに乗った母さんが回転式拳銃の弾を装填するのと近所の人が掘り起こしたりして死体と熊を載せて、都市に行くまで見送った。


 それから一月後、母さんがとある民間武装警備会社の仕事を見つけて持って来るのであった。







「という事だ」

「お前はいったい何を話しているんだ?」


 どこかの国に壁が落ちてからだいたい八百年ぐらい。

 その壁が落ちたどこかの国の隣国のとある民間武装警備会社の建物の食堂スペースのとある一角の席でヴォーレン、ランスロットもどき、シュトラスキー、バージニア、そしてここでニホンエルフと呼ばれる森人が話をしていた。


「何をってそりゃあ、この待ち受け画面に映ってる熊の事だろ」

「ああ、なるほど」

「シュトラスキー、待て、納得すんな。熊以外の事というかニホンエルフの話がおかしい事に気づけ」


 煙が出ない電子タバコを嗜むシュトラスキーが勝手に納得しそうになるのを止めたヴォーレンは頭を抱えながらニホンエルフに確認したい事を聞いた。

「えーと、たしかニホンエルフがいたのは日本(・・)だよな?」

「ああ、日本の国連条約協定監視区森林空白領土中間領域地帯。通称、中間地帯だよ。知らなかったのかい?、数百年前の日本で色々な事が起きて首都圏を含む各都市圏内以外の村や町が消滅化して森林化したんだよ。その後は数百年ぶりの改正とか国連交渉とかで中間地帯になったたんだよ。条約協定では人がいない事になっている、つまり法律の範囲外なんだ、まぁ一応は正当防衛だからな」

「……いつから日本は西部開拓期になったんだ」


 ランスロットもどきは市販の紅茶を一口飲み込んでからニホンエルフに質問した。

「お前はいつから千九百年代のアクション映画のベトナム帰りになったんだ?」

「俺としては一撃必中が好きなんだけど」

「知らん」

「……本当に知らないのか?」


 シュトラスキーが電子タバコの空になったカートリッジを捨てて、新たな香りとニコチンが入ったカートリッジを装填してニホンエルフに尋ねた。

「今更だけどニホンエルフって森人という名だったんだな。もしかして森林のシンに人間のニンという字か?」

「そうだね、それで森人だ」

「そうなるとあながちニホンエルフっていうネームも間違っていないな、エルフを漢字で訳すと森人になるよな」

「ああ、そう言われてみればそうなるね」


 バージニアが赤い炭酸水のビンを一気飲みして終えたころにニホンエルフに疑問をぶつけた。

「ちょっと待ってくれ。さっき消滅化した、と言ったよな、だったらなんでニホンエルフとお前の母ちゃんに近所の人が住んでいるんだよ?」

「たしかに消滅化したよ、でもほんの僅かだけ意地とか先祖とかで残っている村はあるよ。まあそれを気にするほどの余力は無いからわざわざ国連を持ってきて中間地帯にしたんだよ。それと近所の人は元々は都市の浮浪者だったけど国の年一の都市掃除で連れてこられてね」


「都市掃除?」

「そうだよ、年一回の政府主導の都市掃除だよ。その日は外出禁止令が発令されて、それでも外に行く用事があるならIDDNA身分証を持って前日に連絡して二人組の警官との同行の元でやっと外に出る事を許可される。もちろん、浮浪者はそんなのを持っていないから政府の部隊に拘束されるよ、ついでに抵抗すれば射殺もあったね」


 まるでその場で目撃したような口振りをするニホンエルフにバージニアは見たのかを聞こうと思ったが、さっきみたいな話になりそうだなと思って二本目の栓を抜いて続きを聞いた。

「ああ、もちろん掃除自体はやるよ。一日という時間をありとあらゆる手段で、逃げたり隠れたりする浮浪者、それを拘束したり射殺したりする政府の部隊、それらが去った場所をドローン達が清掃したり塗り替えたり補装したり修復したりして綺麗にするのが都市掃除だよ。もちろん日付が変われば政府の部隊は元いた場所に撤収するし、無事に拘束されずに済んだ浮浪者は元いた場所に帰るよ」

「拘束された浮浪者達はどうなるんだ?、ま、まさか殺処分じゃねえよな?」


 緑の炭酸水のビンから透明なガラスコップに泡立てながらメロンクリームの香りがする緑の液体を注ぐニホンエルフは驚いた顔を見せながら答えた

「とんでもない、一応は国の大事な人口だよ。そんな勿体無い事はしないさ、一応のチャンスは与えられるし。特定の技能があれば特定技能法の保護下によって寿命延長薬を受けた上での終身刑になれるし、それを拒否したりそもそもそんなのを持っていないなら開拓政策に放り込まれるだけさ」

「開拓政策だって?」


「そう、開拓政策。拘束された浮浪者達は適当な中間地帯に置き去りにするだけ、後はご自由にどうぞ。逆上して都市に復讐を誓ったり都市に戻りたい人は都市ごとにを囲む壁、ああだいたいここにある壁のお手軽製みたいな物とそれを守備する政府の部隊と国連の監視部隊とか訓練部隊に排除されるのも良し。開き直って山賊になるのも村を作るのも良し。場合によっては数少ない成功して独立した自立性のある町になって、守備する政府に話し合って都市に戻る者もいるさ、ほんの僅かだけどね」

「……」

「近所の人は山賊になったけど、突然中間地帯に現れた母さんが適当な家を建てて住んでいたんだよ。当時は何故か金塊を持ってる噂を聞いて、近所の人が率いる山賊が襲ったんだけど、逆に罠とかどこで調達した重火器類で母さんに半殺しにされて、村にするから金塊を一人ずつ配って今になったって近所の人が言ってたよ」



 長い話を言い終わるとニホンエルフはガラスコップに泡立つ緑の液体を飲み、食堂スペースの入り口にやって来た上官に君宛の電話が来てる事を知らされると席を外して電話を取りに行った。

 ガラスコップに半分残した緑の液体が炭酸の音を鳴らして一角の席をしばらく支配していた、やがてヴォーレンの口が開いた。

「いつから日本はSFディストピア映画に出てきそうな国になったんだ」

「というかニホンエルフの母ちゃんって、あの女性だよな?。一回だけこんな場所に見に来たあの女性だよな?。あの和風美人の女性」

「畜生何てこった、浮気したいぐらいの女性なのにあの性格って本当なのか?」

「どうする?。俺達、ニホンエルフの家に遊びに行こうぜって話をして、そういやお前の家はどんなの?って聞いて、こんなのって待ち受け画面を見ておおー意外に古くてデカいな、って熊が映ってるぞおいって説明させた状況だぜ、……どうする?」

「………ランスロットもどきの家に行こう」

「もどきを付けるな、もどきを」



 そんな仲間達がランスロットもどきの話をしている時、ニホンエルフこと森人は電話を取って話をしていた。話し相手は森人の『何もやらなければ』美人の母さんである。

「ちょうど良かった。特別臨時強制有給休暇5週間を会社から貰ったから家に帰ろうと思うけどそっちはどうなの?」

「ちょうど良かった。私も少し異世界に仕留める用事ができたから家を空けると伝えるところだよ。あとシグレ丸が不届き者を血祭りしてるよ」


「あーそう、あとまだ社会秩序を崩壊させるとか言ってるの?」

「ああ、しばらくは、おいシグレ丸、カレンダー持ってこい。不届き者はそこにペっとしてこい、そうだ、よーしよーし、ええと、ああ、だいたい六日か七日ぐらい家を空ける。ああ、あと神とか名乗るやつがいたら殴ってくれ」

「……つくづく思ったけど一言神と言っても毘沙門天とかヤハウェとかダゴンとかアンラマンユとかロキとかいるから、神違いを犯す前にもう少し何か特徴は無いの?」

「じゃあ、『よく別世界の神とか呼ばれているよ』とか名乗ってる神だ。それと他には?」


 そんな神様いるのか?。

 と思いながら森人はさっき仲間達と話をして思い出した事を聞いてみた。

「シグレ丸を拾った日は覚えてる?」

「ああ、シグレ丸の親熊を撃った日だろう?、どうした?」

「良い知らせと悪い知らせを聞かされたけど、良い知らせだけ聞かされてないんだけど?」

「近所の人からもやしとリンゴを貰ったから晩飯に出すぞ、だけど」

「………」

「ああ、お主がシグレ丸を拾った日の事を聞いて思い出した事がある」


 良い知らせと悪い知らせの落差に森人は酷い落胆を落としながら、母さんが何かを思い出したのかを聞いた。

「あの日のお主はまるでゲンダイロビンフッドだな」

「現代版ロビンフッドって言ってるのかい?」

「いや、現在の問題を合わして現題とそのままの現代と原題のイメージに似たような弓ではなく銃の名手

で日本の関東の森の近くに住んで結果的に浮浪者とニートと無職と反政府主義者達を救った義賊のような事を合わして、ゲンダイロビンフッドと言ったんだよ」

「なっ、それは違っ」

「では私は行ってくる。以上だ電話終了」

 森人が否定するよりも早く、母さんはあの日の無線のように電話を一方的に切った。

 



 ロビンフッド?、冗談じゃない。

 そんなんだったら、俺はニホンエルフと名乗るよ。


 森人ことニホンエルフは電話を戻して仲間達がいる食堂スペースのとある一角の席に戻った。


 ガラスコップに半分残したものを飲むために。

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