週末
「言わなきゃよかった・・・」
何度目になるか分からない後悔の言葉をつぶやきながら、夏南は通いなれた場所に向かった。
楽しみなおうちデート。
だが今日は緊張やら不安やらで、足取りが重い。
『あの、だから、次の週末まで、待ってくださいね・・・?』
言ったのは夏南だ。
今更逃げようとは思わない。
思わない、が・・・。
(怖いものは怖いようっ!)
自分が全く知らない、未知の領域へ足を踏み入れることへの恐怖が、夏南を捕らえて離さなかった。
ゆっくりゆっくり行ったつもりだったのに、意外と早く目的地に着いてしまった。
マンションの集合インターホンで部屋番号を押そうとするが、まだ躊躇してしまう。
他の人が来たので、「お先にどうぞ」と譲ってささやかに時間稼ぎをする。
「夏南」
「はひぃっ!」
突然声を掛けられ、飛び上がらんばかりに驚いた。振り返るとそこには。
「主任?どうしてエントランスに?」
いつもは部屋で、夏南が来るのを待っているはずだ。
「なんとなく。夏南が入ってこれないんじゃないかと思ってな」
夏南の行動は予測済みらしい。
堅一の気遣いに感謝しつつも、「じゃあ行きましょうか」と気軽には言えない。
まごまごしている夏南を見て、堅一はふんわり笑った。
「あまり構えるなよ。・・・渡したいものがあるんだ。早くおいで」
そう言って夏南の手を優しく引いていく。
堅一の部屋につき腰を下ろすと、大きめの箱を渡された。
「これ。夏南に」
「何ですか?」
「開けてごらん」
綺麗に放送された箱を丁寧に開けていく。ふたを開けて中を見ると、夏南は感嘆の声を漏らした。
「うわぁ・・・これ・・・」
「料理する気になったって言ってたからな。モチベーション上がるかと思って」
出てきたのはエプロンだったが、ただのエプロンではない。
「これ、この間テレビでやってました・・・!国産品で、生地もドレスに使われるような上等なもので、女性の体を美しく見せるためにデザインされているエプロン・・・!」
夏南にと堅一が選んだのは、ベージュを基調としたものだった。
ウエストには太めの黒いリボンがついている。
「着てみていいですか?」
「もちろん。あっちの部屋に姿見があるから」
夏南はさっそく、エプロンを着てみた。
リボンを結んで鏡を見る。
箱に入っていた時には気が付かなかったが、リボンから下の部分の布が両開きのカーテンのように左右対称に開いており、そこから中の黒い布が見えている。
上はホルターネックになっており、胸のシルエットがきれいに出ている。
エプロンと言うより、ドレスだ。
結婚式の二次会くらいなら、このまま行けるんじゃないかと思ってしまう。
「ああ、よく似合うな」
「本当ですか!・・・でもこれ、かなり高かった気が・・・」
そう言うと、頭をぺし、と叩かれた。
「プレゼントなんだから、値段の話はしない。あげたいからあげたんだ。素直に受け取りなさい」
「へへ・・・ありがとうございます」
そう言う夏南の顔があまりにも可愛くて、堅一はいたずら心がわいてくる。
「裸エプロン」
その単語に、夏南はびくっとなる。どうやらこれは知っていたらしい。
「なんて要求しないから」
続く言葉に、ほっと安堵する夏南。安心するのは、まだ早いというのに。
「そのエプロンを脱がせるのは、俺の役目だからな」
「え?はあ、いいですけど・・・これ、このリボン解くだけですよ?」
きょとんとして腰のリボンを差す夏南。
「結構、べたべたなこと言ったつもりだったんだが・・・」
「え?」
頭にはてなマークを浮かべ、夏南がこちらを見ている。
本当に言葉通りにしか、取ってもらえなかったらしい。
「まあいい。後で実践するから」
「リボンですか?」
「ああ。・・・今日は、我慢しなくてもいいんだろう?」
そう言った堅一の熱っぽい視線に気が付いたのか、夏南は顔を赤らめた。
ようやく、先程の言葉の意味が分かったのだろう。「脱がせるって・・・え?あ、そういう・・・?」と小声でつぶやいているのが聞こえる。
「やっぱり、先にしようか」
「だ、だめです!おなかすいちゃいます!ほら、台所行きましょう!」
そう言うと、すたすたと夏南は部屋を出ていってしまった。
一応冗談のつもりだったが、まじめに正直に返ってきた夏南の答えに、堅一は笑いを隠せない。
まだまだ時間はたっぷりある。
そう考えていると、ドアからひょこっと夏南が顔を出した。
「何してるんですか?早く作りましょうよ。・・・け、堅一さん」
恥ずかしさに負けて夏南は顔を引っ込めてしまった。
(顔見て名前呼びたかったけど・・・まだ無理!)
でも、今日は呼ぶのだ。ちゃんと名前で。
大好きな人の名を。
2人の幸せな週末は、まだ始まったばかり。
一応本編完結です。
これ以上はR15でおさまらないので(汗)
おまけ話が続く予定です。